Ogre Battle 28

 

   †

 

 なにやらぐったりした様子のリディアをその場に残し、アルカードは食品売り場に足を踏み入れた。

 食品売り場自体にはあまり用は無いのだが、ここの食品売り場に一風変わった食材を売っているテナントがあり、そこは重宝している。

 ゲームヘンやブロイラー、七面鳥、牛肉や豚肉を塊で売っているので、手の込んだものやちょっと変わったものを作りたいときに役に立つのだ――そして普段のアルカードの食生活を知る人々に言わせると、彼の作るものは八割がたそういったものらしい。

 なお、先日少女たちに振舞った鴨肉のスモークも、食材の出所はここだった。

「なんですか、このお店」 そのまんま『変な物屋さん』という屋号の看板を見上げて、リディアがそんな言葉を口にする。本来の目的はパオラが実行しているからついていく必要も無いということか、リディアはこちらについてきたらしい。

「否、ただのちょっと変わった食材を扱う肉屋だぞ?」 と返事をして、アルカードは店に足を踏み入れた。こちらに気づいた若い女の子の店員――ここの店主で、経営者の娘だ――が、こちらを振り返って笑顔を見せる。

「あ、こんにちは、ドラゴスさん。今日はなにをお探しですか?」

「こんにちは、加奈ちゃん。俺はつきあいで来ただけだから今日はなにも――なにか面白そうなものある?」 そう答えると、彼女は耳につけたイヤリングを片手でいじりながら――考え事をするときの癖らしい――冷蔵ケースの中を見遣って、

「ブロイラーを発注ミスで普段の倍頼んじゃったから、それがお勧め……かしら。よかったらどうですか?」

 アルカードは声をあげて笑い、

「あるある。じゃあみっつばかりもらおうか。あとそっちの豚バラの塊を一・五キロほど、あとそっちの牛の肩ロースも」 そう答えたところでリディアがこちらに話しかけてきたので、ふたりが連れだと気づいたらしい――加奈はリディアのほうを見遣って、

「あら、その人が例の彼女? なんか近所のおばさんが言ってましたね、彼女が出来たって」

 ああ、池上さんも言ってたアレか――胸中でつぶやいて、アルカードは首を振った。

「違うよ――ていうかその噂デマだから」

 火消ししといて、とあまり期待せずに言っておく――彼女自身も噂好きなほうなので、この事態は燃料投下にしかならないだろう。

 アルカードはリディアのほうを視線で示し、

「この子はうちの店員だよ。リディアだ――彼女は倉田加奈ちゃん。うちの店の精肉の供給先の娘さんだ――ここは供給先の会社の直営店なんだよ」

 アルカードはそう言って、中抜きした丸鶏を手早く包装していく彼女の手際を見守った。下手をすれば売れ残って廃棄になりかねないのが売れたのがうれしいのか、妙に上機嫌でにこにこしている。

 壁際に並べられた香辛料を物珍しげに見て回っているリディアから視線をはずして、しばらく無駄話でもしていこうかと思ったとき、

「あ、アルカードいた!」 幼い声とともに、凛と蘭が店に入ってきた。それに続いて、鍋やらスパゲティやらトマトの水煮缶やらが入った買い物袋を両手にぶら下げたフィオレンティーナとパオラが店に入ってくる。

「あら、千客万来。珍しい」 塊の豚肉を包装しながら、加奈がそんな言葉を口にした。彼女はパオラとフィオレンティーナ、リディアを順繰りに見やってから、

「……アルカードさん……」

「はいなにも言わない、他言もしない」 なにか言いかけたのを黙らせて、アルカードは加奈の手から袋を受け取った。

 さすがに合計七・五キロはずっしり重いが、それだけで重量は問題にもならない。

「加奈ちゃんこんにちは」

 加奈はカウンター横から店舗に出てくると、ふたりの前でかがみこんで目線を合わせ、

「はい、こんにちは――今日はみんなでお買い物?」

「あっちでやってた北海道の物産展」

「ああ、チラシが入ってたアレ? わたしもお昼休みになにか買いに行こうかしら」

 いいものありました?と加奈がアルカードに話を振ってきたので、アルカードはかぶりを振った。

「酒は無かった」

「……わたしお酒は飲めないから、ほかのものにしとく」 そう答えて、加奈が立ち上がる。

「ところでなにかあったの?」 アルカードが尋ねると、蘭がこちらを見上げて返事をした。

「ご飯食べに行こう」 その言葉に、アルカードは腕時計に視線を落とした。すでに昼の十二時を回っている。それに気づいて、アルカードは胸中でだけ舌打ちした。失敗だった――この時間では、店内の外食店は軒並みふさがっているだろう。

「ああ、そうだね。なにがいい?」

「お姉ちゃんたちと話してたけど、相沢さんちのお蕎麦屋さんに行こうって話になった」

「アイザワさん?」 というリディアの発した質問に、アルカードはそちらに向き直り、

「ここのテナントの蕎麦屋だよ――リディアがそれでいいなら、そこに行こうか」

「食べたこと無いから行ってみたいです」 リディアがそう返事をしてきたので、アルカードは加奈のほうに向き直った。

「じゃ、またね」

「ええ、またよろしく」 笑顔で手を振ってくる加奈に手を振り返し、アルカードは店から出た。

 目的の蕎麦屋に向かう途中に、先ほどの土産物を入れた保冷ロッカーがある。さすがに食事に行くには邪魔になるが、ロッカーに預けていけば問題無いだろう。

 

