第23話 早起きしました

 ピピピピ!ピピピピ!

「う、う~ん……」

「佐倉、時間だぜ」

「今何時だよ……?」

 もうすでに起きていた佐々木が起こしてくれた。

「今は2時半だな。よく寝れたか?」

「まあね……もうちょっと寝てたいけど」

「一応言っておくと、一番起きるの遅いの佐倉だからな?」

「……え?」

「秋川と倉持はもう用意終えてるぜ」

 早すぎんだろ。

 てか、秋川までそんな……結構楽しみにしてたのか?

「というわけで、佐倉もさっさと準備しちゃった方がいいぞ?」

「ああ、着替えるわ……」

「佐倉って寝起き弱いよな」

「ああ、多々良に起こされることも多いからなー……」

「はいはい、そういう話はいいからよ」

 佐々木に言われてしまったので、着替える。

 ちなみに、漁をするとき用の長靴は持参だ。

「佐倉、何か食いたい魚とかあるのか?」

「うーん、鯛とか、獲れたらいいよな……」

「倉持が喜びそうだな」

「まあ、大半倉持が食べるでしょ……」

「おーい、顔がまだ寝てんぞ」

「俺、漁師は目指せないな……」

「埼玉に住んでてほとんど海の経験がない俺たちにはもともと無理な話だろ」

 それもそうかもしれない……。

「佐々木は食べたい魚とかあるのか?」

「食えるならフグでも食ってみたいなあ」

「さすがに無理だろ……」

 あれは特別なフグの調理師免許がないとさばけないはず。

 多分、ちょっとお高めのお店に行くしかない……と思う。

「準備できたか?」

「うん、オッケー」

「よし、じゃあ行こうか」

 階段を下りて、一階に向かう。

「遅い!」

 玄関ですでに待機していた倉持に怒られてしまった。

「いや、倉持が早すぎると思うんだけど……」

「僕は楽しみにしていたからにゃ!佐倉は楽しみじゃにゃいのか?」

「楽しみではあったんだけど……ほら、俺寝起き弱いし?」

「じゃあもうちょっと早く起きていればよかったじゃにゃいか」

「睡眠時間が足りなさ過ぎて死んじゃう」

「佐倉、人はそう簡単に死ぬもんじゃにゃいぞ」

 いやまあごもっともなんですけどもね。

「秋川もこんなに行動が早いなんて珍しいな」

「うーん、自覚はないんだけど、俺も結構楽しみにしてたみたい」

「変なやつ」

「なんだとー」

 秋川が覆いかぶさってくる。

 189㎝の巨体でそういうことをするのはやめていただきたい。

 172㎝の俺でもさすがにこいつは大きい。

「はっはっは、楽しそうばい。そいじゃ行こうか」

 細波さんが家の引き戸を開けた。

 完全装備だ。

「結構大変だばってん、男子の力、期待しとるよ」

「た、大変なんですね……」

「仕事だけん大変かとはしょんなかね。夕飯美味しいもんぶうな」

 夕飯を原動力に頑張れってことですね。

「頑張ります!!!」

 倉持がひときわ大きな声で返事をした。

 一応、まだ午前3時だってことを忘れないでもらいたい。


「おおすげえ、夜中の港だ……」

「み、みにゃと……ここでさかにゃが……」

「ほらほら倉持おさえておさえて」

「むっ!」

