The Otherside of the Borderline 59
そう判断して、アルカードはふたりの襲撃者を順繰りに見遣った。
「さて――」 つぶやきが風に紛れて消えるよりも早く、ふたりの襲撃者が地面を蹴る。
「それほど時間は無いが――」 つぶやきとともに踏み出しながら、アルカードは左手の貫手を放った――金髪の襲撃者が鎌状に湾曲した刃を右手首から展開してその一撃を受け止める。手首を返してその刃を掴み、アルカードは左肩に巻き込んでいた
たとえ霊体武装としての機能が通用しなかったとしても――霊体武装はそのひとつひとつが例外無く至上の武器だ。
きわめて強靭で破壊力も常に一定、物理的影響力を持つが、物理的に存在しているわけではないから刃毀れも起こさず破壊も難しい。アルカードが振るえば、
生身の人間であれば、一撃で首を刎ね飛ばされていたはずだ――金髪の女が頭部を薙がれ、金属バットでぶん殴られた様な衝突音とともに横殴りに吹き飛ぶ。
癇癪を起こした子供が叩きつけた人形の様に金髪の女の体が電柱に激突し、その衝撃で電柱が折れてゆっくりと倒れ始めた――ブチブチと音を立てて張りめぐらされた電線と光ファイバーがちぎれ、火花が飛び散る。
だが、頭蓋は砕けてはいない――内部の骨格がひしゃげたのか顔面がいびつに変形してはいるものの、それだけだ。
手加減しなかったんだがな――頑丈な奴だ。
起き上がろうとしている金髪の女に小さく舌打ちを漏らし――追撃をかけようと
だが
するより早く、折れた電柱の根元で立ち上がった金髪の女が動く――こちらの内懐に向かって真っすぐに踏み込みながら、拳を突き出してくる。ただ拳を突き出してきている様に見えたが、実際はそうではない――手首の皮膚を突き破って下腕の直線に沿って真っすぐに飛び出してきた返りのついた刃が、アルカードの胸元めがけて突き出されてくる。
さらに後退を続けるか、それともこの場に踏みとどまって回避するか。猶予期間の極めて短い選択肢だった――後退すれば赤毛の女を仕留め損なう。
咄嗟に頭を傾けてその一撃を躱し――次の瞬間には
なに……?
赤毛の女が、自らの首を刎ね飛ばさんとしていた
だが、今はそれよりも優先しなければならないことがある――正面にいる金髪の女が先の一撃を次撃につなぐ前に、間合いを離さなくてはならない。
問題は蹴り剥がして間合いを離すために腹に蹴りでも入れようものなら、先ほどの廻し蹴りの様に刃を生やして逆襲されかねないことだった――怪我をするのは別にかまわない(どうせすぐ治る)のだが、二万六千円のジーンズに続いて四万二千円のダナーのブーツを台無しにされるのは避けたい。片方だけ靴に穴が開いてもう一方は普通に履けるというのは、いくらなんでも切なすぎる(※)。
「
咆哮とともに――剣ごと振り回された赤毛の女の体が、金髪の女の体を薙ぎ倒す。
やれやれ、涎とかついてないだろうな? 民家の壁をぶち抜いて家の中に突っ込んでいく女を横目に、そんなことを胸中でつぶやいて――
何事も無かったかの様に立ち上がってくる襲撃者たちを目にして、アルカードは小さく溜め息をついた。
「しぶといな……」
そのつぶやきに呼応したわけでもないだろうが――ふたりの女が同時に地面を蹴った。
だが――同時に金髪の吸血鬼が嗤っていることを理解した者は、その場にはいなかった。
ふたりの女たちが、左右に散開して肉迫してくる――それを空気の動きだけで感じ取りながら、アルカードはゆっくりと嗤った。
さて、これを情熱的ととるべきか、それともストーカー根性ととるべきか。実害がある時点で後者だな。
胸中でだけ失笑を漏らし、アルカードは手にした
左から――赤毛の女のほうが先に到達する。そう判断して、アルカードはそちらに意識を向けた。
蹴り足が頭上から落ちてくる様な縦回転に近い跳び後ろ回し蹴りの挙動で、赤毛の女の右足が閃く。若干間合いが遠い――が、その脹脛を突き破る様にして飛び出した鎌状の刃がアルカードの頭蓋を叩き割ろうと――
するより早く、アルカードは頭上から落ちてきた刃を左手で掴み止める様にして受け止めた――同時に
地響きとともに赤毛の女の体が踏み潰された蛙みたいな恰好で地面に叩きつけられ、その衝撃でアスファルトに亀裂が走った――いったん距離を取りながら、金髪の女へと向き直る。
右腕を振り回す様にして遠い間合いから攻撃を仕掛けてきた金髪の女の手首のあたりから、三段に折りたたまれていた刃が飛び出してきた――長さは一メートルほどか。
そのまま金髪の女の足元を、
この地上のいかなる金属素材よりも強靭な刃が革の衣装と皮膚を引き裂いて、金属音とともに骨格に当たって止まる。だがかまわない――この際体勢を崩すことが出来ればそれでいい。重要なのは挟撃を受けないことで、それ以外はあとからどうとでもなる。
アルカードは
