Vampire and Exorcist 14

 

   †

 

「君は質問ばっかりだな――別に一から十まで全部答える義理も無いだろう」 フィオレンティーナの問いに、金髪の吸血鬼が適当に肩をすくめる。彼はそれ以上話をする気も無いのか、こちらに背を向けて歩き出した。

「待ちなさい――この街でなにをするつもりですか! 貴方が殺した吸血鬼やその上位個体がした様に、この街で吸血鬼や喰屍鬼グールを増やすつもりですか?」

 その言葉に自動ドアの前で足を止め、金髪の吸血鬼が肩越しにこちらを振り返る。

「俺が誰かの血を吸ったら喰屍鬼グールになんかなりはしないよ、お嬢さん――喰屍鬼グールにもならないし、死体のまま復活しないなんてこともあり得ない。もし俺が誰かの血を吸ったら、百パーセント噛まれ者ダンパイアだ」

 笑いを堪えているのかさもくだらないことを聞いたと言いたげに肩を震わせながら、金髪の吸血鬼はそう返事をしてきた。

「それに吸血にも興味無い――君にはまだわからないだろうが、人間たちが作り出したものにはあんな血生臭いもんよりもっと旨いものがいっぱいあるんだよ」

 そう言ってから、金髪の吸血鬼が再び足を踏み出す。

「じゃあな」 男がこちらに向かって肩越しにそう声をかけてから、彼の体がセンサーに反応し続けているためにずっと開いたままになっていた外側の自動ドアをくぐろうと――

 ――ギャァァァァッ!

 頭の中にいきなり絶叫が響き渡る。鼓膜を介したものではない、脳裏に直接響く老若男女の無数の絶叫。同時に構築した撃剣聖典の刃渡り一メートルほどの長剣の刃が半ばから切断されて、落下した鋒が足元のコンクリートの地面に突き刺さる。

 いったいいつ抜いたものか、まったく手元に衝撃を与えること無く叩き折られた長剣の刀身が惰性の魔力に侵蝕されて、紫色に変色している。

「な――」

「やめとけ」 彼女の目には見えないが、おそらくなにかを持っているのだろう――透明な棒状の物体を肩に担ぎ直す様な仕草をして、金髪の吸血鬼はそう言ってきた。

「勝てないことはわかってるだろう――残念ながら不意討ちでも無理だよ。寝てるときに脳をえぐられでもすれば別だろうがな」 それで手にした武器への魔力供給を断ち切ったのか、それまでずっと頭の中に響き渡っていた叫び声が消えてゆく。

「俺を本気でんなら相手をしてやるが――死に急ぐもんじゃないぜ、お嬢さん」

 金髪の吸血鬼がそう告げて、適当に片手を挙げる――彼は思い出した様にこちらに視線を向けると、

「ああそうそう、名前を教えてなかったな。俺の名前はアルカード――吸血鬼アルカードだ。今日はこれで失礼しよう――今度会うことがあったら刃物を向けるより、食事にでも誘ってくれることを期待してるよ」 そう言ってから、アルカードは自動ドアをくぐり抜けた。

 その吸血鬼が姿を消すまで一歩も動けぬまま――フィオレンティーナは右手の中に残った撃剣聖典を見下ろした。切断する瞬間まったく衝撃を感じさせず、斬り落とされた鋒がコンクリートに突き刺さる音と重量バランスの変化でようやく斬られたことに気づく、そんな恐るべき手管。

 堕性を帯びた強烈な魔力に侵されて、撃剣聖典の刀身が折れた個所からどんどん紫色に変色してゆく――やがて完全に『式』を破壊された撃剣聖典が炎に包まれ、紙の燃え尽きた灰だけを残して消滅した。地面に突き刺さったままだった鋒も、同様に灰だけを残して消滅する。あとに残ったのは、一撃でへし折られた刃がコンクリートに突き刺さった傷跡だけ。

「あれが――」 震える声で、フィオレンティーナは男の名を口にした。

「あの男が、『血塗られた十字架ブラッディークロス』アルカード――」

 

   †

 

 Savage GardenのI want youを口ずさみながら、アルカードは内側の自動ドアをくぐった。フィオレンティーナにはもはや頓着しない――しばらくは襲撃をかけてくることもあるまい。そしてしばらくしたら、あらためてきちんと引き合わされることになる。

