Scene.7 ヒーロー誕生
マモルを救った翌日の昼。
ここではおよそ2週間ほど前にとある残忍な事件が起こった。犯行現場にあった献花台は撤去されていたが、現場にはいまだに花や缶ジュースを手向ける人がいるようだ。乃亜はそこに持ってきたものを手向け、黙とうした。
「ずいぶんとお若いのに何度も来てますね。タカシの友達ですか?」
「いや、顔も名前も知らないけど忘れられない事件だったもんで」
乃亜は答えた。そう、この事件は忘れられない事件。この事件こそ彼が「正義のヒーロー」を名乗ることになったきっかけであった。
クラスメートと家族を殺害してから3日後。遊ぶついでに頼んでおいた特殊清掃員のおかげですっかりきれいになった我が家で寝起きしていた乃亜の表情は夏の爽やかな快晴の空であった。
「よぉ乃亜。今日もご機嫌だな」
「まぁな。何もかもスッキリしたよ」
弾んだ声でそう言いながらTVを見始める。
「先日、渋谷で男子高校生が焼殺された事件の続報です。警察は昨夜未明に同級生の17歳の少年を逮捕したと発表しました。少年は「仲間内で目立ちたくて内容がどんどんエスカレートしてしまった。自分でも止める事は出来なかった」と供述しているとの事です。
学校側は「いじめは確認できなかった、把握できていない事なのでコメントは差し控えたい」という事です」
99%の人間は普通のニュースのように聞き流してしまうところ、彼は見逃さなかった。自分以外にもいじめられている人間がいるのを目の当たりにした。
彼はTVを消して家を後にした。
事件の現場となった公園には献花台が設けられ、全国各地から集まった人々が花や缶ジュースを手向け、黙とうしていた。
そんな中、悪魔と契約を交わした乃亜にしか見えない存在がいた。
半透明な裸の少年、それも下半身が地面と同化して上半身に相当する部分は時折人型になるがその姿を留める事が出来ずに霧のようになったりと形が定まらない明らかに人間ではない存在、それでいて誰にも見えない
オオオオオオオオ……
少年の魂はうめき声の様な声を発している。
「何だこりゃ……地縛霊か?」
「まぁ人間はそう呼んでるやつだと思うね。≪
乃亜はそいつに近づき彼の頭に指をつけ第4の能力、≪
見えてきたのは少年が金属バットで犠牲者に暴行を加えている光景だった。
「慈悲深い俺にもたった一つだけ許せないことはある。裏切りだ。何で刃向ったんだ?」
そう言い放ち金属バットで腹や顔面を何度もなぐりつける。犠牲者は抵抗しない。する気力すら残ってないのだろう。バットを持った少年の後輩に腕を肩に回され持ち上げられていなければ立つことすらできない程ぐったりとしていて身体に力が無い。
「仕上げだ。やれ!」
少年を持ち上げていた後輩がその場を離れ、透明の液体が入ったポリタンクを持ってきて中身を少年にかけた。
特有の刺激臭が鼻を突く……ガソリンだ。
少年はオイルライターに火をつけ、痛めつけられていた少年目がけて投げた。ライターの火は一瞬にして全身に広がった。
「うわあああああああああああ!」
「ハハハハハ! すげー! ホントに苦しんでるよ!」
「助けて! 助けてええ! 助けて、助けて……助け…て…たす……け……」
やがて動きが鈍くなり、声も弱くなり、映像も途切れた。
渋谷焼殺事件……渋谷区のとある高校でいじめをしていた(学校は頑なに認めようとしないが)とされる男子生徒が同級生にガソリンをかけて焼き殺したという近年まれにみる残虐な事件。その犯行の一部始終を見せつけられた。言葉にする事すらためらわれるほどの残虐さであった。
「さてどうしようか……」
自宅に戻り、乃亜は作業を始めた。悪はある。あとは名前だけだ。ヒーローにふさわしい、それでいてインパクトのある名前。
「救済者? なんか違うなぁ。
今一つピンとくる名前が思い浮かばない。
「グリム・リーパー? お、これよさそうだな。後は……」
「乃亜、そっちはどう?」
パソコンに向かって作業をしている乃亜にミストが声をかける。
「ああ、順調だ。それと、お前新しい能力の開発ってできるか?」
「え? まぁ出来ると思うけど」
「だったら自分や相手の傷を癒せる能力、作れるか?」
「へー。意外な能力だね。わかった。1日あれば作れると思うよ」
そういうとミストは椅子の上であぐらをかいて瞑想を始める。
「ミスト?」
「今作業やってるから1人にしてくれ」
「そうか」
乃亜はミストの事は放っておいて自分の作業をすることにした。もう少しでヒーローにふさわしい名前が出来そうだから。
一週間後
捜査関係者と思われる人物を片っ端から≪
その日の夜、乃亜は≪
中では少年がすうすうと眠っていた。乃亜はそいつに近づき彼の頭に指をつけ、≪
「うわあああああああああああ!」
少年がガソリンをかけられ燃えているところから映像は始まった。熱さにもがき苦しむ姿を見て笑い声が聞こえてきた。
「ハハハハハ! すげー! ホントに苦しんでるよ!」
「助けて! 助けてええ! 助けて、助けて……助け…て…たす……け……」
「あーあ、殺っちまいましたね。どうします?」
