第16話 困りました

「幸くんお帰り。多々良ちゃん、体調が悪いの?」

 部屋に入るなり、ツクヨミが出迎えてくれた。

 やっぱりなんだかウズメとはいろいろ違う。

 ツクヨミの場合は何というか、同棲している彼女が出迎えてくれたような感じだ。

 ウズメの場合は悩みの種がそこにいる感じ。

「いや、あれは心配しなくても大丈夫なやつだ。亜人だから仕方ない」

「そうなんだ?」

「ああ、あれは発情期の前兆だ」

 猫人である多々良や倉持、狼人である佐々木など動物の血が入った亜人には発情期がある。

 人間でいう月経のようなものであり、1ヶ月に数日間訪れる。

 その間は性欲がかなり亢進され、周りの人に襲い掛かることも少なくない。

 だから、発情期の亜人は、周りの人との交流を避けた方がよいのである。

 性欲のコントロールがうまくいかないと、外で強姦事件のような被害が起きてしまう。

 発情期というのは、亜人にとってなかなかに面倒なものである。

 ただ、人間の月経のような周期で発情期が来ることに関しては、やはりよくできているなと思ってしまう。

「たぶん明日辺りからしばらく多々良は学校に来ないだろうな」

「そうなんだ、人間って大変なんだね」

「神さまはそういうのなさそうだもんな」

 むしろ神さまにそういうのがあったら驚きだけどな。

「そうだね、私たちは別に人間と同じようなことをしなくても新しい神を産むことができるからね」

 そういえばそうだった……。

 ああ、とんでもなく長生きな割にウズメが処女なのってそういう……。

「ツクヨミって子孫はいるのか?」

「私に子孫はいないよ。そんな必要もなかったし……」

 ほう……つまり。

「人間は子どもをつくるのにいくつかステップを踏まないといけないもんね。それに、その……」

 ツクヨミの顔が赤くなる。

 こ、こういう話をツクヨミにさせるべきではないな。

 夜を統べる女神という割にはずいぶん初心うぶな子だな。

「ま、まあその話はいいとして!話す練習って言ってたけど、具体的には何をするんだ?」

「それはその!なんか、お話を……」

 何かお話と言われましても。

 何か話題は……。

「……」

「……」

 話題を探してお互い黙り込んでしまう。

 これならさっきの卑猥ひわいトークの方が話せていたような……いや、あれはいけない。

 どうしようと言わんばかりにちらっとこっちを見てくるツクヨミ。

 選択肢は3つある。

 1.当たり障りのない会話をする。

 2.ちょっとつっこんだ話をしてみる。

 3.むしろおもむろに押し倒す。

 いや3だけおかしいだろこれ。

 よし、じゃあツクヨミのことについて聞いてみよう。

「ツクヨミってさ、産まれた時からずっと夜を守る事をしているのか?」

「ううん、私が産まれた頃っていうのは、まだ人間自体がいなかったし、人間が誕生してもしばらくは平和だったんだけどね。でも、この世界に亜人が増えてからちょっとずつそういうのが増えてきて……」

