第28話 泊まりました

「……狭い」

 目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっている。

 ケータイで時間を確認すると、夜の7時を回っていた。

 というか、ベッドが狭い。

 俺のベッドは一人用なんだ。

 一緒に寝て狭くないのは多々良くらいなもんだ。

 きっとウズメだろう。

「うずっ……違う!?」

 なんとツクヨミさんでした。

 いやいや、何してんの!?

 と、とりあえず起こそう。

「ツクヨミさーん……?」

 俺の方を向いて寝ているツクヨミ。

 着物が少しだけはだけ、胸元が見えそうだ。

 高校生にはちょっと刺激が強い。

「ツクヨミ、起きてくれ」

 呼びかけただけじゃ起きないし刺激が強いのでちょっと強引に起こすことにした。

「おーい」

 肩を揺らす。

「ん……幸くん、おはよう」

「おうおはよう。ところでこの状況、どう思う?」

「ん~……?」

 ツクヨミが辺りを見回す。

 するとこの状況に気付いたようで、ツクヨミの顔がどんどん赤くなっていく。

「ゆ……」

「ん?」

「幸くんのエッチ!!!」

「なんでぇ!?」

 飛んできたのは予想外の言葉だった。

「だだだ、だって一緒に寝てたし、き、着物もはだけてるし……!」

「知らねえよ!?目を覚ましたらツクヨミが隣で寝てたんだよ!?」

「え……?あ……きゃー!!」

 何を思い出したのか、ツクヨミが真っ赤な顔で悲鳴を上げた。

「ちょやめて!誰か来るから!」

「どうしたんですかー?」

 やべえ来た。

 よりにもよって面倒なのが来た。

「あら……?」

 ウズメがこちらの様子に気付いたらしい。

 こっちを見て固まっている。

「幸さん……多々良さんを悲しませてはいけませんよ?」

「ぶっ飛ばすぞお前」

 ウズメが若干引いているのがなおのこと腹が立つ。

「まさかツクヨミさんも幸さんとそこまでの仲になっていたとは……」

「ち、違うよっ!?私が幸くんのベッドに入ってそのまま寝ちゃっただけで……!」

 まずなんで俺のベッドに入ってきたんだよ。

 そこがすでに謎だわ。

「でも着物がはだけていますよ?もう少しで見えてしまいそうですし……」

「やあっ!」

 ツクヨミがちょっと危ない胸元を手で隠した。

「とりあえず違うからっ!そんなんじゃないのっ!」

「ちなみに幸さん、スサノオさんは怖いかもしれません」

「何の話だよ!?」

 大体想像はつく。

「もしできちゃったりしたら挨拶に行かないといけませんし……」

「いい加減にして!」

 ツクヨミがウズメに手を向けると、黒い球体が現れウズメの脳天を直撃した。

「ほへ~……」

 その場で気絶するウズメ。

「どうすんのコレ」

「寝かせておけばいいよ……その、幸くんのベッドで寝ちゃってゴメンね」

「いや、いいけど……」

 着物を直すツクヨミ。

 さっきのはだいぶやばかった。

 あと胸の関係で、多分多々良だったらもっとやばかったかもしれない。

「あ、あとさ、ツクヨミ」

「どうしたの?」

「俺が修学旅行に行ってる間、俺のベッドで寝てたよね」

「――――」

 ツクヨミがその場から逃げ出そうとする。

「ちょっと待てコラ」

「ごめんなさい!魔が差しちゃったの!」

「魔が差したって何だよ!?」

 ツクヨミの顔がまた赤くなる。

「ゆ、幸くんがいつもここで寝てるんだなあって思ってたら、なんだかドキドキしてきちゃって……」

「――――」

 今度は俺が赤面する番だった。

 え?俺が寝てると思ってドキドキ?

 ちょっとなんですかそれ。

「ベッドで寝ようとしたらなんか俺と違う匂いがしたからさ」

「に、匂い!?そんな匂いがつくようなことしてないよ!?」

 大慌てで否定するツクヨミ。

「いや、ほら人の匂いっているだけで何しなくても付くものだし……」

「か、神さまだからそんな匂いなんてしないもんっ!」

 そ、そんなに否定する……?

