The Otherside of the Borderline 60

 

   †

 

 ナツキが騒ぎ出したのは、月之瀬の足止めの任務に当たっていたヘキサ・ワン・チームの指揮官セリと指揮権上の次級者Second in comandスイが、射角の関係で月之瀬を見失ったために狙撃ポイントの移動を検討している最中のことだった。

「おい、セリ、スイ! 見ろよ、あそこ」 いつものことだが――この弟は姉ふたりを名前で呼ぶ。スイはそのことについてよく説教していたが、自分も生活態度の悪さにおいては人のことは言えないのであまり説得力が無い。

 スイは『弟のくせに』といい、それに対してナツキは決まって、スイが枕の下に空社陽響の写真を隠していることを引き合いに出す――それに対してスイが大人気無く怒り、結果口喧嘩になって、ふたり揃ってセリの拳骨を喰らうことになるわけだが。

 それはともかく、スイが弟の示す方向に銃口を向けてバーレット対物狙撃銃を据銃し、スコープを覗き込む。セリも定置したブラウニングM2機関銃から離れてポーチから自分の双眼鏡を取り出し、なにが起こっているのか見定めようとした。

 視界の端に映っているのは、破壊された雑居ビル。そちらに視点を移動させると、目まぐるしく動くみっつの影が視界に入ってきた。

 ズタズタになった黒い鞣革のボディスーツを身につけたふたりの女と、それと時折交錯している『あれ』は――

 『正体不明アンノウン』!?

 胸中でだけ驚愕の声をあげる――よくよく見れば、あのふたりの女にも、否、二体の人形にも見覚えがあった。

 二体の『殺戮人形キリングドール』――確か作戦指揮所のトレーラーで見かけたものだ。

 あれは無音殺傷サイレントキル用の人形で、重装砲兵型の様に火砲は仕込んでいない代わりに、全身に刃物を仕込まれている――正確に言うなら駆動系の装置やCPU、バッテリーユニットなどを保護する超合金製のフレーム以外のすべての骨格が刃によって構成されているのだ。刃物で出来た骸骨が、擬似的な癌細胞で出来た皮膚を着込んでいるのだと言うのが手っ取り早い。

 『殺戮人形キリングドール』二体と、『正体不明アンノウン』が戦っているのだ。

 二体の『殺戮人形キリングドール』は、すでに見るも無慚な有様になっていた――全身を覆うワンピースのレザースーツはぼろぼろになり、内部の骨格にダメージを受けたのか一体は顔がひしゃげ、頭部を覆う人工皮膚が剥ぎ取られて金属製のスカルフレームが剥き出しになっている。

 自分の体高の五十倍という驚愕すべき跳躍力を誇る蚤の関節構造を応用した下肢が、殺戮人形の体を瞬時に加速させる――砲弾の様な勢いで飛び出した赤毛の女に擬態した人形が、掴みかかる様な動きで『正体不明アンノウン』に向かって手を伸ばす。

 『正体不明アンノウン』がかなり遠い間合いでその手から逃れる様に後方へと跳躍し、人形の手から瞬時にまっすぐ伸びた刃から身を躱している――ある程度間合いを離して再び踏み込みながらその刃の尖端を躱し、『正体不明アンノウン』は人形の内懐へと飛び込んだ。

 同時に右手で人形の胴を薙ぐ――否、自分が視えていないだけか。

 まるで長剣を手にしているかの様な挙動で、『正体不明アンノウン』が右手に携えたなにかを振るって人形の胴を薙いだ。

 赤毛の人形の体が敢え無く吹き飛ばされて、癇癪を起こした子供が投げつけた着せ替え人形の様に個人経営のお好み焼き屋の建物の外壁に激突する――それを見届けるいとまも惜しみ、『正体不明アンノウン』は振り返りざまに手にした不可視の得物を翳して金髪の人形が繰り出した刃を受け止めた。

 その不可視の武器が金髪の人形の刃と交錯して、干戈の火花を撒き散らす――よほど両者の強度に差があるのか、攻撃の応酬の度に人形の刃が目に見えて傷んでいく。

 すぐに起き上がった赤毛の人形も攻撃に参加したが、『正体不明アンノウン』は二体同時の波状攻撃をものともしなかった――二体同時、そして両手だけでなく足や胴体からも繰り出される無数の刃を片手で保持した長剣一振りで凌いでいるのだ。

 単純に反射能力だけの問題ではない――すべての攻撃がばらばらに襲ってくるのなら、まだ対処法もある。だが感覚も連携もばらばらの攻撃であるということは、当然に襲ってくることもあるのだ――それらすべてを完璧に読み切って、すべての攻撃に片手で対処する。左手に故障が生じているという情報も入ってきているので右手しか使えないのだろうが、それでなおあの剣捌き。

 単純な剣の技量だけの問題ではない――パワーもスピードも攻撃精度も反応速度も、コンピュータ制御された殺戮人形よりもはるかに上なのだ。

 相当、手ごわい――否、あの状態でもシンと戦って互角に戦ったのだという。『領域』が再展開されるまでの間、シンと『正体不明アンノウン』の戦闘は残る全員にシンの視点で『配信』されていた――配信者サーバーとしては彼と遭遇戦になったときの参考にということだったのかもしれないが、結局わかったのはなんの参考にもならないという事実だけだった。が敵意を持って牙を剥けば、たとえ故障をかかえた今の状態であっても五秒以上持ち堪えられる個体は『帝国』の中でも五人といまい。