 実際、発情期の亜人が事件を起こしてしまうことは多い。

 理性が半分機能していないような状況だから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが……。

「でも、人間や亜人が増えたせいで夜の平和が乱されたとか、そういうことは思ってないよ。夜の平和を守る事は、私の使命だからね」

 人間を邪魔だとは思っていないらしい。

 なんというか、本当にいい子だ。

「幸ー!ご飯できてるよー!」

 下の階から母さんの声が聞こえてきた。

「ツクヨミも食って行けよ」

「そ、そんなに良くしてもらっちゃ悪いよ!私、お返しできるものも何もないし……」

「父さんがいつでも来ていいって言ってただろ。ウズメはたまにイラっとするけど、ツクヨミなら俺も大歓迎だ」

「ゆ、幸くん……」

 ツクヨミが顔を赤らめる。

 こうやって何らかのリアクションを返してくれるのって、すごくいいと思う。

 かわいい。

「ほら、行こうよ」

「わっ、引っ張らないで……!」


 リビングへ行くと、5人分の食事が用意してあった。

「なんだ、ツクヨミの分もちゃんとあるじゃんか」

「ほんとだ……う、うれしいな」

 テーブルに置いてあるのは、オムライスだ。

 しかも、デミグラスソースがかかってある。

「幸さん!今日の夕飯は私も作りましたよ!」

 ウズメが嬉しそうにキッチンから出てくる。

「え、ウズメが作ったの?」

「はい!お母様に教えてもらいながら作りました!幸さんの分は私が作ったんですよ!」

 なんで俺の分だけなの。

 なんでですか。

 いやがらせですか。

「嫌そうな顔ですが、大丈夫です!自信作です!」

「本当に大丈夫なのか……?」

「信じてください!それに、オムライスはツクヨミさんの大好物なんですよ!」

「そうなのか?」

「うん、前に一回だけ食べたことがあって、それがとっても美味しかったんだ!」

 どこで食べたんだろう。

「ウズメさんったら物覚えが良いのよ!これはきっとおいしいに違いない!」

 母さんがコンソメスープを持ってきた。

「美味しいのか、大丈夫なのか?期待してもいいのか?本当に大丈夫なのか?」

「冷める前に食べてみてください!きっと美味しいですー!」

 なんだろう、申し訳ないが基本的に信じ切れない。

 ツクヨミだったら信じられるような気がするんだけど。

「さて、食べるぞ。いただきます」

「「「「いただきます」」」」

 ツクヨミがオムライスを一口。

 ぴくんと肩がはねた。

「どうかなツクヨミちゃん」

「とってもおいしいです!前に食べたオムライスよりもおいしいです!すっごいおいしいです!」

 ツクヨミのテンションが上がる。

 うれしそうなツクヨミを見るとなんかこっちまで……俺のはウズメが作ったんだよな。

 食べるか……。

「……あれっ?おいしいな、本当にウズメが作ったのか?」

「ひどいですー!私が作ったんですよ!」

 まじか……。

 おいしいな……うーん。

「ウズメが料理してるなんて今まで見たことなかったのに」

「ツクヨミさん、私もやればできるんですよ?」

「天界だとアマテラス姉さんに任せてたのに」

「アマテラスさんは料理上手ですから……」

 天界でも料理ってできるのか。

 天界って望んだものが出てくるんじゃなかったのか。

 もしかして料理器具と材料を出して作るのは自分でやるとか……。

 そうなるとアマテラスは料理好きというか、本当に家庭的なんだな。

「それを食ったらツクヨミは行っちゃうのか?」

「そうだね……でも幸くんとまだ話したいかも」

 直球でかわいいこと言ってきますね……。

 そんな多々良みたいなことされたら俺ちょっとドキドキしちゃいますよ?

「幸さんとツクヨミさん、とても仲がよろしいのですね?」

「ああ、ちょっと意気投合してな」

「仲良くなったよ」

 割といい感じに。

「私ももっと幸さんと仲良くしたいです!」

「疲れそう」

「ひどいです!」


「あら幸くん、どうしたの?」

 次の日、学校が終わって、多々良の家を訪ねた。

 多々良の母さんが出てきてくれました。

「あー、多々良にお見舞いに来て欲しいと言われましてね?」

「あー……大丈夫かしら」

 多々良の母さんが微妙な顔をする。

 そりゃそうだよな……。

「大丈夫です、なんなら手錠かけてもいいんで」

「さすがにそこまではしにゃいけど……えーと、気を付けてね?」

「分かりました」

 うん、気を付けないと大変だもんな。

 どうなるか分かったもんじゃない。

 鋼の精神を持つんだ、俺。

 階段を上がって、多々良の部屋の前に立つ。

『フーッ……フーッ……』

 部屋の中から荒い吐息のような音が聞こえてくる。

 本当に大丈夫かなあ……。

『にゃっ!?そこにいるのはユキちゃん!?』

 感覚鋭っ!?

「そ、そうだぞ~、入っても大丈夫か?」

『大丈夫だよ』

 大丈夫、だよな?

