hook

 で、賛否両論あるラストですけど、ええ、激おこの人も多いラストシーンですね。まあ怒ってる人の気持ちもわからいじゃないです。

 やっぱりですね、一番多かったのは「イジメの問題について何も決着が着いてないじゃないか!」というものですね。確かに最後は更紗がナオトの手を取って終わり。それだけの話っちゃそれだけなんですよね。

 あれだけヒドいイジメに会っておいて、それだけでオールオッケーになるのか?みたいな。あの後どうやって環境を改善していくの?みたいなことは描かれない。そこにNoを突き付けている人が多いってのもまあわかります。


 ただですね、そこはやはり凪野監督の本論とは別の部分じゃないかって気がするんですね。この映画、一見社会派って言うかイジメの構造だとか、マイノリティの受け皿だとかってことを表層には打ち出してるんだけど、肝心なとこはそこには無いのね。なんでイジメが起きるのーとか、どうすればイジメられなくなるのーってことじゃなくて、凪野監督はもっと根本的に大事なことがあるでしょ、ってことを訴えてるから、あそこでエンディングだというのは、舌足らずだけども85分という枠の中では最低限の着地を見せていると思うんですね。


 もう坂道を落ちに落ちまくって、ズタボロに転げ落ちていった先のビルの一室でさ。あの、例のうさんくさいデリヘルの待合室ですよ。あの、うっさんくさい……(笑) あの待合室は、真芝監督の大学時代のご友人のツテを辿って撮影しさせてもらったらしいですよ。


 だからさ、場所はさすがに明言してないけど、あれは本当にデリヘルの女の子達が使ってる一室そのままなんだって。だからさ、全然そろってないイスとか、妙に埃っぽい室内とか、だけど妙にファッション雑誌とか多い感じとかは全部究極的にリアルな存在なのね。


 それだからなのか、確かにナオトがあの待合室に乗り込んでくるシーンは妙にカメラワークは変ていうか、カメラがパンしたりしないで、数カ所……僕が数えた限りは5点だったかな。定点カメラを切り替えるだけで構成されてるんですよね。割とすぐ更紗が飛び出していくから、それを感じさせない作りにはなってるんだけど。


 で、更紗は結構足に自信があるって思ってるわけだよね。子供の頃の記憶があるからさ。ナオトにはかけっこで負けたことなんてなかった。それは二次性徴期前後の男女の成長差でもあるわけだけど、それ以後の彼女のひきこもりだったり、ドラッグだったり、不摂生がたたったりであっという間にナオトに追いつかれてしまう。


 手首をつかまれて、もうお互い18歳ですからね。腕力にも圧倒的な差が生まれちゃってるわけですよ。もう殴り合いの喧嘩なんて成立しない。ていうか、更紗は本気で殴ってるんだけど、ナオトは瞬きせずに顔で受けるシーン。ここで女性の中ではそれなりに優位性のあった腕力も通用しないってことを悟るわけですよね。もうどうにでもなれっ、って人生の全てを投げ出そうとした瞬間、ナオトが許しを与えてくれるわけですよね「そばにいてくれればそれでいい」という。


 でナオトにさ、泣きながら、あの更紗がですよ? あの髪の毛ジョキジョキ切られたり、腹に前蹴り食らったり、母親に見限られたりしても泣くことだけはしなかった更紗が、この時ばかりはグシャグシャに泣くじゃないですか。鼻水流しながら聞きますよね、「どうして私と一緒にいてくれるの?」って。


 あれはさ、恐怖の涙なわけですよね。勿論ナオトの好意が嬉しくないわけではない。でも更紗の持つ尺度だけでは、彼女の培ってきた価値観だけでは、ナオトの好意の理由を図れないわけです。理解を超えている。人は自分にとって不可解な存在が現れると怖いわけです。恐ろしいわけです。恐怖するわけですよ。ナオトはしかも暖かい。恐れおののきながらも暖かいという相反した存在に、キャパシティをオーバーした更紗はただただ泣くわけ。


 タイトルの「まごころだけは、君に」。これはさ、当然ラルフ・ネルソン監督の1968年「まごころを、君に」のオマージュなわけですよ。「まごころを、君に」って言えばさ、勿論「アルジャーノンに花束を」なわけです、ダニエル・キイスの。


