Vampire and Exorcist 13

 

   †

 

 屋上の駐車場に通じるエレベーターから降りると、右手にはエレベーター、左手には風除室として機能する二重の自動ドア。正面には階段と、階段室に入るための開け放されて固定された鉄扉の横にコカ・コーラとアサヒの自販機が設置されている。そちらには特に用は無かったので、アルカードは自動ドアのほうに歩き出した。

 ちょうど外からベビーカーを押した女性が近づいてきたので、足を止める――謝辞とともに一礼してから自動ドアをくぐり、エレベーターの前へとベビーカーを押していく女性から視線をはずし、アルカードは二重の自動ドアをくぐって外に出た。 

 SlipknotのBefore I Forgetを口ずさみながら、ぶらぶらと歩いて屋外に出る――分厚い黒雲が緞帳の様に空を覆い、外は薄暗い。もうじき雨が降り始めるだろう。

 そうなる前に帰りたいものだが――別に吸血鬼は雨を苦手とはしないが、レザージャケットが濡れるのは厭だ。それに荷物がパソコンなので、雨に濡れないに越したことも無い。

 そんなことを考えながら、左手に――平日の昼間なので、それほど車は多くない。それに天気が悪いから、特段に理由が無ければもっと下の階層の駐車場に車を止めるだろう――少なくとも屋外に出るのに、雨に降られて濡れることは無い。

 そんなわけで、屋上駐車場にはあまり車は止まっていない。アルカードは入り口の建屋を横に廻り込み――

 自動ドアの横の壁面に張りつく様にして、修道服姿の少女が角の向こう側の様子を窺っている――こちらの姿を見失ったからだろう、少女の気配に動揺が混じった。

 だがそれで追跡をあきらめたのか、少女は背中を向けたまま小さく溜め息をついた。店内に引き返そうとしたのか踵を返そうとしたところで、

「――あきらめるのか?」

 背後から声をかけてやると、少女は小さなうめきを漏らしながら弾かれた様に振り返った。

「その様子だと、お茶に誘いに追いかけてきたってわけじゃなさそうだな――残念だ」 そんなふうに茶化して首をすくめ、アルカードはちょっと片眉を上げた。

「どうして――いつの間に」 声に滲む動揺を隠しきれないまま、少女が疑問の言葉を漏らす。

「どうして気づいたのかって? 人のあとをつけるんなら、まずはその修道衣ナリをやめることを勧めるよ――外見上の特徴としては覚えやすすぎるしな」

 少女の問いに――別に返答を期待していたわけでもないのだろうが――そう返事をしてから、アルカードは少女の眼差しに混じった剣呑な棘を追い払う様に適当に手を振った。

「あと、ついでに忠告しとこうか――魔力だけじゃなくて気配まで消すと、却って怪しまれるぜ」

「いったい何者ですか、貴方――」 おそらくはこの場を切り抜けるための方策を考える時間稼ぎだろう、そんな問いを投げかける少女に、

「つけたのはそっちだぜ――名乗るなら君のほうが先に……が筋じゃないのか、可愛いお嬢さん」 片肘をコンクリートの建屋に突いて少女の襟元に留められた徽章に目を留め、そう返事をしておく――片方だけの鳥の羽根に茨が巻きついた、聖堂騎士団の出身教室を示す徽章。リッチー・ブラックモア教室の徽章だ。

 どうせことを構えるつもりも無い。本人がそうと知らされているかどうかはわからないが、彼女は味方なのだ。

「まあそうはいっても、だいたい想像はつくけどな――その修道衣カソック、ヴァチカンの関係者だろう。ヴァチカンの関係者が、俺を見つけてつけてくる。となれば、身元の見当もおのずとつくってもんだ――これがデートのお誘いなら歓迎だがね」

 完全に体ごとこちらに向き直り、少女がじりじりと距離を取る。それを別段気にせずに、アルカードはそんな言葉を口にした。

「で、どこのどちら様だ?」

「わたしはヴァチカン教皇庁聖堂騎士団第二十八位、フィオレンティーナ・ピッコロです」

「なるほど――聖堂騎士団じゃ尾行の仕方は教えてくれなかったか」

 苦笑気味にそんな言葉を口にして、アルカードは左手で顔の半分を覆った――たしかに、リッチーに尾行術を教えたりはしなかったな。

「で――その聖堂騎士がなんの用だ? 別にお茶のお誘いってわけじゃなさそうだし、君がひとりで俺と戦って勝てると思うほど無謀でもないだろう」 少女は返事をしない――反論の言葉も無いらしい。

