第24話 いただきました 2

「……なあ、秋川」

「なにー?」

「お前そういうことしたんなら言ってくれって」

「秘密にしておいた方が楽しいじゃん」

 港に戻って気づいたことだが、秋川がいつの間にかカツオを釣り上げていた。

 この時期特有の、戻りガツオってやつだ。

「なんか静かだなと思ってたらお前黙って釣ってたんだな」

「みんな佐々木の方に集中してたから、びっくりさせられるなーって思ってさ」

 そりゃびっくりもするさ。

 クエには及ばないものの、カツオだって十分大きいし、釣るのだってかなり大変なはずだ。

「へえ、秋川くんすごかなあ。カツオのたたきでん作っとっぶっか」

 今日みんなで釣った魚を食べたらかなりの量になるのでは。

 そんなに食えるんだろうか?

「秋川が釣った魚が一番でかいじゃんか」

「佐々木は惜しかったねえ」

「まあ、釣れたとしても食うつもりはなかったけどな」

「そうなのー?」

「だって秋川、何万するか分からないんだぜ?料亭行きでいいじゃんか」

「そうだねー、プロになったら佐々木におごってもらえるもんねー」

 佐々木が言葉に詰まる。

 食べてみたいなあ、クエ。

「倉持も食べてみたいよねー?」

「佐々木がおごってくれるにゃら」

「普通にみんなで金出しあって食おうぜ……」

 えー、おごりじゃないの。

 クエ鍋っていくらするんだろう。

「さて、帰って魚ば捌こうか。みんなも手伝うんだとぞ?」

「「「「え」」」」

 魚を捌く……?

「包丁とかほとんど使ったことないんですが……」

「お、俺も同じく」

「僕もにゃい……」

「普段たまごしか食べない……」

 論外がいた。

「教えながらやるから大丈夫」

 大丈夫な気がしないんですが……。

「じゃ、じゃあ捌きやすいやつで」

「じゃあ佐倉くんはフグだな」

「死人が出ますがよろしいか」

 間違いなく死人が出るけど。

「秋川くんは自分で釣ったカツオにすっか?」

「あ、じゃあそれで」

「カツオが暴れて包丁が飛んで秋川に刺さるところまで想像できた」

「それじゃ秋川が死ぬじゃにゃいか」


「さて、じゃあ魚ば捌いていこうねえ」

「よろしくお願いします!」

 魚を捌くどころか包丁を持つのも久しぶりだけど大丈夫だろうか。

「倉持、料理はしねえって言ってたけどよ、魚は捌けるのかよ?」

「さっきも言った通り、僕も普段はやらにゃいにゃ……まあ、母さんがさかにゃを捌いているのはよく見ているが」

「そういえば倉持のお母さんも倉持と同じ猫人だったよねー」

「うちは父さんも猫人だぞ」

 倉持の父さんは見たことなかったけど、倉持家は猫人家族だったんだな。

「秋川家はかなり特殊だよな」

「俺の父さんは亜人ですらないからねえ」

 秋川の父さんは本物の動物、コーンスネークだ。

 秋川が変温動物に属するのも、味覚がほとんどないのも、ヘビの血が強いからなのかもしれない。

 ちなみに佐々木の父さんは人間だったりする。

「まあでん包丁ばほとんど握ったことのない子たちに魚ば捌かせるとは怖いねえ。ちょっと手分けしてもらおうかね」

「手分け?」

「えーと、佐倉くんと倉持くんは魚ば捌く手伝い、佐々木くんと秋川くんは捌いて余った部分ば捨とる係で」

 見た目で器用そうな人とそうでない人を分けたんだろうか。

 佐々木の方が俺より器用だけど。

「分かりました!」

 佐々木が嬉しそうに言う。

 おのれ佐々木め、魚を捌かなくていいと知ってテンション上がりやがって。

「倉持くんは捌いてみたい魚はおるねい?」

「えっ、じゃあ……サバで!」

「サバね。今から捌くから、よく見とるとぞ」

 慣れた手つきで、時江さんが魚を捌いていく。

 まず頭を落として、腹を肛門まで切り開く。

 すげえ、内臓ってあんなに一気に出てくるものなんだ。

 水で流し、汚れと血合いを綺麗にする。

「ここから捌いていくけんね」

 まずは腹と背に切り込みを入れる。

 尾の部分に包丁を貫通させ、サバを返して尾を持ち骨に沿って包丁を滑らせる。

「こん状態が二枚おろしばい。逆側も同じごと切って三枚おろしにする。佐倉くんも倉持くんも、ここまでやるとぞ」

「わ、分かりました!」

「やります!」

 これ、俺たちにできるかな……?


