第26話 修学旅行が終わりました

「軍艦島楽しかった?」

「ああ、いろいろ見れて楽しかったよ」

 自由時間が終わり、ホテルに戻ってきた。

 夕食は好きな人たちと食べていいとのことで、みんなで食べようかと思っていたんだけど……。

綺月きづきもどっか行っちゃったの?」

「姫川は班の子たちと食うってさ」

にゃか良くにゃれたんだね!」

 うん、それはいいことなんだけどね。

「俺ら2人だけなの……?」

「まあまあ、佐々木っちもくらもっちゃんもアッキーもユキちゃんと違って結構友だちいるんだから」

 やめろ多々良、その言葉は俺に効く。

「いいじゃにゃい、修学旅行中はあまり会えにゃかったし」

「確かに……」

 そういえば、多々良と一緒の時間がなかった。

「それとも、たたらと2人はイヤ?」

「そんなことないぞ」

 むしろ嬉しいんだけどね。

「てか、多々良の班の子たちはどうしたんだよ?」

「にゃんか、他のクラスの子と食べるらしいよ?たたらはユキちゃんと食べるって言って抜けてきた!」

「抜けてきたのか……」

 どうせならそっち行けばよかったんじゃ。

 それだと俺ぼっちになっちゃうんだけどね。

「さっきも言ったけど、修学旅行中全然会えにゃかったからさ、ユキちゃんに会いたくにゃった!」

「かわいいこと言ってくれるじゃないか」

「えっへへー!」

 多々良が無邪気に笑う。

 なんだろう、この安心感は。

「多々良たちの方はどうだった?」

「船すごかった!」

 小学生みたいな感想だな。

「昼は何食ったんだ?」

「海鮮丼!おいしかった!」

 そりゃよかった。

「でもにゃー、いろんにゃとこ行ったのも、おいしいもの食べたのも、ユキちゃんと行きたかったかもにゃー」

「何多々良俺のこと好きなの?」

「ヴェッ!?そうじゃにゃくて!あ、あんまり一緒に行動したことにゃい人たちだったから、ちょっと話しづらくて!」

 姫川の意味深発言爆撃で何度「俺のこと好きなのか」と聞きそうになって今日は我慢していた。

 でもここにきてこの多々良の一撃。

 ついに聞いてしまった。

 姫川じゃなくて多々良だけど。

「というかユキちゃん疲れてる?」

「んー、体力的には疲れてないけど……」

「じゃあ、精神的に?」

「まあ、ちょっとな……」

 今日あったことを、多々良に話した。


「……ユキちゃん綺月のこと好きにゃの?」

「誤解しないでいただきたい」

 俺が好きなのはあなたなんです。

「綺月、だいぶグイグイ来るようににゃったね」

「恐らく狙って言ってるわけじゃないってのが一番怖いわ……」

「というか……にゃ、にゃんでユキちゃんは綺月のデートに付き合ったの?」

 多々良がまっすぐに俺のことを見つめてくる。

 な、なんですかその目は。

「なんというか……好きとかそういうのに全く興味がなかった姫川が他人に興味を向けるようになったってすげえ成長なんじゃねえかなって思ってさ、そういうのの手助けになってやれるんだったら手を貸そうかな……と」

「ふーん……」

 あれ、もしかしてご機嫌ナナメモード?

「た、多々良?」

「……もう、ユキちゃんは綺月にも優しいんだから」

「え」

「ユキちゃん、いろんにゃおんにゃの子に優しくしすぎて誰かに刺されても知らにゃいからね」

 さ、刺される……?

「俺が優しくするのは多々良と姫川くらいだよ」

「そうにゃんだけどね……」

 う、うん……?

「多々良、どうかしたか?」

「にゃんでもにゃい……ごめんユキちゃん」

「あ、謝ることない、と思うぞ……?」

 なんだ?

 多々良、どうかしたのか……?

「ねえユキちゃん、ごはん食べ終わった後さ、外に出れるかにゃ?」

「え、どうだろう、先生に訊いてみないと分からないな」

 先生はいるだろうか。

「あ、木晴こはる先生!」

 意外と近くにいた!