「別に臭いとかそういうわけじゃないから落ち着けって」

「……べ、別に私が臭いだなんて、これっぽっちも思ってないよ」

 途端に声が小さくなるツクヨミ。

 なるほど、匂いがついたって言われて臭かったんだと勘違いしたんだな。

 ただツクヨミが恥ずかしがっている以上、俺もツクヨミの匂いがしてちょっとドキドキしただなんて言えない。

 多々良の匂いならドキドキどころか安心して眠れるんだけどな。

「あ、そういえばウズメが来たってことは晩ご飯の時間だよね……?」

「ああ、そういうことか」

「み、みんな待ってる……!早く行かなきゃ!」


「ん~~~~~!今日も美味しい~!」

 ツクヨミが母さん(とウズメ)の料理に舌鼓を打つ。

 母さんも父さんも、それをニコニコしながら見ている。

 まるで娘を見ているかのような目だ。

「幸さん!今日も自信ありですよ!久しぶりの私の料理の味はどうですか?」

「おいしいよー」

「美味しくなかったでしょうか……」

 棒気味で言ったらウズメにしょんぼりされてしまった。

「大丈夫、美味いって」

「ほんとですか!?やったー!」

 相変わらず喜び方が子供っぽいなー。

 あとさっきからずっと気になってたんだけど。

「近くない?」

「そ、そうかな?」

 右隣に座っているツクヨミが非常に近い。

 俺の家の椅子は背もたれのないベンチのような椅子だから、隣との仕切りがない。

 だから隣とは適度な間隔をあける必要があるんだけど……近くない?

 さっきから母さんたちからニコニコとは違うニヤニヤの視線を食らってるんだよね。

「あ、ご、ごめんね、食べづらいよね」

 ツクヨミが俺からちょっと離れる。

 それでもまだ近いような気がするけど。


「じゃあ、今日はもう行くね」

 ツクヨミが外に出て、宙に浮かぶ。

「おう、夜を守る仕事、頑張ってな」

「うん!次はしゅうがくりょこう?の話、いっぱい聞かせてね!」

「おう、またな」

「うん!またね!」

 ツクヨミが空へと消えていく。

 ……あの銀髪、夜だと目立つんじゃないかな。

 光って見えるんだけど。

「……で、ユーは何しにここへ?」

「言ったじゃないですか、お話し聞かせてくれるんですよね?」

「明日って言っただろお!?」

「ええ!?お話ししてくれないんですか!?」

「まずは俺の話聞こうか……。」

 ポケットの中に入れている俺のケータイが振動している。

 電車乗ったからマナーモードのままだった。

 えーと、姫川か。

「どうした?」

『泊まることになったから佐倉も来て。』

「圧倒的に言葉が足りない。」

 どういうことだ?

