Ogre Battle 27

 

   †

 

「まったくあの男は、相変わらず協調性の欠片も無いったらないですね」

 ぶつくさと文句を言いながら、フィオレンティーナが手にした買い物籠に適当にお菓子を放り込む――どうやら渡された高額紙幣三枚を、単なる嫌がらせで使い尽くすつもりらしい。もっともリディアにしてみれば、それをアルカードが目にしたら籠の中身はフィオレンティーナが全部食べること、と言い出すオチが目に浮かぶ様ではあったが。

 アルカードはまだ戻ってこない――本人はトイレに行くと言っていたが、これだけ時間を喰っているということはどうやらトイレではないらしい。

「お姉ちゃん怒ってるね」 蘭の耳打ちに、リディアは中途半端な笑みを浮かべてうなずいた――どう答えるべきか微妙なところではある。

 なにも考えずにポイポイ籠の中に売り物を放り込んでいくフィオレンティーナの背中を見ながら、リディアは溜め息をついた。

 最近どうにも、フィオレンティーナは様子がおかしい――妙に怒りっぽいというか(否、それは前からか)、時折妙に情緒不安定に見えるのだ。

 妙に元気かと思ったら理由も無く意気消沈していたり、普段のフィオレンティーナを知るリディアからしてみれば不思議なくらいの落ち着きのなさだ。

 今度はとうきびチョコレートを籠に放り込んでいるフィオレンティーナを見遣って、リディアは小さく息を吐いた――あの調子ではアルカードから受け取ったお金は、まったくお釣りが残らなさそうだ。

 少し離れたところからあきれた表情でフィオレンティーナを見遣りつつ、パオラがかたわらの凛に話しかける――凛は襷掛けにしたポシェットから子供用の携帯電話を取り出して、なにやら操作してから耳に当てた。

 話しながらこちらに歩いてきた凛に、フィオレンティーナが誰ですか、と声をかける。アルカードだよと凛が答えると、フィオレンティーナは代わってくださいと言って携帯電話を受け取った。

「アルカード? いったいいつまでかかってるんですか――わめくって、別にそんな大声は出してません。いいから、早く戻ってきてください。冷蔵のお菓子がぬるくなっちゃいますからね。聞いてますか? ちょっと――」 そこでいったん電話を耳から離してディスプレイを確認し、フィオレンティーナは携帯電話をたたんで凛に返した。

「切りました」

「フィオ、ちょっと声が大きいわよ」 パオラの呈した苦言に、フィオレンティーナは周りを見回した――意外に耳目を集めていることに気づいたらしく、ちょっとあわてた様子で周囲をきょろきょろと見回してから、再び籠にお菓子を放り込む作業に戻る。その様子が露骨に怪しい。

 相変わらずぶつくさ文句を言っているフィオレンティーナのかたあわらに歩み寄って、凛がその袖を引っ張った――夕張メロンゼリー(アミノ酸入り)を籠に入れようとしていたフィオレンティーナが、作業の手を止めて凛に視線を向ける。

「なんですか?」

 受け取った携帯電話を上着のポケットにしまいながら、凛が口を開く。

「お姉ちゃんは、アルカードが嫌い?」 唐突な言葉に、フィオレンティーナが目を瞬かせる――それにはかまわずに、凛は続けた。

「凛はアルカードが好きだよ。いつも遊んでくれるし、おじいちゃんやおばあちゃんにも優しいし、わんちゃんたちも飼ってくれたし。お姉ちゃんは、どうしてアルカードに怒ってばっかりなの?」

 どう説明すればいいかわからないのだろう、フィオレンティーナが沈黙する。

 まあ、静かになったのは結構なことだ。アルカードが言いそうな感想をいだきつつ、リディアはしばらくフィオレンティーナの様子を観察した――フィオレンティーナはどうにも、自分の感情をどう説明したらいいのかわかりかねているらしく、何度ももの言いたげに口を開きかけては閉じるということを繰り返している。