 ちょうどいいタイミングで正面のエレベーターのドアがチャイムとともに開き、男性ふたりが降りてくる――アルカードは彼らが降りたエレベーターに乗り込むと、一階のボタンを押した。

 さて、どうしよう。

 とりあえず、差し当たっての問題は荷物を持って帰ることだろう――フィオレンティーナとかいったか、あの少女がこの店になにを買いに来ていたのか知らないが、もうしばらくは店内にいる可能性がある。

 出来ればもう一度出くわすのは避けたいところではあった――会ったからどうだというものではないが、一日に二回も命を狙われると気が滅入る。

 でもこういうときって、なぜかなんの脈絡も無く再会するのがお約束なんだよなぁ――さっきもあっさりフラグ回収したし。病院であんなこと言わなきゃよかった。

 暗澹たる気分でそんなことを考えながら、アルカードは頭上を仰いだ。天でも仰ぎたい気分だったが、視線の先にあるのはエレベーターの天井とそこに取りつけられた照明だ。ここが屋外だったとしても、空はどんよりとした曇り。天井とたいして変わりやしない。

 しかしまあ――なにも背後から斬りかかろうとすることもあるまいに。

 吸血鬼にだって人権は、人権は保障されるべきだと思うのだが――少なくとも、いきなり後ろから斬りかかられる危険など心配せずに買い物が出来る程度には。

 そうとも、日本政府は偽造旅券で不法入国した夫婦と不貞腐れた面をして強制退去にごねるガキなんぞよりも、俺の人権を優先すべきだ。少なくとも俺は不法滞在はしてないし、日本人たちにとっても役に立っている――吸血鬼に人権を。

 そんなことを考えながら溜め息をついて、アルカードはエレベーターの内壁にもたれかかった。

 第二十八位と言っていたか――胸中でつぶやいて、アルカードは首筋を軽く引っ掻いた。

 聖堂騎士団は教皇庁が擁する、非公式の武装聖職者部隊だ――所謂異端審問官と悪魔祓い師を兼ねた様な役職で強力な対霊体武装を持っており、吸血鬼などの人に害を為す魔物や、あるいは危険な技術の研究を行う魔術師の殲滅や拘束任務に従事する。

 特に上位の聖堂騎士は世界各地に派遣され、対吸血鬼の任務に当たっている――そのうちのひとりがライル・エルウッドであり、フィオレンティーナ・ピッコロだった。

 聖堂騎士団に狙われるということ、それはすなわち闇の眷属に名を連ねる者にとって、文字通り逃れえぬ死を意味する。

 篠原工業製作所の跡地に単身で乗り込んできたということは、まあそこそこ腕はいいし自信もあるのだろうが――二十八位なら中堅どころの下のほう、あの若さでその位階なら次世代の有望株なのだろう。撃剣聖典を斬ったときの手応えは、それなりの魔力が込められていることを感じさせた。

 撃剣聖典は聖書のページに魔力を通して武器に変化させる、武装聖職者の扱う聖典戦儀と呼ばれる技術の一種だ――聖遺物の様な強大な力こそ無いが、熟練次第で誰にでも使えるうえ、力の上限が無いという特徴がある。

 対して聖遺物は、誰が使っても力の総量は一定だ――使い手を選んで強大な力を与えるが、代わりに成長もしない。

 護剣聖典は使い手の技量次第でいくらでも力をこめられる――最大のメリットは聖書のページが残っている限りいくらでも作り出せることで、初心者用の武装だが、完全に自分専用の武装である霊体武装を除けば超上級者にとっても理想の武装なのだと言える。

 ま、寝込みを襲われてもどうってことはないだろうけどな――胸中でつぶやいて、アルカードは視線を戻した。フィオレンティーナの撃剣聖典にはそれなりの魔力を込められているが、上位吸血鬼である彼に届くほどではない――まあ針で刺された程度には痛いかもしれないが。

 とは言え、塒が知れるのは面倒ではある。ライル・エルウッドの引き合わせの許であらためて事情を説明したあとならともかく、現状で塒に乗り込まれると面倒だ。

 なにしろ殺すわけにもいかないし、吸血鬼に変えて無理矢理支配するわけにもいかない。先ほど会ったときに魔眼を仕掛けたが、それも通じなかった――おそらく強力な抗魔体質の一種だろう。