「佐倉くんですかー?どうかしましたかー?」

 日本酒を飲んでいやがった。

「あの、夕飯を食べた後、ちょっと外に出たいんですが……」

「外ですか……そうですね、9時までには戻ってくれば大丈夫ですよー」

 意外と早いもんだな。

 今は7時半だし、早めに食べてしまおう。

「にしてもいきなりどうしたんだ?」

「あ、あれだよ、ちょっとユキちゃんと一緒にいたいだけ」

 おいおいおいおいおいおいおい。

 いきなりどうしたんですか多々良さん。

 まさかのデレ期突入ですか。

 え、ちょっと本当にいきなりなんだ。

 やばい、なんかドキドキしてきたんだけど。

 いいや落ち着け俺。

 相手は多々良だ、失礼かもしれないが、そこまで期待してはいけない……はずだ。


 夕飯を食べ終えて、ホテルの外へ出た。

「出たのはいいけどさ、多々良、これ外見えるか?」

「大丈夫、こんにゃこともあろうかと、懐中電灯を持ってきたよ!」

 それでどこまで見えるんだ……。

「こうすればユキちゃんの顔が見える!」

「まぶしいんだけど」

 電灯が俺の顔面を明るく照らしている。

「我慢してよ~」

「えぇ……」

 なに、俺海沿いで顔を照らされながら多々良と話するの。

 ギャグか何かかよ。

「機嫌は直ったのか?」

「う……じ、実は、ユキちゃんを呼んだのはそのことにゃんだけど……」

 最近、多々良が何となく機嫌が悪いことがあった。

 何でだかよく分からなかったんだけど、どうやら教えてくれるらしい。

「話、聞かせてくれるのか?」

「うん……最近、ユキちゃんが綺月と一緒にいる時間が増えたじゃにゃい?」

「ん、姫川か。あー、確かに増えたかな」

 どっちかっていうとあっちから来る感じだけど……。

「ユキちゃんが綺月と話したり、綺月に笑いかけてるのを見たりすると……こう、にゃんかモヤモヤしちゃって」

 ……モヤモヤ?

「それにね、民泊をしてる時に、班の子のにゃかにユキちゃんのことを好きにゃ子がいるみたいで……その話を聞いた時にも、にゃんだかモヤモヤして……」

 どうやら、俺が他の女の子と一緒にいたり、俺に好意を向けられたりしていると、多々良はなんだかモヤモヤするらしい。

 ……え、それってつまり。

「多々良、俺にやきもち妬いてたり……する?」

「うーん……そうにゃのかにゃあ」

 本人には、よく分からない感情らしい。

 話を聞く限りでは、なんだかやきもちっぽい感じなんだけど……。

 今まで、ずっと多々良と一緒にいたからだろうか。

 もしかして、誰かに取られるとか……思ってる?

「ユキちゃんは、どう思う?」

「んー、どう思うって言われるとなあ……でも、そうだな。俺が姫川と仲良くしてても、いくらクラスの話を聞いても、俺の中で一番大切なのは多々良だってことに変わりはないぞ?」

「にゃにその大胆にゃ告白……」

「え、俺何か悪いこと言った!?」

 多々良の顔がさっと冷めた。

「どう思うって聞いたらまさかの答えが返ってきたからね、びっくりしちゃったよね」

「い、いいだろー!?俺は本気だぞ!?」

「……そっか、うん、そう思ってくれるのは、嬉しいかにゃ」

「ありがたく思ってくれていいぜ?な、なんたって学校一のい、イケメンからのお言葉だからなっ!」

「えへへ、無理しにゃくてもいいよ、ユキちゃん」

 さすがに今の言葉には無理があったね、うん。

 でも俺の思いも少しは伝わってくれたかな?

 確かに最近姫川と一緒にいることも増えたし、何かと姫川からアピールを受けているような気もするけど、基本的なことは何も変わってない。

 さっきのだって、もし多々良が俺にやきもちを妬いてくれていたのだとしたら、こんなに可愛いことはない。

 男的にポイント高いってやつだよ、多分。

「ちにゃみに一番大切っていうのはさ」

「うん?」

「あ、あの……た、たたらと、お付き合いとか、したいって……こと?」

「……Oh」

 ぶっこんできましたね多々良さん。

 な、なんて答えればいいんだ……!

 したいかって?そりゃあね?

 でも前に多々良はまだよく分からないって言ってただろう!

 それなら、まだここは「うん」っていうのはいけないのかもしれない! 

 それこそ、多々良がちゃんと俺のことを好きになってくれた時でもないと……!