後輩が問いかけてくる。その直後問われた奴はとんでもない事をぶちまけた。
「ゲームかイスラム国のせいにしときゃいいだろ。反省するフリしてりゃすぐ出てこれるよ。俺達は無敵の未成年だぜ? 気にすんな。行こうぜ」
そう言って、どこか遊びに行く感覚でその場を去って行った。
吐き気と憎悪しか湧いてこない。こんな奴が自分と同じ日本人として扱われていることに。
いや、それ以前にこんな屑が自分と同じ人間であることに。ただひたすら吐き気と憎悪しか湧いてこない。
コイツのやったことを見ればこんな奴を更生させるなんて無理。殺した方が良い、いや殺さなくてはいけないと誰でも思う。
異変に気付いたのか少年が目を覚ました。目の前には全身が漆黒に染まり眼だけが紅色に光る異形の怪物が立っていた。
「な、何だお前!?」
「俺は正義の味方だ。お前が焼き殺した少年の仇を討つためにやって来た。もういい。テメェは殺す。あまりにも酷過ぎる」
みぞおちにきつい一発を叩き込み、おとなしくさせる。少年を左腕で担いで結界の中に身をかくし、留置所から夜の闇へと消えていった。
たまたま見つけた小さな公園に少年を担いだ乃亜が降り立った。結界を張り、誰にも邪魔をされなくなったのを確認した上で乃亜は少年の頭を蹴り飛ばす。
「おい起きろ」
「うう……な、何するんだ」
「言っておくが、楽に死ねると思うなよ?」
そう言って足を破壊する。少年の絶叫が響き渡った。
腹、胸、手足、顔面を半壊および大規模半壊させる。硬い何かが折れ、柔らかい何かが潰れる音が耳に響く。手足は生物学的にはあり得ない個所で曲がり、腹や胸は内出血の跡でどす黒く変色した。
「あ……あが……あが……」
「この辺にしとくか」
乃亜は少年の胸に手を当て、新たに開発した能力を試みる。
≪
少年の身体が淡い緑色の光に包まれると不思議と痛みは引き、見る見るうちに傷が治っていく。折れ曲がった手足は元に戻り、内出血の跡もキレイに無くなった。
「な、何だ!?」
「どうだ? 傷はきれいさっぱり消えただろ?」
「何で治すんだ?」
「殺そうと思えば5秒と掛からん。だがそれじゃあ苦しめないだろ?これから俺の気が済むまで
「!!!!!!!!」
少年は理解した。いや、理解
「じゃあ続けるぞ」
そう吐き捨てると乃亜による刑罰の執行が再開された。
「お願いします……。許してください……。もうこんな事しませんから……」
刑罰執行から1時間が経ち、命乞いをする少年に対し乃亜は「一人暮らし」を始めてから買った最新機種のスマホの待ち受け画面を見せた。
「何時だ?」
「え?」
「今何時だと聞いているんだ。答えろ」
「えっと……午前1時32分です」
少年は絞るように声を出す。
「日の出が仮に4時半ぐらいだとしたらあと3時間もある。たっぷり苦しんでくれ」
「何で……何でこんな事するんだよ!」
「何でって? お前、自分がやったことに罪悪感は無いのか?」
「へ?」
「人が焼け死ぬところを面白がって笑い、終わったらゲームかイスラム国のせいにする。トドメに俺たちは未成年だから問題ないと来た。
お前みたいな
そもそも『罪悪感は無いのか?』と言われて『へ?』等とほざく時点でもう駄目だ。お前みたいなやつを見てると吐き気が……いや吐き気すらしないな。あまりにも酷過ぎて」
「ひ……い、嫌だ。嫌だ! 助けてくれぇ!」
少年の叫び声は誰にも聞かれる事は無かった。ましてや助け舟が出されることも無い。正義の鉄槌は深夜4時まで続いた。
夜が明けて、いつもランニングの休憩のために公園を利用している一般人が「それ」を発見した。
下半身は全壊され、近くに捨てられていた。両腕も大規模半壊していた。
身体には全壊するような大規模な損壊個所がいくつもあり、唯一まともに残っていた顔はこの上なく苦痛に歪んだものだった。
そして、遺体のそばにはプリントアウトされたA4用紙が1枚置いてあった。
「我は刈リ取ル者。
法で裁けぬ悪を刈る者也。
我は刈リ取ル者。
人間の皮を被った悪魔を刈る者也。
我は刈リ取ル者。
虐げる者を刈ることで虐げられし者を救済する者也。
いじめという大罪で虐げられている者すべてに告ぐ。
我を呼べ。助けを求めよ。さすれば救済の手を差し伸べよう。
全ての
これから貴様等を全員処分にする。
悔い改めずに生きていることを後悔させてやる。一切の慈悲は無いと思え。
刈リ取ル者」
テレビのコメンテーターは犠牲者が改心する機会が失われたことに対する怒りをあらわにした。毒舌が売りの芸人もこの話題に関してはスルー。まぁ仕方ない。
「
自殺に追い込み、あるいは直接手を下し、人を殺しておきながらわが世を謳歌する人間の屑。痛めつけ、泣き叫びながらも自ら犯した罪を自覚しない、最期の最期まで自分は雪のように潔白だと思っている人間の屑。
そんな屑を潰す仕事に、一種の誇りを感じていた。多分「好きな事で生きていく」ってこんな感じなんだろう。子供のころ憧れていた、変身して悪を滅ぼす正義のヒーローになれた。そんな思いが乃亜の身体を心地よく巡っていた。
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