第27話 帰宅しました

「はい、それではこれから各自家に帰りますー。家に帰るまでが修学旅行なので、皆さんちゃんと帰ってくださいねー」

 ちゃんと帰るってなんだ。

 普通に家に帰るわ。

「ユキちゃん!かえろ!」

「おう」

 多々良の手を引いて、羽田空港国内線ターミナル駅に行く。

「おーい、俺たちも置いて行くなよなー」

 佐々木たちもついてきた。

 というか、学年のほとんどはこれに乗るのか。

 こりゃ京急電鉄が満員になるな。

「人多そうだし、ちょっと待つ?」

「僕は待った方がいいと思う」

 倉持がそういうので、みんなで待つことにした。

「うち、電車ってあまり好きじゃない」

「そうなのか?」

「うん、うち、身長も羽も大きい。でも電車の中は狭い、窮屈」

 確かに……俺は何とも思ってなかったけど、大きな羽を持っている姫川には電車は狭いのか。

 身長の小さい多々良や倉持からしたら広いんだろうな。

 となると姫川と……すさまじく身長が高い秋川は満員電車は避けたいか。

「姫川は就職するときも電車に乗らなくて済むところにしないとな」

「大丈夫。その時は近くに一人暮らしでもして、朝は飛んでいく」

 飛べるってやっぱ楽そうだな。

 確かに朝はスーツ姿で空を飛んでいる鳥人も多数いるしな。

「ユキちゃんはどこに就職するとかあるの?」

「どこ、か……うーん、決めてないんだよなあ」

「大学に行く?」

「まあ、一応そうかな……」

 やりたいこと、ないんだよなあ……。

 強い願望もないし、何かをするっていう動機も今はない。

 どうなるんだろうなあ。

「ちなみに佐々木は?」

「俺はもちろんプロのサッカー選手だな!」

「昔から変わらないんだな」

「あったりまえよ!」

 佐々木は昔からの夢がある。

 なら進路も当然決めているんだろう。

「倉持は?」

「僕は……そうだな、薬の研究職をやりたいと思ってる。だから、薬学の大学に進むつもりだよ」

 倉持も決まってるんだな。

 薬の研究かあ……立派だな。

「秋川は?」

「俺は決まってるよ~、お菓子とか、食品に関しての企画開発がやりたいんだよね!だから理系の大学に進むつもり」

 え。

「ひ、姫川は?」

「うちは建物でも車両でも飛行機でも何でもいいから設計士がやりたい。もっと鳥人にも配慮した建物とかを作りたいんだ」

 みんな、やりたいことが決まってるのか。

 ということは、この中で決まってないのって俺と多々良だけ……?

「た、多々良はどうだ?」

「たたらは……こんにゃ目だし、働けるのかにゃあ?」

 多々良が困ったように言う。

 そ、そっか、多々良は決まってないんだな。

 ……って、なんで安心してんだよ。

 仲間がいたからとかそういうのってどうなんだ。

 違うだろ、これは自分の問題だ。

 俺だけ……何も決まってない。

 みんな、やりたいことを見つけて夢に向かって進んでいるのか。

 俺は……。

「おい佐倉?別にやりたいことが見つかってないからって焦らなくていいんだぜ?」

「……ほんと、お前は毎度毎度エスパーかよ」

「大学行くんだったらその間にでも見つかるかもしれねえだろ?別に高卒で働くわけじゃねえんだから、焦んなって」

 佐々木の言葉が身に沁みる。

「それに、修学旅行終わったばっかりなんだからよ、もうちょい楽しい雰囲気で行こうぜ!」

 バン、と佐々木に背中をたたかれる。

「にゃんだ、気にしてたのか?」

「まあ、ちょっとな」

「やーい、佐倉劣等かーん」

「あっお前バカにしやがったなー!」

「俺たちまだ高2なんだしそんな焦んなって~!」

 茶化すように秋川が言う。

 ……なんだ、焦って悩んだ俺がバカみたいじゃんか。

「にしても、みんなやりたいことが決まっててすげえな」

「でも、やりたいことが叶うとは決まってない。今は設計士やりたいけど、そうならないかもしれない」

「確かに、もしかしたらやりたいことが変わるかもしれないしね~」

「そうそう、だから今からこれ!って決めるよりいろいろ見てみた方がいいんじゃないか?まあ、やりたいこと決めてる俺から言うのもなんだけどな」

 うーん、実際見つかるんだろうか。

 見つかったらそれでいいけど、もし見つからなかったら……どっか適当なところで働くのかな?

