第25話 探検しました

 朝、俺たちは一昨日対面式を行った公民館に来ていた。

 今日、民泊は終わるのだ。

「いやあ、本当に楽しかったよ。また、うちに来てくれたらうれしかよ」

「俺たちも本当に楽しかったです。また来たいです」

「またいつでん来てよかから。歓迎すっけんね」

「細波さん、次は俺クエ釣りたいです!」

「そうかそうか、じゃあオイも佐々木くんがクエば釣り上げるとば楽しみにしとるよ」

 佐々木と細波さんが握手をする。

「おさかにゃとっても美味しかったです!本当にありがとうございました!」

「倉持くんはよか食べっぷりやったね。また来たらごっそうすっよ」

 倉持と細波さんが握手をする。

「あんな大きな魚を釣り上げられてとても楽しかったです、ありがとうございました」

「カツオば釣ったとにはうったまげたよ。うちで漁師目指さないか?佐々木くんも一緒に」

 秋川と握手をしながら、佐々木にも目を向ける。

「仕事がなかったら細波さんのところへ行きますねー!」

「俺もそうします!」

「よかよよかよ、いつでん歓迎すっよ」

 こいつらは漁師でもやっていけそうだしな。

「佐倉くんは仕分け専門の作業員かね」

「え、じゃあ俺も仕事がなかったら……」

「大好いとる嫁さんと一緒にこっちに住んでくれてもよかけんね」

「い、いや!それはまだ分かりませんから!」

 細波さんにがっしり手を握られる。

「好いとるおなごのハートはがっちりキャッチせんば後悔すっけんね」

「あ、ありがとうございます」

 何か細波さんに応援された。

 ……でも実際、昨日の璃子りこさんと将人まさとさんを見て、あの関係がうらやましいと思った。

 ああいう、仲睦まじい夫婦の関係。

 多々良と、ああいう感じになれたら楽しいだろうなと思った。

 多々良と……け、結婚か。

「お、佐倉の顔が赤くなってるぞ」

「本当だ、誰のことを考えてるんだろうねぇ~」

「佐倉は分かりやすいにゃ」

「べべべべべべ別に誰のことなんて考えてねえし!」

 ちょっと多々良のことが頭に浮かんだだけだし!!

「みなさんおはようございますー。民泊は楽しめましたかー?」

 木晴こはる先生がマイクを持ってしゃべっている。

 そういえば民泊が始まる前にもあんな感じでしゃべってたな。

 もしかして旅行委員会的なやつ?

「南島原市の皆さん、学生の受け入れありがとうございましたー!この経験は思い出として、学生たちの心に一生残るでしょう、それではみなさん、これで最後のあいさつになりますー」

「こい、うちの住所だよ。よかったらキミたちのも教えてほしか」

 細波さんが住所の書いてある紙を渡してきた。

「これは……?」

「最近は機械で済ませるところも多かばってん、年賀状ば送りたかと思おてね」

「年賀状ですか!分かりました!」

 みんなそれぞれ住所を紙に描いていく。

「オイもキミたちのことは忘れんよ、すごう楽しかった。また、元気でな」

「細波さんもお元気で!年賀状、楽しみにしてます!」

「俺も細波さんに年賀状送ります!」

「また一緒に魚が食べたいです!」

「楽しかったです!ありがとうございましたー!」


「それではみなさん、修学旅行3日目は班ごとに自由行動ですー。皆さんが決めたプランで1日楽しんでくださいねー。くれぐれも危険になる事、迷惑になることはしないようにお願いしますー」