『……早く~。ユキちゃんのことずっと待ってて、寂しかったんだからー』

 そんなこと言われても今のあなたは危険なんですよ。

 まあ仕方ない、行くしかない。

「多々良、だいじょ……服着ろ!!」

 多々良の部屋に入ると、なんと下着姿の多々良が出迎えてくれた。

 これはもしかしなくても誘ってらっしゃる!!

 発情期恐ろしいな!

「身体が熱いんだよ~」

「とりあえず露出を控えめにしてくれ。普段なら大歓迎だけど、今はまずい」

「うーん、ユキちゃんのヘンタイ~」

 多々良が渋々服を着る。

「えっへへ~」

 多々良がすり寄ってくる。

 普段はしないけど……ってアツゥイ!!

 熱あるだろってくらい身体が熱い!!

「早く治らないのかそれ」

「3日ぐらいはこのまま……」

「頭痛いとかないか?」

「おにゃかから下がむずむずするー」

 うん、そうだね。

「ユキちゃぁん……」

 ぎゅーっと抱きついてくる多々良。

 ああ、まずいっすね。

 当たってますよ、おっぱい。

「多々良?ちょっと離れようか?」

「……やー」

 やーってあなた……。

 まあ、動物の本能的にこの状況で多々良が何を求めているのかは知ってる。

 ただそれを実行してはならない。

 うん、絶対にダメなんですね。

 猫という特性上、下手に手を出したりするととんでもないことになる。

 具体的にどうなるかというと……俺が高校を辞めて働かないといけなくなる。

 そもそも俺はまだ18になっていないので法律的に結婚も許されていない。

 猫の身体は子孫を残すのにかなり優れているからな……。

「うぅ~、ユキちゃん……」

 切なそうな声を出して俺の胸に頬ずりしてくるのやめろぉ!

 や、やめろぉ!

「ん、むぅ~」

「ヴェアアアアアアッ!?」

 右手の人差し指の先にぬるっとした感触。

 なんと多々良が俺の指をくわえて舐めてやがる。

 普段の多々良からはあり得ないような行動に、やっぱりちょっとドキドキしてしまう。

 ま、惑わされてはいけないぞ!

「んあっ、ごめん……」

 多々良が俺から離れる。

 あ、あぶねえ……。

「ま、まあこの時期は仕方ねえよ」

 うん、ちょっと大胆な多々良には俺もちょっと心がね……動かされちゃうけど。

 ただ俺の寿命が縮まりそうだ。

「ユキちゃん」

「どうした?」

「服脱ぎたい……」

「多々良が服を脱いだら俺は今日は帰ります。俺がここにいるのは多々良が服を脱がないことが条件です」

「あづい~……」

 多々良がうつぶせで板の間に寝転がる。

 床ペロかな?

「一応飲み物は持ってきてあるぞ。ポカリでいいか?」

「ありがと~……」

 多々良がポカリを飲む。

 ……多々良が発情期だということを意識してしまっているせいか、ペットボトルに口をつけて飲む多々良の口元がやたらエロく見えてしまう。

 いかんいかん、気にしないようにしなくては……。

「んくっ……ぷはっ、うーん、飲んでも熱いにゃ~……」

 多々良が服の胸のあたりをつまんでパタパタとあおぐ。

 ……胸元のスリットから、多々良の割と大きな胸が見え隠れする。

 ちょっ……といろいろまずいですね。

「多々良、ちょっと外で水飲んでくる」

「え、行っちゃうの?」

「また戻ってくるから大丈夫だ」

 そう言って、多々良の部屋を出る。

 リビングまで降りると、多々良のお母さんはいなかった。

 どうやら買い物に出かけているようだ。

「……だはーっ、発情期の多々良エロい……己を強く持たなければ」

 いや正直あの空間にまた戻るとか俺の精神的にきつい。

 ただ多々良が寂しがってるし、幼なじみの俺が隣にいてあげないと……。

 部屋のカーテンも閉めてあるし、恐らく周りがよく見えていないはず。

 やっぱり俺が近くにいてあげないとだよな……だよな!

「一回水を飲んで落ち着こう」

 ついでに冷蔵庫から氷を一つもらって噛み砕く。

 頭を冷やそう。

「多々良、戻ったぞー」

「ユキちゃーん」

 多々良が飛びついてくる。

 俺の二の腕に思いっきり多々良の胸が押し付けられた。

 待て!俺は今頭を冷やしてきたはず!