 ……なんかやだな。やりたいことは自分で見つけたい。

「まあなかったらいっそのこと長崎に行くのも手だけどな!」

 その手があったか!

 ……いやそれ最終手段だから。

 確かにあの仕分け作業はすごくやりやすかったけど、長崎に移住するとなると話は別だ。

 ちょっとね、辛いものがあるよね。

「佐倉はにゃんかちょっと興味のある仕事とかはにゃいのか?」

「興味のある、かあ……」

「例えば昔テレビで見てかっこいい!って思った職業とか」

「んー……海上保安官?」

にゃん易度高いにゃ……」

 かっこいいとは思ったけど、自分でやろうとは思わないかな……。

 それに……。

「ん、にゃーに?」

 もし海上保安官になって、海に出ることになったら、しばらく多々良を放っておかないといけなくなってしまう。

 もし多々良と結婚するんだったら……それは避けたい。

 ただ、なんとなくだけど、人を守る仕事がしたいかなあとは思ってるんだけど。

 何か見つかるかなあ。

「まあ、探してみるのもアリだと思うぞ。佐倉にゃりにやりたいことがあるかもしれにゃいし」

「とりあえず今日はお家に帰ろーよ」 

 ちょうど電車が来た。

「うん、今度は座れそうだね!じゃあみんにゃで帰るよー!」

 電車に乗り込み、家を目指していく。

「にしても、楽しかったなあ、漁師の仕事の手伝い」

 佐々木が少しだけ寂しそうな顔をした。

「細波さんめっちゃ優しかったもんなあ」

「僕たちすごくお世話ににゃったよにゃあ……」

「ねー、佐倉と倉持に関しては魚の捌き方も教わったもんねえ」

「え、ユキちゃんさかにゃさばけるの!?」

「ああ、一応、できるようになったと思う」

 やり方は覚えてるし、多分大丈夫だろう。

「こ、こんどたたらにも捌き方教えて!」

「俺でいいなら……あ、でも倉持の方がうまいぞ?」

「そうにゃの?」

「ぼ、僕でよければ教えるよ」

「じゃあくらもっちゃんお願い!」

 やり方は覚えてるんだけど、教えられるかと聞かれたらちょっと難しい。

 説明するのって難しくない?