「こんにゃ感じでいいですか!」

 はやっ!?

 倉持がもう終わったらしく、時江さんに捌いたサバを見せている。

「おー、初めてでこいなら上手だね」

「ありがとうございます!もっと練習してもいいですか?」

「ああ、どんどん捌いてよかけんね」

 倉持が次のサバを捌き始める。

 ちょ、俺そんなにうまくいってないんだけど……。

「ちょっと待って倉持、次に移る前に俺の方教えて」

「ん、にゃんだ佐倉、苦戦してるのか?」

「ここ、こうだよな?」

「そうじゃにゃい、尾っぽの部分に包丁が貫通したら、サバを返さないとおろせにゃいぞ?」

 あ、そうかサバを返すのか!

 忘れてた!

「逆側もおにゃじことをすれば三枚おろしの完成だ。できるだろ?」

「できそう!」

 そうだそうだ、返すのを忘れていた。

「時江さん、これでいいですか!」

「佐倉くんもできたとね。ああ上手だ、ほら、まぁだまぁだ魚はあっけんね」

「はい!」

 よし!俺にもできた!

「今から太刀魚ば捌くから、ちょっと見とってね。埼玉じゃ太刀魚ば捌くなんてことはせんば思うばってんね」

 確かに太刀魚を捌くのはやらなそうだな……。

 一応、覚えておいて損はないだろう。

「こいも頭ば落として三枚おろしにすっよ。刺身で食べたかけんね」

 太刀魚ってちょっと薄いから三枚おろしって難しそうだな。

「2匹いたら塩焼きにして食べてもよかとばってんね」

 そういいながら、時江さんが一気に2枚に下ろした。

 手際よすぎませんかね。

「俺あんなに包丁をうまく使える嫁さんがいいわ」

 佐々木がぼそっと言葉を漏らした。

 たぶんここまで包丁を使うのがうまいの、今はあまりいないと思うぞ。

 時江さんって昔どっかで働いていたんだろうか。

「中骨は味付けして骨せんべいにすっよ。酒がよく進むんだと」

「細波さんと時江さんが食べるやつじゃないですかー」

「ババアにはもう魚の骨なんて食べられんね」

 あ、そうか、のどに刺さったりしたら大変だもんな……。

「太刀魚ば刺身にすっときは、皮に切れ目ば入れておくとよかよ」

「入れないとどうなるんですか?」

「口当たりが悪くなっちゃうね」

 太刀魚の刺身か。

 前も食べたけど、これは本当に獲れたての太刀魚だからな。

 楽しみだな。


「結局半分以上時江さんがやったよな」

「あの早さにはかにゃわにゃい。仕方にゃいよ」

「にゃいにゃいにゃんだって?」

「バカにしにゃいでほしいんだが!」

 そっかー、かにゃわにゃいもんにゃー、仕方にゃいよにゃー。

 猫人も苦労してるんだな。