 となると、彼女がここを離れるまで時間を潰すしかないか――あるいは荷物も車も置いて、いったん帰宅するか。

 チャイムの音とともに三階で止まったエレベーターの扉が開き、老女が乗った車椅子を押した若い女性が乗り込んでくる――アルカードは『開く』ボタンを押したまま彼女が乗り込むのを待って、

「何階ですか?」

「あ、一階です」 女性の返事を確認して、アルカードは『閉じる』ボタンを押した――老女と女性がなにやら話をしており、その会話からふたりが祖母と孫娘であることがわかる。

 すぐにエレベーターが一階に止まり、アルカードは再び『開く』ボタンを押した。

 車椅子の女性がお礼を言って降りていく。外にはエレベーター待ちの客がふたりいたので、アルカードは彼らが乗り込むのを待ってエレベーターを降りた。

 さて、どうしよう。しばらくほとぼりが冷めるのを待とうにも、そもそも彼女はアルカードがサービスカウンターに買った荷物を預けるところを目撃しているのだ。もう一度彼を捕捉するなら、ただ単にそこで張っていればいい。

 とりあえず時間を潰そうか――帰って食事でも作ろうかと思っていたが、やめにする。

 アルカードはちょっと考えてから、一階にある蕎麦屋に足を向けた。

 蒸気のために少し湿度の高い店内に足を踏み入れると、顔馴染みの壮年の店主がこちらを振り返った。

「おう、兄さん。いらっしゃい」

「どうも、ご無沙汰してます」 仕事柄つきあいの深い店主にそう挨拶を交わして、アルカードは手近なテーブルに着いた。店も清潔だし蕎麦の味もなかなかなのだが、どうも場所が悪いのかあまり客が入らない――ショッピングセンターが出来たときに市街地の開発計画で立ち退きを余儀無くされ、立ち退きの代価の一部としてテナントを格安で借りたらしい。

 お蔭で以前よりも、外からのアクセスは悪くなってしまったそうだ――だが交差点の斜向かいにある警察署と消防署の職員たちにショッピングセンターの建物内に移転する前からの常連が多く、彼らのお蔭で店自体は回っているらしい。なにぶんアルカードがこの街に来る以前のことなので、伝聞でしか知らないが。

 細君が持ってきてくれた湯呑の緑茶に口をつけると、普段はその場で注文を済ませる彼からオーダーを取るためか立ち去らずに留まっていた細君がその様子を見てくすりと笑った。

「どうしたの、そんな辛気臭い顔して」

「別になにもないですけど――そんな辛気臭い顔してました、俺?」 顔を顰めてそう聞き返すと、細君はうなずいて、

「ええ、まるで靴紐が左右纏めて切れて、電話から変な声でも聞こえてきて、黒猫の二列縦隊に出食わしてからカラスの大合唱でも聞いたあとみたい」

 なにその不幸の連鎖。

 胸中でつぶやいて、アルカードは嘆息した。

「さっきちょっとばかり、面倒事に巻き込まれまして」

「女の子にでもつけ回された?」

 あやうく斬りかかられるところでした。

 胸中でだけそう答えて、他人が原因で自分の予定が制限されるのが嫌いなアルカードは盛大に嘆息した。

「あらあら、大正解?」

「いいえ、全然。つけ回されるだけならまだましなほうで」 楽しげな細君の言葉に、テーブルに突っ伏して嘆息する。とりあえずあの女の子がここから離脱するまでは、荷物も取りに行けない。

「鴨南蛮うどんを、細打ちでお願いします――あ、大盛りで」

しゃけおにぎりがサービスでつくけど、どうかしら?」

「いただきます」 奥方の言葉にそう返事をしてから、アルカードは左手首の腕時計に視線を落とした。

 そういえば、すでに三十分くらい経過している。

 このまま一時間ほど時間を潰すと断っておいた時間を三十分ほどオーバーしてしまうので、サービスカウンターに電話をしておかなければいけないだろう。

「奥さん、ここの総合の電話番号はわかりますか?」

「ええ」 彼女がそらで答えてきた電話番号を同じくそらで暗記して、アルカードは携帯電話を取り出した。

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