「やー、たたらこの目のせいで料理とかにゃかにゃかうまくいかにゃいからね、身近に魚を捌ける人がいるとすごくいいと思う!」

「これで築地帰りでもすぐに料理できるな」

「うん!」

 お、俺が捌いた魚を多々良が食べてくれると……。

 まあ、なんだ、うん。

 いいんじゃないか。

「じゃあこれからはユキちゃんに魚渡すね!」

「で、できるやつとできないやつがあるからな?」

「ユキちゃんにゃらきっと大丈夫でしょ!」

「なんで俺そんな期待されてるの?」

「佐倉の家が隣だからだろ」

 あ、そういうこと……確かに一番頼りやすい位置にいるのか……。

「佐倉、うちの分も捌いてくれてもいい」

「あ、ああ、持ってきてくれたらな」

「……うん、わかった」

 うなずく姫川。

 俺の腕に、佐々木が肘を当ててきた。

「うん?」

「お前そんなこと言ったら姫川が本気で持ってくるぞ」

 ……持ってくるかな。

 あー、うん、持ってきそうだな。

 今から行くって言ってすぐに来るようなやつだしなあ。

「あ、はいはい!俺から提案!」

「おいちょっと待てここ電車の中だから」

 秋川が何かを思いついたのか急に大きな声を出した。

 それはいいんだけどここマジで電車内だから。

「いいこと考えたんだって!みんなで築地か何かに行ってさ、買ってきた魚を倉持と佐倉に捌いてもらってみんなで食べようよ!」

 俺と倉持だけかなり神経使うじゃないですか。

「それ、僕と佐倉だけ疲れるじゃにゃいか」

 倉持も同じことを思っていたらしい。

 そう、そういうことだ。

「対価はみんなの笑顔だぜ」

「自分で言うんじゃにゃい」

 勝手なやつらだ。

「ユキちゃん、だめかにゃ?」

「お前ずるいぞ」

 どうだろうかっていう目で見つめてくるんじゃない。

「佐倉、うちは楽しそうだと思う」

「念押しかこんにゃろ」

 こいつら俺に訴えかけてくるんじゃない。

 そういうの弱いんだから。

「佐倉、ダメ?」

「はい、今の佐々木で計画がパーになりましたー!」

「佐々木っちー!」

 男のそんな表情はいらねえ。

「倉持、今の佐々木どう思った」

「吐き気を催す邪悪」

「俺の評価やばすぎねえ!?」

 気持ち悪かったよ。

「ねえねえユキちゃん」

「どうした?」

「……眠い」

「唐突すぎるな」

 飛行機乗ってきて疲れたのかな?

「乗り換えの駅で起こしてやるから寝てていいぞ」

「うん、ありがとー」

「多々良、うちも隣で寝る」

 親子どころかそれ以上に大きさの異なる多々良と姫川が寝始めた。

 これ、姫川が多々良に寄りかかったら折れるんじゃないだろうか。

「いやー、女の子の寝顔って絵になるよね」

 そういって多々良と姫川を撮る秋川。

「変態みたいだぞ」

「あ、じゃあこの写真いらないんだー」

「……いや、いらないとは言ってないだろ」

「ぼ、僕も」

「お前ら……」

 佐々木が呆れたような表情で見てくる。

「てか秋川って結構女の子好きだよな」

「女の子じゃなくて、可愛いものが好きなだけだよ?女装男子でも可愛ければおっけー!」

「今度倉持に女装させるか」

「にゃんでだよ!?」

 顔的に似合わないな。

 別にかわいい顔をしてるわけでもないし。

「そういえば、多々良って何で片目見えない上に反対も目が悪いんだ?」

「僕は知らにゃいにゃ」

「俺もー」

 3人の視線が一気に俺に集まる。

「佐倉は知ってるか?」

「知ってるけど……話していいことなのかな」

「そういうたぐいの話か……それなら多々良が寝てる時に聞くのはよくないな」

「確かに……」

 少し申し訳なさそうにする3人。

 多々良の目の障害には理由がある。

 これは多々良に限った話ではないのだが、亜人を出産することには大きなリスクがある。

 人間と、それ以外の動物では血が違いすぎるのだ。

 だから、まず妊娠初期にはひどいつわりに襲われることや、血液型が適合しないなんてのはよくあることだ。

 本来、妊娠・出産は同じ動物同士が一番危険は少ない。

 だから、倉持の家のように父親も母親も猫人であればリスクは少ないのだが、多々良に関してはそうではない。

 多々良は生まれた時、体重が300gしかなかったらしい。

 それは多々良を形作るうえでもとになった動物、シャルトリューの種族としての小ささもあるが、多々良は非常に小さく生まれてきてしまった。

 生まれた時から片目はすでに傷がついており見えない状態で、もう片方に視力の障害が残ってしまった。

 それ以外は特にこれといった障害はないのだが……やっぱり、視力の障害というのは影響が大きかった。

 ……これ、もし俺と多々良が結婚したとして、子どもを作ることになったときも覚悟しておかなきゃいけないんだよな。

「佐倉、そろそろ乗り換えだぞ」

「お、うん」

「ほら姫川起きてー」

「……もうついた?」

「乗り換えだよ」

「うーん……」

 姫川が渋々立ち上がった。

「多々良も起きろー」

「……ふにゃ」

 起きねえ。

「佐々木、多々良の荷物を頼んでもいいか?」

「は?……ああ、そういうことな」

 仕方ねえ、負ぶっていくか。


「これで家に帰れるんだなー!」

 佐々木が席に座り、両手を伸ばした。

 多々良と姫川は隣でまた寝ている。

 こいつらそんなに眠いのか。

 かくいう俺も少し眠い。

 まあでも起こしてやるって言ったし、寝ないで待っていよう。

 帰ったら寝ればいいんだけだ。

 ウズメがめっちゃ話しかけてきそうだけど、今日は無視だ。

 そういえばツクヨミは元気にしているだろうか。

 あの後すぐにいなくなっちゃったけど、ちょっと気になるな……。

「……すぅ」

「……ぐー」

「お前ら寝んのかよ」

 秋川と倉持は寝てしまった。

「こういう時って男が女の子を見ててあげるもんじゃねえの?」

「俺たちで見てりゃいいだろ」

 佐々木は寝ずに一緒に起きててくれるらしい。

 さすが、一番付き合いが長いだけあるぜ。

「あ、そういえば佐倉に聞きたいことがあったんだ」

「ん、なんかあったか?」

「ああ……民泊してる時にさ、俺らが寝てる間に誰かが来てなかったか?」

「……っ!?」

 それってあの時のツクヨミのことだよな!?