「夕飯の用意はババアと夜永でしておくから、みんなは部屋でゆっくりしとるとよかよ。慣れん漁は疲れたやろう」

「ありがとうございます!」

「わ、お母さん、今日はすごう豪勢になるね」

 夜永さんが俺たちと入れ替わりで台所に入った。

「ああ、今日はパーッとしたかね」

 夜永さんと時江さんがニコニコしながら夕飯の準備をしている。

 嫁姑で仲が良いっていうのはいいですね。

「いやー、帰ってきたらどっと疲れが来たな」

「お風呂入りたいなー」

 佐々木と秋川が敷いてあるふとんにダイブした。

 細波さんは俺たちを置いてどっかに行ったみたいだけど、港かな。

「倉持的には今回の修学旅行が今までで最高のやつなんじゃないか?」

「ああ、今回は今までの修学旅行で間違いなく最高……!」

「今の時点で最高なら夕飯はもう食わなくてもいいな」

「そ、そんにゃのあんまりだ……!」

 倉持が涙目で佐々木に食らいつく。

「ガチじゃねえか」

「ふっふっふ、普段と違う反応をしてみるのも面白いもんだにゃ」

「なんだ演技かよ」

「当たり前だろ。今から夕飯が楽しみで仕方にゃいんだ」

 倉持が変な顔で布団にダイブした。

 あれだ、多々良がマグロを食べる前みたいな顔してた。

「しばらく部屋で休んで、細波さんが帰ってきたら風呂って感じかね?」

「そうじゃね?また温泉に入れるな!」

 2日連続温泉とか旅行かよ。

 旅行だよ。

「にしても早起きしてずっと漁してたからめっちゃ眠いな」

「佐々木、案外疲れてたり?」

「まあ、あんなもん引っ張ったら疲れるだろ……獲れなかったしよ」

 クエか……あれは残念だった。

「てか、それなら大物釣りあげた秋川はどうなんだよ」

「んー、俺も割と疲れたかもなー」

 秋川がうつぶせになったまま言う。

 お前らそのまま寝る気だろ。

 いやいいんだけどさ。

「……ぐー」

 真っ先に寝たのは倉持だった。

「かー……」

「……んー」

 そんで佐々木と秋川も寝てしまった。

 ……え、どうしよう、俺も疲れてるはずなのに寝れないんだけど。

 この時間だと多々良に電話をかけても出れないだろうし。

 えー、またこんな……。


 コンコン。


「ん?」

 窓の外から何かが聞こえたような気がした。

 佐々木たちが寝てるからカーテンを閉めたが、窓の外に人影が写っているのが分かる。

 ……っていやいや、ここ2階なんですけど。

 でも人影がはっきり写ってるんだよなあ。

 鳥人なら分からなくもないんだけど、その人影には明らかに翼がない。

 コンコン!

 やっぱり窓の外の誰かが叩いているらしい。

 誰だか分からないけど……よし!