「察するにあれか、たまたまそこらで見かけたからつけてきただけってところかな――本当に俺を狙ってるなら、そんなあからさまに目立つ格好でうろついたりしないだろう。君の狼狽ぶりから推すに、十分な準備もしてないし作戦も立ててない、行き当たりばったりの行動の結果の状況をどうにか好転させようと知恵を絞ってるってとこかな――今こうして君と面と向かってるってのに周りから誰も仕掛けてこないってことは、君は囮で、本命がどこかでチャンスを狙ってるわけでもなさそうだしな」

 図星を突いたらしく、少女が唇を噛む――彼女からしてみれば、今のこの状況は絶体絶命の危機だろう。

 だが――アルカードはふいっと背を向けて、ひさしの下へと足を踏み入れた。

「じゃあな。俺は帰るわ、お疲れ」

「なっ――」 その行動が予想外だったのか声をあげるフィオレンティーナに、適当に手を振る。

「ちょっと待ちなさい、貴方なにを――」

「なんだよ、これで状況が終わるんだからよしとすればいいだろうに」 肩越しに振り返って混ぜっ返し、アルカードは肩越しに振り返ってちょっとだけ笑った。

「それとも、気が変わったのか? 喫茶店でコーヒーの一杯もおごってくれるんなら、もう少しつきあってもいいけどな」 アルカードはそう言ってから、

「まあ、そんなつもりも無いだろ――俺も雨が降り出す前に帰りたいんでね、これで失礼するよ」

「待ちなさい!」 フィオレンティーナの鋭い声に、アルカードは外側の自動ドアの前で足を止めた。

「聞きたいことがあります――数日前に山中の製材所の工場で噛まれ者ダンパイアを殺したのは、貴方ですか?」

「山中の製材所――ああ、篠原工業製作所のことだな? 小泉純一とかいう、顔色の悪い引きこもりのガキだろう――そうだ、俺が殺った」

「なんのために――貴方は彼の上位個体でも、そのさらにもうひとつ上の上位個体でもないでしょう」

「そうだよ――だから俺はあのガキの下位個体を継承したりはしてない。皆殺しにしちまったしな」 吸血鬼の支配系統は上から下への不可逆的なもので、上位個体は自分が直接噛んだ下位個体の居場所や状態を把握したり、下位個体が吸血によって獲得した魔力を奪い取ったり、電気的に変換されたり録音していない肉声で直接命令することでその命令に絶対服従させることが出来る。

 これは上位個体と下位個体との間に接続される霊的な回路パスによって確立されるもので、これを上位個体の『支配権』と呼ぶ。

 支配権は基本的に上位個体が直接噛んだ下位個体との間に確立されるもので、上位個体のさらに上位個体や、系統的にまったくつながりの無い吸血鬼が横入りすることは出来ない――だが、特定の条件下で上位個体が死んだ場合、死んだ上位個体を吸血鬼に変えた吸血鬼と死んだ上位個体が吸血鬼化させた下位個体との間で、回路パスが再接続される現象が起こることがあるのだ。

 わかりやすく書くと、A→B→Cという支配系統の吸血鬼がいたとする。AにとってはBが直接の下位個体、Cはいわば孫世代の下位個体に当たる。

 Cと同世代の下位個体がC1からC10まで十人くらいいたとして、AがBを手に掛けたり、ほかの吸血鬼や魔殺しに殺されたりしてBが死ぬと、C世代の下位個体をAが直接支配出来る様になる。すなわち、AはBを犠牲にCの下位個体十人を一度に直属の配下に加えることが出来るのだ。

 この状態になると上位個体Aは自分のいわゆる孫世代に当たる下位個体C1~C10が吸い上げた魔力をその上位個体を介さずに直接奪い取ることが出来るほか、その下位個体の位置や生死を把握出来る様になるのだ。また肉声で命令することで相手の意志にかかわらずに、与えた命令に強制的に従わせられる様になる。