 あ、あのツクヨミに頬にキスされた……恥ずかしくなってきた。

 っていやいや!そうじゃない!

「で、電話してたんだよ」

「電話ぁ?俺が気づいた時は佐倉が誰かに逃げてって言ってるような気がしたんだけどよ」

 バッチリ聞いてんじゃねえか!

 一応ウズメやツクヨミの存在は秘密にしてるんだけど、実際はどうなんだろう。

 秘密にしなくてもいいんだろうか。

 いや、あれは隠しておくべきだよな……特にウズメ。

 何と言ったもんか……。

「ひ、姫川だよ。ほら、他の班の泊まっている家で、しかも女子が男子に会いに行くのってマズいだろ?だから他の人にはばれないようにしてたんだよ」

 ほんとゴメン姫川。

「なんだそういうことかよ。それなら先に言ってくれればよかったのによー。別に先生にチクったりしねえよ」

「すまん」

「まあ、最近姫川もいろいろ変わったしな。佐倉、姫川のこと、ちゃんと受け止めてやれよ」

「う、受け止めるって?」

「姫川、お前のこと好きなんだろ?」

「ま、まさか」

 本当に申し訳ありません姫川さん。

 今度何かおごるんで許してください。

 ……まあ何はともあれウズメたちの存在を隠すことができた。

 うん、これであのアホを世に放たなくて済む。


「帰ってきたー!!」

「さっきまで寝てたのが嘘みたいだ……」

 起きた瞬間多々良はハイテンションだった。

 家に帰りたいんだな。

「そんじゃ、俺は帰るぜ。また学校でな!」

 佐々木は早々に帰った。

 たぶん電車で寝なかったし眠いんだろう。

「倉持、今からちょっと本屋でも寄っていかない?」

「ちょうど僕も行こうとしてたんだ」

 対して電車で寝てたやつらは寄り道していくらしい。

「……うち帰るね」

「綺月、にゃんかふらふらしてにゃい?」

 確かになんかふらついているように見える。

 しかも、明らかに顔色が悪い。

「電車に、酔った、かも」

「その状態で飛んだら危ないだろ。きついんだったら多々良の家で休んでいけばいいんじゃないか?」

「たたらの家にゃら大丈夫だよ!」

「じゃあ、そうしようかな」

 そういって歩き出す姫川。

 その足取りは、やっぱりおぼつかない。

「大丈夫か?」

「ん~…………」

 大丈夫じゃなさそうだな。

「多々良、手を離すけど、俺から離れないでくれよ」

「え?うん、分かった」

「姫川、負ぶってやろうか?」

「……いいの?」

「いいのも何も、それじゃ歩けないだろ。あ、吐くのだけは勘弁な」

「ありがとう……」

 姫川を負ぶった。

 さすがに多々良よりは重いか……でも身長の割には重くないな。

 ここから俺の家までだったら平気だな。

「重くない?」

「平気だよ?」

 姫川を負ぶったまま歩き出す。

 さすがに片手を多々良に向けてやれないな……。

「多々良、大丈夫か?」

「ユキちゃんの服つかんでるから大丈夫ー」

 姫川の太ももで見えなかったけど服の裾つかんでるのか。

 じゃあ平気か。

 にしても、姫川の太ももか……ジーパンをはいてるから直接触ってるわけじゃないけど。

 なんかアレだな、うん。

 あと多々良とは大きく違う点がある。

 寄りかかってきているのに胸が当たらない。

 多々良はね、大きいから負ぶってると背中に当たるんだけどね。

 姫川の場合は身長が高いせいで胴も長いので俺の背中と姫川の胸の間に隙間ができる。

 そして姫川は大きくないからね……仕方ないね。

「……ユキちゃん、にゃんか変にゃこと考えてるでしょ」

「かか、考えてないけど?」

「たたらには分かるんだからねっ!」

 仕方ないでしょう!?