 と、そこに、

「お、いたいた。アルカードお兄さんのお戻りですよっと」 あまりやる気の感じられない口調でそんなことを言いながら、アルカードが姿を見せる。彼は手にした焼いた豚肉の切り身みたいなもののパックをフィオレンティーナの手にした籠に入れようとして、そこで動きを止めた。

「なんだこれ」 籠いっぱいの、それも手当たり次第に突っ込まれたお菓子の山を目にして、アルカードが顔を顰める。

 リディアは日本円とユーロのレートなど詳しくは知らないが、とりあえずアルカードの渡した三万円では足りないのはわかる。

 彼はパオラに視線を投げ――アイコンタクトで大体の事情を察したのか、ふゥと溜め息をつくと、

「それはお嬢さんのぶんだな? さっき渡したので足りないぶんは出してやるから、ちゃんと全部自分で喰えよ」

「ええ!?」 おおむね予想通りの反応に思わず声をあげるフィオレンティーナを無視して、アルカードが凛と蘭を促して歩き出す――不機嫌そうな声音を出していたが、フィオレンティーナに背を向けた途端に口元が緩んでいるあたりおおむねリディアの予想通りの心理が働いたらしい。

 あわてているフィオレンティーナにはそれ以上かまわずにあらためて手近な陳列棚を物色しているアルカードのかたわらに歩み寄ると、予想通りというかなんというか、アルカードは露骨にうれしそうに邪悪な顔で笑っていた。

 性悪。胸中でつぶやいたとき、アルカードがリディアに視線を向けた。

「なんだ?」

「いえ、なんでも」 視線をそらしてかぶりを振ると、アルカードはそうか?と首をかしげ、

「君のいるあたりから、俺のことを性格悪いと詰る視線を感じたんだが」

「それは『ひがいもうそう』だと思うの」 蘭が足元からそう口をはさむ。

 どこで覚えたのそんな言葉、と返しつつ、アルカードは首をすくめた。彼はそのままフィオレンティーナのほうに視線を向け、彼女が棚に戻すべきか迷っている様子だった買い物籠をお札もろとも奪い取った。

「結局買うんですか?」 パオラの言葉に肩をすくめ、アルカードは持っていた自分の選んだ品を籠に放り込んだ。

「だってあれだよ、見たところ冷蔵の品物が結構あるし。今更返すわけにもいかないしな――ところで俺完全に忘れてたんだが、君たち鍋とか食材とか買って帰るとか言ってなかったっけか?」

 そういえば、とリディアは手を打った。一階に着くなり子供たちが物産展に走り込んでいったのでそのまま忘れていたが、もともとはそういう予定だったはずだ。

「どうしましょう」

「否、聞かれても」 そう返してから、アルカードは建物の出入り口の脇を指差した。

「あそこに冷蔵品も置いておける貸しロッカーがあるから、清算したらあそこに置いておこうか。そのあと買い物でもなんでもすればいい」

 リディアがうなずくと、アルカードは彼個人が買いたかったものらしい品物をいくつか追加してからレジに歩いていった。

 数分後大きな買い物袋をふたつ手にして売場から少し離れた休憩所のところで待っていた少女たちのところに戻ってくると、

「なんだよ、五万六千円って」 あきれた口調でそうこぼしてから、そのまま歩みを止めずに貸しロッカーのところまで歩いていった。

 出費がかさんで微妙に愚痴っぽくなっているらしい――最終的に買う決断をしたのは自分なのでそれ以上言うつもりは無いらしく、戻ってきたときには平然とした表情ではあったが。

「さて、食品売り場はあっちだ――時間はかかるか?」

「いえ、そんなにかからないと思います。アルカードもなにかほかに用事があるんでしたら、そっちに行っててもらっても大丈夫ですけど」

「否、特に無いからいい――そろそろアイスボックスが足りなくなるから買い足していかないといけないし、俺もそっちに行こう」

 アルカードの部屋の冷凍庫から常に無くなったことの無い氷菓の名前を出して、アルカードがそんなことを言ってくる――フィオレンティーナいわく、カップに入った氷の様な氷菓を箱買いしているらしい。

