Balance of Power 6
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胴甲冑をすべて身につけて、ストラップを締め上げる――時代錯誤な重装甲冑に対してこちらは現代戦装備以外の何物でもないポリエステルメッシュの
最新式のモデュラー・ジャケットは必要無い――防御性能だけで言えばこの重装甲冑のほうが強固だし、もっと言えばセラミックス製のトラウマ・パッドはすぐに割れてしまうので役に立たない。要は用途に合っているかどうかという話なのだが。
ベルクロでユニットごとに取りはずしの可能なパネル状になったポケットの中にはC4可塑性爆薬や細々とした装備品、個所によってはサブマシンガンや拳銃用の予備弾倉。背中にはなにも無い――コートを羽織るのに邪魔になるだけだ。
ベストの上からショットガンの弾薬ベルトを襷掛けにし、その上に射出式擲弾の弾薬帯を襷掛けにしてから、アルカードは
黒色テフロン加工の施された二挺のSIGザウァーX-FIVE自動拳銃のホルスターを取り上げ、アルカードはそれぞれ定位置にホルスターを取りつけにかかった。右手用のホルスターは左腰の前に、左手用のホルスターは右腋の下に。位置決めは慎重にしなければならない――若いころ、父親に散々口煩く仕込まれたことだ。
それが剣であれ銃であれ、あるいはほかの得物であれ同じことだ。いったん好みの位置が決まったら変えないことだ。
まずいことになって得物を抜こうとしたら、そこに無い――ほんの拳ひとつぶん横にずれていただけで、死ぬことになる。
ホルスターをきちんと固定したところで、部屋の隅に置かれた姿見に向き直り、アルカードはおもむろに自動拳銃を一挺ずつ抜き放った。最初はどこかに引っかかりや不具合が無いか確かめるために素早く、二度目はきちんと脳裏に思い描いた動きをなぞれているか確認するためにゆっくりと、三度目は通常の速度で。
結果に満足したところで、アルカードは自動拳銃の弾倉を抜き取った。デスクの上に並べた弾倉を一本一本手にとって、フィーディング・リップに欠けや変形などの損傷が無いことを肉眼で確認する。
問題が無いことを確認してから、アルカードは自動拳銃のスライドを引いた。子供たちや民間人が頻繁に出入りする関係で安全管理上実際に出撃するとき以外は弾薬を抜いているので、薬室は空になっている。
排莢口から薬室の内部を覗き込んで銃身後端部に損傷や変形が無いことを確認してから、アルカードはデスクの上に置きっぱなしにしていたボール箱の中に詰め込まれた九ミリ口径の弾薬を一発抜き出して排莢口から押し込んだ。
スライドストッパーを押し下げてスライドを復座させ、薬室を閉鎖する――アルカードはPCデスクの上に並べてあった弾倉の一本を手に取ると、手にしたX-FIVE自動拳銃のグリップに叩き込んだ。これでこの九ミリ口径はコンバットロード、弾倉の装弾数に加えて薬室ぶんのプラス一発、計二十発が装填されている状態になった。
指に喰い込みそうなほど鋭い鋸状のセレーションに指をかけ、勢いよくスライドを引く――同時に排莢口から弾き出された弾薬が、くるくると回転しながら固い絨毯の上に落下した。
三回同じことを繰り返して装填と排莢に問題が無いことを確認してから、弾倉を抜き取って銃をテーブルの上に戻す。床の上に落下した九ミリ口径の弾薬を拾い上げ、アルカードは抜き取った弾倉に一発ずつ押し込んだ。再びフル装弾の状態になった弾倉を、X-FIVE自動拳銃のグリップに叩き込む。
もう一挺も同じ様にしてからホルスターに戻し、アルカードはマットの上に置かれたMP5サブマシンガンを取り上げた。
コッキングレバーを引いて排莢口から薬室内部を覗き込み、
サブマシンガンを左腋に吊って、ベッドの上に放り出していたコートを羽織る――難燃性を持たせたスペクトラ・シールド化学繊維に、チェーンメイルをはさみ込んだ外套だ。
