第9話 助けました

「幸さん、どうでした?多々良さんとのデートは楽しかったですか?」

「デートじゃねえっての」

「あう」

 変なこと言う女神がいたのでその体を支えている腕を引き倒してやった。

「何するんですか~!」

「いや、なんか変なこと言うやつがいたから」

「いきなり後ろに倒れたら頭が揺れてしまいます」

「いいじゃねえか、変なこと言わなくなるかもよ?」

「変じゃないですよー!」

 頬を膨らませるアメノウズメ。

「もう、幸さんは照れ屋さんですねえ」

「照れてないわこのヤロウ」

「ぎゃっ!」

 わき腹をつついたらこの反応。

 身体がくねっと曲がった。

「ぎゃってお前、それでも女性?」

「り、立派な女神ですよ!」

 怒っているのか、腕をバタバタさせている。

 女神感ないなこいつ……。

「幸さん、私の身体、起こしてもらえますか?」

「めんど」

「起こしてもらえますか♪」

 そういわれた瞬間、身体が勝手に動き出した。

 自分の意識とは別に、ウズメの身体を起こす。

「ありがとうございます!」

「納得いかねえ……」

 ああめんどくさい、言霊の力。

「今日の夕飯魚なんだけど、ウズメは魚食べれんの?」

「はい!なんだって食べれますよ!お腹が減ることはないですけど、食べ物は嗜好品のようなものなので!」

 つまり味わうことはできるってことか。

「ちなみに腹いっぱいになることは?」

「ありません!」

「天界ではどうなってるんだ?」

「食べたいときに食べればいいんですよ!」

「楽な世界だこと……」

 たぶん食べたいと思えば何もしなくても食べ物が出てくるんだろう。

「でもその代わりやることもないんですよ。いてもあまり楽しいとは……」

「そうなの?」

「はい。なので、天界から降りてきて生活をしながら人々を見守ってる神もいるんですよ」

「そうなの!?」

 神さま、普通にこの世界で暮らしちゃってんの!?

「私もそろそろ天界にいるのに飽きてしまったので降りてきた身なんです。まあ、こんなことになってしまいましたが……」

「体が動かなくなったってわけか。そういえば、ウズメが呼び出せる友達って、この世界にいたりするの?」

 ちょっと気になった。

 もしウズメの友達が見たことある人だったらどうしようと……。

「一人は天界にいたりこちらにいたりですね。なんでも、日本の文化が楽しいと言っていますね」

 日本の文化が楽しい?

 どういうことだ……?

「もう一人は……夜にしか活動しない人ですね。たまに夜中にこちらに降りてくることもありますよ」

「なんで夜だけ?」

「昼間は寝ているんです」

 なんとも夜型な神様だな。

 俺たちとは生活リズムが合わなそうだ。

「私の足が動くようになったら、紹介しますね」

「ウズメの友達っていうとロクなのがいなさそうなんだよな……」

「ひどいですね!!」


「あ、そうだ幸。ちょっと醤油切らしちゃってるみたいでさ。買ってきてくれないかな?」

 リビングに降りてきた俺を見るや否や、俺にお願いをしてきた。

 正直言ってめんどくさい。

「父さんがまだ仕事から帰ってきてないんだし、帰りに買って来させればいいんじゃないの?」

 父さんは入国管理局で入国審査官の仕事をしていて、不定休だ。

 だから今日みたいな土曜日でも普通に仕事がある。

 平日に休んでることもあるが。

 というわけで、今日は父さんは仕事に出ているため、家にいない。

 だからわざわざ俺に頼む必要はないと思うんだけど……。

「いやよ。幸のお父さんはね?頼んだものと微妙に違うものしか買ってこないんだから」

「何それ超迷惑」

 醤油買ってきてって頼んだらめんつゆ買って来た的な?

「さすがにお父さんも醤油とめんつゆは間違えないよ。なんか高いやつ買ってきちゃったり、減塩だったり、とにかく、ほしいものとはちょっと違うもの買ってくるの、あの人は」

「心読まれた!?」

 いや減塩ってむしろいいと思うんだけどね?

