The Otherside of the Borderline 63
次の瞬間、周囲を圧した閃光と轟音に世界が押し潰される――視界を押し潰した白濁と鼓膜に残る残響は、もはや激痛の域にまで達していた。
「くっ――!」 小さく毒づいて、跳躍する――レイの頭上を飛び越えて、アルカードは狙撃チームの位置から死角になるであろう民家の裏庭へと身を躍らせた。もしレイがこの隙に自分から離れていれば、狙撃チームのいい
着地をしくじって、足首に激痛が走った――完全に潰れた視界も、鼓膜が破れたのかと思うほどの激痛を伴って麻痺した聴覚も、いまだ感覚を取り戻していない。
小さく毒づいて
だが、数十秒経っても攻撃者が接近してくる気配は無かった――ようやくいくらか視界が回復し始めたところで周囲を見回すが、敵影は見当たらない。どこかに隠れているのかとも思ったが、魔力の気配も感じ取れない。
どうやら、レイとロックオンは言葉通りに撤退を選択したらしい――本当に彼らはアルカードと潰し合うまで戦うつもりは無く、ある程度の時間稼ぎが出来ればそれでよかったのだろう。
くそっ――小さく毒づいて、アルカードはまだいくらかかすんでいる視界をクリアにしようと首を振った。
あの能力、機械的な要素や化学物質まで複製出来るのか――ぬかったわ!
小さく舌打ちして、アルカードは民家の壁に左拳を叩きつけた――『
レイがこれを狙っていたのかどうかはわからない――だが彼にその意思があったか否かにかかわらず、ダメージは甚大なものだった。
日中よりも暗い状況で行動するためにいくらか視力も強化していたし、聴力も引き上げていた――そこに
皮肉なことに、一年半前の香港で彼自身がやったのと同じことをされたわけだ――胸中でつぶやいて、アルカードは唇をゆがめて嗤った。
夜間視力の効いている状態であれば、突然懐中電燈を向けられただけでもしばらくはなにも見えなくなる。
それが
生身の人間であれば、その状況でもダメージはたかが知れている――五感の感覚を自分の意思で生身の人間の十数倍にまで自在に調整することの出来る、高位の吸血鬼ならではの弱点だと言えなくもない。
一年半前の
視覚はある程度もとに戻ってきたが、耳鳴りがなかなか治まってくれない。しばらくは我慢して行動するしか無いだろう――回復を待つ時間の余裕が無い。
アルカードは溜め息をついて
少し時間をかけ過ぎた――その事実に舌打ちする。
向こうから仕掛けてきた以上、もはやシンに義理立てする必要も無い――こちらに攻撃を仕掛けてきたのだから潰しに行ってもいいが、まあ進行方向が逆なので放っておこう。今は急ぎたい。
そろそろ、シンが月之瀬と接触する頃合いか――相変わらず魔術通信網が機能していないので、魔力の気配を頼りにする以上のことが出来ない。とりあえず、神性の主はまだ月之瀬に吸われてはいないらしい――これだけ時間がたっているのだから、とうに襲われていてもよさそうなものだが。
少しは急いだほうがいいだろう。実際のところ、アルカードとしては被害が止まりさえすれば過程はどうでもいいので――月之瀬が生き延びようが自害しようが殺されようが、自分が殺すことになろうが――、必要以上に急ぐ意味は無いのだが、もしも殺される結果になるならば手に掛けるのは自分でなければならない。実際に自分が殺すことになるか否かは別として、少なくとも約定があるのだからそのための努力は払うべきだ。
そんなわけで、事態が決着するときには現場にいたい。
あらためて気配を探り、目標の位置関係を確認すると、アルカードはビルの屋上に跳躍し、そのままさらに跳躍した。
手近なビルの屋上に降り立って、気配を探る――邪魔者がいなくなれば反撃は容易だということがわかっているからだろう、狙撃チームはもはや攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
足場を蹴って跳躍し、斜向かいのビルの屋上に飛び移る――そのままフェンスに着地して、そのままさらに跳躍。
すでに距離はかなり詰まっている。何度目かの跳躍で、マンションに囲まれた小さな公園が見えた――どことなく笠神とやりあったあの公営住宅の公園に似ているが、規模はもう少し小さい。
すでに花の散った葉桜に囲まれたその公園の片隅に、負傷した男が倒れている――少女をかばおうとして打ち倒されたのだろうか。服装はほかの連中と同じ、黒いノーメックスの戦闘服とスペクトラ・シールドにトラウマ・パッドを組み合わせたボディアーマー。
かたわらにはM4系のショート・カービンが落ちている。おそらくは香坂と接敵した工事現場で彼らが使っていたのと同じ、SR-16だ。
そしてその男の前に、少女がひとり立っている。
そう、少女がその前に立っている――彼女の眼前に立っている男が負傷した男にとどめを刺そうと近づくのを阻むかの様に。少女の眼前で彼女と対峙しているのは、隻腕の男。手にはもともとの彼の持ち物か、あるいは香坂同様の刺客たちの持ち物を鹵獲したのか、七枝刀の様な異様な形状の長剣を手にしていた。
おそらくこれが月之瀬だろう――どうしてシンが現場にいないのかはわからないが、いずれにせよそれはどうでもいい。
問題は、その少女の姿だった。
洗い晒しの簡素な衣装に、燃える様な赤銅色の髪。いつも背の低いことをからかわれて頬を膨らませていた、幼い顔立ち。
ラルカ。
五百三十年前、彼が殺した彼の幼馴染。
なぜ一瞬でも、その少女の姿にラルカを視たのかはわからない。
冷静に考えれば、
もう少し冷静になっていれば、そのことに疑問をいだいていたのかもしれない――だが足をふらつかせて倒れかけた少女に月之瀬が剣を手にしたままの腕を伸ばすのを目にして、疑問をいだくより早くヴィルトールの激情は爆発していた。
殺す!