   †

 

 先を歩いていたアルカードが、エスカレーターの横にあったロッカーの前で足を止める。全体の三分の一が普通の、三分の一が冷蔵機能つき、残り三分の一が冷凍庫機能つきになっているらしく、アルカードは冷蔵機能つきのロッカーの空きを見つけてそこに手にした買い物袋を押し込んだ。パオラはそれに倣ってフィオレンティーナとふたりで通常のロッカーに荷物を押し込み――アルカードのロッカーは、到底それ以上荷物が入りそうにない――、指定された枚数の百円玉を放り込んでロックした。

 そのままアルカードを追って、歩き出す――アルカードは蘭と凛と気楽に話をしながら、フードコートからは離れたところにある店舗に入っていった。

 

   †

 

「――を? 兄さんの彼女かね?」

 アルカードが店に入ったときの、店主の一番の反応はそれだった――ショッピングセンターの一階にある手打ち蕎麦屋の店主はそれまで見ていた小さな液晶テレビから目を離してこちらに視線を向け、

「あらー、ずいぶん大勢いるんだねえ」

 パオラの後に続いてぞろぞろと入ってきた少女たちの姿を目にして、すっかり禿げ上がった頭をぽりぽりと掻きながら、そんなことを言ってきた。

「……三人とも?」

「……そろそろ暴れてもいいですか」 顔見知りの店主に言葉少なにそう答え、アルカードは溜め息をついた。

 彼は店に来たときにフィオレンティーナと顔を合わせているので、彼女を紹介する必要は無い。アルカードはパオラとリディアに視線を向けて、

「兄さんの店のお嬢ちゃんも一緒かい。また両手に花というかなんというか、なんだって五人も」

「とりあえずそこから離れてくれませんか、相沢さん」 言いながら、一番奥の六人掛けの席を見つけてそこに歩を進める――昼過ぎだというのに、それほどにぎわっていない。

「アルカード、ここなんだか全然お客さん入ってませんけど……」 万が一でも店主の耳に入ったら気を悪くされると思ったからだろう、イタリア語で耳打ちしてくるリディアに、アルカードは適当に肩をすくめた――ここに来るときに外から覗いたが、自動で向きの変わる猫のぬいぐるみの置かれたラーメン屋やその隣のとんかつ専門店はこことは比べ物にならないくらいににぎわっていたから、客が馴染みの三人しかいない店内を見てリディアがそう言いたくなるのも無理は無い。

 まあそれは最初からわかっていたので、アルカードは気にしていなかった――蕎麦を食べてみたいという少女たちの希望に沿って連れてきたのだが、まあ少なくとも出される蕎麦の味は少女たちを失望させることは無いだろう。

「まあいいから」 言いながら、アルカードは連れの少女たちに着席を促した――店主の相沢は老夫婦ともつきあいがあるので顔見知りの蘭と凛が、カウンターに近寄って挨拶をしてから席のほうに歩いてくる。

 雰囲気も悪くないし味もいいし店も清潔なのだが、どうも店の配置の関係か、この店の入り口は印象に残りにくいのだ。そのせいでこの店はほかの店に比べて客が少ない――ただそのせいで騒がしくないのが逆に好まれるのか、近所にある病院や警察署、消防署や郵便局からの客が多い。客層が偏っているせいか、この店は平日に来たほうが客が多いのだ。

 アルカードもそのひとりで、たまに顔を出す――店主の相沢もそこそこに固定客がいて忙しすぎないのが気に入っているのか、客の入りに関して殊更に不平は無いらしい。

 もともとが大きいとは言えないがそこそこの業績をあげている中小企業の社長が息子に事業を譲ったあとで、兄の営む蕎麦農家から蕎麦を仕入れて道楽で始めたものなので、それほど金に困っているわけではないのだ――採算がとれているのかは怪しいところではあるが。

 まあ平日に関しては近所の病院の医師や郵便局員、警察職員などが割と入っているので、土日の客の入りははやるはやらないの判断材料にはならないのだろうが――外国人とハーフしかいないからだろう、細君が五ヶ国語で併記された写真入りのメニューをお茶と一緒に持ってくる。

「あらあら、美人さんばっかりね」 冷たい緑茶の注がれた湯呑を並べながら本気か冗談かそんなことを言ってくる細君に向かって、アルカードは適当に手を振った。

「似た様なことは、今朝甥御さんからも言われましたよ」

 その言葉に、警察官の中村なにがしの叔母に当たるその女性はあら、と微笑んでみせた。

「そうなの? 家庭不和が起こる前にちょっと叱っておかないといけないかしらね」

「奥さんに睨まれてましたよ」 そう言ってから、ほかの客の注文の蕎麦が出来たのか去っていく細君を見送ってアルカードはお茶に口をつけた。テーブルの向かいでお茶に口をつけ、なんですかこれ、と顔を顰めているフィオレンティーナに、

「なんだ、その顰めっ面」

「これなんですか? なんだかすごく苦いんですけど」 苦い、という単語がわからなかったのか、『なんですか』のあとをイタリア語に切り替えて、フィオレンティーナがそう言ってくる。

「緑茶だよ。名前くらいは知ってるだろ?」

「飲んだのははじめてです」 そう言って、興味深そうにパオラが湯呑に口をつける。

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