「あ、そうそう。幸知ってる?濃口醤油と薄口醤油だと、薄口醤油の方が塩分が多いんだよね。お願いだからお父さんみたいな間違いはしないでね?」

「薄口醤油買って来たのか父さん……」

 確かに父さんに頼るのは心配かもしれない……。

「仕方ない、行ってくるよ」

「ありがとう。あ、あと生姜と……アイス買ってきてくれない?幸の分もね」

「はいはい了解」

「はいは一回って言ったでしょ!」

「うるせえな!?」


 母さんが買ってきてほしい醤油っていうのは、このキッ○ーマンの生のやつだ。

 確かにこれ醤油を出す量を決めやすいし楽だよな。

 生姜は……そのままのやつか、それともチューブのやつでいいのか……。

 ここは生の生姜にしよう。

 もし母さんの希望と違ったら俺がすりおろそうじゃないか。

 アイスは安定のソフトクリームだな。

 母さんのはスイカバー。

「お会計544円になります」

「1000円で」

「456円のお返しです。ありがとうございましたー」

 この店員は前のコンビニ店員よりははきはきしてるな。

 好感が持てる。

 さて、エコバッグに詰めて、帰りますかね。

「そういえば最近ウズメがうちに降臨したせいでバイト出てねえな……ちゃんとバイト出ないと」

 うちの所長に怒られちゃうな。

 来週からバイト出よう。

「というか、もうそろそろ10月に入ると思うんだけど、いつまでこの暑いのは続くんだろうね」

 朝は割と涼しかったんだけど。

「てか、本当にあの女神、身体が動くようになってもうちに居座る気なのか……?」

 恩返しとか言ってそうなる可能性は正直高いと思う。

 そんでもって父さんも母さんも頭の中お花畑だから、きっと許すだろう。

 俺の安息はなくなってしまうんだろうか。

 いや、普段から多々良が部屋に突撃してくることも多々あったから、もともと俺に安息なんてもんはなかったのかもしれない。

 俺の横を、車が結構な勢いで通り過ぎて行った。

 あぶねえな。

「この道幅、もうちょっと広くなってくれればいいんだけどな……」

 道幅がかなり狭いせいで、通行人と車が当たりそうだ。

 たぶんあと10㎝ずれてたらミラーが俺の二の腕に襲い掛かっていただろう。

「……お」

 ちょっと先に、何かを拾っている人が見えた。

 しゃがみこんで、何かを大事そうに見つめている。

 赤い服を着た女の人だ。

 しゃがんでいると、髪が地面につきそうだ。

 というか特徴的なのは、その頭についているもの。

 いや、お団子とかなら見たことあるんだけどね?

 どう見ても髪の毛でリングが作ってあるよね、あれ。

 女の子のツインテールとかで結うような位置に輪っかがあるんだけど。

 左右に1つずつ。

 となると、もしかしてあの人髪の毛もっと長いんだろうか。

「髪で輪っか作るとか芸人がやってなかったか?」

 卑弥呼様ー!!

 って叫んでたような気がする。

「って!!」

 女の人に車が近づいてきているのが分かった。

 何を見てるのかは知らないが、女の人が動く気配はない。

 何してんだ!

 ……走れば間に合うか、仕方ねえ。

「あぶねえ!」

 俺は女の人に飛びかかった。

 緊急事態だしこれくらいは許してくれ。

 車が俺の後ろを通り去った。

「あぶねえだろこのヤロウ!!」

 運転手が怒りの声を上げた。

 怒りたいのはこっちだよ!

 しゃがんでる女の人くらい見えるだろ!気づけよ!

「だ、大丈夫か?」

 とりあえず安否確認。

 とっさとはいえ、相手が下になっちまったからな。

「大丈夫だ、問題ない。すまないな、助かった」

 男口調で話す女の人。

 ちょっと意外だ。

 てかすげえ美人。

 えっ何この人。

 アメノウズメと同じかそれ以上くらいの美人じゃね!?

 ……といっても、少しくらいは注意してやらないと。

「まったく、周りをちゃんと見ないと危ないぞ?」

「……そうだな。これからは気を付けよう」

 なんだか一瞬むっとした表情をしたような気がした。

 あれ?俺なんか悪いことした?

「というか、しゃがみこんで何してたんだ?」

「ああ、大切な鏡を落としてしまってな。傷がついていないか確認していたんだ。どうだ、きれいだろう?」

 そういって女の人がドヤ顔で見せてきたのは、金色の綺麗な鏡。

 鏡面も金色なはずだが、普通に顔が映っている。

 どういう仕組みなんだろう。

「傷がついては大変だからな」

 女の人が大事そうに鏡をポケットにしまった。

「ってか、そんなに大切なもんなら外に出さなければいいんじゃないか?」

「これは私の大切なものなんだ。肌身離さず持っていなければいけないものなのでな。まあなんにせよ助かった。ありがとう」

「あ、ああ……」

「まあ、助けてくれたのはいいのだが、君はいつまで私の胸を触っているつもりなんだ?」

 気づかなかった!

