第7話
敦貴たちは屋敷から歩いてきた道を駆け戻る。歩いてくればそれなりに時間がかかった道も、走ってもどればあっという間だ。
ここまで駆けてくる間、誰ともすれ違わずに済んでいた。だが屋敷に近づくと、いままでほとんど感じられなかった人の気配が、くっきりと感じられるようになる。
「三人、いや四人か」
聞こえてくる足音は複数あった。そのうちの二人ぶんを差し引いても、四人ほどの足音が聞こえてくる。
ちらりと咲衣を見やると、咲衣はぐっとまなざしを鋭くし、前を見据えている。
「急ぐぞ」
「はい」
敦貴はいままで咲衣に走る速さを合わせていた。だが急ぐ必要がありそうだ。咲衣に平気かたずねると、咲衣は厳しいまなざしのままひとつ頷くので、ぐっと足に力を込める。
人よりも能力のある、吸血鬼の力。まわりの景色がぐんとはやく遠ざかってゆく。咲衣はついてこられないのではないかと思ったが、杞憂だった。彼女もきちんと横に並んでいたのだ。
目前に、屋敷が迫る。入り口の門は何者かによって破られていた。
はじめに見るときはそびえ立つような高さだった入り口も、こうして破られているのを見れば、小さなものに感じられる。
「敦貴!」
敦貴が門のなかへ一歩足を踏み入れた途端、横から鋭い声が飛んでくる。かと思うと、横から黒い影が、敦貴を通り過ぎて駆けていくのがわかった。咲衣が横を駆け抜けていったのだ。
それと同じくして、敦貴の前にふっと黒い影が踊り出たようだった。敵だろうか。
敦貴が構えを取る前に咲衣が横入りしてきて、あっさりと黒い影の動きを止める。
黒い影は、少し前に咲衣たちを襲ってきた男の仲間にも見えた。身につけている黒い服、そして手にしているナイフ。どれもが研究所で見覚えのあるものだからだ。
咲衣、そして黒い影の向こう側に、もみあう男達の影が見える。敦貴に背を向けて、相対しているのはあの青年だ。
それを目にした途端、半ば反射のように、敦貴は強く地を蹴ってしまう。
「敦貴……!」
後ろから咲衣のいさめる声が聞こえるが、おとなしく聞き入れることはできなかった。敦貴はひらりと手だけ振ると、さらに一歩、強く地を蹴ってゆく。吸血鬼としての身体能力を活かせば、青年のもとへたどり着くのは、ほんの数歩もあれば済んだ。
青年と向かい合っているのは、敦貴と歳も変わらないほどの男だ。やはり黒い服に身を包んでいる。
敦貴を見ると、驚いたのか、目を見開いていた。敦貴のことを知っているのだろうか。知っているのだろう。
男はごく普通の人間のようだった。能力を上げた敦貴の動きについてくることができないまま、中途半端にナイフを振り上げている。
敦貴はそのナイフを掴み、ぐっと腕をひねった。
男からうめき声があがると同時に、骨が折れるような、どこか軽い音があがる。ゆっくりと手から滑り落ちてゆくナイフ。敦貴はさらに腕を引き寄せて、男の腹に拳をたたき込んでいた。
「ぐっ……!」
意味を成さないうめきをあげて、男の身体が地面へと崩れ落ちていった。敦貴がそこでようやく立ち止まると、今まで負荷を掛けていた分の揺り戻しがやってくる。肺が呼吸をもとめ、何度も口をひらいて息を吸うはめになるのだ。
敦貴が息を整えている間、横で青年も息をはずませていた。青年は息をはずませながらも、屋敷のなかを指さす。
「ここはいいから、中を頼む……、中にも、入られた」
「わかった」
青年の言葉通り、中からも人の気配を感じることができた。外での戦闘人数に比べれば、おとなしいような気もする。
だが、あの少女は戦うことができるのだろうか。少女のどこか儚げな容貌を思い出すと、不安にかられてしまう。
ここで立ち止まっている場合ではないのだ。敦貴はなんとか息を整えると、ふたたび一歩を力強く踏み出していた。
玄関は開けられ、土足で床に上がったと思しき汚れが見受けられた。足跡はひとりぶんのようだ。耳をすませれば、敦貴たちが座していた部屋から、足音が聞こえてくる。
「こっちか!」
敦貴は低くつぶやいて、廊下をかけだした。目的の部屋までは廊下を渡ったつきあたりで、すぐにたどりつく。小さく聞こえていた音も、いつの間にかはっきりと聞こえてくる。
「ッ……!」
素早く障子を開けると、そこには少女と男の姿があった。
少女は立ち上がり、飛び込んできただろう男と向き合っている。男は今にも少女の胸元をつかもうと腕を伸ばしているところだった。
「あぶ……、」
敦貴が反射的に声を上げたとき、今までただ佇んでいるままの少女がふいと動いていた。いつの間にか手には扇子を持っているようだった。
人ばなれした動きで、閉じた扇子を持つ腕を振り上げる。
振り袖のあでやかな柄が、夜の闇にうつくしく泳いでいた。
まるで――人魚のようだ。
扇子の先が、見事に男の顎へと突き刺さる。思わぬ攻撃に、男は大きく身体をのけぞり、そして畳へと倒れこんでゆく。
「遅かったの」
少女は何事もなかったかのように、扇子を持つ手をひらひらと振りながら、笑っていた。
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