Scene.8 天使

 乃亜のあがヒーローを名乗ってから1週間が過ぎた。7月になり真夏の太陽がじりじりとコンクリートジャングルと化した赤羽を照らす日々が続く。

 今のところ依頼は2日前にやったマモルの件だけだった。クラスメートと親から奪ったカネやマモルからもらった報酬でそれはそれは楽しい日々を送っていた。


「乃亜、もっと派手に殺そーぜ? 街中で通行人殺すとかさぁ?」

「いや、出来るだけバレないようにするのがいい。目立つと困ることも色々あるんだよ」

「ビビってんじゃねーよ乃亜。俺らの力に抵抗できる人間なんて誰もいないんだぜ?『ケーサツ』とか言ったっけ? あいつらも返り討ちに出来るし、何が怖いんだい?」


 乃亜は慎重だった。ミストからすれば「臆病」とも言える位に。

 彼女が彼にもっと暴れるようアドバイスを送るが乃亜はそれに少し黙り込んだ後、口を開いた。


「指名手配されたらコンビニに行くこともラーメン屋に行くことも出来なくなるんだ。勘弁してくれよ。それに……」

「それに?」

「ここからは俺の推測なんだがいいか? 悪魔がいるのなら、それと対の存在である天使もいるはずだ。そして、俺みたいに悪魔から力を得た人間がいるのなら天使から力を得た人間がいてもおかしくはないと思わないか?」

「へ~。鋭いね。確かに天使はいるらしいよ。ま、俺も実際に会ったことは無いから俺みたいに人間に力を与えられるかは分からないけどね」


 ミストはありのままの感想を述べる。実際天使はいるとは聞いている。が、実際に会ったことは無いためミストも詳しいことは分からなかった。


「それにこれはお前のためでもあるんだ。」

「俺のため?」

「お前、俺と初めて出会った時言っただろ? 『魔界でのし上がるために人間の魂が必要だ』って。ってことは今のお前はそれほど地位は高くないって事だろ?」

「!! お前……するどいな」


 「のし上がる」……確かにあの時さりげなく言った一言だった。それをしっかりと覚えている記憶力と鋭さに舌を巻いた。


「そういうわけだ。変に目立って天使だろうが悪魔だろうが人間だろうが格上の相手に目をつけられたら後々困るんだ。そんなわけであまり目立ちたくないんだ。分かってくれ」

「あ、ああ。分かったよ」


 完全に、とはいかないがミストは納得した。




 その日の夜、ゲーセンに遊びに向かっていた乃亜を雑踏越しに見つめる視線があった。


(彼から私たちとは反対の力を感じる……)

(どうする……かなり強いぞ……)


「オイ乃亜。俺の予想が正しけりゃ多分俺達、尾行されてるぜ」


 相棒の忠告を聞いて乃亜は目だけ動かし後方を見る。人通りが多いためか誰なのかはわからない。


「どいつだ?」

「いや、そこまでは分からない」

「ならあぶり出すか」


 乃亜は人通りの少ない裏路地へを駆け出した。入り組んだ路地を抜け、行き止まりにたどり着いたところでくるりと振り返る。すると異形の者たちを隠す結界が張られた。


「これは、結界か!?」

「落ち着け! 乃亜! 来るぜ!」


 その声に反応するように≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫を発動させる。と同時に紅い霧が彼の身体から吹き出し、やがて人の形になった。



 2人の少女が乃亜達の目の前に姿を現した。1人は澄んだ青色の長い髪、もう1人は紅色の短髪だった。

 2人とも実用性皆無なアニメかゲームのキャラクターのようなコスチュームに身を包み、白銀色に輝く剣だの槍だのといった物騒な得物を構えている。そんな少女たちが背中から純白の翼を広げて歩いてきた。


「オイ乃亜。一応気をつけろ。俺達よりはかなり弱いけどあいつらから俺とは逆の力を感じる」

「逆の力……天使って事か。ついに出たな」


 予想はしていた敵対する存在。そいつとの対峙する時がついに来たのだと彼は緊張を隠せない。


「貴方が噂の刈リ取ル物とかいう殺人鬼……それに、悪魔ですわね」

「……覚悟しろ」

「人違いじゃないのか? 俺は殺人鬼でも悪魔でもない。法で裁けぬ悪を刈る、正義の味方だ。戦隊ヒーローや仮面ライダー、お前たち女にとってはプリキュアみたいなもんさ」

「プリキュアですって!?」

「……狂ってる!」


 自らをプリキュアのようなものだと名乗る化け物に2人は激しい嫌悪感と殺意を混ぜ合わせる。


「これ以上犯した罪に悔い改め、更生する機会を奪う卑劣な真似はさせませんわ!」

「「更生」? そんなもんあんな屑には必要ない。必要なのは「」だ」

「……もういい。……こいつは裁かなければ!」

「「天にまします我らの父よ。どうかお守りください」」


 少女たちは天に祈る。そして、牙をむいた。

 青い髪の少女が細剣で怪物を、紅い髪の少女が槍で悪魔を突く。が、その手前で見えない壁-防御用結界-に阻まれて敵には刃が届かない。


「くそっ!」


 少女たちは持っていた武器で何回か突いたり切り払ったりするが結果は同じ。結界を破るどころかヒビ一つ入れる事さえできない。青い髪の少女が懲りずに細剣の突きを繰り出そうとした瞬間、化け物は彼女の細剣を掴み、握りつぶした。