 南島原を離れ、バスで長崎市まで移動してきたところで、自由行動となった。

「多々良たちはどこに行くんだ?」

「たたらたちは諏訪神社ってところに行って、そのあと長崎にゃがさき造船所の資料館に行くんだ!」

「え、多々良、船とか興味あったっけ?」

舞田まいたさんの提案!」

 多々良の班も一人が提案してそれに乗っかる形で観光するらしい。

「ユキちゃんたちはどこ行くのー?」

「俺たちは軍艦島に行ってくるよ」

「そうにゃんだね!行ってらっしゃい!」

「おう、多々良も気を付けてな」

 多々良の頭をなでる。

 昨日会えなかったからな、ちょっと寂しかったんだよ。

「んふー!じゃあねー!」

 多々良に手を振り、その場で別れる。

「頭なでるとか佐倉やるなあ!」

「やめろ佐々木」

「いやー、俺もああいうことができるようになりたいぜー!」

「やめろって!」

 佐々木が全力でバカにしてくる。

 この野郎!

「そろそろ電車乗るー?」

 秋川が地図を見ながら駅の位置を確認している。

「僕は電車とか全く分からにゃいんだが、秋川分かるか?」

「うん、長崎駅前っていう駅から大浦海岸通りっていう駅まで行けばオッケーだよ」

 駅前なのに駅なのか。

 よく分からん。

「佐倉」

「うおっ」

 後ろから声をかけられて振り返ると首が目に入った。

 何事かと思ったら姫川だった。

「びっくりしたー……近いっすよ姫川さん」

「ドッキリ大成功」

「あんたそういうキャラだったかなー?」

 大成功とか言ってる割に全く表情は変わらない。

 ある意味姫川らしいか。

「姫川と……班の人たちか。どうかしたのか?」

「あ……佐々木には言ってなかった。うちらも、軍艦島に行く」

「そうだったんだな!じゃあ一緒に行くか!」

「そうする」

 姫川の班と合流して、駅で電車を待つ。

 この形はもしかして……。

「おー、路面電車とか初めて見た!!」

 埼玉ではこんなの見ませんよ!

「うちも、初めて見た」

 姫川は班の人としゃべらずに、俺の隣に立っている。

 ……って、あれ、佐々木たちが姫川の班の女の子としゃべってるじゃん。

 俺と姫川だけハブられてない?