『あ、ユキちゃん?』

「ん、多々良じゃんか。どした?」

『今綺月きづきの話聞いたでしょー?今日綺月がたたらの家に泊まることににゃったから、ユキちゃんも今から来て!』

「俺も行くの?」

『幼なじみ3人で過ごすってのも、たまにはいい』

 俺と多々良と姫川で過ごすってか。

 幼なじみって言うんだったら佐々木も入れたいところだけど、佐々木はちょっと遠いからな。

 姫川ならいつでも帰れるしな。

「じゃあ今から行くわ、待ってて」

『待ってる』

『にゃるべく早く来てねー!』

 電話が切れた。

 多々良の家で集まるってのはだいぶ久しぶりだな。

 ウズメたちが来る前は俺の家で集まることが結構多かったけど、最近はもう呼べないよな……。

「幸さん、誰からの電話ですか?」

「多々良に呼ばれたから行ってくる」

「それなら私も一緒に行きます!」

「他の友達もいるからダメ」

「幸さんのお友達さんなら会いたいです!」

「ダメ!」

「えー」

 ちょっと着替えて多々良の家に向かう。

「大人しくしてろよ?」

「それはフリというやつでよろしいですか?」

「ちっげーよ!話なら明日してやるから待ってろ!」


「ユキちゃんおっそーい!」

「ごめんて」

 ウズメがごねたせいで時間がかかってしまった。

「姫川、もう大丈夫なのか?」

「大丈夫。でも一応大事を取って泊めてくれた」

「久しぶりのお泊りだねー!」

「確かに、久しぶり」

 多々良のお母さんはやっぱ面倒見がいいな。

「というわけでユキちゃんも泊まってって!」

「へ!?」

「今日はうちらと夜を過ごそう」

 何それちょっとやらしい。

「ってかいやいや!許可が下りないだろ」

「綺月もいるから大丈夫ってことでおかーさんから許可もらってるよ!」

「まじかよ」

 俺は今日女の子に囲まれて寝ることになるのか。

 ……うん、悪くないな。

「にゃーんかユキちゃんが黒く見えるにゃー」

「そ、そんなわけないだろ?変なことなんて考えてないぜ?」

「へー」

「い、いや、考えてねーし?」

「ふーん」

 信じてないなこいつ。

 でも仮に俺と多々良の立場が逆なら男の変なこと考えてない発言は絶対信じないし、仕方ないね。

 実行に移す勇気はないから大丈夫だよ。

「この3人で夜遊ぶとか、小学校以来だよね」

 姫川がそんなことを言う。

 考えてみると、確かにそうだ。

 小学校のころは、多々良の家によく泊まっていた。

 姫川が来ていることもあったけど……正直あのころは姫川を男と認識していた。

 姫川が泊まる日は、多々良を取られてたまるかとか勝手に思って、俺も無理やり多々良の家に泊まっていたっけな。

「高校生になって、どう?」

「どうって?」

「この状況……両手に花ってやつ?」

 自分で言うか。

 いやまあ確かにそんな状況だけれども!

「おいしいです」

「ユキちゃん!!!」

 素直に言っただけじゃないか。

「佐倉は……どっちかを狙う?」

「その話やめない?」

 多々良の目がどんどん冷める。

「ユキちゃーん、変にゃことしたら追い出すよー」

「分かってるって」

 考えても実行に移す勇気はないって。

「……佐倉にそんなことする勇気ないから大丈夫だよ、多々良」

「おいコラ」

「違うの?」

「いや……」

「……ふふふ」

 勇気はないよ?