 倉持の口が秋川によってふさがれる。

「夜の港ってなんか怖くね?」

 佐々木が海を見てビビっている。

「そうか?」

「ああ、おぼれたら死ぬなーって思うわ」

「そん時は定置網にでも入ってれば助かるぞ」

「引き上げるまでにあと何時間あるんだよ……」

「はっはっは、まあおぼれても助くっけん安心しな」

 細波さんが笑いながらそういう。

 まあそりゃそうだよな。

 港だから船も多いし、船にはロープも積んであるし。

「俺は海におぼれちゃったら危ないな~」

「え、秋川って犬だろ?泳げないの?」

「泳げることには泳げるんだけど、海が冷たいと動けなくなっちゃうからね~」

 あ、そうか、こいつ変温動物だった。

 そう考えると、秋川ってすごく珍しい身体だよな……変温動物で犬って。

 しかも亜人とはいえ人間だし。

「なるべく海に落ちないようにしないと」

「むー」

 倉持がなにかむーむー言っている。

 いい加減離してやれよ。

「このままの方が面白そうだし、もうちょっと我慢してね?」

「むー!!」

 倉持が怒る。

 しかし秋川のような大男に抑えられては、小さい倉持ではどうすることもできない。

「さ、船に乗るよ。仲間も何人か乗るから、みんなで仕事すっけんね」

「はい!」

 細波さんの船に乗り込む。

「佐倉、眠いか?」

「いや、なんかここまで来たら眠気覚めたなあ」

「お、そうか」

 船に、大人たちが乗り込んでくる。

 細波さんの仲間たちだろうか。

 みんな、強そうだ。

「なあ、俺役に立たないんじゃね?」

「そんなこと言ったら倉持が一番役に立たないだろうから安心しろよ」

「にゃんだと!」

 ようやく離してもらえたらしい倉持が佐々木につっかかる。

「まあ、網を引くんならみんな参加するだろうし、役に立たねえってこともねえだろうよ」

 そういうもんかな。

「出港すっぞー!」

 細波さんが大きな声を出す。

 あ、船の操縦も細波さんがするんですね。

 船が動き始めた。

 海は少し波があり、船が揺れる。

「波がありますけど、これが時化しけってやつですか?」

 近くの船員に聞いてみる。

「何言っよっと、こがんもん時化のうちに入らねえよ」

「そうなんですね」

「時化た時はまっとひでえぞ?お前さんたちみたいな海の経験がないやつらはみんな船酔いしちまうよ」

 みんなか……。

「そういえばみんな大丈夫そうだな」

「まあ普通に平気だな」

「僕も大丈夫だぞ」

「俺も平気かなー」

 誰かしら船酔いするのがお約束だと思ってたけど……。

「まあ、今日はそこまで揺れてんごとてよかったじゃねえか。楽に漁の手伝いがでくっぞ?」

 楽、とは言ってるけど多分全く楽じゃないんだろうな。

 だってね、魚って結構重いんだよ。

 網の中ってたくさんの魚がいるんだよね?

 絶対重いじゃん。

「撮った魚はどうするんですか?」

「そりゃおめー、選別してセリに出すとぞ。魚は鮮度が命だけん、早めに売らんとばい?」

 売るのか、そりゃそうか。

 選別かあ、俺にもできるかな?