「……あぁん!?」

「えっへへ、幸くん、来ちゃった」

 窓の外に立っていたのは、絶世の美少女……いや、ツクヨミだった。

「何でここに!?」

「ほら、私は神さまだから。念じればどこにだって行けるんだよ」

 神さますげえ……。

「というか、俺の友達が寝てるから静かに頼むぜ」

「そ、そうだね!ごめんね」

 ツクヨミが口を押える。

「というかなんでまた会いに来たんだ?」

「会いたくなったって理由じゃ……ダメかな?」

 すごくかわいいことを言ってくれるツクヨミ。

 だけどあなた私の彼女とかじゃないですよね。

 やめてくださいよ、そういうの。

 俺だって男の子ですよ、勘違いしちゃうじゃないですか。

「ウズメも寂しそうにしてるよ。『幸さんが帰ってきた時のために、もっとお料理を上手にしておきます!』って言ってた」

「別にそんなことしなくてもいいんだけどな……あいつまた問題とか起こしてないか?」

「幸くんのお父さんとお母さんと一緒に静かにしてるよ。確かに普段から言動がぶっ飛んでるけど、幸くんも多々良ちゃんもいなくて面白くないみたい」

 ツクヨミも認めるウズメのぶっ飛び加減。

 というかこんな子の口からぶっ飛んでるという言葉が出るとは思ってなかった。

「あいつ、長生きしてるんだから俺らの他に友達くらいいるだろうよ……」

「昨日はアマテラス姉さんに会いに天界に来てたよ」

「なんだ、あいつ天界に戻れるのか」

「うん、足が動くようになった時点で天界に帰ってこれるんだけどね」

「え、天界って徒歩で行けるの?」

 それなら俺も行ってみたい。

「あ、違うよ。でも、天界にもゲートみたいなのがあって、移動できる場所はいつも決まってるからゲートからは徒歩で行かないといけないんだ」

「天界も案外面倒なんだな」

「あっはは……」

 ツクヨミも苦笑いする。

「でもツクヨミはそういうわけじゃないだろ?」

「え?」

「空飛んでるっぽいし、歩かなくてもよさそうだなって」

「あ、うん!私は空を飛べるから天界でも歩かなくていいんだ!」

 便利な力だなー、俺も空飛んでみたい。

「にしてもツクヨミがいきなり会いに来るとは思わなかったな」

「うん、なんかね、幸くんが旅行に行っちゃって、しばらく会えないんだなーって思ったら寂しくなっちゃって」

「寂しがり屋な女神さまだなあ」

「そうだよ、普段は夜の世界を守るだけで、こんなに仲良くしてくれる人なんていなかったんだもん」

「他の神さまとか、仲良い人はいないのか?」

「私はその、アマテラス姉さんとウズメ以外には普段話す神さまもいなくて……弟くらいかな?」

 ツクヨミって友達が少ないタイプの子だったのか。

 なんかもったいねえな。

 こんなに可愛いのにな。

「まあそんなわけで、会いたかったんだ」

 そういって、ツクヨミが近づいてくる。

「んっ!」

 近づきすぎて、俺の頬にツクヨミの唇が……って、えっ!?

「つ、ツクヨミさん!?いったい何を!?」

「し、親しい間柄の人はこうするってウズメが!」

 あいつツクヨミに余計な事吹き込みやがったな!

「そ、そういう時の親しい間柄っていうのは、友達とかそういうんじゃなく、もっと親密な関係のことであって!」

「え、そ、そうなの!?わわ、私なんて恥ずかしいことを!?」

 あわてるツクヨミ。

 その様子を見て、俺もあわててしまう。

「ん、なんだ……?」

 音に気付いたのか、寝ている佐々木が反応した。

 ま、まずい!

「つ、ツクヨミ逃げて!」

「わ、分かった!」

「また、帰ってからな!」

「うん、帰ったらまた、いっぱいお話聞かせてね!」

 ものすごい速度で飛び去っていくツクヨミ。

 ……すげえ、本当に翼もなしに飛んでますね。


 結局佐々木はまたすぐに寝てしまった。

 俺の右頬に、ツクヨミの唇の感触がまだ残っている。

 ま、まさかツクヨミにキスされるとは思ってなかった。

 以前姫川にもキスされたけども……もしかしてあれか。

 俺、モテ期ってやつが来ちゃいましたか。

 とはいっても、一番モテたい相手にモテなきゃ意味がない。

 にしても、ツクヨミ……俺に会いたかったって。

 いや、もうほんとそういうのやめて、俺勘違いしちゃうって。

 女子からちやほやされことは何度もあるけど、実際は女の子と話すことすら慣れていない。

 だから、2人きりで姫川に会ったり、さっきみたいなことをされると、どうも勘違いしそうになる。

 きっとこれは本当に俺の勘違いで、姫川もツクヨミもそういうことを思ってはいないはず。

 だから、こういう自惚れはしないようにしないと。

 勘違いして俺が好きにでもなろうもんなら、それこそ悲惨だ。

 ピロン♪

 ラインが来た。

「お、多々良からか」

 どうやら送られてきたのは写真らしい。

「どんな写真かな……?わ、ミカンとマスカットか」

『収穫してたくさん獲れたよ!』

 マスカット、美味そうだなあ。

『ユキちゃんの方は何かないの?』

 何か、か……。

 どうせなら捌いた魚を撮影すればよかったかもしれない。

 そうすれば多々良に写真を送ることができたのに。

 夕飯の時に撮れるかな?