 でも他人に言われるとなんかむかつく。

 まあ、本当のことなんですがね……。

「ユキちゃんヘタレー?」

「こんにゃろ押し倒したろかー」

「やれるもんにゃらやればー?」

「でぇぇぇぇい!!」

「んにゃ~~!」

 言われた通り多々良を押し倒してくすぐる。

「にゃっははははははは!!ゆ、ユキちゃんやめて!にゃはははは!」

「こんにゃろー!」

「うちも混ざる」

「やっ、ひ、姫川!?やめろってあー!!」

 3人で倒れたり倒されたりし合う。

 そこに性的な雰囲気は一切ない。

 ……じゃれてるだけじゃねーか。

「はー……はー……」

「うにゃ……綺月にもくすぐられた……」

「これも小学校以来……」

 まさか高校生になってこんなことするとは。

 てか普通に女の子の身体触っちゃったよ。

「佐倉に胸触られた」

「触ってねーよ!?」

 ジト目でこっちを見る姫川だが、そんな覚え一切ない。

「たたらも触られた気がするー!」

「おまっ……!そ、そこらへん配慮したからな!?」

「知ってる」

「にゃっはは」

 こいつら……。

「この歳になってこんなことなかなかできないよ」

「確かにそうだな」

 むしろ普通にやってたら怖い。

「……というかさ」

「うん?」

 さっきは暴れてしまった。

 俺は人間だから別にいいんだけど、姫川と多々良は……。

「周りすげえことになってるぞ」

「「あ……」」

 猫の毛と鳥の羽が床に散っている。

 実際の動物ほど抜けやすいものではないにしろ、暴れれば普通に抜けるか……。

「掃除するか?」

「その羽、佐倉にあげる」

「いらねえよ?」

「じゃあたたらのもあげるー」

「もっといらねえよ!?」

 こいつら掃除したくないだけだろ。

 まあでも夜中だし、明日でいいか……。

「てか寝る時どうするんだよ」

「川の字ってやつにする?」

「ユキちゃん真んにゃかで!」

「やだよ!」

 悪い気はしないけどあれだ、やだ。

 てかどうせ多々良は俺の上に乗っかってくるだろうし。

「佐倉はうちの抱き枕」

「ちげえよ?」

 なにさらっと言ってやがるんだ。

「ユキちゃん真ん中嫌にゃの?」

「川の字はまあ構わないけどせめて端にしてくれ」

「んー、しょうがにゃいにゃあ。じゃあたたらが真ん中!」

「それならいいぞ」


「多々良、狭くないか?」

「大丈夫!ユキちゃんやっさしーねー」

「いつものことだろ?」

「全然?」

 こいつ……。

「電気消すよー」

 多々良が部屋の電気を消し、真っ暗になる。

「お……うわっ、とと……」

 暗くてどうなっている変わらないが、多々良が布団に戻ってきているみたいだ。

「多々良、大丈夫か?」

「え?うん、大丈夫だよー。でもいつもと違うからね、仕方にゃいよ」

「こんな状況じゃ見えないと思うけど……多々良、どうやって歩いてるの?」

「自分の部屋ににゃにがあるかくらい覚えてるんだよー。綺月は覚えたりしないの?」

「うちは……部屋にあまりものを置いてないから」

「あー、前綺月の部屋に行ったけど、確かに部屋がやたらとすっきりしていたようにゃ気が……」

 なんというか、姫川らしい感じだな。

 たとえばかわいいぬいぐるみとかが置いてあろうもんなら、ギャップ的な部分を見られるんだけど。

「そういえば俺姫川の家に行ったことなかったな」

「いつでも来ていいよ」

「お、まじか」

「夜にね」

「なんで夜指定なんだよ」

「夜にすることと言えば……」

「綺月そういう話好きだね!?」

 多々良が大きな声を出した。

 俺も危うく大きな声を出すところだった。

「高校生の男子ってこういう話するんでしょ?」

「あ、何?俺のこと考えてしゃべってたの?」

「佐倉もそういう話好きなのかなって思って」

「嫌いじゃないけど」

「だったらいいんじゃ?」

 姫川が不思議そうに言う。

「まあ男にとって何でも話せるっていうのはいいことかもしれないけどな……いつでもそういうのを望んでるわけじゃないからな?」

「……そうなんだ。じゃあこれからは適度にそういう話をする」

 そういう話はする気でいるのか……。

「……ちにゃみにさ」

「なんだ?」

「ユキちゃんと佐々木っちと、くらもっちゃんとアッキーでそういう話もするの?」

「俺ら?あー……バンバンしてるわ」

「してるんだね……」

「まあ、男ですし」

「ふーん……」

 多々良も姫川も黙ってしまった。

 あれ、俺なんかまずいこと言ったかな。

 あ、じゃあ逆に質問してみるのはどうだろう。

 女子だけの時ってエロい話することあんの?って。

 よーし……。

「ユキちゃんは……誰かそーゆー……えっちにゃ目で見てる人っているの?」

 …………!?

「えっ!?おまっ、いっ……ないけど……!?」

 どんだけ隠すの下手なんだよ俺。

 もう絶対ばれたじゃんか。

「へ、へえ、そうにゃんだ」

 多々良が何も言わなくなった。

 もしかしてばれなかったか……?

 ばれてないならいいけど……まさか今こう面と向かって話している相手にあなたのことをエロい目で見ていることがありますなんて言えないだろ。

 そんなの発情したカップルくらいだ。

「ん?」

 ケータイが振動した。

 誰かから連絡か?こんな夜遅くに?

『姫川

 もしかしてうちのことそういう目で見てる?』

 ……。

 よし、こいつにはなにも返すまい。

 姫川か……。

 姫川とそういう……て何考えてんだ俺。

 あ、変なこと考えたからちょっと気になってきたじゃんか。

 早く寝よう。


 ……。

「佐倉」

 名前を呼ばれた。

 あれ、ここどこだ。

 俺の部屋……とはなんだか違うような。

 でも似てる……。

「佐倉ってば」

 声がした方を向く。

「やっとこっち向いた」

 俺の方を見て声の主がにっこり笑う。

「姫……川?」

 あれ、姫川ってこんな笑うっけ?