「姫川、班の人たちとはどうなったんだ?」

「……うち、勘違いしてた」

「うん?」

「避けられてて友だちがいないんじゃなくて、うちにどう話しかけていいかわからなかったみたいで……昨日、ちゃんと話した」

「そうか、それならよかったんだが……」

「ん?」

「俺たちだけハブられてないか?」

 電車に乗っても、佐々木と倉持と秋川は姫川の班の子たちとしゃべっている。

 俺たちは2人。

「……なんか、あの子たちは佐倉とうちを2人にしたがる」

「え、なんで?」

「文化祭で一緒に回ってるところを見られてる」

「あーそういう……」

 つまりあれか、俺たちの仲を勘違いされていると。

「まあ、でもいい」

「いい?」

「佐倉、多々良とデートしたらしいね」

「えっ、そ、そうだな」

「うちも、興味がある」

「ほう」

「だから、今日は佐倉とうちがデートする」

 ……マジですか。

「いい、かな?」

「……お、おう」

 キスの一件以降、だいぶ姫川のことを意識するようになってしまった。

 姫川はただの幼なじみという感じで、女の子としては全く意識してなかったんだけどな……。

 しかも、今の聞き方はかなり女の子っぽい。

「お、俺は断る理由はないけど……佐々木たちは?」

「佐倉がいいなら、いい」

「そ、そうなのか」

 姫川の班のこと、佐々木たちが何やら話し合っている。

 佐々木がこっちを向いて、ニヤッとした。

 あ、あいつらグルだ。

「じゃあ、今日はうちと佐倉のデートで」

「わ、分かった」

「デートって、こうすればいいの?」

「ん?」

 俺の左手が、姫川の右手に包まれた。

「お、おお?」

「こう、するんだよね?」

「手をつなぐんですか?」

 なぜか敬語になってしまった。

「……うちらが手をつないでもホモカップルに見えるのかな」

「なんでかな!?」

「佐倉はイケメンだし、うちもほら、女らしくないし」

「そ、そうかな」

「……」

 黙る姫川。

 やっぱり会話が続かないんだよなあ……。

 姫川も、少し緊張していたりするんだろうか。

 ……いや、かくいう俺も、幼なじみとはいえ、姫川とこういうことは初めてだからな。

 それなりに、緊張するな。

「そういえば、俺と姫川っていつから話すようになったんだっけ?」

「……いつからだろう。多々良と仲良くなって、いつの間にか佐倉と仲良くなってた」

「そうだよな。本当、最初は多々良の友達、としか思ってなかったのになあ」

「でも、佐倉とこんなことまでするようになったのは本当に最近だと思う」

「確かに最近だな」

 文化祭の時からだろうか。

 意気投合、ってわけでもないけど、少し話が盛り上がった気がする。

「なんか、うちの中で最近佐倉が気になりつつある」

「……それは、俺のことがお好きということで?」

「分からない、けど、どうだろうね」

 仮にそうだとしても、俺には多々良がいるからな……。

 姫川、か……。

「佐倉、今多々良のこと考えてるでしょ」

「ヴェッ」

「何その反応」

 姫川半分、多々良半分で考えてました。

「佐倉が多々良のこと考えちゃうのは仕方ないけど……今は、うちとデートしてる」

「そ、そうですね」

「だから、佐倉もうちのこと考えてくれてると、嬉しい」

 嬉しい、か。

 もしかして、今って姫川にとってかなり大事な時期なんじゃないだろうか。

 今まで人のことを好きになるとかそういうことに全く興味のなかった姫川が、相手は俺だけど、他人に興味を向けるようになったんだもんな。

 それなら、今まで話すことは少なかったけど、幼なじみとして彼女の成長を支援してあげるべきなのでは。

 にしても見ただけで多々良のこと考えてるって分かるなんて、やっぱり姫川は鋭いな。

 目つきと一緒で。

「さっきさ、俺のことが気になるって言ってたけど、どんな感じに気になるんだ?」

「……んー、分からない」

「そっかー、分からないかー」

 やっぱり、どうも姫川は自分のことには鈍いようだ。

 その気持ちがはっきりとするのはいつになるだろう。

「分からない、けど……」

「けど?」

「最近、何かをしてる時に『もし隣に佐倉がいたら』って考えちゃう時がある」

「まじか」

 何かをしてる時に、か……。

「出かけている時とか、勉強している時、とか……こういう時に、佐倉が隣にいたら……」

「……いたら?」

「一人でいるよりは、楽しいのかなって」

 ……一瞬、不覚にもドキッとした。

 姫川が俺に笑顔を向けている。

 最近少しだけ笑うことが増えたような気もするが、普段はほとんど表情が変わらない姫川。

 そんな姫川が、俺と一緒にいたら楽しいか、なんて考えて、笑顔を向けてくるなんて……。

 ……いや、まさか。

 姫川が俺のこと気になるってのは……。

「……あ」

 姫川が何かを思い出したかのように口を開けた。

「ど、どうした?」

「修学旅行が始まる前、うち、佐倉の部屋に行った」

「うん、来たな」

「その時、佐倉に……き、きす、した」

「……されたな」

 え、なに、微妙に恥ずかしがってる?

 おいおい、今日はずいぶん女の子らしいですよ姫川さん。

 いや、かくいう俺もその話を蒸し返されると恥ずかしいんですけどね。

「えっと、あの時はごめん」

「い、いや、別に謝る事でも……」

「そうじゃなくて、あの時、実は発情期で……」

「あ、やっぱりそうだったのか」

 じゃああのキスは本心ではない……と?

