Vampire Killers 14

 

   *

 

 アルカードの部屋を覗くと、彼の机の上では二台のパソコンと液晶テレビがせめぎあっていた――アルカードの部屋にも巨大な筐体のデスクトップパソコンがあり、起動しているのか冷却ファンの轟音が聞こえるのだが、液晶モニタに表示されているのは店のパソコンのデスクトップ画面だった。

 テレビ自体はシャープ製で、左下にAQUOSファミリンクと印刷された小さなステッカーが貼ってある。左上に貼ってある白地に黒文字のステッカーは、フィオレンティーナには平仮名と片仮名しか読めない――教会のリビングに置かれた大型の液晶テレビに貼ってあったのと同じものだが、アルカードが言うには『世界の亀山モデル』と書かれているらしい。型番はLC-26P1とあった。

 どうやら机の上に置かれた古ぼけたデスクトップパソコンを、液晶テレビにつないで使っているらしい――デスクトップパソコンとノートパソコンはケーブルでつながれており、アルカードが門外漢のフィオレンティーナにはよくわからない操作をせわしなく行っていた。

 仔犬三匹を引き連れてやってきたフィオレンティーナに気づいてか、アルカードが寝室の入口に立っている彼女に視線を向ける。

 もう自室に帰ったと思っていたのだろう、アルカードは少し意外そうに彼女と彼女の連れてきたちっちゃい腕白どもを見比べてから、

「どうした? なにか用事でもあるのか?」

「いえ、特にはなにも――貴方がこそこそなにをしてるのか、確認しに来ただけです」

 えらい言われようだな、おい――アルカードは溜め息とともに肩をすくめ、

「ここは俺の部屋なんだから、別になにしてたっていいだろうに――疚しいことしてるわけじゃないんだから」

 しゃべりながらも手は止めず、アルカードはキーボードで素早くなにかを入力している――ひと段落ついたのか、アルカードはノートパソコンを操作する手を止めた。

「で、なにしてたんですか?」

「データを移してただけだよ――売り上げのファイルとか、店のBGMに使う楽曲データとかをな。特に既成の曲とか使うと、どっかの著作権保護を名目にした利権ヤクザが因縁つけてくるからな」

「そういえばお店のBGMって、ほかだとあまり聞かないですね」

「フリドリッヒが作曲して友達と一緒に演奏したものを収録した、オリジナル曲だよ」

 アルカードはそう答えてから、足元に寄ってきたテンプラを抱き上げた。彼は首元に鼻面を近づけて匂いを嗅いでいるテンプラの頭を撫でながら、液晶ディスプレイ――というか、パソコンの入力に対応した液晶テレビの様だが――のリモコンを操作してディスプレイの入力を切り替えると、真っ赤なコートにオレンジ色の丸眼鏡、左手に白銀の自動拳銃を手にして十字架を銜えた兇悪な形相の男の絵がデスクトップになっている。拳銃を保持した左腕は上膊の一部がまるで腕がちぎれそうなほどに細く、紅い瞳孔の眼に似たものが描き込まれていた。

「君や俺の宿敵だよ――名前は俺と同じなんだけどな」 液晶ディスプレイを指先で軽く弾いてから、アルカードはそんなことを言ってきた――なにに気づいたのか、アルカードは電子メールソフトを開いて、新着メールを確認し始めた。

「お。アルマからメールが来てる」

「アルマ?」 尋ね返すと、アルカードはメーラーを開きつつ、

「ライルの娘だよ」

 その返答に、フィオレンティーナは目を剥いた。

「誰の娘ですって?」

「ライル・エルウッドの」 アルカードが立ち上がり、ロッカーの横に置いた硝子戸つきの本棚に歩み寄る。彼は硝子戸の中に入れていたいくつかの写真立てのうちのひとつを手にとって戻ってきた。

「ほれ、この子だ」 差し出されてきた写真を受け取って覗き込むと、ライル・エルウッドとその奥方であるアイリス・エルウッド教師、エルウッドとアイリスのそれぞれの両親、それにふたりの間に生まれたまだ産着を着た女の子をあやしているアルカードの姿が写っていた。写真の中ではまだ生後数ヶ月のほんの赤ん坊に過ぎないエルウッドの娘御は、紅葉の葉っぱみたいに小さな手でアルカードの長い髪をひと房掴んで引っ張っていた。