「もっとこっちに」

 姫川に引っ張られたところで気づいた。

 ―――姫川が何も着ていないことに。

「ちょっ、ふ、服!服着ろよ!」

「……?何、言ってるの?」

 姫川が不思議そうな顔をする。

 俺の知っている姫川はこんなに表情が変わる子じゃないと思うんだが。

 てかここベッドの上じゃん。

「佐倉から誘ってきたくせに」

「!?」

 お、俺が!?

「服を脱がせたのも佐倉じゃん。怖気づいちゃった?」

 首をかしげる仕草が妙にかわいらしく、それでいて色っぽい。

 俺姫川とこんな関係だったっけ?

 疑問とは裏腹に、勝手に動く俺の手。

 右手が、姫川の肌に触れた。

「ふふ……くすぐったい」

 またも笑う姫川。

 ほんとに、こんなに笑うやつだったか……?

「佐倉、顔が真っ赤……緊張してるの?」

「こ、こんなことしたことねえし……」

 思ってもいないことを勝手に言う俺の口。

 なんだ……?

「ねえ、もっと触って……うち、もっと佐倉と深く繋がりたい」

 その言葉が意味することは……。

「いいよ、うちにゆだねてくれて……」

 俺は考えがまとまらないまま、姫川の身体へ飛び込んでいった。


 どくん、どくん。

「……!?」

 辺りを見ると、俺の家とは違う天井。

 ……あ、そっか、俺たたらの家に泊まってるんだっけ。

 どくん、どくん。

 えっと昨日は……多々良の家に、姫川と一緒に泊まって……。

 で一緒に寝ることになって……。

 ……あ、じゃああれは夢か。

 どくん、どくん。

 そういえば寝る前に姫川が自分のことをそういう目で見てるのか聞いてきたんだっけか。

 そんな話だけであんな夢を見るとは……俺も単純だなー。

 ……夢に出てきた姫川、エロかったなー。

 どくん、どくん。

 さっきから何この音。

 とっても聞き覚えのあるような……心臓?

 そういえば今どういう状況なんだ?

 どくん、どくん。

 起きようにも身動きが取れない。

 が、俺の身体に何かが乗っているのは分かる。

 というか乗っかっている以上、答えは一つだけだ。

 どくん、どくん。

 微妙に柔らかい感触もするし、これは多々良だな。 

 じゃあ多々良にどいてもら……動けねえ。

 あれ、俺コレ何かにホールドされてる?

 どくん、どくん。

 てか周りが暗いような気がする。

 そういえばさっきから俺の顔面の右半分あたりに当たっている微かに柔らかいものは……。

「すぅ……」

 ……!?

 これ姫川じゃねえ!?

 俺姫川に抱き枕にされてねえ!?

 しかも俺の顔がある位置、姫川の胸の位置だよな!?

 さっきからなっている音はこれか!

 となると……俺は今姫川の抱き枕にされて、多々良の座布団になっている状態か。

 ……こんにゃろーめ。

「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「にゃー!?」

「……ん」

 勢いよく起き上がると、多々良が転がっていき、姫川が目を覚ました。

「おはよう佐倉」

「ああおはよう。なんで俺を抱き枕にしたんだ?」

「……んー」

 寝ぼけているのか、上を向いて頭をかくんかくんさせる姫川。

「佐倉はうちの抱き枕」

「ちげえっつってんだろぉ!?」

 もしかしてあの夢を見たのはこのせいか。

 くっそ……さっきまで姫川が寝てたからよかったもののなかなか恥ずかしい思いをさせられたぜ……。

「まあ、うちじゃ多分何も面白くなかっただろうけど」

「は、何が?」

「……傷ついた」

「何が!?」

 いきなり傷ついたって言われても困りますが!?

