The Otherside of the Borderline 61

 アルカードの殺到に、赤毛の超合金が間合いを取り直そうと後方へ跳躍し――それよりも早く撃ち込んだ刺突に突き飛ばされる様にして、赤毛の女が背後の民家のブロック塀に背中から激突する。

 ギャァァァァッ!

 右肩に担ぐ様にして振りかぶった塵灰滅の剣Asher Dustが絶叫とともに再び励起し、刀身から青白い激光を放つ。

 世界斬・纏World End-Follow――衝撃波として世界斬World Endを刀身に纏わりつかせたまま斬りつけ、接触の瞬間に解放する。

 最接近する必要はあるが、その代償として衝撃波がに一本の線状に集中するため、衝撃波の破壊力は十倍近くまで跳ね上がる――必要に応じていつでも遠距離攻撃として放出出来るのも利点で、特にこの状況下においては最接近したうえでの零距離攻撃であるために減衰がほとんど起こらないという点が大きい。

 近接距離で解き放たれた衝撃波は刃を加速して剣速と剣圧を倍加させ、同時に対象の肉体と霊体を破壊する。衝撃波を解放すると蓄積した魔力を一気に使いきって基底状態に戻ってしまい、蓄積した魔力の小出しが出来ないという不利点はあるものの、接近戦を念頭に置くぶんには非常に使い勝手のいい攻撃手段だ。

 はたして、世界斬・纏World End-Followを纏わりつかせた漆黒の曲刀の物撃ちは背後のブロック塀に激突した赤毛の女の体を塀ごと叩き潰した。

 先ほどまでも別に手加減していたわけではないが、世界斬・纏World End-Followを纏わりつかせた斬撃は速さも重さも桁違いになる――蓄積された魔力の一部が言うなれば推進剤の様な役割を果たして、衝突の瞬間に剣速と剣圧を倍加させるのだ。

 油断無く後方に飛び退って距離を取り――赤毛の女がどうにか立ち上がろうと無駄な努力をしている。

 体側から叩きつけられて応力がかかったのか片腕がおかしな方向に折れ曲がり、両脚もいびつな形に変形していた。

 人間で言えば肋骨に相当する骨格も一部変形して、そのせいで左半身の自由が利かないらしい。

 ま、とりあえずは向こうの金髪のデラックス超合金にとどめを――

 即座の脅威にはならないと判断して、アルカードは視線を転じた。金髪の女のほうは、まだ状態を確認していない。ぎぎ、という変形した金属同士がこすれ合う様な音にアルカードは歩き出しかけたところで足を止め、赤毛の超合金に視線を向けた。

「意外だ、まだ動けたのか」

 赤毛の超合金がふらつきながらも立ち上がって、一メートルほどの間合いを詰めようと覚束無い足取りで歩を進める。そしてそれと同時に、ボディスーツの胸元が弾けた。

 レザースーツの前合わせのファスナーがぶちぶちと音を立ててちぎれ、おそらくは偽装としてだろう、人間の女性とそう変わらない外観の胸元から下腹部にかけてがあらわになる。

 ふっくらとした胸を、引き締まった腹部を覆っていた皮膚が弾け飛び、その下からいくつもの関節を持ち、先端に鉤爪のついた、触手に似たアームが飛び出してきた。どうやら肋骨の隙間に相当する空間に格納されていたらしい――その数は右側が十本、左側が二本。左側の数が極端に少ないのは、世界斬・纏World End-Followを受けたときの骨格の変形のために作動しないからだろう。

 中身がアレだとわかっているので、まったく見応えが無い。

 悪趣味な装備だと思いながらもそれ以上の感想も危機感もいだかずに、アルカードはみたび塵灰滅の剣Asher Dustを励起させた――塵灰滅の剣Asher Dustを触媒に世界斬World Endを作る場合、最大チャージ時間は約十秒。

 十秒あれば最大の破壊力を引き出せるのではなく、容量の関係上という意味だが――世界斬World Endで流し込める魔力量そのものには、理論上上限は無い。

 だが破壊力を気にしなければ、世界斬World End自体は斬撃動作中のごく短い時間でも発生させることが出来る――やろうと思えば、連続攻撃の一撃一撃すべてに世界斬World Endの衝撃波をことも出来るのだ。

 右肩に担ぐ様にしてやや角度のついた真直に振り下ろした斬撃がわさわさと伸びてきていたアームすべてを一撃で叩き折り――続いて繰り出した世界斬World Endを纏わりつかせた刺突が体勢を崩した赤毛の女の顔面に突き刺さる。

 世界斬・貫World End-Pierce――世界斬・纏World End-Followが斬撃用なら、こちらは刺突用といったところか。

 衝撃波の威力が線状に集中する世界斬・纏World End-Followに対して、世界斬・貫World End-Pierceは文字通り一点に集中して貫通力を高め、傷口から内部に流れ込んで対象を内側から粉砕する。