 すげえな、とかたわらのナツキが感嘆の声を漏らすのが聞こえた――それを合図にしたかの様に、『正体不明アンノウン』が動く。

 ちょうど同じタイミングで二体の人形が攻撃を仕掛けた瞬間、彼は綺麗にその攻撃を躱して跳躍している――次の瞬間『正体不明アンノウン』は空中で体をひねり込んで手近にあった電柱に着地し、登攀用のボルトを蹴って、頭上から人形たちに飛びかかった。

 人形たちが回避行動を取るいとまも無い――同時にそれまでセリたちには肉眼で視認出来なかった『正体不明アンノウン』の得物が、虚空から溶け出す様に姿を現す。

 霊体武装は使用者が熟練すれば、魔力の弱い者には視認出来なくすることが出来る――それはつまり、セリたちがということと同義でもあるが。

 『正体不明アンノウン』本人の身の丈ほどの長さの、長大な漆黒の曲刀――光を反射しないのか、この場所からではただの真っ黒な曲刀の形状しかわからない。

 その曲刀の刀身が、突然青白い激光を放った――『正体不明アンノウン』が振りかぶった曲刀の刀身の周りで、電光が蛇の様にのたくる。

 いったいなにが起こったのか、『正体不明アンノウン』の斬撃を腕で受け止めた金髪の人形がそのままがくりと膝を折り、うつぶせに叩き伏せられた――人形の足がくるぶしのあたりまでアスファルトにめり込み、衝撃に耐えかねたのかそのまま撃ち倒されたのだ。

 獣の尾を思わせる金色の髪が街燈の光でキラキラと輝きながら風に舞いう。

 次の瞬間『正体不明アンノウン』が振るった曲刀がまるで数百キロ、否一トンを超える重量の玄翁をつけた鉄槌ウォーハンマーででもあるかの様に女の姿をした人形を大地に叩き伏せる。地響きが彼女らの陣取ったビルの構造物を振動させ、同音が彼女たちのいる場所まで届いてきた。

 すでに金髪の人形は戦闘能力を失っているらしい――身を起こそうとしてはそのたびに崩れ落ちるだけになった人形を無視して、見事な冑割で金髪の人形を撃ち倒した『正体不明アンノウン』がそのまま赤毛の人形に向かって地面を蹴った。

 

   †

 

 塵灰滅の剣Asher Dustと二体の超合金の刃がぶつかりあって、虚空に激しい火花を散らす――バラバラに繰り出されてくる波状攻撃を片端から叩き落としながら、アルカードは数歩後退した。

 攻撃そのものは特に問題にならない――アルカードの反応速度を以ってすれば、足や胴体に格納された刃も含めて容易に対処出来る程度のものだ。

 片手なのが面倒ではあるが――連携が取れていないのがむしろ対処しやすい。

 次々と繰り出される連続攻撃を受け捌くのにもいい加減飽きたので、アルカードは反撃に転じた。

 繰り出された攻撃を躱して、跳躍する――距離を取るのではなく、頭上へ。

 同時に回路パスを通して、手にした塵灰滅の剣Asher Dustに魔力を流し込む。

 以前に遭遇した同種の異能の持ち主の造っていた結界の性質から考えると、おそらく――

 透明化が強制解除されて漆黒の曲刀が姿を現し、その刀身が励起して蛇の様にのたくる電光を纏わりつかせながらまばゆい激光を放つ。

 思った通りだ――、無効化はされない。

Wooaaa――raaaaaaaaaオォォアァァァァ――ラァァァァァァァァッ!」

 背後にあった電柱に着地し、アルカードは登攀用のボルトを蹴って再び地上へと飛び降りた――続いて世界斬・纏World End-Followを纏わりつかせた漆黒の曲刀を、咆哮とともに金髪の超合金へと振り下ろす。

 大上段から振り下ろされた塵灰滅の剣Asher Dustの刃を躱せないと判断してか、金髪の女がその斬撃を腕で受け止め――解放された衝撃波の余波ですでに大きく剥ぎ取られた女の頭部を覆う生体組織の皮膚がべろんと剥がれて頭部の骨格が剥き出しになり、足裏の狭い面積に荷重が集中してくるぶしまでアスファルトが陥没する。

 衝撃に耐えられずに膝を折り、体勢を維持出来ずにうつぶせに叩き伏せられた女の頭部が顔面からアスファルトにめり込んでアスファルトに放射状の亀裂が走った。

「ふん」

 墜落した金髪の超合金を追って、アルカードは地面に着地した。

 頭部の皮膚が完全にめくれて首周りにへばりつき、剥き出しになった金属製の頭蓋骨が大きく変形して――衝撃に耐えられなかったのだろう、フレームに致命的な損傷が加わったのか金属骨格の一部に亀裂が生じ、起き上がろうともがいてはいるものの手足がまともに動かないらしい。

 まあそうでなくては困るが――手加減しなかったのだ。無傷で済んだら沽券にかかわる。

 何度となく立ち上がろうと試みては、そのたびに失敗して再び崩れ落ちるということを繰り返している超合金のかたわらを通り抜けて、アルカードは赤毛の超合金に向かって地面を蹴った。

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