「お、俺は……だな」

「う、うん……」

「もし、女の子と付き合うなら、俺が好きでも、相手が好きじゃないとだめだと思うんだ」

「……うん?」

「だ、だから、その、多々良と付き合いたくても、多々良が俺のことを好きじゃないと、だめだと思う」

「たたらが……?」

「仮に今付き合ったとしたら、ただの、幼なじみの延長線ってだけになっちゃわないか?」

 そこから先に進めないと、俺は嫌だ。

 好きなら、ちゃんと付き合いたい!

 幼なじみってそういう線引きがあいまいで、ちょっと難しい部分があるかもしれないけど、俺はそうしたい!

「そう……かもしれにゃいね」

「だから……そうだな。俺は多々良が好きだよ」

「……にゃっ!?」

 言った!

 俺言った!

 さらっと言ったけど恥ずかし!!

 なにこれ!!

「こ、この返事はさ、多々良がそういう、好きとかそういうのが分かってからでいい。それまでは、一緒に幼なじみやってよう」

「……にゃにそれ、変にゃ約束だね」

「なんだよ、多々良のことを考えて言ってるんだぞ?あ、幼なじみってことで、多分姫川も入ってくるだろうけど、勘弁してな」

「最後にはちゃんと選んでよね」

「ああ、それは約束する」

 ……流れで多々良に好きと告げてしまった。

 もうちょっと……なんというか、ロマンチックな雰囲気で言いたかった。

 あの、ほら、男子的に。

「お、俺、待ってるから」

「……うん、わかった。もしかしたら時間はかかるかもしれにゃいけど」

「気にしねえよ」

 これで、すこしは多々良に伝わってもらえたか……?


「あ、佐倉くんと花丸さん、戻ってきたんですねー」

 ホテルの玄関で、木晴先生が立って待っていた。

「あ、はい、ちょっと散歩してきました」

「夜道はにゃんだかドキドキします!」

「それはいいですが、ギリギリ戻ってくるのは感心しませんねー、5分前行動を心掛けましょー」

「すいません、分かりました」

 時計を見ると8時59分、本当にギリギリだ。

「多々良たちの部屋は何階だっけか」

「2階だよ!ユキちゃんたちは3階だよね?」

「おう、部屋の前まで送るわ」

 多々良を負ぶったままエレベーターで上がっていく。

「ここの部屋か」

「多分!」

「じゃあ、ここで降ろすぞ」

 ノックしようもんなら多分女子が出てくるから。

「分かった!ありがとね!」

「おう、また明日な」

「うん!あとその……ちょっとね、嬉しかった!」

「……そっか」

「ばいばい!」

「ん、じゃあな」

 多々良が部屋に入っていったのを確認して、階段の方へ行く。

 俺も部屋に戻りますかね。

「……見てた」

「おぉん!?」

 廊下に姫川が立っていた。

「いつから!?」

「外で、話してるとこ、見てた」

「ま、まじか」

「やっぱり、佐倉は多々良が好きなんだね」

「ま、まあな」

 姫川の表情が微妙に変わる。

 まずいか……?

「……いいね、燃えてきた」

「え、何が?」

「内緒」

「そ、そうか」

「じゃあ、また明日。おやすみ」

「お、おう、おやすみ……」

「……はっはっはー」

「!?」

 姫川が両手と両羽を広げながら走っていった。

 ど、どういうテンションなんだ!?


