Scene.32 誕生日
10月になり、ようやく夏の暑さは過ぎ去り大分涼しくなってきた頃だった。
「10月か……」
カレンダーを見た
「どうしたの?」
「あ、ああ。聞いてたのか真理。いや、10月6日が俺の誕生日なんだ」
「へー。あさってじゃない。じゃあお祝いしようか?」
「いやいいよ。気を使わなくて。祝ってほしいわけじゃねえからさ」
それがきっかけだった。
2日後……
夕方になって真理が友達と話をするとか言い出したので乃亜は家を追い出される。
多分嘘だろう。何か企んでるんだろう。と思いながらもゲーセンで時間を潰し、夜になってから帰宅した。乃亜が家に帰って来るなり真理とミストはクラッカーでお出迎えする。
「「乃亜! 誕生日おめでとう!」」
「お前たち……」
「ふふっ。ケーキもちゃんとあるわよ」
テーブルにはローストチキンやナゲットといったパーティ用の食べ物が並び、その中央にはケーキがデン! と鎮座していた。
それには1本の少し太いロウソクを囲むように7本のロウソクが立っている。
「乃亜って今日で17になるんだよね? 中央のが10で周りのが7よ」
真理がロウソクについて説明するとさっそくミストがライターでロウソクに火をつけていく。
「「ハッピバースデートゥーユー ハッピバースデートゥーユー
ハッピバースデーディア 乃ー亜ー ハッピバースデートゥーユー!」」
乃亜は8本のロウソクを吹き消す。と同時に2人が盛大な拍手で祝福した。
「おめでとう! 乃亜!」
「あー悪い。こういう時どういう顔して良いか分かんねえ。こうやって誕生日をお祝いされたこと産まれて初めてなんだ。ちょっと待て、マジで目がヤバい」
乃亜は目頭を押さえて涙を止めようとするが、止まらない。
「駄目だ……情けねえけど止まんねえ……いやありがとう。本当にありがとうお前ら」
男泣き。今まで味わったことのない幸せに涙がぽろぽろとこぼれた。
それを見た真理はふふっと笑いながらケーキを切り分けていく。自分たちのと比べて主役の分は少し大きめにしつつ。
ようやく涙がおさまった乃亜はフォークでケーキを切り崩していく。口に含むと甘みと柔らかさが広がる。
「甘いな」
乃亜が率直な感想を述べる。
「そりゃあケーキは甘いわよ」
「ああ、実感が無くてな。まともに菓子なんて食ったことねえからな。特にケーキなんて多分産まれて初めて食ったと思う」
「あれ? 乃亜って妹がいたよね? 彼女の誕生日ぐらいはお菓子とか食べられたんじゃないの?」
「親はケーキのカケラどころか飾り菓子1つよこさなかったよ。っていうかそもそも美歌の誕生日はパーティに参加させてくれなかった。お前がいると盛り下がるから邪魔だって」
「酷い両親ね」
「ああ。最低の屑だったよ。くたばって本当に清々したよ……ってお祝いの席でいう事じゃねえな」
ケーキを味わった乃亜はナゲットにも手を出す。マスタードソースをつけて食べると肉のうまみとカリッとした表面の食感、そして少しピリリとしたマスタードの味が口に広がる。普通に食べても十分美味いがケーキの甘みとの対比がよりおいしく感じさせた。
次いでローストチキン。骨がある分少し食べにくかったがこんがりと焼けた肉はナゲットとはまた違う肉の食感とそれには無い肉汁を持ち、これまた美味だった。
ケーキ、ナゲット、ローストチキン。17年間ろくに美味い食べ物を食べた事のない乃亜にとっては最高のご馳走だった。
ご馳走を平らげた乃亜は横になる。
「ふー。食った食った。これが幸せって奴か」
「どうしたの急に?」
「いや、俺ってばこんな普通の幸せすら味わったことが無かったんだなって。今日は祝ってくれて本当にありがとうな」
「大げさねぇ」
真理がふふっと笑う。
「今度お前の誕生日が来たらお祝いするよ」
「そう。期待してるわ。お風呂も沸いてるから先に入って」
「ああ。ありがとうな」
この日、パーティの主役にとって人生で一番幸せな、最高の日となった。
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