 ま、惑わされるな!

 大丈夫!大丈夫!

「よく距離感も分からないのに突撃して来れたな」

「……奇跡的に距離がちょうどよかった」

「何も考えてなかったのか……」

 というかこれ……。

「なあ多々良、百歩譲って突撃してくるのはいいとしよう」

「うん」

「あの、男に突撃してくるんだ、頼むから……ぶ……ぶ」

 なんだろう、言い出すのが恥ずかしい。

 え、めっちゃ恥ずかしい。

「にゃーに?」

「その……ぶ、ブラジャーくらいつけてくれ」

 さっきは下着姿だったのに、いつの間に外したんだ。

「……そんにゃの苦しくてつけられにゃいよ」

「じゃあ頼むから押し付けないでくれ」

「……発情期だよ?」

「発情期だからって何でも許されるわけじゃねえええええええ!!」

「ギニャー!?」

 部屋から出て、多々良に着替えてもらう。

 うん、ちょっとあれはきつい。

 ダイレクトすぎてびっくりした、興奮する。

『ユキちゃ~ん、入ってきて~』

 お、もういいのかな?

「だいじょ……バッカ!!」

「これが一番楽だよ」

「俺が発情期になるわ!!」

 びっくりすることに、多々良は上半身裸だった。

 こっちに背中を向けていたからいいものの……。

「帰るぞ」

「着替えるから待って~」

 この後も本当にいろいろ大変だった。


 家に戻ると、佐々木からラインが来ていた。

『多々良はどうだった?』

 ?とついているがあいつたぶん面白がってるな。

『なんもねーよ。』

 すぐに既読がついた。

 なんだあいつ暇なのか?

『手出したか?』

『出してねえわ!!!』

 失礼なやつだなあいつは!!

 こっちは必死の思いで多々良に手を出すまいとしてたのに!!

 しかも既読ついてるのに返信来ねえし!!

「あら、幸さんお帰りなさい。お疲れの様ですね?」

 リビングから出てきたアメノウズメに出迎えられた。

 ああそうかこいつもう普通に歩けるんだっけ……。

「ただいま。まあ、多々良がちょっとな」

「多々良さん、どうかなさったんですか?」

「俗にいう発情期ってやつだ」

「ああー……お疲れ様です。男の人としての役目は果たしましたか?」

「なんだよその役目は!!」

 こいつも面白がってんだろ!!