そこでいったん手を止めて、アルカードは最後に残った水平二連のセミオート式のショットガンを手に取った。
ガス圧動作式のセミオートショットガンをふたつくっつけた様な構造のショットガンも左右の銃身個別に装填と排莢の点検を行い、結果に満足してから、アルカードは手を伸ばして室内燈のスイッチを切った。
一瞬真っ暗になったあと、すぐに白黒で構成された熱源映像の視界が開ける――運転の邪魔になるのでホルスターのハーネスを掴んでぶら下げる様にして持ち、同じく邪魔になる手甲もまとめて持って、アルカードは部屋を出た。
普段のものとは違う膝下まであるブーツに足を入れ、玄関の上がり框のところに置いてあった脚甲をブーツの上から取りつける――蛇腹状に装甲を組み合わせた脚甲はかなり伸縮性が高く、歩く、走る、跳ぶといった動作に加えて素材の硬度に頼ってかなり薄く造られているので車の運転の様な繊細な動作も出来る。
最近はやらなくなったけど、この格好でオートバイを運転したりもしてたしな――
最後にそれをしたのは小泉純一を仕留めに行った篠原工業製作所、それ以降は犬を飼い始めたこともあってプライベートも含めてほとんど触らなくなってしまった。つい三ヶ月前の話なのに十年近く前のことに思える記憶を懐かしく思い出しながら、アルカードは何度かその場で屈伸したり足首を伸ばしたりして脚甲の具合を確認した。
具合に満足して表に出ると、すでに三人の少女たちが扉を囲む様にして立っていた。
「準備はいいか」 そう答えると、フィオレンティーナが小さくうなずいた。こちらは吸血鬼相手は初陣だからだろう、やや緊張した面持ちでパオラとリディアも小さくうなずく。
「行こうか」 手早く扉に施錠して、アルカードは歩き出した。
「前々から疑問だったんですけど」 歩きながらかけられたフィオレンティーナの言葉に、肩越しに振り返る。
「ん?」
「その鍵、どこにしまってるんですか?」 アルカードが手にした鍵束をポケットに入れる様子が無いのに、いつの間にか姿が見えなくなっていることに疑問をいだいているらしい――アルカードは歩きながら、左手を彼女の前に差し出した。
掌の上に載った鍵束が、左腕の中に沈み込んでゆく――鍵束が完全に水銀の中に沈んでしまうと、代わりに車のキーをまとめたカーボン製のキーケースが姿を現し――それまで人間の腕の擬態を解除していた掌の表面が、再び人体の質感を取り戻した。
「腕の容積に納まる範囲内だがな、けっこう便利だぞ」 ナイフとか爆薬とか小型の拳銃とかな、水や異物が混入する可能性もゼロだし、絶対失くさないし――そう続けると、フィオレンティーナは納得した様にうなずいた。
「ソバちゃんたちは、置いといて大丈夫なんですか?」 というリディアの質問には、もちろんとうなずいておく。
「大丈夫だろう。ちゃんと飲み水は換えてきたし、もう寝てたしな――どのみち今夜じゅうに戻る。必要以上に気を使う必要も無いさ」
そう答えて、アルカードは庭を廻り込んで塀の扉を開けて駐車場に出た。キーケースを軽く握り直して、中から片手でキーを引っ張り出す――キーレスエントリーを操作してドアのロックを解除し、アルカードはこちらに尻を向けて駐車されたジープ・ラングラーのバックドアを開けた。
手甲とショットガンを放り込みながら、
「君たちはなにも荷物は……無いな」
護剣聖典があるのでことさらに装備を必要としない少女たちを見遣って、アルカードは自分で質問に回答をつけた。
「その手ぶらっぷりは、時々うらやましくなるな」 というつぶやきをどう受け取ったのか、少女たちは特になにも言わなかった。
バックドアを閉め、少女たちを促して運転席に廻り込む――運転席に乗り込むのとほぼ同時に、フィオレンティーナが助手席に滑り込んできた。
後部座席でドアを閉める、バンという音が二度聞こえてくる。アルカードは手を伸ばして、フィオレンティーナの目の前、ダッシュボード上に置いてあった機材を取り上げて、とりあえずフィオレンティーナの手の中に放り込んだ。