「――ッ!」 咆哮とともに――左手に持ち替えた
いまだ『領域』の影響が消えていない今の状況では、
それで月之瀬は少女にとどめを刺すよりも、攻撃者の正体を見極めることに注意を向けた様だった――次々と銃口から発射された銃弾が、月之瀬の顔を狙って飛んでいく。
それを回避せず、手にした剣で弾き返したのは上等と言うべきだろう。腕は片方奪われているとはいえ、それなりに戦闘力は復調しているらしい。
月之瀬たちのいる公園の中央附近、アスレチックの手前あたりに着地して、アルカードは唇をゆがめた。
「……」
完全にこちらに向き直り、月之瀬がなにやら言葉を発する。耳鳴りがひどくて聞き取れなかったので、アルカードは返事をしなかった――日本語の読唇術は出来ないので、なんと言ったのかもわからない。
だが、アルカードはさして気にしていなかった――月之瀬がなんと言っているのかなど、もはやどうでもいい。どうせ逃がすつもりなど無いのだ――もはやこの状況で、会話など無駄なことだ。
月之瀬のかたわらで倒れている少女に視線を向ける――なぜ彼女をラルカと見間違えたのかと、アルカードはそんな疑問をいだいて眉をひそめた。
倒れているのは十代前半の日本人の少女で、人種的にも年齢的にもラルカとは似ても似つかない。容姿もまったく似ていない。ただ、彼女があのすさまじい魔力の持ち主なのは間違い無さそうだ――まだ受傷はしていない様だったので、アルカードは彼女から視線をはずした。
「……よう。
皮肉気に唇をゆがめ、アルカードは手にした自動拳銃の弾倉を抜き取った。新しい弾倉をグリップに押し込み、銃口を月之瀬に向ける。
「ようやく見つけたぞ――ずいぶん次から次へと邪魔が入ったからな、あいつらに先を越されるかと思ったぜ」
その言葉に、月之瀬が表情の緊張を強めるのがわかった。こちらが彼を逃がす気が無いのがわかったからだろう。
月之瀬が一瞬だけ目線を切り、足元の少女に視線を投げる――少女の血を吸えば、月之瀬はこの場を凌げる程度の魔力を手に入れることを出来るだろう。足元の少女に一瞬視線を投げて、月之瀬はこちらに視線を戻してきた。
「喰おうとはしなかったか。まあ賢明な判断だ――背を向けた瞬間に、死ぬことになるんだからな」
月之瀬がその言葉に、一瞬眉をひそめ――七枝刀の様な剣を握り直す。
それを見ながら、アルカードは自動拳銃をホルスターに戻した。代わりに
何事かつぶやいて、月之瀬が地面を蹴った。
一気にこちらの懐に踏み込んで、肩に巻き込んだ異様な形状の長剣を振るう――おそらくはそれなりの性能を誇る霊的武装なのだろうが、『領域』の影響下では問題にならない。月之瀬の実力の程度にかかわらず、魔力を流せなければアルカードを殺すことは出来ない。
袈裟掛けに振り下ろされた一撃を、アルカードは自分の霊体武装で受け止めた。
自分の攻撃の威力が完全に封殺されたことを悟って、月之瀬が小さくうめく――威力だけなら笠神よりもそれなりに上、速度もそこそこ。
だが――
胸中でつぶやいて、アルカードは
だが――なんのこともあらん。
この結界の内側で霊体をじかに破壊出来る武器を持っているのは、おそらくアルカードひとりだけなのだ――それはつまり、アルカードだけがこの結界の内側にいる者すべてを殺せるということだ。アルカードにはその手段があり、逆は無い。
弾き飛ばされるままに後退した月之瀬に視線を向け、アルカードは目を細めた。
警戒をこめた視線を向けながら、月之瀬がじりじりと横に移動する。少女から離れるという行動はよくわからない――月之瀬からしてみれば、少女を楯にしたほうが効率よく戦えるだろうが。
「どうした? 人質を取りたきゃ取れよ。それをやったら二対一になっちまうだろうがな」
近くで様子を窺っているシンの気配を感じながら、アルカードは唇をゆがめた。もし月之瀬が少女に攻撃を加えれば、そのときはシンが彼に攻撃を加えるだろう。純粋な戦闘能力で言えば、月之瀬はシンに遠く及ばない――今は少女の安全確保を優先するために隠れているのだろうが、シンが参戦して二対一になれば、月之瀬は五秒と経たずに死ぬことになるだろう。
「来ないのか? なら、こっちから行くぞ」
ざあ、と公園の周囲に植え込まれた木の葉が揺れた――不意に吹き抜けた突風が乱暴に撫でた枝葉が揺れ、そしてしなった枝が元に戻るよりも早く、アルカードは地面を蹴った。
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