Ogre Battle 54

 そんな胸中を知る由もなく、金髪の吸血鬼が話を続ける。

「奥様の遺体を屋敷から運び出して近くに隠したあと、街に降りてみたんだが――そのころには街の住人の死体があらかた噛まれ者ダンパイア喰屍鬼グールに変わっていたよ。ドラキュラが直接噛み殺せば喰屍鬼グールになることはあり得ないから、ほとんどはドラキュラが直接噛んだ被害者じゃなくてドラキュラが噛んだ個体の被害者だったんだろう」

 ロイヤルクラシック本人や『剣』が噛んだ被害者が、喰屍鬼グールとして蘇生する確率は極めて低い――しかしそれ以外の場合、たとえ真祖本人の被害者であっても、真祖配下の噛まれ者ダンパイアの被害者が噛んだ被害者は被害者本人の適性と吸血加害者の能力次第で喰屍鬼グールに変化する。

 屋敷近くの街で野放しになっていた噛まれ者ダンパイアたちの適性がそれほど高くなく、そのために街を襲った噛まれ者ダンパイアたちの吸血鬼としての能力が低かったのか、それとも――

「そのときでようやく――当時は時計なんて無かったが――夜の二十時くらい、本能的に昼を恐れる噛まれ者ダンパイア喰屍鬼グールが日の出前に隠れ潜む日陰も隠れる時間も十分にある。だから奥様の遺体を埋葬する前に、蘇生したブカレシュティの住民を皆殺しにした」

 淡々と語ってから、アルカードは肩をすくめた。

「詳細というほどでもないが、俺が吸血鬼化した顛末はそんなところだ――蘇生直後にドラキュラに攻撃を仕掛けられたことから想像はつくだろうが、俺はヴェドゴニヤではなく真祖として蘇生した」

 だから噛み跡が無いんだよ、とアルカードがハイネックのコンプレッションウェアの首元を引っ張って、自分の首筋を晒し出してみせる。

「ドラキュラの魔素が残ってるのと、八十年ほど前にカルカッタでセイル・エルウッドと戦ったときに千人長ロンギヌスの槍で刺されたことが原因で、魔力制御が十全じゃないがな――ロイヤルクラシックの大半が普通に使える大規模魔術の行使が出来ないのは、そのためだ。ほかにも能力がいくらか制限されてる――文句を言っても始まらんがな」

 そう言って、アルカードは少ししゃべり疲れたのか言葉を切った。

「そんなわけで――お嬢さんにはもう言ったんだが、俺はヴェドゴニヤでもなければドラキュラの『剣』でもない――俺が人間に戻るためにドラキュラを追ってるだのドラキュラの『剣』だったのいう来歴は、セイル・エルウッドが俺を聖堂騎士団に引っ張り込んだ際に吸血鬼アルカードと聖堂騎士団の直接対決を回避する理由としてでっちあげた大嘘だ。『吸血鬼』アルカードの姓が、その名ほどには知れ渡っていないのもそのためだ――そもそも名乗ったこと自体がほとんど無かったのもあるが」

 そう言って、アルカードは席を立った。

「言った通り、俺は噛まれ者ダンパイアじゃなくロイヤルクラシック――ドラキュラを斃したところで、俺が人間に戻ることはもう無い。母もとうにこの世にはいないだろうし、俺がドラキュラを追うのはワラキアで死んだ者たちの仇を討つためだ――本人たちが望んでいるかどうかは知らんが、どのみちあれを生かしておくわけにはいかないからな」

 それで話は終わりなのか、アルカードは空になったピザの箱をまとめにかかりながら、

「ま、俺の話はそんなところだ――たいしたことでもなかっただろ?」 どことなく苦笑気味の笑みを浮かべて、そう言ってくる――箱はあとで潰すつもりなのかキッチンのシンクの上に適当に放り出し、キッチンの入口の柱にもたれかかって、アルカードは普段とは違う暗い笑みを浮かべた。