『こっちは魚をたくさん釣ったよ。今家の人が料理作ってるから、できたら写真を送るよ』

『いっぱい釣れたんだ!いいねー!写真だけでもご飯が進んじゃうねー!』

『ちゃんとおかずも食べなさい』

『写真だけで最高のおかずなのさ(キリッ)』

『物理的に食べようねー』

 今日は本当にたくさん釣れたし、多々良にも食べさせてやりたかったなあ。

 また多々良と一緒に築地に行くか。


「すっげー!」

 夕飯の時間になって、俺たちは風呂から帰ってきた。

 昨日は温泉と言いながらも扱いとしては銭湯のようなところだったけど、今日は本物の温泉だった。

 いやー、岩の間から湯気が噴き出してるとかすげえ。

 細波さんの家に帰ってきてみると、俺たちが釣った魚で作った豪華な夕食が並んでいた。

「こ、これ俺たちが釣った魚だよな!?」

 佐々木が興奮している。

「こ、こんにゃに魚がいっぱい……!」

 倉持は興奮というより感動している。

「おおー……」

 秋川は驚いている。

「写真撮ろうぜ!」

「うちが写真ば撮るよ」

「お願いします!」

 申し出てくれた夜永さんにケータイを託し、俺たちでテーブルを囲む。

「細波さんも入ってください!」

「オイも入るの?」

「はい、細波さんのおかげでこんな素敵な体験ができましたから!」

「じゃあ、お母さんも入って!夕食ば作ったとはお母さんだとけんね!」

「はいよ」

 6人でテーブルを囲み、写真を撮る。

 ついでに、学校から支給されたカメラでも写真を撮る。

「佐倉くん、よか思い出になったね!」

「夜永さん、ありがとうございます!」

「今日はうちの娘と旦那も来るとぞ」

「そうなんですか!」

「キミたちには言っとらんやったばってん、今日は娘の誕生日なんばい」

 それは聞いてなかった!

 ガラガラッ。

「お、噂をすれば帰ってきたな」

「お父さん来たよー、わ、何今日の夕食すごか!」

 大きな居間に、若い女の人が入ってきた。

 そして一緒に、ちょっとチャラそうな男の人が入ってきた。

「え、今日すげえっすね!」

 あれ、この人は訛ってない?

「紹介すっよ、うちの娘の璃子りこだよ」

「お父さん、こん人たちんは?」

「こっちは埼玉から来た高校生たちだよ。民泊でうちに泊まりに来とるとぞ」

「そうなんばい!どうも、娘の璃子ばい。よろしゅね!」

 璃子さんがお辞儀をする。

 若い人だ、いくつくらいなんだろう。

「そんでんってこっちが璃子の旦那の将人まさとだよ」

「あ、立石たていし将人です。埼玉出身っす」

 埼玉!?

「埼玉なんですか!?」

「ええ、璃子と結婚するためにここまで来ちゃったんすよ」

 おう、結婚するために上京ではなくこっちまでくるとは。

「今は漁師になるためにまもるさんにいろいろ教えてもらいながらやってるっす」

 漁師の勉強中なのか。

「この魚はどうしたんすか?」

「あ、俺たちが釣りました!」

「へえ、いいっすねー!」

「ささ、みんな座って座って」

 大きなテーブルを囲んで、みんなで座る。

 俺の隣に将人さんが座った。

「なんかカツオが……誰が釣ったんすか?」

「それは俺の隣のこいつが釣りました」

「俺がカツオを釣っちゃいました!」

「すんげえパワーっすね!」

 将人さんが秋川をほめる。

 確かにいいパワーだよな……。

「じゃあみんなで食ぶうか。佐倉くん、今日はキミが乾杯の音頭ば取ってくれ」

「俺ですか!?」

「ああ、班長だけんね」

「やっちゃえよ佐倉」

「できにゃいことはにゃいだろ」

「佐倉頑張れー」

 え、これもう完全に俺がやる雰囲気じゃないですか。

 まじっすか……。

 コップを持って、ええと、立った方がいいのかな。

「さ、佐倉です。まことに僭越ですが、ご指名をいただきましたので乾杯の音頭を取らせていただきます」

「そいって結婚式の乾杯の音頭じゃ……?」

 璃子さんにツッコまれた。

「佐倉くんがんばってるんだから、突っ込んじゃだめだよ」 

 将人さん、あんたいい人だね。

 チャラそうとか思ってごめんなさい。

「まずは細波さん、時江さん、夜永さん、このような素敵な場を用意していただいて本当にありがとうございます。そして璃子さん、誕生日、おめでとうございます」

「佐倉が噛まずに言ってるぞ」

「顔も固いから失敗できにゃいって思ってるんだにゃ」

「佐倉おもしろーい」

 外野本当にうるさい。

「えー、将人さん、璃子さん、二人仲良く、健康で明るい家庭を築いて、末永くお幸せに」

「これ結婚式のはなむけの言葉じゃないっすかね」

 将人さんにまでツッコまれてしまった。

 細波さんと時江さんは爆笑している。

 夜永さんは下を向いて肩を震わせている。

 ええい、ここまで来たんだ、俺はこれで押し通すぞ!

「えー、本日は、誠におめでとうございます。ご清聴ありがとうございました。そ、それではみなさァま!」

 声裏返った!!

