第5話
固唾をのんでみまもる敦貴のまえ、少女の目が鮮やかにひかる。帯びた光の色は、吸血鬼特有の虹色。
「わたしのような目の色の者は、他にはおらぬと思っていた。だが現実には目の前におる。……お主も、同類なのか?」
少女は、すっと敦貴を指さしてきた。落ち着きはらったようすで、敦貴が指摘したことにも動揺しているようすはみられない。
敦貴はひとつ頷きながら、唇に指をあてた。唇を指で押し上げると、そこには牙がある。研究所にきてからはほとんど使うことのなくなった、人でない証。
「僕とあなたには、共通点があります。ごく普通の食事だけでは飽き足らず、人の血を飲まないと渇きがおさまらない。それ故に、人を襲う衝動がある」
少女はそこではじめて、小さく息を呑んだようだった。敦貴を差す指が、かすかに震えを帯びている。
「また他にも、人よりもはるかに老いる速度が遅い、人よりもより微細な感覚をもつ、などの共通点があります。人であって、人とは相容れない存在……。僕たちは己のことを吸血鬼と呼んでいます」
「きゅうけつき」
ゆっくりと指をおろした少女は、己の胸をゆっくりと指さした。まるで、はじめて聞く言葉のように、反芻してみせる。
「聞いたことはありませんか? たとえば、物語のなかで」
「ある……もちろんじゃ。わたしがそうではないかと、何度だって疑ったことも。だが今までずっと、わたしとおなじ症状に陥る生き物はいなかった」
だがこうして、目の前におるんじゃな、と少女は感慨深げに呟いた。今までずっと、特異な症状のせいで孤独に陥っていた者がみせる、さみしさと安堵がない混ざった表情だ。
「僕たちはあなたと同じ苦しみを知っています。ただ、僕は幸いにも、自分が何者であるかを早くに知ることができた。そして今は、同じ症状の者を救うために研究をしているのです」
「症状から……救う」
敦貴はかるく頷いてみせる。すべてを話すことはできないが、それでも伝えたいことはあった。
「まずは僕たちを襲う衝動を消すこと。それが研究のひとつの目標です。そのためにも、ひとつでも多く、症例を知る必要があります」
敦貴はそこでいずまいを正した。隣で咲衣は気配を隠すように座しているが、かすかに息をのむのがわかる。
少女は落ち着いたようすで、続く言葉を待っているようだった。
「もし叶うなら、教えてください。あなたがどうやって今日まで生きてきたのかを」
* * *
真夜中のコンビニエンスストアの明かりは、昼の頃よりも強く降りそそいでくるように感じられる。
会計を済ませ、コンビニの外に出ると、途端に暗闇が包み込んでくるようだった。吸血鬼である敦貴には、暗闇の方が身体が休まるような気もする。光の暴力から解き放たれたせいか、自然とため息がこぼれ落ちていた。
コンビニの駐車場、その片隅に隠れるように咲衣が立っている。近づいてきた敦貴を振り返ってくるので、敦貴は買ってきたペットボトル飲料を投げ渡した。
「はい」
咲衣は驚いた顔つきだったが、受け取る手つきは落ち着いたものだった。
「ありがとうございます」
咲衣は受け取った緑茶の蓋をあけると、勢いよく口に運んでいた。話が長くなってしまったので、喉が渇いていたのだろう。
こういうしぐさも、施設ではあまり見ることができない。久々に見るしぐさがどこか懐かしく、そしてさみしくも感じられる。
胸にわき起こってきた痛みのようなものを打ち消すかのように、敦貴もペットボトルの蓋をひねる。口をつけると、麦茶の苦みが口のなかに広がっていた。
「結局のところ、特別な症状ではありませんでしたね」
ひと息ついた咲衣が、ぽつりと呟く。あの少女が話していた内容のことを言っているのだろう。敦貴はペットボトルから口を離しながら頷いていた。
「うん。残念だけど、仕方ないね」
少女は敦貴の考えに賛同してくれた。それから敦貴の抱えていた疑問に答えてくれたのだが、どれも通常の吸血鬼の域を出るものはなかったのだ。
吸血鬼として一番重要なことは、血液の調達だ。どうしていたのかと聞くと、隣にいる青年から分けてもらっていると言う。彼は二代目で、二代目に家の管理を任せる前は先代がいたそうだ。
もしかすると、血液を摂取せずに生きられる吸血鬼がいるのではないか。ほのかな期待を抱いていたのだが、結果は残念なものだった。それでも、ひとりでも味方を増やすということは重要なことだ。それだけでも、良しとしなければならない。
咲衣はしばらく口を閉ざしていたが、やがて思い切ったように、口を開いていた。
「敦貴」
「ん?」
「私は気になっていることがあります」
咲衣の目が、剣呑な色をはらむ。コンビニからかすかに届く白い光を浴びて、鋭く光っているようだった。
「何?」
「帰りのあの人の言葉」
「ああ……」
咲衣が何を言いたいのかは、敦貴にも理解できた。
敦貴たちが少女から話を聞き、屋敷から外に出るとき、青年が不躾な態度をとったことを謝罪してきたのだ。
まさか謝罪されるとは思わなかった。意外に思っていた敦貴だったが、続けざまの青年の言葉が引っかかったのだ。
(最近、変な輩が多くてな。この家は変な噂が立っているから、近づく奴もいないのに、やたら多いんだ)
もし、変な輩が研究所の者達だとすると、敦貴とは別のチームが近づいたに違いない。敦貴の考えに呼応するかのように、少し離れたところから複数人の足音が聞こえてくる。
「もしかすると、私たちの行動も、割れているのではないでしょうか」
「……そうだね。実はさっきから気になっていることがあってね」
敦貴がちらりと足音の先を指さすと、咲衣はペットボトルを敦貴に押しつけて、ふいと指さした方向へと顔を向けていた。
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