「幸さんは多々良さんがお好きのようですし、ある意味チャンスな時期なのでは……」

「……チャンスでも何でもねえよ」

「大変ですねえ……」 

 結婚が許された上であれば考えないこともないが、今はまだダメだ。

「じゃあ幸さん、こちらへどうぞ!」

「何かしてくれるのか」

「疲れた幸さんを癒します♪」

 あれだ、強制睡眠だ。

 でも何でリビングに行くんだ。

「あ、幸、お帰り」

「ただいま母さん。ウズメ、ここじゃなくて2階がいいんだが」

「あら、幸さんがそれでよければ」

「ちょっと幸、ウズメさんに何かするつもりなの?」

「しねーわ。一時の気の迷いでもこいつだけは手出しする気も起きねえわ」

「ひどいですー!」

 2階へ上がり、ウズメの部屋に入る。

「私が膝枕してあげます」

「結構です」

「せっかくですから大人しく従ってくださいよー!」

 うん、やっぱりこいつはまず否定から入るのが面白いな。

「いらっしゃいませ、幸さん♪なんだかんだ言って付き合ってくれるあたり、幸さんは私のことが大好きなんですねえ」

「いや全然」

「なんでですかー!」

 俺がこいつのことを好きだなんて、天地がひっくり返ってもあるわけないじゃないか。

 ツクヨミならともかく。

「幸さん、身体が火照ほてっていますよ?」

「なんでだ」

「幸さんの身体から、性のオーラを感じます」

「……仕方ねえだろ。あれに興奮するなっていう方が無理だよ」

 あれで何も反応しなければ、そいつはきっとゴリゴリのゲイか何かだろう。

 俺は多分あの空間にあと1時間いたら危なかったかもしれない。

「亜人の発情期というのはなかなか大変なものなのですね」

「まあ本来発情期ってのは子孫を残すためにあるもんだしな……」

「幸さんの理性が試されますね」

 常に理性との勝負だっつの。

 指を舐められた時と胸を押し付けられた時は結構危なかった。

 ……そういえばウズメに強引に連れてこられたから、まだ手を洗ってないな。

 そう考えると、自分の右手の人差し指に目が行ってしまう。

 …………これ、俺が

「いやいやいやいや!!!」

「どうしました!?」

 いきなり起き上がった俺に驚くウズメ。

 何考えてんだ俺!!

 多々良の色気にあてられてるじゃねえか!!

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ、大丈夫だ。手洗いうがいを忘れていてな、ちょっといってくる」

「あ、はい、行ってらっしゃい」

 頭を冷やそう。

 今のままではまずい。

 ほんとに発情期ってのは大変だなあ……。


「あら、幸さんお勉強ですか?以前嫌いと言っていたような……」

「まあな、勉強は嫌いだな」

 自分でもこうやって勉強机と向き合っているのは珍しいかもしれない。

「何か理由が?」

「発情期の間は学校にいけないからな。宿題に出たところもそうだけど、さすがに授業に全くついていけないのはきついだろうからな」

「あらあら」

 ニヤニヤするウズメ。

 ああ、そうだよ多々良のためだよ。

 俺は多々良に甘いんだ。

「頑張ってくださいね。疲れたらまた私のところへ来てください!癒してあげますから」

「別にいいかな」

「なんでですかー!」

 ウズメがプンプンしながら部屋を出て行った。

 さて、今日の習ったところを復習して、多々良に説明できるようにしておかないと。

 ここの部分だけはテストでちゃんとできるかもしれない。

「……ん?」

 何か気配を感じて、後ろを向く。

 また部屋の真ん中に、大きな黒い球体が現れた。

 うん、いきなり出現されるとビビるな。

 まあどうせしばらく起きることもないだろうし、勉強に集中しましょう。

「消えろ煩悩……!」

 どうしてもさっきの多々良の光景が頭に浮かんでしまう。

 後ろでツクヨミが見てると思えば平気かな。

「幸くん、顔が赤いよ?」

「わああああああああああっ!?」

「なんでええええええええ!?」

 ツクヨミの声に驚いた俺の悲鳴にさらにツクヨミが驚く。

「起きるの早くねえ!?まだ6時だぞ!?」

「さ、最近はここで晩御飯食べてるし、幸くんと話すのも楽しいから、早く起きちゃう、の」

 かっ……わいいこと言ってくれるじゃないですかー。

「お、おう、その言葉はうれしいんだけど、俺は今勉強中だから、ちょっと相手できないんだ」

「えっ、でも顔赤いよ?体調悪いんじゃないの?」

「いや、そういうわけじゃなくてな……」

 ツクヨミを見ると、そのこの世のものではないくらいにきれいな顔が目に入る。

 ……あー、やばいっすね、もう顔立ちが反則すぎる。

 着物の上からでは分かりにくいが、この子の胸はどのくらいあるんだろう。

 身長相応の大きさなのか、はたまた多々良のように小さいけど大きいタイプなのか。

「だーーーーーーーーーーっ!!!!」

「幸くん!?なんで机に頭を打ち付けてるのっ!?」

 荒ぶる俺をツクヨミが止めにかかる。

 くそっ!いっそ頭を打ち付けてる途中に間違えて舌を噛み切ってそのまま死にたい!!

「幸くん落ち着いて!とりあえず移動!」

「おわーあぁっ!?」

 ツクヨミが俺の身体を持ち上げた。

 え!?なんか俺がダンベルみたいに持ち上げられてるんですけど!?

 ツクヨミの力すごくねえ!?