 俺、助けた時からずっとこの人の胸に手を置いてた!

 やべえ!

 てかなんで俺たちずっとこの体勢のまましゃべってたんだ!?

「私の胸が小さいのは分かるが、だからといって触ったのにも気づかないというのはいささか失礼なのではないか?」

「えっと、はい、申し訳ない」

「謝った。つまりは認めたということだな」

「ぐ」

 お姉さんがどんどんジト目になっていく。

 まずい。

「まあいい、私はこれで帰るとしよう」

「あ、はい」

「人助けはいいことだ。君にも、いつかいいことがあるといいな」

「あ、ええ、ありがとうございます」

「では、さらばだ」

 俺が行く方とは反対方向へ向かうお姉さん。

 変な人だったな……めっちゃ美人だったけど。


「あれ、ユキちゃん外に出てたんだ?」

 多々良の家の前を通ると、多々良が声をかけてきた。

 どうやら多々良も外にいたらしい。

「ああ、母さんにお使いを頼まれてな」

「あ、そうにゃんだー。おつかれさまー」

「おうありがと。んで、多々良は外で何してたんだ?」

 何してんだとは聞いたものの、大体想像がつく。

 多々良から、香ばしい匂いが漂ってきている。

「おかーさんがもう我慢できにゃいみたいで……お庭でさんま焼いてるんだー」

「あ、ほんとだ」

 多々良のお母さんが真剣な表情でサンマを焼いている。

 七輪で。

 本格的だなあ……。

「そういえば、ユキちゃんにゃんかいいことでもしてきたの?」

「え、なんで?」

「いや、ユキちゃんがいつもより白くにゃってるからさー」

 あ、そうだ。

 多々良はいいことをするとか、悪いことをするとか、分かるんだよな。

「まあ、さっき車にひかれそうになった人がいたから助けたってだけだよ」

「え、あぶにゃかったね!でも、下手するとユキちゃんも巻き込まれかねにゃいから気を付けてね?」

「おう、さっき助けるために飛び込んだ時膝をついちまってな、実は出血してるんだ」

 石が落ちてたのかどうか知らないが、左膝が切れて出血している

「わーほんとだ!早く言ってよ!ちょっと待っててね!」

 多々良が家の中に飛び込んでいった。

 出血量は多くないので道に垂らしてきてるようなことはなかった。

 でもね、痛いものは痛い。

「ユキちゃん、ちょっと我慢しててね」

「いたたたたたたたたたたたたた」

 消毒液を含ませたガーゼに、俺の血がべったりついた。

「ちょっと大きめのバンソーコー貼っとくね」

「すまねえ」

 傷をすっぽり覆う大きさの絆創膏が貼られた。

 ……風呂入る時痛そうだなあ。

「いーのいーの。名誉の負傷、ってやつにゃんじゃにゃい?たたらはそういうの、嫌いじゃにゃいよ」

「えっ、もしかして俺かっこいい?」

「うーん、そのセリフで台無だいにゃしかにゃ」

「手厳しい!」

「ほい、これでおっけーだよ。次からは気を付けにゃよ?」

 次の心配をしてくれる当たり、やっぱり多々良は優しいな。

「ありがとう。気を付けるよ」

「……そういえばさ、血って赤いんだよね」

 多々良が突然そんなことを言い出した。

 ガーゼについた俺の血を、多々良がまじまじと見ている。

「まあ確かに赤いな」

「……たたらには黒い色にしか見えにゃいからにゃー」

「あー……そっか、そうだよな」

 多々良も結構気にしてるのかな。

 白黒にしか見えないって、どんな気分なんだろう。

 知りたい気もするし、知りたくない気もする。


「ほれ醤油。これでいいよな?」

「ああそれそれ!ありがとね!」

「そんでスイカバー」

「お母さんの好きなアイス、覚えてたのね!」

 そりゃ夏には冷凍庫にスイカバーとメロンバーが常備されてるからな。

 ほぼ毎日食べてたよね。

 ソフトクリームはいい感じの軟らかさだった。

「今日は幸もお父さんも私も好きだし、鮮度が命だから、鰹の刺身にするね!」

「母さんビール!」

「うるさい未成年」

 いやまあ飲んだことないんですけどもね。

 さて、こっからどうしようかな。

 ……そうだ、ウズメのところに行ってやろう。

 2階へ行くと、腕で体を支えて起き上がっているウズメが見えた。

「ずっとその態勢だと疲れるんじゃないのか?」

 朝からずっとその態勢だと思うんだけど。

「あ、いえいえ、横になったり起き上がったりを繰り返してるんですよ」

「えっ、一人で?」

「お母さまの力をお借りしています」

「献身的だな母さん……」

 確か神さまなんだから仲良くしておいて損はないって言ったの母さんだよな。

 ……打算的なものはないよな?