「そんな……!!」

「天使とやらも大したことないな。これで全力かい?」


 これが反撃の狼煙だった。怪物は少女目がけて跳躍する。彼女の身体に右の拳が入る。バリン! と音を立てて彼女の結界がぶち破れる。続いて左の拳が入る。右腕で防ぐが硬い何かが砕ける音が響く。さらにもう1度右の拳を食らわせる。今度は腹を直撃し、腕が背中から突き出た。


真璃亜まりあ!」

「オイオイ、よそ見してる場合かお前?」


 ミストは紅い髪の少女に渾身の力を込めた蹴りを入れる。1撃で彼女の結界が破壊される。次いで拳を腹に食らわせる。衝撃で身体の力が緩んだところで槍を奪い、それを彼女の左胸に深々と突き刺した。紅い髪の少女は胸から噴水のように血を噴き出してアスファルトに倒れ込む。


「ぐっ……!」

「よくも! よくも朱里を!」


 真璃亜は立ち上がろうとするが上手くいかない。腹からもつ・・を垂れ流しながらあがくという不恰好極まる姿だ。念には念を入れて、抵抗できないように怪物は少女の左腕を掴み、全壊させる。更に逃げられないように左足も大規模半壊させる。その様はもはや戦いではない。蹂躙じゅうりんだ。



「くっ……!」

「なぁ、お前真璃亜とかいったっけ? 俺が思うにお前は正義を語れる位正しくないと思うんだ」


 余裕があるのか乃亜は真璃亜相手に語り出す。


「……どういう意味よ!?」

「俺は人の記憶を読める能力があるんだ。それで渋谷焼殺事件の犯人の記憶を読んだんだ。酷かったぜ。

 人が燃やされてるのを見て本気で面白がってたんだ。で、人が死んだら『ゲームかイスラム国のせいにすればすぐ出られる』とか『俺たちは無敵の未成年だぜ』なんてことを当たり前のように言ってた。罪悪感は皆無だったね。

 アレを見せられたら誰だって『更生』するより『粛清しゅくせい』した方が手っ取り早いって思うぜ?」


「主以外に……人を裁く権利があると思ってるの!?」

「ああ。あるとも。

 いじめは犯罪なんだよ。靴を隠せば窃盗罪だし傷つけたら器物損壊罪、暴言を吐いたら名誉棄損罪か侮辱罪、暴力を振るえば暴行罪あるいは傷害罪、金を脅し取れば恐喝罪、全部立派な犯罪行為だ。

 でもいじめなら何となく許される雰囲気がある。警察官も裁判官もその雰囲気にのまれてる。だから国に代わって、天に代わって、俺がアイツらの罪を裁く。俺は法で裁けない、いや法に守られている悪を刈る正義のヒーローだ」


 乃亜は率直な感想を述べる。あの渋谷焼殺事件の犯人の記憶を呼んだ率直な感想を。


「命は……命はただそれだけで尊いのよ!」

「命は平等じゃない。殺処分・・・しなきゃいけない屑もいる。実際、渋谷焼殺事件の犯人はそうだった。反省の色なんてこれっぽちも無かった。お前にも見せてやりたいよ。あのゲスっぷりを」

「私達を倒したくらいで……いい気にならない事ね!私たちはしょせんDランク……予備戦力に過ぎないわ。上にはCランク、Bランク、そしてAランクのお姉様がいる」

「どういう事だ?」

「お前は必ず裁かれるってことよ。お姉様がきっと私の仇を討ってくれる。お姉様……真理お姉様……叱って……くだ……さい……」


 少女は大量の失血で事切れた。無論魂も回収する。直後、少女の服装はシスターを思わせる学生服へと変わっていた。おそらくあの服は≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫に似たようなものなのだろう。乃亜も仮に自分が死んだらこの姿が維持できないのと、同じ理由なんだろう。



「私はしょせん予備戦力……か。Aランクの真理お姉様とやらはどれくらい強いんだろうな?」

「さぁな。でも俺たちなら大丈夫なはずさ。しっかし天使の加護を受けた人間の魂ってクセは強いけどかなり美味えな。病みつきになるかも」

「今日は帰るか。現場見られてるかもしれないし」


 ≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫で透明になり、赤羽の雑踏の中へと消えていった。

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