「俺は俺の不始末の始末をつけたいだけだ――ドラキュラを殺し損ねたこと、グリゴラシュを仕留め損ねたこと、まがりなりにも武将の家の子でありながら国の民を守り損ねたばかりか、自分で手にかけたこと。グリゴラシュのことは特に、俺がもっとちゃんとあいつのことを見ていれば、あいつはあそこまで歪まなかったかもしれない。そうすれば少なくとも、お嬢さんは家族を亡くして今の境遇に置かれることはなかっただろう。今日のドラキュラによる被害の拡大は、全部俺がしくじったのが原因なんだ――だから、カタは俺がつけないとな」

 

   *

 

 目を覚ますと、空はすっかり白んでいた――木々の枝葉の向こうに覗く青空を見上げて、ヴィルトールはひとまず息をついた。

 残党捜索の手はここまで及んでいないのか、それともすでに終わったと判断されたのか。

 ヴィルトールはしばらく周囲の様子に耳を澄まして、人の話し声や不自然な足音が聞こえてこないかを確かめた――時折獣の足音や鳥の鳴き声が聞こえてくる以外は、静かなものだ。

 ルステム・スィナンを討ち取ったあとオスマン帝国軍の砲兵部隊による攻撃を受けてから三日。

 散り散りになった部隊が、離散時の再集結予定地だったこの場所に集結してくる様子は無い――全員が斃れたか捕虜になったか、あるいはここに来るのは無理と判断して各個に潜伏しているのだろう。

 どのみち集結には期限が切ってあり、昨日までに集結しなかった者は死亡したものと看做して、集まった者だけで行動を起こす手筈になっていた――念のため一日余分に待ってみたが、やはり誰が来る様子も無い。

 潮時か……

 胸中でつぶやいて再度周囲の様子を窺い、とりあえず周囲は安全だと判断して、ヴィルトールはそれまで潜伏場所にしていた太い枝の上から飛び降りた――地面の上に転がる様にして受け身を取り、身を低くしたままあらためて周囲を見回し、痕跡が無いことを確認する。

 地面に残ったわずかな足跡と、太い枝に残った縄の擦れた痕はどうしようもない――樹皮を剥いで木の幹に痕跡を残さないために縄を両端の余長が均等になる様に枝にかけて折り返しの両側を握り、腕の力だけで枝の上まで縄を攀じ登って縄を樹上に引き上げたのだ。

 近隣の猟師小屋の主には迷惑をかけてしまったが、小屋は荒れ放題で朽ちた扉から入り込んだ動物の糞尿だらけ、少なくとも数年は誰も入った痕跡が無かったから、たぶん主は備品の紛失に気づきもしないだろう。

 明るくなってきても光が枝葉に遮られて枝の周囲は薄暗いし、擦れ跡は枝の上側についている。まず発見される恐れは無いはずだ――人間がなにかを探すなら、視線を目の高さより下に向けている時間のほうが圧倒的に長い。樹皮が剥がれるなどして木の幹に痕跡が残っていなければ、いちいち樹上を確認したりはすまい。

 十分に時間がたったあと、あるいは自分がそこを離れる直前であるのなら、わざと火を焚いて煙をあげたり、その燃えカス等をいくらか地面に残すなど、故意に痕跡を残して敵に発見させるのも悪い手ではないが――痕跡の周囲を中心に捜索を行う、もしくはそこを中心に捜索隊を再編することになるからだ。

 その場で放置していくわけにもいかないし、また使う可能性もあるので、ヴィルトールは巻いて束ねた荒縄を襷掛けにする様にして肩に引っ掛けた。

 なるべく地面が剥き出しになっていないところを選んで、歩き出す。周囲に対する警戒は怠ってはならない――自分に周囲が見えるということは、当然周囲からも自分が見えるということでもある。本当は夜間に行動するほうが発見されにくいのだが、明かりの無い森の中を夜間に移動するのは自殺行為だ――露出した木の根に躓いたりちょっとした段差で落ちる、視界の利く状況ならなんということもないものが、夜間には即死の危険を孕んでいる。火を熾すことは出来るが、松明を持ち歩くなど自分の居場所を叫んでいる様なものだ。