「ほら、アイス買ってきてやったぞ」

「あの冷たいやつですね?」

「アイスは知ってるんだな」

「最後に食べたのは明治時代ですね」

 ……。

 明治?

 それざっと150年くらい前じゃない?

「当時はあいすくりんと呼ばれていたんですよ」

「うん歴史のお勉強ありがとう!」

 たぶん当時より味変わってるぞ!

「食べさせてもらえますか?」

「……仕方ねーな」

 買ってきたソフトクリームに食いつくウズメ。

 そして、目を見開いた。

「今のアイスってとっても甘いんですね!」

「え、ふ、普通じゃないの?」

「いえいえ!昔はミルクセーキに近い味でしたがあっさりしていたんです。味が濃くて驚きました!」

「き、気に入ってもらえたようで何よりだ」

 ミルクセーキって飲んだことないんだけど……昭和の飲み物ってイメージ。

 今でも飲まれてるのかな?

「あら、幸さん、膝を怪我されたのですか?」

 ウズメが俺の膝に注目した。

「ああ、まあな」

「そんなに大きな絆創膏……血もにじんでますし、大丈夫ですか?」

 言われて確認してみると、確かに絆創膏にかなり血がにじんでいた。

「まあたぶん大丈夫だろ」

「どうしてそのような怪我を?」

「あー……人助けした時に膝を思いっきりついちゃってな」

「まあ!それは素晴らしいことですね!神さまとして幸さんをたたえましょう」

 こいつにたたえられてもあんまりうれしくねえな。

 というかその言い方だと、人助けをたたえられてるのか膝をついて怪我したことをたたえられてるのか分からないぞ。

「ちなみに何をしたんですか?」

「人が車にひかれそうだったからそこに飛び込んだだけだ」

「人助け!それも命を助けたんですね!……くぅー、私に直接何かができるような力があれば幸さんにご褒美でもあげようかと思ったのですが」

 普通人助けをしても何もないこともあるけど、神さまが目の前にいるとこういうことを言ってもらえるのか。

 残念なのは、こいつに何かをする力がないことか。

「動くことができれば、癒しの力がある舞を踊ることができたのですが……」

「さすが残念女神」

「おバカにされました!!」

 肝心のところで役に立たないという残念っぷり。

 こいつが役に立つときは来るのだろうか。

 ……ああ、そういえば前に疲れを取ってもらったことはあったか。

「そういえば、今日の夜はどのような魚を食べるんですか?」

「俺も母さんも大好きなカツオだ」

「鰹ですか、古くから食用にされている魚ですね。独特のくさみがあるので好き嫌いは分かれる魚だと知ってはいますが、幸さんは好きなんですね」

「ああ、うまいからな」

 今夜も刺身が食べれると思うともう最高だ。

 あれ、ネギってあったかな。

「楽しみにしてますね!」

「ああ、そうだな、一緒に食うか」

「そうですね!……幸さん、最近優しくなりましたね」

「……やっぱ一緒に食わない」

「あれぇ!?」


「さあ!食べましょうか!」

 テーブルにはカツオの刺身。

 そしてなんと太刀魚の切り身と鍋が置いてある。

 太刀魚は結局金があったので買ってきた。

 まあ、買ってきた分は父さんから金もらえるし。

 そんでもって太刀魚も刺身にするかと思って買ってきたのだけれども……。

「なんで鍋?」

「あれ、幸はしゃぶしゃぶっていう料理を知らないんだね?」

「そんなもん知ってるわ!しゃぶしゃぶにするのか」

「父さんはもう用意できてるぞー!」

「用意ってそれ日本酒じゃねえか!」

 うれしそうな顔しやがってこの野郎!