 いや、ああいう時って本心からそういうことしたいって思うんだろうか。

 人間には発情期がないからよく分からないな……。

「うん、実は押し倒していいか聞いたの、割と本気だった」

「あぶねえ……」

「次から、気を付ける」

「頼むぞ」

「うん」

 電車が止まって、大浦海岸通り駅に着いた。

「佐々木、俺らって午後便で予約してあるんだよな?」

「ああ、姫川たちもだよな?」

「うちらも、午後便の予約」

「なら、どこかで昼飯食ってからにしようぜ」

 実はさっきから結構腹が減っている。

 何か食べておきたいところだ。

「どうせなら何か長崎らしいもん食いてえよな」

「にゃら近くにいい店があるぞ」

「お、まじか倉持」

「皿うどんもちゃんぽんも好きな方を食べれる店がある」

「私行きたーい!」

 姫川の班の子が手を上げた。

「じゃあそこ行くか。倉持、案内してくれよ」

「任せろ」

 8人で長崎の港町を歩く。

「佐倉、顔が硬いぞ」

「……仕方ないだろ」

「佐倉は相変わらずだよね~」

 初対面の女の子3人とか正直キツイ。

「佐倉、うちの班の人は、みんないい子」

「ねえねえ聞いた?私たち姫川さんに褒められたよ!」

「そうそう!私たちいい子!」

「姫川さんありがとう!」

 班の子たちが嬉しそうにしている。

 姫川が打ち解けられたようで何よりだ。

「だから、そんなに緊張する必要はない」

「必要ないって言われても緊張しちゃうんですよ、許してくださいよ」

「……佐倉は、そこを治していかないとね。就職とか、大変そう」

 俺もそれ思う。


「卵多めでお願いします!」

 秋川が皿うどんにそんなトッピングを要求した。

「卵多め……えーと、プラス150円ですがよろしいですか?」

 ほら店員のお姉さん困ってる。

「問題ないです!」

 そしてそれに力強く答える秋川。

 ちなみに秋川と倉持、あと姫川の班の子たちが皿うどん、俺と姫川と佐々木はちゃんぽんだ。

「佐倉、野菜頼む」

「ちゃんぽんってほとんど野菜な気がするんだけどな……」

 佐々木にとっては少々きついかもしれない。

「野菜ならうちも食べれるけど」

「あれ、姫川って野菜食べれたっけ」

「別に好きじゃないけど、まあ、食べれた方がいいよね」

「そうだな、野菜は大事だもんな」

「食えない俺の前で言うなよ」

 佐々木は野菜食べれないからね、しょうがないね。

 狼だもんね。

「そういえばまた姫川が俺の隣か」

「デート、だし」

 姫川が俺から顔をそむける。

 あれか、デートって言葉を意識すると恥ずかしいんだな。

 なんとなくわかった。

「姫川も変わったよなあ」

 佐々木がにやにやしながら姫川を見る。

「バカにしてる?」

「いいやしてねえよ?でも幼なじみの変化って見てて面白いなーと思ってよ」

「そういえば、佐々木も幼なじみだ」

「姫川さん、それはひどいっす」

 佐々木が微妙な顔をする。

 確かに小学校が一緒なのは俺と多々良と 佐々木と姫川か。

「うち変わった?」

「変わった変わった。少なくとも男とデートする時点で姫川はだいぶ変わったよ」

「そっか……」

 姫川が何かを考え込むように黙った。

 