 まあもう話は知られてると思うし、ネタバレがどうって感じでも無いと思うんだけどさ、「アルジャーノンに花束を」てのはさ、知的障害のチャーリーという男がいて、まあ傍からはツラそうな境遇なんだけど、なんとかかんとか楽しそうにやってるわけ。で、同じような境遇のアルジャーノンっていうマウスがいて、脳手術の実験をしたらさ、めっちゃ賢くなった。これは人間もいけるぞってことでチャーリーが人間の被験者に選ばれる。で、やっぱり賢くなって、どんどん知識は増えるわ無理難題は解決するわでスーパーマンなわけだけど、それと同時に知らなくてよかったこととかも知っていっちゃうわけね。で、アルジャーノンはチャーリーより先に手術をしてるわけだけど、どうも経過がよろしくない。それをみてチャーリーは不安を覚えて……って話なんだけど。でネタバレしないように気を付けたいと思うけど、「アルジャーノンに花束を」って話は「何かを得て、その後に失う話」なわけですよ。いっそ得ることすらなければ、ってことなわけじゃないですか。宝くじなんて当たらなければよかった、みたいな。


 で、この「まごころだけは、君に」は、何かを得て失う話じゃないですよね。何かを得ましたか? いや、単に最初から何も無かった。とりたてて何も持ってない、どちらかといえばややマイナスからスタートしたような女の子が、ひたすらそこから坂を転がり続け、たどり着いた地獄、でもそこで彼女の手の平には、物心ついたころから握りしめ続けていたものがあった、って話じゃないですか。それだけっていっちゃあそれだけですよ。


 でもナオトはさ、ただ更紗の手を取ってさ、うずくまる更紗を優しく包んで一言つぶやく。これで、更紗にとっては新しい世界が開かれた。福音が訪れたわけですよ。啓示が下されたわけです。今まで見えなかった世界が見えた。閉ざされていた世界のフェンスの向こう側、新天地へと踏み出すことができたわけですよね。


 リア充だった時のまま価値観が更新されていない更紗にとっては、それは考えもしなかった物差しなわけ。


 でも、ナオトが更紗の手を握った理由、彼女のそばにずっと居続けてくれた理由。それはさ、別に更紗が彼の恩人であるとか、すごく美人だとかさ、そういう理由じゃないわけじゃん。


 ずっと兄弟のように育ってきてさ、空気を吸うようにお互いがそこにいるのが当たり前になっていたわけじゃないですか。ナオトにとってはずうっとずうっとそれが自然だった。更紗にとっては、一時は忘れてしまっていた事実なのかもしれないけど、ここでようやく思い出すわけですよね。


 ナオトは更紗を抱きたいからだっていう意見もチラホラ目にするんですけどね、もうね、バカ! ほんとバカ! まあね若い男女二人のことだからそういう風に見たくなるのもわからいじゃないですけど、そんなわけねえだろ!っていう。

 それならですね、ナオトは更紗を後ろから抱きすくめる、もしくはですね、前からなら頭を抱えて包み込むように抱きしめるんですよ。そういう演出、今まで山のように見てきたでしょ?

 でもナオトは違ったじゃない。頭を垂れてうなだれる更紗にさ、ただただスッと横に立つ。もう脚が更紗の肩に触れてるだけ、もしかしたら触れてさえいないのかもしれない。

 あれはさ、子供の時にナオトが自転車でスッ転んでワンワン泣いてる時に、口をとんがらせながら突っ立ってさ、それでもじっと泣き止むのを待ってた更紗と同じなわけなんですよ。性欲を抱いてたら、あの立ち位置にはなり得ないんですよ、あの二人の場合!


 凪野監督でよかったな、っていうのはですね、ここの大分ウェットなシーンでですね、余計はフラッシュバックやら回想とかスローモーション使わないでいてくれたってことですね。このあたり、力量に自信の無い監督とかだと、安易に「ドジャーン!」みたいな感動げなBGMに頼ったりっていうのが本当に多いから!


 ことほど左様にですね、本当にシンプルなテーマをもってですね、そこを伝えることに特化した映画だと言えます。だからこそ85分12秒におさめられたとも言えるし、まだまだ舌ったらずな描写も多い映画だとも言えます。

 でもですね、僕はこの映画、自分が迷った時っていうのかな、どっちを向いているのかわからなくなった時、どっちを向けばいいのかわからなくなった時、折につけ僕はこの映画を見返したくなるんじゃないかなぁと思いますね。タケ坊とあーだーこーだ言ってる時はね、彼は「落ち込んだ時に見たくなるよね」なんて言ってたわけですけど、どうだろ、僕はそこまでウェットになっちゃったら逆にこういう作品を見るのか……というのはわからないですけど、まあまあタケ坊の言うこともわかる、って感じですかね。


 あとですね、繰り返しになりますけど、更紗役の佐竹亜紀さん、ナオト役の栗原健人さんの演技、二人とも素晴らしかったです。二人とも20代ですからね、無理なく高校生役を演じるのはさすがに若手期待の星、という感じです。佐竹さんもね、グループ卒業後からグイグイ演技力増してると思います。次も映画出演決まってるっていうことで期待しております。

 二人の演技にも是非注目して、みなさんも劇場で辻斬りしてきてください!


 というわけで「映画斬鉄剣」のコーナー、今週取り上げたのは「まごころだけは、君に」でした!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る