「じゃあ、これを持っておけ」 アルカードはそう言って、手に取った機材を後部座席の助手席側に座っていたパオラにも差し出した。反射的に手を出してそれを受け取ったパオラが、使い方がわからずに目を白黒させている。
それにはかまわずに、アルカードは残るリディアにも同じものを差し出した。
「これは?」 条件反射で受け取った機材を手に戸惑った様子で尋ねてくるパオラに、アルカードは説明した。
「特殊部隊用途の超小型無線機だ。声帯の振動を直接拾い出すマイクと、頭蓋骨を通じて振動を伝播させて聴覚に音声を伝えるスピーカーからなってる」
「……オカルトの権化みたいな貴方からこういうものを渡されると、やっぱり戸惑いますね」
使い方がわからないからこちらの指示待ちなのだろう、フィオレンティーナが機材を手にそんな感想を口にする。それを聞いて、アルカードは自分のぶんを用意しながら小さく笑った。
「それ言ったらメルヘンとファンタジーの権化のはずの魔術使いは、五百年くらい前の時点でバッテリー式の
「さて、使い方を説明しようか。今回はたぶん必要にならないだろうが、俺の弟子たちにはいつも持つ様にさせてるものだ。君たちも、持っておいて損にはならないだろう」
*
縁側に腰を下ろして沓脱石に足を置き、小さいながらも立派な日本庭園を眺めながら、アルカードは小さく息を吐いた。
つくづくおかしな雲行きになったものだ。
瓢箪型の池の中で泳ぐ鯉と池周りの石の上から
「――おや? はじめて見る顔だね」 ちょうど庭に足を踏み入れてきた八十歳くらいの老人が、こちらを認めてにかっと笑う――アルカードが立ち上がったとき、同じ角からマリツィカが姿を見せた。
「あ、アルカード」
「君の親戚かね」 老人がマリツィカに視線を向けると、マリツィカはちょっと考え込んだ。うまい言い訳を思いついたのか、
「従兄弟――そう、従兄弟です! 今ルーマヌアからこっちに来てて」 噛んだな――そんなことを考えながら、アルカードは老人に向かって小さく礼をした。
説明を求める様にマリツィカに視線を向けると、
「えっと、本条さん。このへんの地主さんで、この家を譲ってくれた人」
「どうも、本条兵衛だ」 老人がそれまでかぶっていた帽子を取って、すっかり禿げ上がった頭を見せてお辞儀する。見た目はよぼよぼの老人だが足腰はしっかりしている様で、姿勢もよくお辞儀の動作もきびきびしていた。
「アルカード・ドラゴス――です。よろしくお願いいたします」 老人の動作をそのまま模倣する様に一礼すると、老人はちょっと笑い、
「日本語が巧いな、兄さん」
「そうでしょうか? 下手なほうだと思いますが」
「うん、知り合った直後のここの家主とかに比べればな。発音は外人さんだしまあおかしいといえばおかしいが、少なくとも片言ではないからね」 老人はそう言ってから、
「そこに座っとったんなら、同席してもかまわんかね? そこの隅の桜を眺めるのが楽しみでな」
「それでしたら、私は退散しますので――」
「いやいや、そんな失礼なことは出来んよ。邪魔はせんからそのへんに座らせておくれ」
どうぞ、と答えると、老人はそれまでアルカードが座っていた場所に腰を下ろした。
「よくここに来られるのですか」 隣に腰を下ろしながら尋ねると、老人は庭の隅のほうに植えられた樹齢数百年を超えていそうな大きな桜を愛おしげに眺めつつ、
「うん、そこの桜だけ見たいときに見に来させてくれる様に、ということだけ条件にして譲ったんだよ――ところで兄さんは酒は飲めるのかね?」
同じ様に葉っぱだけになった桜の木を眺めながら、アルカードはうなずいた。
「ええ、まあ」
「おお、それは重畳――この家は爺さんしか飲まんからね」
本条がうれしそうにそう言ったところで、酒のつまみらしい簡単な料理を満載にした盆を手にしたアレクサンドル老が廊下の角から姿を見せた。
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