 アルカードの部屋にあったゴミの中にプラスティック製のカップ状容器が大量にあったことから察するに、あながち冗談でもなさそうだ。

「じゃあ行こうか」

 アルカードはそう言って、凛と蘭を促して歩き出した。

「アルカード」 その背中に声をかけると、吸血鬼はん?と足を止めて振り返った。傍らをすり抜けて食料品売り場のほうに歩いていくパオラとフィオレンティーナにちらりと視線を投げてから、再びこちらに視線を戻す。

「アルカード、最近フィオとなにかありました?」

「なにかって?」 軽く首をかしげて、アルカードがそう答えてくる――言われてわからないということは心当たりが無いか心当たりがありすぎてどれのことかわからないのかのどちらだが、きっと彼の場合は後者だろう。

「最近フィオの様子がおかしいんですけど、なにか心当たりが無いかと思って」

「そんなこと言われてもなー……どれだろう」

 こないだの坊やのスカートめくりかな? でもあれは俺はなにもしてないしな――見えてないから俺は無罪だと思うんだがどうだ?とこちらに問いかける様な視線を向けてくるアルカードに、リディアはかぶりを振った。

「知りませんそんなの」

「ふむ。女の子は痴漢冤罪をかぶせられそうになったとき、味方にはなってくれないか」

「冤罪だったら味方しますよ。それで、ほかには?」

「こないだ神父さんの教会で犬にまとわりつかれてるお嬢さんに犬をけしかけたこととか? それとも、最初にうちの部屋に運び込んだときかな」

「そのときになにを?」 尋ねると、アルカードはそのときのことを思い出すかの様に遠い目をしながら、

「お嬢さんがカーミラに血を吸われて貧血状態なうえに配管の錆が大量に交じったスプリンクラーの水でずぶ濡れになってたから、部屋に連れてってシャワーで体洗って着替えさせた」

「……アルカードが?」 それは嫌われても仕方が無い。そう思ってかぶりを振りつつ尋ねると、アルカードはあっさりとかぶりを振った。

「アンが」 さすがに年頃の娘さんをみずから脱がせて体洗う度胸はありません、と言ってから、アルカードは平気な顔で付け加えてきた。

「でもお嬢さんは、俺がやったと思ってるんじゃないかな」

「……どうしてですか?」

「否、だって――彼女とその話ししたときに、俺、俺が脱がせたって言っちゃったし」 アルカードはそう言ってから軽くかぶりを振って、彼女の体を洗う大役をみずから実行しようが他人に押しつけようが、あの子に着せてたTシャツが思いきり引っ張られて着られなくなった現実は変わらんのだけどな――そんなぼやきを付け加えてくる。

「アルカード、人間だった頃もてなかったでしょう」

「なんで?」 リディアの言葉に、アルカードがそう返事をしてくる。

「性格が意地悪だからもてなさそうです。黙ってれば見た目は悪くないと思うんですけどね」

 アルカードはその苦言に適当に肩をすくめ、

「パオラにも似た様なことを言われたよ。あいにく人間五百年も生きてると、性格なんぞ今更変わり様もないんでな――君たちの言う理由で俺の人生女っ気が無かったなら、これからも女っ気無いわけだ。まあ、それはそれで気楽だと思うが――ああ、ちなみにアン本人はお嬢さんの洗濯を引き受けたことは覚えてない。変な疑いをかけられても困るから、気は進まないが魔眼の出力を上げて強制力を持たせたからな」

「説明しないんですか?」 リディアの質問にアルカードは踵を返しつつ、

「お嬢さんにか? からかうネタになりそうだからしない」

 リディアの視線の温度が徐々に下がっていることに気づいた様子も無く――否、気づいているのだろうが――、アルカードはそれで話を終わりにして歩きだした。

 それに追いすがって、話を続ける。

「そうやって必要なフォローをしないから、アルカードは誤解を受けると思うんです」

「それが楽しいんじゃないか」 その言葉に強烈な脱力感を覚え、リディアは足を止めて大きな溜め息をついた。

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