「いっぺん売りに出せば買い手はすぐに決まるからな、稼ぐためにもなるべくよかとが掛かってほしかもんだとな」

 よかと、って多分いいもの、とかそういう感じだよな。

「いいものって何があるんですか?」

「こん時期て戻りガツオにサバに……ああ、あとはでっけぇ鯛とか獲れたら、よか感じで売れるんやろうな」

「ほうほう」

「さば!」

 倉持が反応した。

「好きなのか?」

「ああ、さんまの次に好きにゃ魚だぞ」

「今の時期ならサンマよりまっとうまか魚もいるぞ?」

「にゃんだって!」

「カマスって魚がちょうど旬でな、よか感じに脂が乗っとっとよ。他の魚と一緒に網にかかっと思うぞ?」

「い、いただくことは……」

「そこは護に聞いてくれよ」

 冷静にツッコまれた。

「よーし、網起こしすっぞー!」

 船が止まる。

 ここで網を上げるみたいだ。

「ほれ都会人!網上げるからお前たちも手伝ってくれ!」

 船員さんが大きな声を上げる。

「「「「はい!」」」」

 埼玉って都会じゃないと思うんだよな……。

 まずクレーンで網を引き揚げる。

「もうちょっと待ってれば漁がでくっ状態になるとばい。そしたら網ば持っておいてくれ」

「持って支えていればいいということですか?」

「ああ、そがんことだ」

 クレーンがどんどん上がっていく。

 船員たちがタモを用意する。

「佐倉、魚、魚が……!」

「おう、分かったから落ち着け倉持」

「にゃーっ!!」

「秋川ー!倉持が暴走してるんだけどー!」

「ほいほーい、はーい倉持、ちょっと大人しくしようねえ」

「むーっ!!」

 秋川が倉持の口を押える。

 動けなくなる倉持。

「佐々木、魚が上がってくるぞ」

「おう、こんなの初めてだな。俺すげえ楽しみだ」

「ああ、俺も結構楽しみだ」

 網がどんどん引き上げていく。

 海面に、何か大きな塊が見え始めた。

「来たぞー!」

「さ、網ば持って支えててくれ!」

 指示された通り、網を持って支える。

 魚が海面に出てきた。

「魚だー!!!」

 魚たちは捕まらないように必死に動き回る。

 びちびち動くせいで、海水が飛んでくる。

「おらっ、獲るぞー!!」

 細波さんがタモを動かし、網に魚を入れる。

「カマスが多かぞー!」

 タモには、小ぶりな魚が大量に入っている。

 すげえ、本当に漁だ!

「おめえら気ばつけろ!汚れるぞー!」

 船員が声を上げる。

 汚れる?

 いったい何のことだ……あっ。

「わーっ!!」

 辺りに黒い液体がまき散らされる。

 イカスミだー!

 配られたジャケットってこういうことだったんだな!

 にしても、タモの扱いがすごい。

 どんどんイカやら魚やらが入っていく。

「鯛もいるぞぉぉぉぉ!!」

「「「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」

 鯛だってよ鯛!

 鯛以外にも、魚がどんどん獲れる。

「この魚は何ですか?」

「そりゃメジニャだ」

 船員に聞いたはずが、倉持が反応した。

 ああ、でも船員さんたちは魚を取るのに忙しいからなかなか答えることができないのか。

「うまいの?」

「刺身に塩焼きに煮つけ、にゃんでもアリだ」

「そうなのか」

「そりゃっ!」

 細波さんのタモの中に、かなり大きな鯛が入った。

「でかっ!!」

「わー、ありゃ高そうだにゃ~」

 確かに、あれは立派な鯛だ。

 祝い事に使えそう。

 めで鯛、ってね。

「お、倉持、あれ見てみろよ」

「さばだー!!!」

 倉持のテンションが一気に上がる。

 やっぱり好きなんだな。

「あれ、なんか珍しいのが入ってないか!?」

 網の中に見える、大きな細長い魚。

 銀色に光り輝くそれは……

「太刀魚だ!?」

 秋川が網の中を覗き込む。

「秋川、見るの初めてか?」

「うん、へー、太刀魚ってあんな感じなんだー!きれー!」

「とーう!」

 佐々木がタモをつっこみ、太刀魚を捕まえる。

「佐々木!?」

「へっへー!なんか託された!」

「まじか……」

 佐々木も漁に参加している。

 お、俺も参加したいが……まあ、俺の仕事をしていよう。

「佐倉、ジャケットがすごいことになってるね」

「秋川も人のこと言えないぞ」

「わ、本当だ」

 俺も秋川も、ジャケットがイカスミで汚れている。

 ベッタベタだ。

「よーし、港に戻るぞー!」

 網が完全に上げられ、港に戻る準備をする。

「漁はどうやった?都会じゃこがん経験もできんやろう?」

「はい!こんなの初めてです!すげえ迫力で……すげえと思いました!!」

「はっはっは、すげえしか言ってねえな」

 自分の語彙力の低さが憎い。

「てゆうか、こんまま午後釣りばすっ体力は残っとるか?」

 正直なところ、疲れた。

 疲れた、けども。

「残ってます!ぜひ釣りもやらせてください!」

 こんなところでへばってる場合じゃねえ!!

 俺は大丈夫だ!