「おう、夕飯終わった後何してたんだよ」

 ホテルの部屋に戻ると、佐々木が聞いてきた。

 そりゃ何も言わずにホテルを出てたからな。

「まあ、夜道を散歩?」

「まったく、連絡したのに既読もつかないし部屋にも戻ってこないからちょっと心配してたんだぞ」

「えっ」

 ケータイを見ると、確かに佐々木から連絡が入っていた。

 やべ、完全にスルーしてたな……。

「スルーってことは一人なわけねえよな……姫川とデートか?」

「いやー……そういうことじゃなく……」

「じゃあ多々良か。それなら先に行っておいてくれればよかったのによ」

「すまん」

 俺と出かけるような女の子がそれくらいしかいないと決めつけられているあたりアレだが、まあそれは事実なので仕方ない。

 確かに要らぬ心配をかけちゃったな。

「多々良と散歩とか、佐倉から誘ったのか?」

「いや、多々良から誘われたんだよ」

「夜なのに珍しいこともあるんだねー、マルちゃん、外見えないんじゃないの?」

「懐中電灯で対処してたよ」

 まあ最初誘われたときはちょっとびっくりした。

 それでも、一緒にいたいと言われてうれしくもなった。

 そのあと流れなのか告白めいたことになっちゃったけど。

「なんか佐倉の顔が赤いぞ」

「あー、佐倉何かあったんだなー!」

花丸はにゃまるさんとにゃにかしたのか!?」

 倉持が詰め寄ってきた。

 こいつも多々良のこと好きなんだよな……。

「ふつーに、ただの散歩だよ」

「あれじゃないのか、最近佐倉が姫川といることも多いし修学旅行ほとんど会えなかったから寂しかったとかそういうんじゃねえの?」

 エスパーかよ佐々木。

 そこまで当ててくるとさすがに怖いわ。

 何、姫川と一緒に見てたの?

「あー、マルちゃん、なんだかんだいって佐倉のこと大好きだもんねー!」

「だっ……!?」

「そこまで驚かなくてもよくない?」

 そんなこと言われたらちょっと恥ずかしくなっちゃうでしょうが!

「確かに、花丸さんは基本的に僕たちといても佐倉のとにゃりにいるよにゃ」

「別に佐々木でも秋川でも倉持でも多々良を支えるのは誰でもいいんだぞ?」

「んー、たまにならいいけど、そういうのは佐倉にしか務まらないんじゃないかなー」

「そんなもんか?」

「そんにゃもんだと思うぞ」

「そうか……」


「ほら、みんな起きろー、着替えて朝飯だぞー」

 佐々木に布団をはがされていく。

 倉持も秋川も、そして俺も渋々起き出した。

「にゃんでそんにゃに起きるのが早いんだ……」

「早起きの申し子と呼んでくれよ」

「言うほどでもなさそう」

「さらっとひでえよな秋川はよ……」

 今そいつ眠いだろうから何も考えずに言ってると思うぞ。

「倉持、髪の毛が面白いことになってるぞ」

「いつものことだろ!」

 猫らしくかなりのくせ毛である倉持は、毎朝髪の毛と格闘している。

「ほれ、俺が直してやる」

「男ににゃおされるってのは……まあ頼む佐倉」

 毎朝髪の毛と格闘しているのは多々良も一緒だからな。

 寝ぐせ直しはお手の物だ。

 それに、多々良と倉持は髪の長さが近いし、

 多々良もそこまで髪長くないからなあ。

「佐々木はいつも髪がきまってるな」

「硬いから楽だぜ。佐倉は何もしないのか?」

「俺は髪かすだけでいいんだよ。ワックスとかそういうのは苦手なんだよな」

「バッチリきめちゃえば佐倉のイケメン度も上がるんじゃね?」

「別に上げなくていいよ」

「ミスター雛谷だもんね」

「秋川、それ以上言わないで?」

 その言葉は思い出したくない。

 あのステージの上でみんなに注目されたことを思い出してしまう。

 いやー、あれは嫌な出来事だったね……。

「早く着替えて朝飯食いに行こうぜ、俺腹減っちまったよ」

「あー、俺も減ったー」

「今日の朝飯はにゃんだ?」

「倉持の煮付けだって」

「にゃんでだよ!!」


「おはよう!今日は勢揃いだ!」

 多々良さんは今日も元気だ。

 勢揃い、という言葉の通り、俺たちと、姫川の班と、多々良の班の計12人で朝飯を食うことになった。

 人がいっぱいいる……。

「佐倉、女子がいっぱいいるからって朝から緊張しすぎだぞ」

「食事が喉を通っていかない」

「どんだけだよ」

 話しかけられたりしないよね?

 なんかさっきからチラチラ見られてるんだけど……。

「ユキちゃん、そんにゃに大勢で食べるのが嫌?」

「か、顔見知りなら問題ないんだけどな?」

「綺月の班の子たちはともかく、たたらの班の子はみんなおにゃじクラスでしょ……」

 ほとんど話したことないんですもん!

「……ほーらー、たたらのこと大切にゃんだったら、たたらの班の子たちも大切にしてよー」

 多々良が耳元でささやいてきた。

「ず、ずるいぞ!?」

 大きな声が出てしまった!