「あー、ユキちゃんが綺月をにゃかしたー」

 多々良が俺の背中に乗っかってきた。

「俺何にもしてな」

「……えーん」

 姫川が露骨なウソ泣きを始めた。

 こいつもなかなかノリがいいから困る。

「あ、ユキちゃんおはよう!」

「おう、おはよう」

 耳元で言うんだったらもうちょっと声を小さくしてほしい所存です。

 というか背中に……あ。

 もしかしてそういうことか。

「せっかく何もつけてなかったのに」

「それは聞いてない」

 でも結構効いた。

「とりあえず片づけよー。毛と羽が昨日のまんまだよ」

 多々良がクローゼットから小さいホウキとちり取りを出した。

 それ常備されてるんですね。

「……てか、多々良の猫の毛ってどこから落ちるんだ?身体はほとんど人間みたいなもんだろ?」

「え、ユキちゃん知らにゃいの?」

「え?」

「頭だよー。髪の毛と一緒に短い猫の毛が生えてるでしょー」

「……あー」

 確かに頭の耳も猫の毛でおおわれている。

 ただ灰色の髪の毛と一緒に短めの毛も生えているのは知らなかった。

「ちなみに羽が抜けるのは大丈夫なのか?」

「すぐ生え変わる」

「便利な身体してんね」

 羽が抜けて飛べないとかそういうことはないのか。


「綺月ちゃんがうちでご飯を食べてるのなんて何年ぶりだろう……」

 多々良の家で姫川が朝飯を食っているのを見て懐かしそうにしている多々良の母さん。

「ユキちゃん、しょうゆとってー」

「ほい」

「ありがとー」

 多々良は身長がかなり小さいのでテーブルの真ん中に調味料が置いてあったりすると届かない。

 身長で言えばまるっきり子どもだからな……。

「幸くん、おかわりいる?」

「あー、もう大丈夫です、ありがとうございます」

「ちゃんと食べにゃいと大きくにゃれにゃいよ?」

「ユキちゃんはこれ以上大きくにゃったらたたらが疲れちゃうからいいのー」

 多々良が守ってくれた。

 おかわりいるってあんた、もう3杯食べてるんですよ……?

「ごちそうさま。皿、みんなの分も洗うね」

「あら、綺月ちゃんったらいいのに」

「大丈夫、泊めてくれたお礼」

 姫川、気が利くなあ。

 俺多々良の家に来て皿とか洗ったことないけど……。

 ま、まあ男は仕事、女は家庭っていうじゃないですか。

 ……やった方がいいかな。

「綺月、これからどうするのー?」

「昨日の時点でもう体調は良かったからもう帰るよ」

「そっかー」

 少し残念そうにする多々良。

「まだ修学旅行から帰ってないからね。また泊まりに来る」

「あ、そうだったね!また来てね!」

「うん、昨日はありがとう。佐倉も、運んでくれてありがとう」

「おう、辛かったらいつでも言えよ」

「……やっぱり、佐倉は優しい」

 少しだけ笑って、多々良の部屋から飛び去っていく姫川。

「昨日のユキちゃんさ」

「うん?」

「ほとんど見えにゃかったけど、体調の悪い綺月を背負ってあげてるユキちゃん、ちょっとカッコよかったよ」

「お、おう、ありがとう」

「それに、多々良をいつも背負ってくれてありがとう」

「い、いつもじゃねえし……」

「もー、感謝は素直すにゃおにうけとっとくのー」

「そ、そうだな……」

 面と向かって言われると恥ずかしいな……。

「ユキちゃん照れてるー?」

「て、照れてねーし」

「じゃあ本気で照れさせてあげようかー?」

「……いや、やめてください」

「ふっふふー」

 なんか多々良に遊ばれている気がする。

「あ、でも本気で照れさせてみたいかもにゃー」

「……やれるもんならやってみなさいよ」

「お、言ったねユキちゃん」

 多々良がいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 た、多々良は子どもっぽいところがあるからな。