「俺もやりたいっす!」

「僕もまだやれます!」

「俺もまだ釣りできますよー!」

 他の3人も、やる気は満々だ。

「ああ、元気だな。さすがは高校生だ!でん、先に港に行って選別の作業があっけんな」

 そういえばまだそれが残っていた。

「俺たちは選別作業で何をすればいいですか?」

「きみたちは同じ大きさの魚ばそろえてもらいたい。時間との勝負だけん、頼むぞ」

「分かりました!」

 選別とかそういう、ちまちました作業は苦手じゃないんだ。

 俺の力、見せたるぜ。

「こんかごに魚の種類や大きさ別に分けて入れてほしか」

「分かりました!」

「うん?佐倉くん、ずいぶん張り切っとるね」

「こういうのは、割と得意なんです」

 漁で獲れた魚たちが流れてくる。

 これはカマスか……ってカマス多いな。

 よし、これを大きさ別に分けていけばいいんだな。

 こっちは大きいやつで、こっちは普通くらいか。

 これは小さいな……うわでかっ。

 魚も個体によってこんだけ大きさが違うんだよなあ……そりゃ、人間の大きさもそれぞれになるわけだ。

「佐倉、すげえな……」

「ああ、めっちゃ早いにゃ……」

「もうこれ佐倉の天職か何かでしょ」

 え、この作業が天職とか嫌なんだけど。

「あ、佐倉の動きが遅くなったぞ」

「周りの言葉に左右されすぎだにゃ」

「もっと早くやっちゃいないよ佐倉~」

 ええいうるせえなお前ら!!

 そんなに言うんだったら俺の本気見せてやるよ!!

 次はイカかぁ!!

 大きい、普通、大きい、大きい、小さい、普通、普通、普通、小さい。

 ……大きい、大きい、小さい、大きい、普通、普通、大きい。

 大きいの多いな!?

「俺らも佐倉に負けないくらいがんばろうぜ」

「さすがにあの速さには勝てにゃいんじゃにゃいか?」

「俺も頑張ってみる~」

 佐々木たちが選別作業に本腰を入れる。

 最初からちゃんとやっていただきたい。

「え、佐倉早くない?」

「やっぱり全然勝てにゃいにゃ……」

「あいつどんな早さしてんだよ」

「ハッハッハ」

 お前たちには負けないぜ、なんたって早いからな。

 イケメンで選別作業早いとかお得じゃないですか?

 ……いや、ここ関係ねえな。

「おお、佐倉くん早かな。ここで働くか?」

「考えさせてください」

 まだここに来るって決まったわけじゃないですから。

「多々良をここに連れてきたら喜びそうだよな」

「やっぱり多々良も同じ班がよかったな……」

「佐倉、男4と女1の班にするつもりかよ?」

「それはいろいろ問題があるんじゃにゃいか……?」

 問題があるのは分かっていますとも。

 特に、夜寝る時が危ない。

 俺じゃなくて、主に倉持辺り。

 いや、疑って悪いんだけど。

 それでも、こんなに魚がたくさんあるところ、多々良に見せてやりたかったな。


「今日のセリは頼む。オイはこいから高校生と一緒に釣りに来るんだ」

「ああ、行ってらっしゃい。高校生、初めての漁はどうやった?」

 名前を覚えてないらしく、高校生とひとくくりにされる。

「とても楽しかったです!」

「タモ持たせてくれてありがとうございました!」

「ああ、きばって魚ば獲っとったじゃねえか。ここで働くか?」

 佐々木がまさかのスカウトをされる。

「まったく仕事が見つからなかったら来るかもしれないっす」

 それ多分来ないと同義だよね。

「こんにゃに魚に囲まれたのは初めてでした!ありがとうございました!」

「もうちょっと力ばつけらるっごと頑張れよ」

「が、頑張ります!」

 いつか倉持がパワー型になる日が来るかもしれない。

「珍しいものをいっぱい見せてもらいました!ありがとうございました!」

「なんか印象に残った魚はおるね?」

「太刀魚です!」

 そういえば太刀魚を見た時に秋川のテンションが高かった気がする。

 ヘビって光り物が好きなんだっけ?