「プッ……!ふっ……」

 ついに夜永さんが噴き出した。

「か、乾杯の音頭を取らせていただきますので、ご唱和お願いします。将人さんと璃子さんの末永いお幸せとご健康を祈念し、乾杯!!」

 爆笑が渦巻く中、乾杯が終わった。

 ディロリン♪

「……佐々木ィィィーーーー!!!」

 みんなで釣って食べた夕飯は、すごくおいしかった。


「―――最高だったな!」

 布団を敷き、電気を消して開口一番に佐々木がそういった。

「ああ、今日の夕飯はすげえ楽しかったよ。昨日出会ったばかりの人たちとこんなに楽しくご飯が食べられるなんてな」

「味が分からないなら食感を楽しめばいいんだなーって思ったよ」

「僕は太刀魚にはまりそうだ……」

 そういえば太刀魚は倉持が半分くらい食べていたような気がする。

 よっぽど気に入ったんだな。

「よし、じゃあこっからはお待ちかねの修学旅行トークってやつだな!」

 え、それまたやるの。

「こんな日くらいにしかできないよねー!割と聞きたい話とかあるし」

「僕はそんにゃことは……」

「まあ、その分は佐倉に話してもらうからいいけどな」

「なんで俺なんだよ!?」

 どうせ多々良のことを聞かれるんだろ!

「じゃあ好きな人とかじゃなくてさー……ねえ、佐々木?」

「お、そうだな!そういう話もたまにはありだな!」

 あ、なんだか嫌な予感がする。

 どうせあれだろ、女の子がいたら「オトコってバカねー」って言われるタイプの話だろ。

「……なあ、学校で「この人エロいなー」って思う人、いるか?」

 ほらやっぱりー!!

 いや別に興味がないわけじゃないけど!

 むしろ結構興味あるけど!

「まず言い出しっぺの佐々木から言おうよー」

「な、吹っかけてきたのは秋川だろー!?」

「えー、仕方ないなあ……マルちゃんってたまにエロいよねー」

「なっ!?」

 一瞬、秋川の目が光った気がした。

 動物の性質上、猫人である倉持やヘビの血が入っている秋川の目は夜に光っていることがあるが、そういうもんじゃなく……。

「なに、お前多々良のことそういう目で見てるの?」

「いやー、普段はそうじゃないんだけどね?マルちゃんって元気がいいじゃん?」

「そ、そうだな」

「動揺してるなー、佐倉」

 うっさい佐々木。

「それにほら、けっこう無防備なところあるじゃん?」

「確かにな」

「エロいなーって」

「よおしもう多々良のこと一人にしねえ」

「手を出すとかそういうのは考えてないよー」

 今の言葉でだいぶ心配になった。

 倉持もうなずいてるし!!

「まあ確かに多々良は昔からかなり無防備だよな。佐倉の家での多々良とかどうなんだよ?」

「家での多々良か……」

 んー…………。

「……あんまり気にしたことないな」

「まじで?」

「ああ……いつもの光景って感じで、当たり前すぎてな」

「逆にすげえよそれ」

 俺のベッドで寝転がってマンガを読んでいることもあるし、俺の後ろからパソコンの画面を見てることもあるし、一緒にお話ししていることもある。

 ……んー。

「気になることと言ったら、たまに俺のベッドで寝転がってる時にスカートがめくれてる時くらいかな」

 普段はガードが硬いわりに、多々良はそういうところがある。

 たぶんこういうのを秋川や倉持はエロいって思ってるんだろう。

「そしてマルちゃんのパンツに発情した佐倉は寝転がるマルちゃんの上から覆いかぶさり自らの欲望を……」

「しねえから!!」

「てか、実際佐倉って多々良のことそういう目で見てるのか?」

「え、普通に見てるけど」

「そ、そうだったのか」

 俺の言葉が予想外なのか、佐々木がちょっと驚く。

「だってほら、負ぶってる時とか背中に胸が当たったり、手つないでる時は柔らかい手だなーって思ったり……あと、あの金色の目で見つめられるとちょっとドキッとしたり、あの灰色の髪に顔をうずめてみたいなーって思ったり」