「さー、じゃあ軍艦島行くぞー!」

「「「おー!」」」

 何人佐々木に賛同したのかは分からないが、なんか盛り上がってる。

「みんな楽しそうだね」

「姫川は楽しくないのか?」

「ううん、楽しい」

「ならいいじゃんか」

「うん」

 表情は全然変わらないけど、なんとなく姫川が楽しんでいる感じは分かる。

「楽しいのってさ」

「うん?」

「こういう雰囲気だからかな。それとも、佐倉と一緒にいるから……かな?」

「その言葉は言われたら嬉しい男は多いと思うぞ」

 そんなこと言われたらドキッとしちゃうだろ。

 姫川の意識していないこういう発言は危険だ。

 多分、こういうので男はコロッといっちゃうんだろう。

 俺も好きな人がいなかったらかなり危なかった。

 姫川も綺麗な顔してるもんなあ……。

 綺月きづきって名前も、姫川にはよく似合ってるし。

「まあでもうちは、自分が楽しむより、楽しそうなみんなを見ている方が楽しい気分になる」

「あ、なんかそれ分かる」

「佐倉は、多々良が楽しそうにしてるのを見るのが好きなんでしょ?」

「む、それは確かに……」

「また他の子のことを考えた」

「誘導したよな!?」

「……ふふふ」

 姫川にはめられた。

 まさか姫川もそういうことをしてくる子だったとは……。

「でも、わかってくれるって、なんか嬉しい。佐倉のそういうところ好き」

「お、おう……」

 あ、たぶんこいつ意識しないで恥ずかしいこと言えるタイプだ。

 やばい、こいつ危険だ。

 男を勘違いさせるやつだ!


「本日は軍艦島ツアーに参加いただき、ありがとうございます!」

 インストラクターのお兄さんが参加する人たちに呼びかける。

「それでは船に乗ってください!」

 よっしゃ、これで軍艦島まで行けるんだな!

「ねえ佐倉」

「ん、姫川、どうした?」

「うち、船乗るの初めてなんだ」

「お、そうなのか。初体験じゃねえか」

「下ネタはよして」

 そんなこと言った覚えはないんだけど。

「それで、ちょっと怖いから、手つないで」

 怖いから手をつないでとは、なんとも女の子らしい。

「ほれ、じゃあ行きますか、お嬢さん」

「……これが、エスコート」

 さすがにみんないるしそれっぽくはできないけど。

 2人だったらノリでやったかもしれない。

「本当に、デートみたい」

「一応、今日はちゃんとしたデートなんだろう?」

「そうなんだけどね……ふふふ」

 姫川が俺の手を握ってうれしそうに笑う。

 いや、表情は変わってないんだけどね。

 なんとなく、嬉しそうだ。

「おうおう、みんなの目の前でそんなことするとか勇気あるな」

 ……うん、確かに他の人も見てるんだよな。

 ちょっと恥ずかしくなってきた。

 おいこら秋川写真撮んな。

「佐倉と姫川のいい写真が撮れたー!」

 そういって秋川のケータイにみんなが集まる。

 やばい、俺たちが見せ物にされてるぞ!