 いやそんな話は聞いたことがない。

「秋川くんが興味津々やっとこさっし、多分あっちじゃ食ぶっ機会そんげんないやろうから、今日はオイがこいばうて行こうかね」

 そういって、太刀魚をクーラーボックスに入れる細波さん。

「細波さんが買うて来るっていうんじゃ仕方ねえ、今日はうまかもん食えよ」

「え、あ!ありがとうございます!」

 早速今日の夕飯が一品決まった。

「太刀魚が食べられるんだにゃ!?これは珍しい機会だ!」

 倉持のテンションが上がる。

「太刀魚って食ったことねえけど……美味いもんなのか?」

「釣ったそん日に食う太刀魚は美味いぞー!味わって食うんだとな!」

「まじっすか!楽しみっす!」

「じゃあほら、ボチボチ行こうか。みんな用意してくれ」

「はい!」

 細波さんについて行き、釣りの準備をする。

「あ、おい!そこん……人間!」

 人間って呼ぶくらいなら名前を憶えてほしいんですがね……。

「お前ん選別の腕、見事やったぞ」

 親指を立てて褒められた。

「あ……ありがとうございます!」


「まず餌ば買うて行こうか。ほら、車に乗って」

「餌ってどこに売ってるんですか?」

「近くの釣具屋で一緒に売っとるんたい」

 行ったことなかったから知らなかったけど、釣り餌って釣具屋に売ってるのか。

「倉持、疲れてないか?」

「ぜ、全然大丈夫だぞ!?にゃんで僕にゃんだ?」

「いや、一番体力ないの倉持だし……」

「釣りを疲れたという理由で休むわけがにゃいだろう?それこそ、タモを使っていた佐々木はどうにゃんだ?」

 微妙に疲れた表情の倉持が佐々木に話を振る。

 佐々木大丈夫そうだけど。

「まったく問題ねえな!」

 やっぱりね。

「というか、倉持やっぱりちょっと疲れてないー?そんな感じの顔してるけど」

「そんにゃ感じの顔ってにゃんだよ!今夜までは大丈夫だ!」

 明日以降ダメらしい。

 3日目は軍艦島を回ることになるから体力は残しておいて欲しいんだけど……。

「倉持の次に体力のない佐倉は大丈夫?」

「さらっとけなすのやめてね?俺はまだまだ大丈夫」

 釣りする体力も残ってるし。

 なんかいいのが釣れる気がする。

 戻りガツオでも鯛でもなんでも釣れる気がする。

 もしかして今の俺、絶好調!?

 ……いや、選別作業しか役に立ってなかったけど。

「ここでは何が釣れるんですか?」

「そうだなあ、サバやカンパチ、カツオにカワハギ、ヒラメも釣れるかもなあ」

 えんがわ食べたいんだけど。

 そしてカツオ……ぜひ釣りたいっすね。

「あとはイトやフグ、メジナも釣れるかな」

「イト……?」

「イトヨリダイのことだよ」

 その魚は聞いたことないっすね……鯛の仲間かな?

「スズキの仲間だよ」

 考えていることを読まれていた。

 スズキの仲間だったのか。

「あとは、釣るとは無理だばってんクエがかかっこともあるかもな」

 クエ!?

 あの高級魚の!?