 そんな、本気で照れちゃうようなことはないだろ。

「じゃあこっち来て」

 多々良が正座して膝をたたく。

「え、まじ?」

「やれるもんならやれっていったのユキちゃんでしょー?」

 ひ、膝枕か……。

「あ、もしかしてもう照れてる?」

「て、照れてねえし!!」

 なんかだんだん収拾つかなくなってる気がする。

 ええい、こうなったら最後までやるしかねえ。

「ほ、ほれ」

「ん……じゃあ、待っててね」

 待っててって何するんだよ。

「じゃあ、行くよ……?」

 多々良の声が若干震えている。

 あ、これあれだ。

 俺がやってみろとか言ったから多々良も収拾つかなくなってるんだ。

 これ、多々良の方を向いてみたい。

 きっと真っ赤な顔が……。

「……お」

 目に多々良の小さい手が乗っかる。

 見えねえ。

「ゆ、ユキちゃん」

 多々良の顔がすぐ近くにあるのが分かる。

 どうしよう、強がったけどもうすでにやばい。

 そして、多々良が続けてささやいた。

「とってもかっこよかったよ。多々良の……ユキちゃん」

「……は、ほ」

「……ぷ」

 俺の反応に、多々良が吹き出した。

「あっはははは!にゃにその反応!おっかしー!!すっごい照れてるじゃん!かっわいいのー!」

「……」

「ユキちゃんに効果てきめん!たたらさんはユキちゃんを照れさせることに成功したよ!にゃっははは!」

 すげえ笑われてる。

 ……なんだかおもしろくないな。

 よし、それならこっちだって。

「……え」

 大爆笑している多々良を布団に押し倒す。

 そして、顔に手を当て、左側の長い前髪をどける。

 いつもは隠れている、多々良の見えない目があらわになる。

「ひゃっ……ゆ、ユキちゃん?」

 俺を見る多々良の顔がどんどん赤くなっていく。

「た、多々良……」

 耳元でささやき、精一杯本気の演技をする。

 そして、一応いやらしくなりすぎないように、お腹を触る。

「ひ、ひゃあぁぁ……にゃ、にゃに……?」

 ……なんか俺が耐えらえなくなりそう。

「ゆ、ユキちゃぁん……やめてぇ……」

 両目でこっちを恥ずかしそうに見つめてくる多々良。

 いかん、我慢ならん。

「あ……」

 多々良の前からどいて、顔から手を離す。

 そして真っ赤になった多々良の顔を見て―――

「だーっはっはっはっは!!多々良の方が真っ赤になって照れてやんのーーーー!!!」

「……にゃあっ!?」

「なーにが『やめてぇ……』だ!めっちゃ恥ずかしそうにしてんじゃねーかー!!」

「……にゃああああああああ!!」

 多々良が怒った!

「にゃんてことするのー!恥ずかしかったじゃにゃい!」

「た、多々良が俺に恥ずかしいことしてきたからだろー!?」

「にゃんちゅう反撃だー!」

 某教育番組のキャラの名前を上げて怒る多々良。

「まあまあ、今日はお互いさまってことで」

「……むう」

 かなり不服そうだが、一応納得してくれたみたいだ。

 あ、どうしよう、多々良相手なのに会話が続かないことが気まずい。

 いつもなら会話がなくても何も気にしないのに。

 な、何か会話のタネは……。

「あ、あれ、多々良の本棚、アクアリオ以外に漫画なんてあったっけ!?」

「え、えっ!?あ、そ、そう!最近他の漫画も読んでて……」

 アクアリオの隣に置いてあるのは、『Revive.ZERO』という漫画だった。

「これ、どういう漫画なんだ?」

「んー、前世の記憶を保ったまま異世界に生まれ変わった主人公が異世界の戦争に巻き込まれるっていうはにゃし、かにゃ」

「へー……こっちは?」

 今度は『グラウンド・ゼノ』という漫画。

「それはバトルもののやつだよ。お金稼ぎのため自分をかけてバトルしていくの」

「多々良そういうの好きだよな……」

「んー、にゃんかラブコメとかよりこういうのが好きだね」

「借りてもいいか?」

「あ、うん!じゃあ読み終わったら感想聞かせてね!」

「おう」

 多々良の部屋から漫画を借りていき、家を出る。

 ……や、さっきのは何だったんだ。

 やっべえ、漫画の話で気をそらしたけど、ちゃんと喋れるだろうか。

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神さま、拾っちゃいました 長野原春 @Naganohara

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