「私も今日はいただこうかな。お父さん、一緒に飲まない?」

「いいねえ、2人で飲んじゃうか!」

 ああ、これあれだ。

 俺、邪魔なやつだ。

 食ってちょっとしたらウズメのところへ行こう。

「あ、汁ちょっと分けてくんね?小さい鍋もあったよね?」

「ウズメさんの分としゃぶしゃぶ用の鍋ならもう用意してあるよ?」

「用意いいな!?」

 ほんとにあの神への気遣い何なの。

「というわけで、2人で飲むには邪魔だからちょっとしたら上に行っちゃってね」

「息子に向かって邪魔って言ったよこの親!」

「まあまあ、母さんだって3割冗談だからな?」

「7割本気じゃねえか!」

 なんだこの親!

「ほらほら幸、騒いでないで食うぞ?」

「騒がせたのはあんたらが原因だよ!」

「親に向かってあんたとはなんだァー!」

「めんどくせえこの親!!」

 まあこれもこの親の通常運転なんだけども。

「さあ、いただきます」

「「いただきます」」

 カツオの刺身を生姜醤油で一口。

「うまいねえ!」

「おいしいねえ」

 そういって父さんも母さんも酒を一口。

「んー!いいね!」

「お酒もおいしいね!」

 俺だけついていけてない感がある。

 くそう、俺もあと4年して20になったら……!

「あんまり湯に通しすぎないようにな!」

「もうお父さんったら、分かってるよ」

 父さんと母さんがなんというかラブラブ状態。

 これあれだろ。

 俺いてもいなくても変わらねえだろ。

 よし、じゃあウズメのところに行こう。

「母さんと父さんは2人で夕飯を楽しんでいてくれ」

「おう、そうさせてもらうさ。ウズメさんによろしくな」

「行ってらっしゃーい」

 鍋と飯と……って、まずウズメの部屋にちゃぶ台を用意しないと。


「なんか空き部屋にでかい座椅子があった」

「私、これなら体勢が維持できそうな気がします!」

「たぶん父さんのだよな……空き部屋に合ったってことはもう使ってないってことだろうし、この部屋に置いておくか」

「幸さん、ありがとうございます」

 ウズメがにこやかに笑った。

 この野郎可愛い顔しやがって。

「箸は使えるよな?食べさせてばっかりだったけど」

「ええ、この世界には昔から来ていますし、基本的なことはできますよ!」

「そりゃよかった。じゃあ、食うか」

「はい!」

 鍋を火にかけ、しゃぶしゃぶの用意をする。

「幸さん、この銀色の魚は……?私、見たことがないのですが……」

「お、ウズメは見たことないのか。太刀魚って聞いたことないか?」

「え、これが太刀魚ですか?」

 ウズメがきょとんとした顔をした。

「そうだけども」

「前にこの世界に降りてきた時には、小骨が多くて食べづらくてしょうがないから食べないと聞いたのですが……」

 え、そうだったのか。

「まあ、今は骨を取って食えるようになったんだよ。ウズメも食おうぜ?」

「あ、はい、いただきます」

 ウズメが器用に箸を使ってしゃぶしゃぶする。

 さすがというか……箸の扱いが綺麗だ。

 上品だな。

「あら、幸さんも箸の扱いが達者なのですね」

「ああ、まあ、小さいころに父さんにみっちりな……」

「そうだったのですね。でも、食事を上品にできるのは、いいことだと思いますよ」

「ああ、ありがとう」

 ウズメに褒められた。

「では……はむ」

 湯にくぐらせた太刀魚を一口。

「……!とってもおいしいです!」

 ウズメが嬉しそうに言う。

「そりゃよかった」

「これは半生でいただくのがおいしい食べ方ですね?」

「こいつ……一口で理解するとはやりおる」

「えへへ、褒めても何も出ませんよ?」

 やりおると言っただけで、別に褒めているわけじゃねえ。

 まあ、楽しそうだしいいか。

「そういえば、ウズメは酒は飲むのか?」

「お酒ですか?」

「そう」

 ちょっと気になった。

 もちろん神さまだし、年齢的に飲めないということもない。

 というか神さまに法律なんか適用されないだろうし。

「私、お酒はあまり……その、すぐに酔っぱらってしまいますので……」

「そうなのか」 

 体質的にあまり飲めないみたいだ。

 神さまに体質なんてあったのか……。

「はい……あんまり飲んでしまうと、体が熱くなって、すぐに服を脱ぎたくなってしまいますし」

「飲む?」

「ゆ、幸さん!多々良さんが怒りますよ!」

 おっと、そこで多々良の名前を出されちゃうか。

「そう言われちゃ仕方ねえな」

「もう、幸さんはエッチですね」

「これが男子高校生ってやつだ。年相応なんだよ」

「胸張って言うことじゃないと思います!」

 最初は優しくしてくれとか言ってたくせに、案外ガードが硬いなこの処女女神。

「こちらは鰹ですね。……うん、おいしいお刺身です」

 楽しそうに食べるウズメ。

 ゆっくり味わって食べる姿に、やはり上品な雰囲気をまとっている。

「魚、好きなのか?」

「ええ……肉よりは、魚の方が好きですね。あまり脂っこいものですと、胸やけが……」

「あの、え?あんた神だよね?」

 嗜好品じゃないの?