「さて、来るぞー」

 そういえば、こっちは行くのことを来るって言うんだな。


「よーし、船に乗って。釣りに来るぞー」

 うん、なんとなく違和感。

 長崎にずっと住んでる人からしたら何も感じないんだろうけど。

「倉持、大きい魚がかかったら言えよ。俺が手伝ってやるからよ」

「すまにゃい、頼むぞ佐々木」

「任せろ!」

「佐々木にも魚がかかってたら俺が手伝うねー」

「あ、ありがとう!」

 普段いじられる役目の倉持だけど、なんだかんだ言ってみんな倉持に優しい。

 いいね、こんな関係。

「俺に魚がかかったら、佐倉も手伝ってねー」

「秋川は十分力強いだろ……」

「いやほら、クエとか来たら俺だけじゃ釣れないじゃん?」

「たぶんクエなんかかかったら俺たちで力を合わせたくらいじゃ逃げられると思うんだけど」

「佐倉は夢がないなー」

「いや俺でも釣れるんなら釣りたいけどね?」

 難しいと思うんですよね。

「クエなんか釣れたりしたら、食ぶっんじゃなくて売りに出したかなあ」

「ああ、クエって高級魚ですもんね」

「20㎏モノでん30万はすっからなあ」

 30万!?

「おいおい聞いたかみんな!?30万だってよ!?」

「佐倉の目が¥マークになってるぞ」

「金の亡者だね」

「ひどい目をしているにゃ」

 ひでえ言われようだ。

「まあ、そうそう釣れなかけん、期待はしすぎない方がよかぞー」

 そりゃそうですよね。

「出発すっぞー」

 船が煙を上げて動き出す。

「この船結構広かったんだな」

「確かに、大きい船だにゃ」

 さっきまでは船員たちがたくさん乗っていたので、そこまで広い感じはしなかった。

 人がいなくなるだけでだいぶ違うもんだなあ……。

「どこまで移動するんですかー?」

「まあ釣りでくっポイントまで20分くらい移動すっよ」

 沖の方か。

「佐々木、クエが釣れたらどうする?」

「食ってみたい気はするけど、さすがに細波さんに渡して売ってもらうかなあ」

「いつか食うことになるかもしれないけど絶対に高いよな……」

「俺がプロサッカー選手になったら食えるかもな」

「佐々木がプロになったらクエおごってくれるってよーっ!!」

「にゃんだと!?」

「そこまでは言ってねーよ!?」

 佐々木が慌てる。

 普段はコイツが周りをいじるから、たまには佐々木自身にも焦ってもらわないとな。

「ハッハッハ、さすがにクエばおごるとなるとすごうの金額ば覚悟せんばいけんな」

 なんたって高級魚ですもんね。

 よくテレビの企画とかで幻の高級魚、クエを捕獲せよみたいなのあるし。

 獲れたり獲れなかったりしてるけど。

「魚卵って獲れたりしないかなー」

「無理だろ」

「そしたら俺は魚の食感を楽しむしかなくなっちゃうなー」

 それもいいと思うけど……本人としては少しつまらないか。

「味覚を増幅する手術とかないかな?」

「ないだろうなあ」

 それって脳まで手術することになりそうだな。

「さ、着いたよ。存分に魚ば釣るとよか」

「よっしゃー!」

「オイも参加すっから」

 細波さんも釣竿を用意していた。

 なんかかっこいいんですけど。

「餌はつけらるっとか?」

「あ、大丈夫です抵抗ないです」

 ここにいるのは俺以外動物の血が入った野生児たちだからな。

 俺も虫とか平気だし。

 細波さんが餌を撒いた。

 これで魚たちが集まってくるのかな。

「倉持、イソメは平気か?」

「にゃめるにゃ。僕だって何度にゃんども釣りの経験はあるからにゃ」

 俺はあんまりないけど、まあ大丈夫だよな。

 おらっ、このイソメ野郎、針に付きやがれ。

 よしっ、これで海に投げ込んで……。

「アジが釣れたらそんまま餌にして釣るんだとぞー」

 何それ楽しそう。

 大物狙えるチャンスじゃん。

「これっすかね?」

「佐々木釣りあげるの早くね!?」

「なんか釣れちゃったよ」

「おお、そいだそい。そいば餌にすっとだよ」

 アジを餌にして、海に投げる。

 泳がせ釣りってやつか、俺もやりたいなあ。

「俺いいのが釣れそうな気がする!」

「ハッハッハ、そん意気だ」

 く、くそう、俺だっていい魚を釣ってやるんだからね!