 み、みんなこっちを見るんじゃない!

「佐倉、救急車呼ぶ?」

「お前は本当に失礼だな秋川くんよぉ!」

 まったく、パンチの効いた言葉だぜ。

 何がウケたのか笑いに包まれた。

 やめてくれぇ……笑わないでくれぇ……。

「ほんと、佐倉はこういう状況ににゃるとただのヘタレににゃるよにゃ、面白い」

「面白がってないで助けてくれてもいいんじゃないですかねえ……」

「大丈夫、見てる方が面白い」

「姫川まで……」

 このひとたちひどい。

「ユキちゃん、愛されてるね」

「冗談はよしてくれよ」

「冗談じゃにゃいよ、とっても愛されてると思うよ」

「そう思うんならこの状況をなんとかしてくれよ」

「それはできにゃいにゃー」

 俺こんなに自分がネタにされながら飯食うの嫌だ……。

「困ってるユキちゃんも見てて面白いから好きだよ?」

「多々良にS属性は望んでないんだよ……」


「さて、修学旅行の締めはクラス全員でここ、グラバー園の散歩ですー、これで修学旅行は最後ですよー」

 グラバー園って初めて来た。

 昔のお偉いさんの外国人たちが住んでた家をそのまま残してあるんだな。

「最後は班ではなく自由行動ですので、みなさんどうぞお好きに移動してくださいー」

 自由行動か、やったぜ。

「ん~……」

 多々良が辺りを見回して、不思議そうにしている。

「どうした?」

「にゃんか、いい景色だにゃ~って思って」

「いい景色、か」

 俺たちが今いるところは旧リンガー邸といわれる家の前。

 洋風な家と、花壇にはたくさんの花が咲いていて、しかも長崎港も一望できる。

 確かにどこを見てもいい長めだ。

「色はやっぱり分からにゃいんだけど、にゃんだか不思議とキレイだにゃ~って」

「じゃあ、写真撮ろうか」

「いい思い出ににゃりそうだね!」

「どうせならツーショットで撮ろうぜ。えっと……秋川!」

 近くに秋川がいた。

 その隣には知らない人。

「どうしたー?あ、こっちは俺の友達だから警戒しないでね」

「ど、ども」

「佐倉だよな?よろしくな!」

 身長高いしガタイもいいしなんかこいつサッカー部あたりにいそうだな。

 どうやら犬人のようだ。

 毛の色とか顔つきから見ておそらくドーベルマンだろう。

「ちょっと写真撮ってほしいんだよ」

「オッケー!場所は俺が決めていい?」

「いい写真を撮れるんならな」

「任せてー、俺結構自信あるんだよねー!」

 秋川が指定したベンチに座る。

「そこから撮るのか?遠くない?」

「ズームするから大丈夫!」

 秋川は俺たちから5mくらい離れている。

「マルちゃん!せっかくだから佐倉と手つないで!」

「はーい!」

「ちょっ!」

 ベンチで隣に座った多々良が俺の手をつかんでくる。

 他の生徒もいっぱいいるんだけど!

「はーい佐倉緊張しない……そのまま!ちょっとだけ待ってて!」

 待っててと言われ、その場で待つ。

 恥ずかしいなー……。

「よし、じゃあカメラ目線じゃなくて、2人でベンチで話してる感じで!」

 話してる感じ!?

 多々良の方を向けばいいのか?

「こう?」

「そうそう!あ、早く!」

 早くって何だよ!?