「それが生まれて半年くらいに撮った写真だったかな。時々写真つきでメールが来る」 

「……ひょっとしてと思うんですけど、家族ぐるみのつきあいが?」

「ああ」 アルカードがあっさりうなずいてくる――こちらのことなどおかまい無しに。

「ときどきな。ライルに誘われたときに、あいつと一緒に里帰りにつきあったりしてる。アルマとかアイリスも一緒に、そこらを観光して回ったりすることも――おや? どうして四つん這いになってるんだ?」

「いえ……」 憮然としてそう答え、フィオレンティーナは思わずその場についていた両手を床から離した。

 不思議な光景だ――普通吸血鬼というのは、子供や小動物からはたいてい怯えられるものなのだが。

 奥底に秘めた悪意を、子供や動物は敏感に感じ取るからだろう。ここまで子供や動物に懐かれる闇の眷族ミディアンというのは、非常に珍しい。

 教会のお膝元で堂々と観光している吸血鬼も吸血鬼だが、案内しているエルウッドもエルウッドだろう――エルウッドの細君も結婚するまでは現役の聖堂騎士だったので、彼女も事情を知った上でつきあっているということだ。

「逆にライルに会いにアイリスたちがこっち来たりもするぞ。あれだな、孫に会うのが楽しみだって言うのはこういう心境なのかな?」

 そういえばこの吸血鬼ひと、騎士エルウッドのおしめ替えたことがあるって言ってたっけ――そうなると、アルカードの心理としてはエルウッドの子供たちはアルカードには孫の様に映っているのかもしれない。

「まあライルはいろいろ規格外だしな。吸血鬼狩りの職務をそっちのけにして格闘ゲームの全国大会に出場したり、うちの部屋で店子と一緒にみんゴルだのパワプロだのやってる不良聖職者だし」

 そんな言葉を継ぎながら、アルカードは新着メールを開いた――メールの内容を読んでかすかに笑みを浮かべ、アルカードは手早く返事を打ち込んで送信ボタンを押す。

「どういうメールですか?」 フィオレンティーナが尋ねると、アルカードはこちらに視線を向けた。

「気になるのか?」 根掘り葉掘り聞いてくる少女にかすかな笑みを向けて、アルカードはそう言って肩をすくめた。

「近いうちにアイリスがアルマを連れてこっちに来るとさ」

「ちょ、ちょっと待ってください。騎士エルウッドの奥さんと子供さんが日本に来るって――それは今の状況からすると、かなり危険なんじゃないですか」

 そう言うと、アルカードはこちらにちらりと視線を向けて、

「大丈夫、いざとなったらアイリスはライルよりも強いから」 その言葉になんとなく、奥さんとの喧嘩に負けてしくしく泣いているエルウッドの姿を脳裏に思い描く――アイリス・エルウッド、旧姓アトカーシャは、カトリオーヌ・ラヴィンの前に聖堂騎士団の第二位だった。

 聖堂騎士アイリス・エルウッド――聖堂騎士団の中にあって類稀なる聖性の強さを持ったその女性は、多くの騎士たちの中でももっとも魔力戦に長けている。聖典戦儀の扱いに習熟し、魔術戦の能力も高い――今は彼女自身が教室を持っているが、出身教室はライル・エルウッドやリッチー・ブラックモア、アンソニー・ベルルスコーニ、リーラ・シャルンホストといった現在最上位の聖堂騎士や、現代の聖堂騎士団団長でライル・エルウッドの父でもあるレイル・エルウッド、副長であり教師でもあるブレンダン・バーンズと同じヴィルトール教室の出身だったはずだ。