 女の子の身体に触れてしまっているんですよ!

 手をつなぐのとはわけが違うんですよ!

「佐倉……?」

「ひ、姫川!?辛かったら寝ててもいいからな!?」

「うーん……」

 姫川が俺に体重を預けてくる。

 うん、身体が妙に熱いとかそういうんじゃなく、やっぱり電車に酔ったのかもしれない。

 寝てたのがいけなかったのかな?

 ……やっぱり身体熱いな、風邪か?

「姫川、平熱とか分かるか?」

「39度6分くらい……」

 もとからだった。

 ああそっか、鳥って人間よりも体温高いんだっけ。

 家を目指して歩いていると、姫川の羽が俺の身体を|包(くる)んだ。

 ちょうど、後ろから抱きしめられてる感じ。

「どうしたいきなり」

「ん……安心する」

「……そ、そうですか」

「ユキちゃんと綺月、にゃか良いねー」

 多々良が不思議そうな顔でこっちを見ている。

「とっ、当然だろ?幼なじみの女の子は、多々良だけじゃないんだぜ?」

「つい最近まで綺月のことおんにゃの子として見てにゃかったくせにー?」

「そ、それは言わない約束だろー!?」

「……今は、見てくれてるの?」

「お、おう、まあな」

「そっか……」

 姫川はそれきり、何も話さない。

「ユキちゃんはずいぶん、綺月に気に入られたんだねー」

「そ、そうだな。多々良、疲れてないか?」

「疲れてにゃいって言えばうそににゃるけど、全然へーき!」

「そうか?休みたかったらちゃんと言えよ?」

「ありがとう!でも大丈夫だよ!」

「それならいいんだけど」

「ユキちゃんったら心配性ねー」

 そりゃまあ、今手もつないでないし、ちょっと心配にもなりますよ。

「それに、もうすぐおうちだから帰ったらつめたい麦茶が待ってるよ!」

 麦茶か、そりゃいいな。

 まあ、時期的にはもうそろそろ冬が近づいてきてるし、もう暑くはないんだけど。

「ほらユキちゃん、おうち見えてきたよ!」

 おお、3日ぶりの家だ!

 家に帰る前にまずは多々良の家に寄ろう。

 この後ろで眠ってしまっている姫川を降ろしていかないと。

「おかーさん!!ただいまー!!」

 家の扉を開けてめちゃくちゃ大きな声を出す多々良。

 元気だなあ……。

「あら多々良お帰りにゃさい!あら、幸くんもお帰り」

「ただいまです。ちょっとお願いがあるんだけど、いいですかね?」

「うん?あら、綺月ちゃんじゃにゃい」

「そう、こいつ体調悪いらしくて、しばらく休ませてやってくれません?」

「うん、いいよ。にゃんか、綺月ちゃんを見るの、久しぶりねー」

 姫川を多々良の部屋まで連れて行き、寝かせてやった。

「じゃ、俺は家に戻ります」

「ええ、またね」

「はい。多々良もまたな」

「またねー!疲れてるにゃらゆっくり休んでね!」

「え、疲れてないぞ?」

「多々良には疲れてるように見えるのー」

 恐ろしや、多々良さん。

「分かった分かった、休んどくよ」

「うん!ばいばーい!」

 かなわねえな。

「ただいまー」

「幸さんお帰りなさい!!」

「うおわああああ!?」

 家のドアを開けると目の前にウズメがいた。

 玄関でずっと待ってやがったのか!?