 この上位個体の死亡の際に起こる支配権の移譲を、支配権の『継承』と呼ぶのだ。

 それがAにとっていいことか悪いことは、場合による――自分の縄張りから遠く離れた土地で暴れさせるぶんには、自分の獲物を奪われる危険無く下位個体からも魔力を奪える、まあ理想的な環境だろう。

 そのため、上位個体が自分が噛んだ噛まれ者ダンパイアが十分な数の下位個体を増やしたところでその噛まれ者ダンパイアを殺害し、一気に自分の下位個体を増やす例がままある。

 だが――

 その上位個体はすでに死んでいる。小泉純一が蘇生する前の日の晩、繁華街に息を顰めて獲物をあさろうとしていたところを背後から刺し殺した――まあその殺害が、その時点ではまだ復活前の死体が発見されていなかった小泉純一が主持たずヴァンパイヤントとして復活する結果を招いたわけだが。

「じゃあなんのために――貴方の縄張りを荒らされたからですか?」

「俺の『領地』を、だって?」 アルカードは苦笑して、再び少女に向き直った。

「俺の『領地』はここだ――秋葉原なんぞ、パソコンの部品を買いに行くんじゃなければ用は無いさ」

「じゃあ、貴方はあの吸血鬼やその上位個体と直接のかかわりは無いんですか? なら、どうしてあそこに――」

 たぶん、しばらくしたらわかるんじゃないかな。胸中でつぶやいて、アルカードは首をすくめた。

「君は質問ばっかりだな――別に一から十まで全部答える義理も無いだろう」 そう返事をして再び背中を向けたとき、

「待ちなさい――この街でなにをするつもりですか! 貴方が殺した吸血鬼やその上位個体がした様に、この街で吸血鬼や喰屍鬼グールを増やすつもりですか?」

 その問いに、アルカードは背を向けたままでふっと失笑を漏らした。その問いは馬鹿馬鹿しい――実に馬鹿馬鹿しい。

「俺が誰かの血を吸ったら喰屍鬼グールになんかなりはしないよ、お嬢さん――喰屍鬼グールにもならないし、死体のまま復活しないなんてこともあり得ない。もし俺が誰かの血を吸ったら、百パーセント噛まれ者ダンパイアだ」 かすかな苦笑いに頬をひくつかせながら、アルカードは肩越しにそう返事を返した。

 そうだ――、彼が誰かの血を吸ったらその被害者は間違い無く噛まれ者ダンパイアになる。それもほとんど時間を置くこと無く、ものの数分で復活するだろう。

「それに吸血にも興味無い――君にはまだわからないだろうが、人間たちが作り出したものにはあんな血生臭いもんよりもっと旨いものがいっぱいあるんだよ」 日本酒とかビールとかワインとか蒸留酒とかな。

 眼前の子供フィオレンティーナには、どうにもピンとこないらしい――眉をひそめるのが気配でわかる。

「じゃあな」 そう告げて、アルカードは再び足を踏み出した。アルカードがセンサーに反応し続けているために開きっぱなしになっていた外側の自動ドアをくぐろうとしたところで――

 少女の手にした刃渡り一メートルほどの長剣が半ばから叩き折られ、折れた刀身が駐車場のコンクリートの地面に突き刺さる。背後から斬りかかるつもりでいたのか長剣を構築していたフィオレンティーナが、抜く手も見せずに繰り出した一撃で得物をへし折られて愕然とした表情を見せていた。

「な――」

「やめとけ」 おそらくは少女には見えていないであろう得物を肩に担いで、アルカードは少女にそう声をかけた。

「勝てないことはわかってるだろう――残念ながら不意討ちでも無理だよ。寝てるときに脳をえぐられでもすれば別だろうがな」 そう告げて、彼は塵灰滅の剣Asher Dustへの魔力供給を断ち切った――手にした魔具が、形骸をほつれさせて消滅してゆく。

「俺を本気でんなら相手をしてやるが――死に急ぐもんじゃないぜ、お嬢さん」

 アルカードはそう告げて、立ちすくんでいる少女に向かって片手を挙げた。

「ああそうそう、名前を教えてなかったな。俺の名前はアルカード――吸血鬼アルカードだ。今日はこれで失礼しよう――今度会うことがあったら刃物を向けるより、食事にでも誘ってくれることを期待してるよ」 そう言ってから、アルカードは自動ドアをくぐり抜けた。

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