「なるほど、たしかに考え様によっては騎士アイリスのほうが騎士エルウッドよりも強いかもしれませんね」

 フィオレンティーナの考えていることは大体わかったのか、アルカードは肩をすくめた。

「――と」 アルカードが声をあげて、メールの文面をスクロールする。まだ続きがあったらしい。

 アルカードがキーボードに手を伸ばして、再びパソコンのメーラーを開いた――なんの作業をしているのかは知らないが、当面放置しておいて問題は無いらしい。

「へえ」

 アルカードが口角を吊り上げて、ちょっとだけ笑う。

「なんですか?」

「否、アイリスからのメールの続きだよ――ヴァチカンが正式に、ドラキュラを斃すまで俺に共闘の申し入れをすることを決定したらしい。その使者という形で聖堂騎士がふたり、アイリスと一緒にこっちに来るそうだ――俺への支援と監視役を兼ねてるんだろうな。聖堂騎士団が俺のところに生贄を寄越すわけでもないだろうしな」

 その言葉に、フィオレンティーナは小さくうめいた――現在ヴァチカンが掌握しているのはライル・エルウッドが入院中の現状だけだ。フィオレンティーナに関しては、どこまで伝わっているのかわからない――あのときアルカードがライル・エルウッドの要請で東京湾の埠頭にやってきたことからすれば、当然アルカードはエルウッドにフィオレンティーナの現状を報告しているだろう。

 ということは、総本山はフィオレンティーナの現状を知っているものと判断しなければならない。

 最悪、自分はその支援のふたりによって処分されることになるのかもしれない――それはアルカードにもわかっているのだろうが、彼は気楽な口調で続けてきた。

「一緒に来る聖堂騎士だが――パオラ・ベレッタとリディア・ベレッタ? 姉妹か、それとも母子かな? 出身はブラックモア教室――ってことは母子って線は無いな。姉妹か――君の同期か?」

 パオラとリディア! アルカードの言葉に、フィオレンティーナはアルカードを押しのけてパソコンのディスプレイを覗き込んだ。

 見慣れたイタリア語で記述されたメールの内容は、たしかに共闘の使者を兼ねた要員の増派で、その要員としてふたりの少女の名を記していた。

 パオラ・ベレッタとリディア・ベレッタ。双子の姉妹で、ふたりともフィオレンティーナの友人だ。アルカードの言うとおり、ブラックモア教室の同期で――昨年には香港の任務に同行したこともある。

 ちなみにフィオレンティーナにiPodをくれたのはリディアのほうで、機械系に強い。聖堂騎士団第二十六位、白兵戦に特化した技能を身につけた聖堂騎士で、聖典戦儀の変化のパターンが同期の中では非常に多い。近接距離から遠距離戦まで、あらゆる間合いに対応したマルチファイターで、護剣聖典と同じ様に聖書を変化させて形成した無数の鎖を遣う。これに絡め取られた状態で聖性を流し込まれれば、強力な吸血鬼であっても無傷ではいられない。

 パオラも位階こそ第二十七位で高くはないものの、魔術が極めて強力で、魔術師としての技量では聖堂騎士でも一、二を争う。魔術戦の力量のみに限って言えば師であるブラックモアに比べても見劣りしないほどの技量の持ち主で、聖堂騎士団の位階の評価基準が白兵戦能力に重きを置いていなければ、間違い無く高位階を狙える能力を持っていた。

 やってくるのがこのふたりであれば、フィオレンティーナとしても心強い――技量も十分だし、なにより信頼が置ける。

 エルウッド同様彼女とも幼いころから親交があったのではないかと思えるほどの気安い文体で、アイリス・エルウッドからの電子メールは羽田空港まで迎えに来てね、という一文とともに終わっていた。

 追伸として、一緒に鼠ランドに行こうね、という一文がアルマより、という署名とともに書き込まれている。

 強烈な脱力感にその場に膝をつくフィオレンティーナを不思議そうに見遣りつつ、アルカードが手早く返事を打ち込み始めた。

「立ったり四つん這いになったり、忙しい子だな君は。その反応からすると、このふたりって君の友達か? よかったじゃないか、当日迎えに行くからそのつもりでいてくれ。君も来てくれるとありがたい――知った顔がいるほうが向こうも気楽だろう」

 そう言ってメールを送信してから、アルカードは作業の終わったらしい店のパソコンに向き直った。

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