 ……とはいえ、そう簡単にかかるほど魚もバカじゃない。

 どうしたもんか……。

「よしかかった、見てな!」

 細波さんがリールを巻く。

 竿がぐいぐい引っ張られてるけど、何が釣れるんだろう?

「おらあああ!!」

「おおおおお!?」

 なんと一気に5匹釣れた。

 針がいっぱいついてるやつか!

「倉持くん、こいがなんかわかるかい?」

「カマスです!」

「味噌チーズ焼きで食ぶうか」

「今からそんにゃこと言わにゃいでください、よだれが出てきてしまいます」

 聞いただけでもおいしそうじゃん。

 と、その時。

「う、おおおっ!?」

 俺の竿がいきなり強い力で引かれた。

 もしかして大物か!?

 でも俺の針についてるのはイソメであって、佐々木のような大物狙いのアジじゃない。

 釣りは初めてだけど、魚ってこんなに力が強かったんだな……!

「佐倉、手伝うか?」

 優しい佐々木が声をかけてくれる。

「いや、こいつは俺一人で何とかする……!俺だってできるんだからなぁっ!!」

 リールを巻いて思いっきり引き上げると、丸々とした魚が釣れた。

 これは……。

「リリースか……」

 釣れたのはなんとフグだった。

 これはさすがに、何かあったら困るからな……。

「そいば捨とるなんてもったおらん!」

 細波さんに止められた。

 いや、でもこれ……。

「安心してよかよ佐倉くん、うちのバアさんはフグの調理免許ば持っとる」

 !?

「つまりフグを食べれるってことですか!?」

「ああ、都会じゃこがんことできんばい?」

 俺フグなんて食べたことねえ!

 この修学旅行すげえな!

「みんな!今日の夕飯にフグが並ぶってよ!」

「まじか!?フグって、あのフグだよな!?」

「今俺が釣ったこのフグだ!」

「すげえ!俺もさすがにフグは食ったことねえぞ!?」

 たぶん高校生でフグ食ったことある人ってそんなにいねえと思うんだけど。

 いや、俺個人の偏見だけどさ。

「フグか……僕も初めてだ」

「みんなで食おうな!」

 イエーイ、とみんなでタッチ。

 フグってどんな味がするんだろう?

「こりゃ帰ったら日本酒ば買わんとな」

 ひれ酒するつもりだこの人。

「ちょっ、おっ、おおおおおおお!?」

 突然、佐々木が変な声を出し始めた。

「ど、どうしたんだよ佐々木?」

「なんかやべえのかかった!!」

 そういって、竿をぐっとつかむ佐々木。

 確かに、竿が尋常じゃないくらいにしなっている。

 これは本当に大物なんじゃ!?

「て、手伝うか!?」

「頼む!!」

 佐々木の後ろについて、竿を引く。

 これ、本当に力が強い……!

「さ、細波さん……!」

「う、うおお、こりゃ本当に当たりかもしれんぞ」

 当たり!?

 ってことはこれもしかして!?

「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおあああああああああああああ!!!」

 佐々木が叫びながら竿を引く。

 俺も、細波さんも一緒になって竿を引く。

 もしかしたら、これは本当に……!

 ―――ブッ!

 とたんに、竿にかかっていた力が消えた。

「こりゃ逃げられたな」

 少し残念そうに言う細波さん。

「ちっくしょおおおおおお!!!」

 佐々木がまた叫んだ。

 リールを巻くと、切れた糸の先が現れる。

 針と餌を持っていかれたようだ。

「細波さん、今のって……」

「多分、クエやろうなあ。珍しいこともあるとだなあ」

 細波さんがしみじみと言った。

 逃がした魚は大きい……。

「佐々木、残念だけどまずクエがかかったこと自体僕は奇跡だと思うにゃ」

「あーーーー!!かかったんなら釣りたかったー!!!」

 その後、誰の竿にもクエがかかることはなかった。

 クエのことはみんないったん忘れ、ワイワイ釣りをして、港へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る