「はいどーん!」

 という言葉のわりに、優しくベッドに置かれる。

「本当にどうしたの?今日何かあったの?」

「ああ、頭の中エロいことだらけなんだ」

「ぴゃっ!?」

 ツクヨミが俺からサッと離れる。

「帰った方がいいかな!?」

「つっ、ツクヨミには手を出さないと約束する!」

「そ、そういうなら……昨日の多々良ちゃんの話?」

「そういうことなんだ」

 頭の中から消し去ろうとしても、なかなか消えてくれない。

 やはり発情期の亜人というのは恐ろしい。

「仕方ないよ、発情期の亜人からは接触した人を興奮させるフェロモンが出てるからね……」

「知らなかった……」

 つまり俺がずっと興奮状態なのは多々良の近くにいたからか。

 確かに前から発情期の多々良のそばにいるとそんなことが起きるような気はしていた。

 ……が、今まで俺の周りに多々良以外の女の子なんて近くにいなかったから多々良の色気にあてられたとしか考えてなかったわけか。

「つまり、この状態でほかの女の子がいてもやばいってことか?」

「うん、例えば多々良ちゃんと一緒にいるときに多々良ちゃんの友達も一緒にいるとか、あとはこの状態に幸くんの友達の他の女の子と一緒にいるとかすると危ないかもね」

 よし、もし多々良が発情期になって姫川も見舞いに来たら俺は逃げよう。

 てか、今この状態でも姫川に会うのはまずいということか。

「だから……」

 ツクヨミが近づいていくる。

「こ、こういう状態にならないようにした方がいいよ」

 ツクヨミが俺の隣に座り、肩を寄せてくる。

 近い、ほんとに近い。

 そんでもってまずい。

 手は出さないと言ったが、これはまずい。

「……つ、ツクヨミ、顔が、赤いぞ」

 緊張して、言葉がとぎれとぎれになる。

 こ、こんな時に緊張しないようになりたい!

「自分から近付いておいてゴメンね、限界」

 ツクヨミが離れる。

 普段でもこんな美少女に近づかれたらやばいってのに、こんな状況で近づかれたらさらにやばい。

「……じゃあ、私が何とかしてあげるよ幸くん」

「えっ」

 えーと、何とかしてあげるって、何をされるのかな?

 今の状況じゃエロいことした思い浮かばないんだけど。

「じゃあ幸くん、ちょっと寝転がって」

 寝転がる!?

 ちょっと!ほんとに何されるんですか!!

「はい、目を閉じて」

 目の上に、ツクヨミの小さい手が置かれる。

 め、目隠し……。

 しかもツクヨミの手は温かい。

 普段じゃ絶対こんなことないけど、これだけでも十分興奮してしまう。

 ああ、ほんとに今おかしくなってるんだな……。

 ん?

「なんだ?」

「そのまま、おーきく息吸って」

 鼻で大きく息を吸う。

 なんだかいい香りがする。

「はい、ゆっくり息を吐いてー」

「ふー……」

 これはあれか、興奮を抑えてくれる香り的な感じなやつか。

 目から手を離され、胸に手が置かれた。

「うん、さっきより心拍が落ち着いて……あれ?また早く……」

 ごめんなさい。

「さっきのは?」

「これは興奮を抑える、ラベンダーの香りだよ。ちょっとは落ち着いたかな?」

「ああ、さっきよりは……」

 さっきはもう見境なくムラムラしていたが、なんかおさまった気がする。

 胸に手を置かれるとかいう状況のせいでちょっとドキドキしてるけど。

「たぶんこれで大丈夫……なはず。勉強、頑張ってね」

「お、おう」

 机に座りなおして、勉強を再開する。

「……あの、見られてると落ち着かないんですが……」

「ん?」

 ツクヨミが俺が勉強している姿を凝視している。

「頑張ってるなー、って思って」

「あんまり頑張ってる姿ってのは見せたくないもんでね」

「そうなんだ」

 ツクヨミが俺のベッドに座った。

 いや、実際はツクヨミに見られるのが緊張するだけ。

 まあ、自分が頑張ってる姿ってあまり見られたくないと思う。

 ちょっと、恥ずかしいというか、みっともないと思ってしまう。

『幸ー!夕飯できたよー!』

 下から母さんの声が聞こえてきた。

「ツクヨミ、行こうか」

「うん、行く」

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