 世界斬・纏World End-Followで叩き潰したときに金髪の女の顔の皮膚が衝撃波で剥がれて骨格が剥き出しになったので、頭部の構造はもうわかっている――ちょうど窪みになった鼻筋と眼窩の間に鋒を突き刺せば、はずれて仕損じることは無い。

 ずぐ、という嫌な音を立てて、塵灰滅の剣Asher Dustの鋒が金属の頭蓋を突き破った。へし折られたままそれでもわさわさと動いていたアームが、それで運動機能を破壊されたのか動きを止める。

 全身の弛緩した超合金の顔面に蹴りを呉れることで塵灰滅の剣Asher Dustの刃を引き抜き、アルカードは踵を返した。

 フレームが変形しているために動きを取れなくなっているらしい金髪――だった超合金のそばへと歩み寄り、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを逆手に握り直して振りかぶった。魔力を流し込まれた塵灰滅の剣Asher Dustの刀身が蒼白く輝き、絶叫がさらに激しくなる。

「じゃあな――金物屋に高く売れるといいんだがな」

 唇をゆがめてそう声をかけ――塵灰滅の剣Asher Dustを頭部に突き立てようと力を込めかけたとき、突如として視界の端でなにかが揺れた。

 続いて、地響きが視界を揺らす――視線を向けると、視線の先にあったビルが徐々に動きつつあった。

 ビルが移動しているわけではない――当たり前のことだが。

 ビルの一部に全周に渡る断層が生じ、そこから上のビル構造物が切断面に沿って斜めに滑り落ちているのだ。

 馬鹿な――

 小さく毒づいて、アルカードはそちらに向き直った。

 あれほどのことが出来るのは、今この結界内にいる中では自分と、あとは――

 否、それよりもあのビルをなんとかしないと地上への被害が――

 徐々に傾ぎつつあるビルに向かって、なにかが高々と跳躍する――それがおそらく妖魔としての本性から人間態に戻ったばかりのためになにも身に着けていないままただ鞘に納めた太刀を手にした、見覚えのある黒髪の男なのだと気づいて背筋が粟立つ。

 あれは――

 口元に意識せぬまま笑みが浮かぶ。視線の先で、シンが太刀を抜き放つ。そして次の瞬間に繰り出した立て続けの斬撃が、滑落し転倒しつつあったビルの構造物をばらばらに引き裂いた――縦に八度、続いて横に八度。

 瞬時に六十四に分割されたビルの構造物が崩落し、さらなる斬撃を重ねることでさらに細かく分断され、煉瓦よりさらに細かい瓦礫の山と化してその場に崩れ落ちる。

 ビルがあった空間を突進のままに通過しながら――シンが手にした太刀を鞘に納めた次の瞬間、咆哮とともにシンの体は犬とも狼ともつかぬ巨大な漆黒の獣の姿へと変じた。それまでシンだった獣が空中に放り棄てた太刀の鞘を銜え取り、そのまま走り去った。

 ビルの残骸から、もうもうと埃が舞い上がる――それを見遣って、アルカードは小さく舌打ちを漏らした。

「あの野郎、あれが本気か――惜しいことしたぜ、あれなら俺ももうちょっと張り切ってもよかったな。笠神駄犬憤怒の火星Mars of Wrathなんぞ使うんじゃなかった」

 背筋を伝う汗の感触にゆっくりと嗤い――アルカードは笑みを消して一方に視線を向けた。

「さて、俺もそろそろ急がねえとパーティーに遅れるか」 つぶやいて足元の超合金の頭部を塵灰滅の剣Asher Dustで刺し貫いてとどめを刺し、アルカードはそろそろ移動しようと足を踏み出しかけ――

「――やれやれ、ベガには随分と嫌われたらしいな」

 小さく溜め息をつき、アルカードは視線の先にたたずんでいるふたりの男たち――ひとりは知らないが、ひとりには見覚えがある――に視線を止めた。

「片方には見覚えがあるな――そっちは照準ロックオンだな? もうひとりは?」

 自分のコールサインをアルカードが知っていたことで、左側にいた痩せぎすの男が驚いた様に目を見開く。もうひとりも若干眉を寄せたものの、冷静な表情は崩さずに名乗りを上げた。

驟雨スコールのレイ」

「おまえらも俺の足止めか? そこのガラクタといいシンといい、ベガもいろいろ忙しいな。同情するぜ」

 こちらが知りえないはずのベガのコールサインを口にしたことで、ふたりがさらに混乱した様子を見せる――が、それにはかまわずにアルカードは口を開いた。

「まあいいさ――そっちから仕掛けてきたんだから、断る理由も無い。じゃあやろうか――時間が惜しいから、手早く眠らせてやるよ」

 

   †

 