「いいのか姫川」

「まあ、うん。ちょっと恥ずかしいけど、別にいい」

 あ、そうですか。

「そういえば、多々良と佐倉の写真、見せてあげないの?」

「いや、さすがにあれは恥ずかしいというか……」

 すごくいい思い出として残ってはいるんだけど、あれを見せるのはさすがに恥ずかしい。

 俺と多々良と、あと写真を見てしまった姫川の秘密だ。

 あ、そういえばウズメも見てたっけ。

 まああいつは他に言うような人もいないだろう。

「うちも、佐倉とあんな感じに撮りたい、かも」

「え、姫川もウエディングドレスとか興味あるのか?」

「……あ、そういうのは、ない、けど」

「うん?」

 ないのか。

「佐倉と、そういう感じに撮れたら、楽しいかなって」

 ……えーと、なんだろう、俺はやっぱり姫川に好意を向けられているんじゃ。

「佐倉!軍艦島見えてきたぞ!」

 佐々木が興奮した様子で近寄ってきた。

「お、すげえ」

 海の上に浮かぶコンクリートの塊。

 ほとんどが建造物であるにもかかわらず、人が住んでいる気配は全くしない。

 まさに廃墟といった感じの島だ。

「まずは島の周りを一周しまーす!」

 そうお兄さんが呼びかける。

 ツアーの参加者は目の前の軍艦島に夢中だ。

「定員200名って聞いてたから、もっと人多いかと思った」

「まあ、今日は平日だからな。休日だったらもっと多いんじゃないか?」

「うちも、もっと人が多いかと思ってた」

 船に乗っているのは50人ほど。

 それでも俺からすれば多いし、話しかけられても対応できないけど。

「にしても、軍艦島かっこいい」

 姫川がスマホを向けて写真を撮っている。

 背中の羽が動いてるあたり、結構興奮しているみたいだ。

「もしかして、軍艦島行きたいって班の子たちに言ったのは姫川か?」

「そう。言ったら、みんなも行きたいって言ってくれた」

「ラッキーだったな」

「うん、そのおかげで、今こうして佐倉とデートもできたし」

 狙ってんのか考えてないのか分からないけど、今日は姫川に猛烈アタックを受ける日かな。

 佐々木はニヤニヤしてるだけで助けてくれないし、秋川と倉持は姫川の班の子とずっとしゃべってる。

 今日はずっとこのままか……?

「あれが昔人が住んでいた集合住宅と、娯楽施設の跡です!当時は映画館でした!」

 え、その時代に映画ってあったんだ。

 てか軍艦島にそんなものあったのか……。

「そろそろ上陸しますので準備をお願いします!」

 お、いよいよだな!


「上陸おめでとうございます、皆さん、ここが軍艦島です!」

「来たぜ軍艦島!」

 佐々木がうるさい。

 にしても、実際に上がってみると廃墟感はんぱないな。

 ここに昔人が住んでたんだよな。

 当時はどんな感じだったんだろう。

「夜に来たら、さすがに怖そうだね」

「わざわざ来る人なんているのか?」

「案外鳥人の方々が無断で島に入っていく人もいますよ。注意はさせてもらってるんですけどね」

 空が飛べれば船を使わなくても行けちゃうのか。

「今彼女さんが言ったように、夜の軍艦島に興味を持ってくる人がたまにいるんですよね」

「か、彼女!?」

 インストラクターのお兄さんの説明が入ってこないほどに今の発言に驚いた。

「ずっと一緒にいるじゃないですか。違うんですか?」

「こ、こいつはそういうんじゃなくて!お、幼なじみです!」

「そうですか、それは失礼。手をつないでいるもんで、てっきり彼女かと思ってましたよ」

「や、やだなあ」

 一応、これはデートということにはなってるが……。

「確かに、うちと佐倉は彼氏彼女とかじゃない、ね」

「きょ、今日一日は俺とデートって話、だよな?」

「うん」

 インストラクターのお兄さんが先へ進んでいく。

 ついて行くと、何かの建物へとつながる長い階段が見えてきた。

「あの階段は当時、坑道へと行く人たちは毎日あそこを通っていたんです!」

 今は建物から先がなくなっているけど、昔はあそこから先が坑道だったのか。

 今見ただけじゃ全然分からないな……。

「あれは昔銭湯だったところです!仕事で帰ってきた人たちが汗を流していったのがあそこです!」

 銭湯があって、集合住宅に娯楽施設もあった。

 それに、きっと学校だってあっただろう。

 当時の軍艦島ってかなり栄えてたんだな。

「大きなマンションが見えると思います。今では当たり前となった鉄筋コンクリートで作られたマンションですが、当時は日本初の鉄筋コンクリート造のマンションでした!」

 栄えていた上に最先端の技術が使われていたとは。

 確かにこの島はマンションだらけだし、相当な数の人がいたのかもしれない。

「佐倉」

「うん?」

「こういうの見てると、楽しい」

「そうか、よかったじゃんか」

「うん。それに、佐倉と一緒だし」

 ……こいつ狙って言ってるんじゃないんだよな?