「幸お帰りー」

「ああ……ただいま」

「ウズメさんが幸の帰りをずっと待ってたんだよー」

「おう、疲れてるから離れてくれや」

「え、お土産話をしてくれるのではないのですか!?」

「あとでたっぷりしてやるからちょっと休ませてくれよ!」

 人間はそこまで体力があるわけじゃないんだ。

 神さまの体力がどんなもんかとか知らないけど。

 どうせ無尽蔵なんだろ。

 ツクヨミとか夜はずっと起きてるわけだし。

「では私が添い寝してあげますね!」

「いらねえよ!?」

「ではお背中を流しましょうか?」

「……いらねっつの!」

 何こいつ、めっちゃグイグイ来るじゃん。

 いや、背中流してもらうのはアレだけど。

 うん、悪くはないけど。

 でもやってもらうなら多々良がいい。

「幸さんから今失礼の波動を感じました!」

「どういう波動だよ!?」

「何かと比べられた気がします!」

 エスパーかよ。

 あ、神なのか……。

「ツクヨミさんも幸さんの部屋で待っていますよ!」

「俺の部屋?」

「寝てます!」

「いつも通りじゃねえか」

 待ってるとか言うからツクヨミも話聞きに来たのかと思った。

「ちょっとシャワー浴びたら寝るから、話は明日な。学校休みだから」

「分かりました!楽しみにしていますね!」


「ほんとだ……」

 ウズメの言う通り、俺の部屋でツクヨミが寝ている。

 この変な球体を見るのも久しぶりだな。

 まあツクヨミも寝てるみたいだし、話しかけなくても大丈夫だよな。

 よし、寝よう。

「お休みー」

 誰に向けて言っているのかは分からないけど、とりあえず言う。

 さあ寝るぞー……。

 今日は疲れたからなー。

 でも電車乗ってる時の多々良の寝顔、可愛かったなあ。

 姫川も、普段はかなりクールな……クールかな。

 どっちかっていうとぼーっとしてるような何を考えてるのか分からない顔してるけど、寝てる時は無防備な顔だった。

 やっぱ寝ると顔変わるんだな。

 にしても久しぶりの俺のベッドだなー……。

 今は何も考えずに寝るかあ……。

 ……。

 ……。

 ……?

 ……なんだ、なんか違う。

 いや、これは紛れもない俺のベッド。

 何だ、この違和感は……。

 この、なんだか別のものに包まれているような……。

 ……別のものに包まれている?

 ……あれ、なんか敷いてあるふとんの匂いが違う。

 俺っぽいような匂いもあるけど、なんか新たに匂いがプラスされている。

 消臭剤とかそういうのじゃない……人?

 でもなんか身近な雰囲気が……。

 誰だ……?

 ……男の匂いじゃないな。

 となるとウズ……あ、違う、これツクヨミだ。

 あいつ俺がいない間俺のベッドで寝てやがったな!?

 ……なんだ、ちょっとドキドキするじゃんか。


 Side ツクヨミ

「ん~……うん、よく寝た」

 そういえば今日、幸くんたちが帰ってくるんだよね。

 だったらここで幸くんを待っていよう。

 今は……17時、ウズメは多分夕飯のお手伝いをしてるだろうし。

 幸くん、いつ帰ってくるのかなあ。

 幸くんが帰ってくるのは楽しみだけど、待つのって結構退屈なんだよね。

 幸くんの部屋って娯楽になるものがあまりないし……多々良ちゃんの部屋は漫画がいっぱいあったんだけど。

 今度、多々良ちゃんに新しい漫画を借りよう。

「幸くん、早く帰ってこないかなあ……」

「うーん……」

「ぴゃっ!?」

 部屋の中で突然声がした。

 だ、誰!?

「あ、あれ?幸くん!?」

 帰りを待っていた幸くんが、なんとベッドで寝ていました。

 え、いつの間に?

 もしかして、私が起きた時からすでに幸くんはここで寝てたのかな?

 ま、周りを見てなかった……!?

「すー……すー……」

 う……幸くんの寝顔かわいい。

 もともとの顔立ちが整ってるからかな、すごく……うん、かわいい。

 さ、触っても起きないよね……?

 つんつんしても平気だよね?

「んっ……」

「ひゃっ……」

 お、起きてないよね?

 だ、大丈夫……。

「あ……」

 幸くんの左側の頬が目に入る。

 この前ここに私が……。

 親しい間柄の人にするってウズメに聞いていたけど、実際は親しいよりさらに親密な間柄の人たちがするものだと幸くんに聞いた。

 恥ずかしい事しちゃったけど……私は、もっと幸くんと仲良くしたい。

 ……今なら誰もいないし、いいよね。

 この前調べたけど、唇にきすをするのが最上級の表現だと書いてあった。

 さすがに唇は……恥ずかしいかな。

 ゆ、勇気が出なくてごめんね、幸くん。

 これからするきすは、これから幸くんともっと親密な仲になれるように、期待を込めたものだから。

 こ、これからもよろしくね。

「……んっ」

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