 金髪の吸血鬼が手にした漆黒の曲刀が風に溶ける様にして消えて失せる。

「まあいいさ――そっちから仕掛けてきたんだから、断る理由も無い。じゃあやろうか――時間が惜しいから、手早く眠らせてやるよ」

 その言葉を最後に――眼前の吸血鬼はいまだ動きを見せてはいない。特に構えを取るでもなく、ただ棒立ちになっている。だがそれでもなお、レイは魔物特有の勘から、それがどんなものかを正確に理解していた。

「ふむ――そっちのロックオンは生身の人間だが、おまえは人間じゃないな。あの男――シンと同じ匂いがする」

 そんなことを言ってくる。

 隣にいるロックオン――シュマイエルは気づいてはいないらしい。まあ、彼は人間だから無理もない。

 だが、犬妖であるレイにははっきりとわかった。

 この西洋人の姿をした男は、おそらく戦闘能力でいえば地上屈指だろう。魔術を今まで見せていないから魔術戦技能は未知数だが、おそらく魔術など無くても、この男は騎士団を一時間かけずに壊滅に追い込めるほどの戦闘力を有している――おそらく、現状で互角に戦えるのはシンだけだろう。

 数の上で言えば不利な状況、未知の能力を持つ敵と相対しながら、男の表情には緊張の欠片も無い――おそらく、自分たちを歯牙にもかけていないのだ。その気になれば彼らなど警戒する間も無く叩き潰せるのだと、その表情が語っている。

「どうした?」

 その唇から紡ぎ出される声に、背筋に悪寒が走る――吸血鬼はわずかに首をかしげ、

「かかってこないのか?」

 そもそもが――ふたりでこの男の前に姿を見せたことが失敗だったかもしれない。

 月之瀬との戦闘域から離脱したあと、現場から離れるためにふたり一緒に行動していたのだが――たまたま近くにいた『正体不明アンノウン』の足止め命令が出たのは、十分ほど前のことだった。

 実際のところ殺戮人形キリングドールを差し向けている以上、別に自分たちの出番は無いだろうと考えていたのだが――存外あっさりと出番が来たらしい。

「まあ、いいか。そちらの出方を待つ義理があるわけでなし――だったらこっちから行かせてもらうぞ」

 来る――

 その言葉に戦慄を覚えるより早く――吸血鬼の姿が霞の様に消えて失せる。

 気をつけろ――

 シュマイエルに警告の声をあげるより早く背後から突き飛ばされて、レイは小さくうめきながら踏鞴を踏んだ。反応が遅れたシュマイエルは、その場に転倒している。

 馬鹿な――小さくうめいて、レイは背後を振り返った。あの一瞬で背後から攻撃してくるとは――

「ほう。反応はなかなか悪くないな」

 感心した様な声を出して、吸血鬼が左手を引っ込めながらゆっくりと笑う。彼はおそらく右手に持っているであろう霊体武装で気楽に肩を叩きつつ、

「だが、本調子というわけでもない様だな――ここに来る前に、月之瀬と殺り合ったのか?」

 答えは返さないまま、レイは体勢を立て直してわずかに重心を落とした――シュマイエルに一瞬視線を向ける。彼の異能は接近戦ではまったく役に立たないものだから、吸血鬼をシュマイエルから引き離さなければならない。

「嘗められたもんだな」 深紅の瞳をわずかに細めて――吸血鬼がそんな言葉を発する。

「その状態ザマで俺の前に出てきて――足止めなどとは、片腹痛い!」

 咆哮とともに――吸血鬼が地面を蹴る。距離を取るために、レイは後方に跳躍した――シュマイエルのことは無視して、レイに向かって殺到してくる。

「ちっ――!」 小さく毒づいて、レイは懐から引き出したナイフを一本投擲した。まだ異能は動かさない――彼の異能はシュマイエルの撹乱と組み合わせて、はじめて最大の効果を発揮するものだ。手の内を悟られるわけにはいかない。

 だが、吸血鬼はそのナイフに対処しなかった――否、対処はしたのだろう、正確に眉間を狙ったナイフの鋒を、吸血鬼はわずかに頭を傾けるだけの動作でこめかみをかすらせ遣り過ごした。

 手っ取り早くこちらの動きを止めるつもりなのだろう、吸血鬼が左脇に巻き込んだ目に見えない武器を振るう。

 後方に跳躍して、脛を斬りにきた一撃を躱す――だが、そのまま続いて繰り出してきた横蹴りまでは対処出来なかった。胸元を狙って撃ち込まれてきた一撃を両腕を交差して防いだものの、そのまま後方に吹き飛ばされる――完全に体勢の崩れたレイに続く一撃でとどめを呉れんとしたのだろう、そのままこちらが吹き飛ばされるよりも早く、吸血鬼が接近しようと地面を蹴り、そして銃声とともに足を止めた。

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