 た、他意はないはずだ。

「現在建物は損傷が激しく、崩壊の恐れがあるため入ることはできません!」

 建物の中には入れないのか。

 まあ、これ見学だしな、仕方ないな。

「当時は東京以上の人口密度を誇っていたこの軍艦島ですが、そのためか非常に多くの娯楽施設がありました」

 映画館、銭湯に、今見えているものは当時のパチンコ屋だという。

 仕事と遊びがちゃんと両立していたんだな。

「佐倉、あれ、なんか上の方に神社がある」

「え、どれ?」

「ほら、あそこ……」

 姫川が顔を俺に近づけて、上の方を指さす。

 見つけることはできたが、姫川がものすごく近くてちょっとドキッとした。

 やっぱりこの子危険ですね……。

「あれは端島神社といって、人がいなくなってしまった軍艦島を今も見守ってくれている神社なんです。残念ながら、今は立ち入ることはできませんが……」

 それは残念だ。

 でも確かに、あそこまで行くのは厳しそうだな……島の一番上って感じだし。

「うちなら行ける」

「怒られるぞ」

「ああやって、今でもずっと見守り続けているって、なんか素敵」

 素敵か。

 姫川もそういうこと考えるんだな。

「うち、ここに来れてよかった」

「俺も、いろいろ見ることができてよかったと思うぞ」

「でも、あんまりデートっぽくない」

「社会科見学みたいなもんだしな、仕方ないだろ」

「でも、佐倉といるの、楽しい」

「……」

 こう直球で言われると姫川相手でもかなり照れる。

 パシャッ!

「……佐々木ィ!」

「佐倉の赤面いただきィ!!」


 その後も島を見学して、ツアーは終了となった。

 最後に軍艦島をバックにみんなで写真を撮り、船に乗った。

 港町に戻ってきた俺たちは、辺りを見ながら歩くことにした。

「お土産買うんだったら今のうちだな」

「倉持くん、私と一緒に買いに行こうよ!!」

「にゃっ!?あ、あぁ……」

 倉持が女の子に連れていかれてしまった。

「秋川くん、私たちも行かない?」

「うん、いいよー」

 倉持たちについて行く形で、秋川と女の子が行ってしまう。

「あいつらずいぶん仲良くなったな……」

「倉持は若干困惑気味だけどな」

「倉持も、異性にそこまで耐性があるわけじゃないよね。佐倉ほどじゃないけどね」

「うるせー」

 ちょっとあれだ、ちょっと普段仲良くしている人以外が苦手なだけだ。

 それなりに時間かけて慣れれば大丈夫。

 いやそれじゃダメなのか。

「にしても今日はいい写真が撮れたなー!」

「見せてくれよ」

「ほれ、いい写真だろー?」

 佐々木のケータイを見せてもらう。

 確かに軍艦島の写真がたくさん、しかもきれいに撮れているが……。

「なんで半分は俺と姫川の写真なんだ?」

「佐倉の表情が面白くてな」

 俺をネタにするのやめてくれよ。

「佐々木、うちにも見せて」

「おう、見ろ見ろ」

 姫川がケータイを覗き込んでくる。

「……顔が近くないっすかね」

「近づかないとよく見えない」

 嘘つけ知ってるぞ。

 鷲ってすげえ目がいいんだろ。

 絶対離れても見えるだろ。

「ねえ佐々木」

「なんだ?」

「あとで、うちのラインに写真送ってほしい」

「了解!どの写真にするよ?」

「後で指定する。佐々木、撮っておいてくれてありがとう」

 俺と姫川の写真が姫川のケータイの中で残り続けるのか。

 なんかちょっと恥ずかしいな。

「佐倉、今日はすごく楽しかった。うちとデートしてくれてありがとう」

「ん、おう……まあ、俺も楽しかったよ」

「今日の思い出は大切にする。あと、これからはいつでもうちの事、デートに誘ってくれていい」

「えっ」

「楽しかった。こんなに楽しいなら、またいつしてもいい」

「そ、そこまで楽しんでくれて何よりだよ」

 ひ、姫川とデートか。

 これからまたする時が来るんだろうか。

 いや、俺は……。

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