 多々良の方に顔を向ける。

「ユキちゃん、修学旅行、楽しかったね!」

 多々良が笑顔でそう言ってきた。

 確かに、多々良は近くにいなかったけど、今回の修学旅行はとても楽しかった。

 いつまでも、思い出に残るだろう。

「そうだな!」

「はいオッケー!ねえねえこの写真良くない!?」

 秋川が自信MAXでカメラを見せてくる。

「……おお」

「すごーい!アッキー、これ狙ったの?」

「まあね。だから早くって言ったんだけどねー」

 秋川が撮ってくれた写真は、俺と多々良が木陰でしゃべっているようなシーンを切り取ったものだった。

 その後ろには長崎港が写っていて……ちょうど、船が来ていた。

「自信あるって言ったでしょ?」

「ああ……見直したわ」

「え、今までどんな目で俺を見てたの?」

 ごめん、言葉間違えた。

 その後も園内を散策して、みんなで写真を撮った。

 女子10人に囲まれて写真を撮るという事件もあったけど。

「ユキちゃん、顔真っ赤だよ?」

「慣れてないんだって……」

「ちょっとはにゃれていかにゃいと」

「そうだな……」

 慣れそうにはないけど……。


 修学旅行も終わりを迎える。

 バスに乗って、俺たちは長崎空港まで戻ってきた。

「それではこれから羽田空港に戻りますー、短い修学旅行も、これで終わりになりますー」

 終わっちゃうのか……。

 となると、次にこうやって来るときは自分たちで金をためて旅行に来るときなんだな。

「にゃんか今回の修学旅行はちょっと寂しかったにゃー」

「班の子と仲良くなれたんだろ?」

「それもすっごく大事にゃことだったけどー……前半はみんにゃと一緒にいられにゃかったしー」

 多々良が口をとがらせる。

 俺たちと一緒にいたかったんだな。

 まあ、俺も多々良と一緒に魚を食べたかったなと思った。

 新鮮な魚はとてもおいしかったし、あれなら多々良もすごく喜んだことだろう。

 どうせなら、そんな喜ぶ多々良のことを見たかった。

「じゃあ、次は一緒に行こうか?」

「一緒に?」

「ああ、金貯めて一緒に行くんだよ。旅行デートってやつか?」

「ほんと!?行きたい行きたい!」

「じゃあ決まりだな」

「うん!ユキちゃんと旅行、楽しみにしてるね!」

 やべえめっちゃ楽しみになってきた。

「うちも、佐倉と一緒に行きたい」

「ひ、姫川?」

 後ろから姫川が話しかけてきた。

「多々良だけはずるい。多々良がデートするなら、うちも佐倉とデートしたい」

 あー……めんどくさいことになりましたね。

「き、綺月?最近思うんだけど、ユキちゃんのこと好きにゃの?」

「……ん、わかんない。でも、悪くない」

「んー……?」

 多々良が首をかしげる。

 俺も姫川には散々困らされましてね……。

 たぶん本人もよくわかってないと思うんだけどね?

「みなさーん、飛行機に乗る準備をしてくださいー」

「うち行かなきゃ。またあとで」

「おう、またあとでな」

「あとでねー!」

 飛行機か……あれ、行きって乗ったときどんな感じだったっけ……?


「そういえばユキちゃん」

 飛行機の席に座り、行きと同じように多々良が隣に来た。

「どうした?」

「さっき約束したことにゃんだけどさ、あれ、修学旅行に行く前にも同じこと言ってにゃかったっけ?」

「約束?ああ旅行デートの話か。旅行前……うーん?」

 なんだろう、旅行前のことが思い出せない。

「指切りまでしたのにー」

「え、まじ?俺そんな大切なことまでした?」

「したよー。本当に忘れちゃったの?」

「……ごめん、本当に思い出せない」

「む~……にゃんでだろ」

「なんで、だろうなあ……」

 何かあったっけ。

 というか、なんか変なんだよなあ。

 何があったか忘れたんだけど、気づいたらすでに長崎空港にいた。

 ということは羽田から飛んでる間に何かあったってことだよな……?

 それに、着陸するときに秋川が妙に優しかったのも変だ。

「なあ、俺最初こっちに向かう時に何かされたか?」

「え?にゃにか……あっ!!」

 多々良が何かに気づいたらしく、耳としっぽがピーンと伸びた。

 何だその反応は。

 とっても怪しい。

「やっぱり何かあったんだな?」

「い、いや……にゃにもにゃいですよ……」

 多々良が気まずそうに目をそらす。

 嘘ヘッタクソだな!?

「何があったか言え!さあ言えぇ!!」

「ギニャー!?」

 何か知ってそうなのでちょっと強めに驚かしてみる。

 ハハハ!さあ言うのだ!

「うるさいですー」

 そんな声と同時に、何かが首に当たった。

 俺の意識は、そこで途絶えた。

「飛行機が飛び始めたらまた大騒ぎするでしょうから、先に静かにさせておきましたー」

「木晴先生……あ、ユキちゃん、また約束のこと忘れちゃったりしにゃいよね……?」


 俺の知らないところで、飛行機が飛び立った。

 俺の目が覚めるころには、すでに修学旅行が終わっていた。

 ……何があったんだ?

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