 食ったもの消化するんだ?

 ってか神さまも胸やけってあるんだ?

「衝撃的な事実だったけども……まあ、俺も魚の方が好きだし」

「そうなんですね!魚を食べる機会が増えそうでうれしいです!」

「……次食べるときは金払えよ」

「…………ええ!?私お金ないですよ!?」

「バイトでもすれば?」

 ちょっと想像した。

 バイトする神さまか……。

 面白そうだな。

「というか、他の神はどうしてるの?結構こっちに来てる神もいるって聞いたし、金はどうしてるの?」

「バイトしてる神さまもいますよ」

 恥も外聞もかなぐり捨ててバイトしているらしい。

「私もすればいいのでしょうか……でも、お金を稼いで生活するってそういうことですもんね……」

「まあ、今の時点では家にいるだけのニートだもんな」

「ひどいです!」

 頬を膨らませるウズメ。

 子供っぽい……悔しいけど、可愛い。

 多々良もこんな顔しそうだな。

「……でも、見ず知らずの私をここまでよくしていただいて、感謝してもしきれないですね」

「そう思うんなら、早くよくなってくれよ」

「一応動かそうと頑張ってはいるんですけどね……」

 まだまだ、時間はかかりそうだ。

「ごちそうさまでした。また、一緒に食べましょう?」

「ああ、また買ってきたらな」

「次は、私も一緒に行きたいです!」

「ま、好きにすりゃいいさ」


「食ったな……」

 ああ……月曜日が街にやってくる……。

 日曜日はまた7日後か……。

 トゥットゥー……トゥルットゥッ!

 トゥットゥットゥー……トゥルットゥッ!

 ケータイが鳴った。

 もう夜11時だけども……こんな夜遅くにS○ypeですか?

「……え、倉持?」

 着信画面には、はっきり倉持と書かれている。

 おかしい、倉持は普段10時には寝てるはずだけども……。

「もしもし?寝てないのか?」

『さっきバイトから帰って来たんだ』

「あ、そうなのか。倉持がこんな時間に電話かけてくるなんて珍しいな」

『確かにそうだにゃ……、でも、佐倉にはちょっと言いたいことがある!』

 言いたいこと?

 なんだろう?

『佐倉……にゃんで今日築地に行くって僕に教えてくれにゃかったんだ!?』

「そういうこと!?」

 築地の写真をラインのタイムラインに上げたし、それを見たのかな?

『言ってくれればバイトも休んだしついて行ったのに!』

「……魚、食べたかったんだな?」

『新鮮でおいしいおさかにゃ、食べたかった……!』

 電話越しに倉持の悔しさをかみ殺すような声が聞こえる。

 きっと今歯を食いしばりながら血の涙を流しているのかもしれない。

『それに、同じ猫人同士、花丸はにゃまるさんと一緒に魚をだな……』

「それお前多々良と出かけたかっただけじゃ?」

『ち、違う!魚は猫人はみんにゃ好きにゃんだ!喜びを分かち合いたかっただけで!』

「へー、ほー、ふーん」

『にゃんだそれ!』

 倉持、もしかして多々良のこと好きなんだろうか。

 ……残念!俺も多々良と出かけるの実はちょっと楽しみにしてたの!

 もし倉持も行くんだったら佐々木とか秋川もつれてくわ!

 まあ、今のところ倉持が多々良のことをどう思ってるかとかは知らないけども。

「まあ、そりゃすまんかったな。次行くときはみんなで行こうか」

『そ、そうだにゃ!次はちゃんと言ってくれよ!』

「了解、じゃ、お休み」

『ああ、おやすみ』

 電話が切れた。

 あ、次行くときってウズメが一緒に行くんだっけ。

 ……そういえば、佐々木達にウズメのことを紹介するべきなんだろうか?

 やめといたほうがいいのかな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る