「佐倉って案外変態だよな」

「だ、男子高校生なんだし普通だよな!?」

「とりあえず佐倉にも性欲があるんだなーって思ったよ」

「そ、そりゃ俺だってあるさ」

「佐倉……花丸はにゃまるさんに手を出すのも時間の問題だにゃ」

「なるべく抑えてるんだよ」


 Side 綺月

「姫川さんって、好きな人とかいないの?」

 電気も消して、そろそろ寝ようかと思っていたら、隣の子に急に話しかけられた。

 名前は確か……島名しまなさんだっけ。

 特徴的なウサギの耳が揺れている。

 普段周りのこととか見ないけど、この人兎人だったんだ。

 ……別に仲良くもないんだからうちのことも混ぜなくてもいいのに。

 どうせ、この修学旅行が終わったら話さなくなるんだし。

「私も知りたい!」

「私もー!」

 そんなに人の好きな人を聞いて楽しいか。

 本当に、女子ってこういう雰囲気作りたがるよね。

 質問攻めにして好きな人聞き出したり、誰か男子と出かければすぐに噂になるし。

 本当、めんどくさいなあ……。

 ……でも、好きな人か。

「姫川さんみたいなかっこいい人ってどんな人が好みなのかなあって気になってさ!」

「かっこいい……?」

「そうそう!姫川さんってかっこいいよね!」

「分かるー!スポーツとか得意だし、この前の持久飛行も1位だったし!」

「身長高いし顔立ちも綺麗で、王子さまって感じ!」

 ……かっこいいか。

 そう言われると、悪い気はしない。

 可愛いって言われるのは好きじゃないけど……そうか、かっこいいか。

 少なくとも、この人たちは私に好意的らしい。

「好き……かどうかは分からないけど、気になる人は、いる」

「いるんだー!姫川さん、誰のことが気になってるのー!?」

「必見!王子さまの素顔に迫る!」

 何かの棒をマイクに見立ててうちに向けてくる。

 こういうノリはなんとなく苦手かも。

「となりのクラスの……」

「私分かっちゃったかも!!」

 言おうとしたところで、言葉を遮られた。

 なんだってんだ。

「姫川さん、私、当てちゃってもいいかな!」

「い、いいけど」

 島名さんの、ウサギの耳がピンピンしている。

 ウサギって興奮するとこんな感じになるのかな。

「実はねー、文化祭の時に見ちゃったんだよねー!」

「……えっ」

「その反応!当たりだね!?」

「う、うん」

「そうなんだねー!姫川さん、佐倉くんのことが気になってるんだー!」

「え、佐倉くんって、あの佐倉くんだよね!?」

「文化祭の時にミスター雛谷に選ばれてた佐倉くんだよね!?」

 そうそう、その佐倉だよ。

 実は最近、結構気になっている。

 これが好きなのかどうかは分からないけど……佐倉と、もっと仲良くしたい。

「佐倉くんと姫川さんってどういう関係なの?」

「……幼なじみ、かな」

「きゃー!そうだったんだー!幼なじみの恋愛ってなんかいいよね……!」

 島名さんのテンションが最高潮だ。

 夜中だしそんなにテンションを上げないでほしいんだけど……。

「でもあれだね、佐倉くんと姫川さんだとカップルっていうよりイケメン二人組になっちゃうね」

「……やっぱりうち、女の子らしくないよね」

「いやいや、それは悪いことじゃないよ!ボーイッシュな女の子だって男をドキッとさせちゃう方法はいくらでもあるんだから!」

 佐倉を……ドキッと。

 でも、佐倉には多々良がいる……。

 うちが勝手なことをしちゃっても、いいんだろうか。

「にしても、姫川さんと初めてちゃんと喋れたよー!」

「……うちと、話がしたかったの?」

「そうそう!普段学校とかだと姫川さんって周りを寄せ付けない雰囲気あるし、それにいつの間にかいないこともあるから……どう話しかけていいか、分からなくて」

「私たち、姫川さんとちゃんとお話ししてみたいなーって思ってたんだよね!」

「同じ班になったとき、これはチャンスって思ったよね!」

 ……うち、クラスの人たちから避けられてるわけじゃなかったのか。

 じゃあこれって……うちの勝手な勘違い?

 うわー、みんなに普通に話しかけておけばよかった……!

 ……とはいえ。

「ごめん、うち、人と話すのがあまり得意じゃなくて」

「大丈夫大丈夫!今はちゃんと喋れてるよ!」

 ……確かに。

「にしても、姫川さんが佐倉くんをねぇ~……これは応援するしかないね!」

「え……べ、別にいいよそういうのは」

「いいのいいの!私らが勝手に応援したいだけだから!」

「あ、ありがとう……?」

 少しだけ、打ち解けられた……かな?

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