金髪の女が転倒した状態から上体を起こし、左腕を突き出してきている――手首の皮膚を突き破り、血とも油ともつかぬ紅い液体に濡れた刃が飛び出した。
左腕の視界でそれを確認して、唇をゆがめる――正面からは赤毛の女が肉薄し、右手を突き出してきている。手首の裏側から皮膚を突き破って飛び出した刃が、顔面に向かってまっすぐに突き込まれてきた。
アルカードは手にした
先ほどまでの様に、腕そのものを楯にするのではない――彼の左腕は本来、液状化した金属の塊だ。腕の形をした風船に、水が入っている様なものだ――金髪の女の刃の尖端が一瞬だけ液状に戻った掌に喰い込み、完全に銜え込まれて動きを止める。
同時に背後で倒れ込みつつあった金髪の女に向かって、
どうせまだ死んじゃいないだろうが――
胸中でつぶやきながら、アルカードは抜き放った太刀を振るって背後を薙ぎ払った――霊的武装は魔力を流せない状況では、ただの武器でしかない。
それがどんな武器であってもそうだが、破壊力そのものが増すことは無い――刃物であれば切れ味が増すわけではないし、モーニングスターの様な棘のついた鈍器であれば棘がより深くまで刺さるわけでもない。
しかしその一方で充実した魔力が武器全体を補強するために、霊的武装は極めて強靭になる――先ほどシンの太刀と手加減無しで撃ち合わせてもたがいに刃毀れひとつしなかった様に刀身も強靭かつ強固になり、木製の柄も含めて非常に頑丈になる。
武器そのものの殺傷能力は劇的に向上したりしないが、とにかく頑丈になるのだ――本来硬物斬りには向かない日本刀がどれだけ鉄の冑を斬っても刃毀れひとつしなくなり、棘だらけのモーニングスターも鉄塊を殴っても棘がまったく変形しなくなる。
無論アルカードが全力で叩きつければ破損するだろうが、それでも普通の日本刀よりもはるかに気楽に使うことが出来る――なにしろ鋼で作られたフレームを思いきり殴りつけても、毀れも歪みも起こらないのだ。
先ほどの
どのみち先ほどの一撃に殺傷力を期待していたわけでもない――要は赤毛の女の攻撃が届かない距離まで、相手の体を離せばいいのだ。そうすれば攻撃を受ける心配は無いし、金髪の女をとりあえず排除してから振り返り様に攻撃を仕掛けられる。
それはわかっていたので、アルカードは追撃を躊躇しなかった――尻餅をつく様な姿勢で倒れ込んだ赤毛の女の頭部を、転身と同時に手にした太刀で水平に薙ぎ払う。
十ポンドのハンマーで鉄塊をぶん殴る様な重い音とともに、赤毛の女の体が風に煽られた案山子みたいにばたんと倒れ込んだ――振り抜いた太刀を頭上で旋廻させ、そのまま進捗に振り下ろす。
ズガンという轟音とともに振り下ろした太刀の物撃ちが倒れ込んだ状態で起き上がろうとしていた赤毛の女の頭部を直撃し、女の頭がアスファルトにめり込んで周囲に亀裂が走った。
手早く太刀を鞘に納め、足元に転がっていた
振り返った視線の先で、金髪の女が立ち上がっている――頭部のフレームがゆがんでいるために顔が変形しているものの、今のところ活動に支障は無いらしい。
三百六十度全周をカバーする
「まったく頑丈だな、おまえら」
小さく息を吐いて、アルカードは
「だが、あとどれくらいもつ?」
いっそ、ぺしゃんこにしたほうが早いか?
胸中でつぶやいて、右手の親指でこめかみを軽く揉む――あ、でも、ここらへんにはロードローラーが無いな。DIOごっこは無理か。
胸中でつぶやいたとき、金髪の女がこちらに向き直った――金髪の女の頭部の皮膚が髪の毛ごとべろりと剥がれて、頭蓋骨の代わりに金属のフレームが剥き出しになっている。
顔の前に垂れ下がった髪の毛が視界の妨げになるのか、金髪の女は皮膚を元に戻して治癒を待つことはせずに髪の毛ごと皮膚を毟り取って足元に投げ棄てた。
結果、頭頂部から左のこめかみにかけての皮膚が剥がれ落ち、当然髪の毛も無くなって、血まみれの金属のフレームが剥き出しになる。右のこめかみと後頭部は皮膚と髪の毛が残っているので、落ち武者の様に見えなくもない。
とりあえずぐろい。そんな感想をいだきながら、アルカードは目を細めた。
「さて、どうしたものかな。そろそろ飽きてきたし、適当に潰すか」
霊体に依存する生物は肉体を破壊しても肉体が霊体に順応して高速で治癒してしまうが、そも無生物であれば単に物理的に破壊するだけで無力化出来る。小細工も小道具も要らない――純粋に力だけでいい。
「ま、そういうわけでだ――壊しても損害賠償はしなくていいよな」 その言葉に合わせたわけでもないだろうが――
両手から刃を突出させて、二体の超合金が同時に地面を蹴った。
※……
Danner Black Hawk II、作者が購入した当時で四万二千円。同一製品は既に廃番になっており後継製品もありませんが、二〇一七年二月現在ダナーのブーツの平均価格は五~六万円まで値上がりしています。
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