 明るくはなってきたものの枝葉に遮られて太陽が見えないので、方角がわからない。とりあえずは林縁まで出る必要がある。

 空腹に腹が鳴って、ヴィルトールは小さく舌打ちした。夜間に火を使うと発見される危険が増えるので、捕えた野生動物の加熱調理はもっぱら昼間行っていた――昼間なら火の光は目立たないし、煙は枝葉の隙間を抜けるうちに薄れて見えなくなる。

 ここ数日は栗鼠の様に樹上にとどまって周囲を監視する生活を余儀無くされており、地上に降りるのは食料調達と食事、排泄だけだった。

 近場にいた兎を捕らえて食いつないでいたのだが、解体した内臓や皮の処分が厄介ではあった――きちんと埋却して痕跡を消さないとすぐに見つかる。

 それに――胸中でつぶやいて、ヴィルトールは周りを見回した。どのみちあまり長いことここにとどまることは出来ない。野生動物を捕らえることもあまり繰り返していれば痕跡を発見されるだろうし、兎などの肉は量が潤沢であってもそれだけ食べていると死んでしまうことがままある(※)。

 ただ、じり貧であるというその一点に関しては今の状況もさして変わらないが――皮肉に唇をゆがめながら、次に足を置くのに向いた場所を探す。

 日が落ちてからは木の枝の上に腰を落ち着けて、食料は一切口にせずにじっとしているしかなかった――粗食も空腹も慣れてはいるが、まあ腹が鳴るのを抑えられるわけでもない。行動能力が落ちるだけでなんの役にも立たないので水をがぶ飲みすることは選択肢から締め出し、食用になる草を毟って軽く噛む。

 この近くには草食の獣が棲んでいるから、草が毟られていても誰も気に留めないはずだ――噛んでずたずたになった草の残骸を茂みの中に投げ込んで、ヴィルトールは少し足を速めた。

 決戦から三日。オスマン帝国軍がすでにトゥルゴヴィシュテに侵攻していても、おかしくはない――ただ、あの兵力は野戦には向いていても城攻めには向いていない。

 城攻めには装備も兵力も少なすぎるから、恐らくどこかで別動部隊と合流するのだろう――部隊や指揮系統の再編も考慮すると、それなりに時間はかかるはずだ。砲兵部隊に歩調を合わせて進軍するなら、トゥルゴヴィシュテに到達するにはもう少し時がいるかもしれない。

 トゥルゴヴィシュテはドラキュラ公爵の居城で、現状におけるワラキア公国の本丸だ。

 当然、帝国軍はそちらを占領しようとするだろう。ワラキア軍にもまだ戦闘能力を残した残存部隊は残っているだろうし、彼らも最後の抵抗のためにトゥルゴヴィシュテの守りを固めようとするはずだ。

 となれば、トゥルゴヴィシュテに向かうのが上策か――ただ、気になることがふたつ。ひとつはブカレシュティに残した家族と、後送された父親の安否。

 それともうひとつ――ワラキア公ヴラド・ドラキュラ公爵が、数日前に暗殺されたという噂は本当なのだろうか?


※……

 一般的にウサギ飢餓と言われるものです。

 兎肉は蛋白質を豊富に含む半面脂肪分がほとんどなく、蛋白質の過剰摂取の状態に陥って死亡することがあります。

 蛋白質は摂取カロリー総量の五十パーセント未満に抑えるべきだとされており、この数値を超えると危険です。

 ボディビルダーのマッスル北村氏はプロテインその他高タンパク質の食事を大量に摂取して体脂肪率は三パーセントを下回っており、事実上ウサギ飢餓の状態で亡くなった様です。

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