第8話 買って行きました

「次行こう!」

「まだ食い足りないって感じだな」

「あったりまえよ!まだまだ食べ足りにゃああああああい!!」

 多々良が走ろうとする。

 慌てて多々良の手を引いて止めた。

「にゃーにすんのさー」

 多々良がジト目でこちらを見る。

「いやいや、あんた勢いで走ると危ないでしょうよ。ちゃんと距離感つかめないんだろ?」

「そ、そうだけど……」

「それに多々良は身長が小さいんだから、はぐれたら本当に見つけられないかもしれないから」

「うう……」

 しっぽが下がり、耳もぺたんとしている。

「ちゃんと多々良が行きたいところは一緒に行ってやるから、だから離れないでくれよな」

「……分かったよー」

 早く行きたい気持ちは分かるが、はぐれたりしたら探すのに時間がかかるし。

 あんまり時間かけすぎると、食べたいものも食べれなくなる可能性もある。

 まあ、急がば回れってことだよな。

 ……使い方、あってるのかな?

「……じゃあ、ユキちゃん、たたらとはぐれにゃいように、手つにゃいでよ」

「お、おう、それくらいならいいぜ」

 9月とはいえ、朝だし、東京湾も近いし、少し寒い。

 そんな中、つないだ多々良の手は温かかった。

 ……やべ、ちょっとドキドキする。

 いくら幼なじみとはいえ……夜は仕方ないにしても、普段手なんてつながねえし……。

 手汗、かいたりしてねえかな。

「ユキちゃん、どうしたの?」

「や、なんでもねえよ?それで、多々良はどこに行きたいんだ?」

「まぐろー!」

 正直予想はできてた。

 だからさっき地図を確認して、マグロが食べられるお店は把握済みです。

 ちなみにケータイで口コミがいい感じの店もチェックしておいた。

 俺多々良に甘すぎだろ。

「いい感じの店があるみたいなんだけど、そこでいいか?」

「にゃにっ!もしかしてユキちゃん、多々良のために店を探してくれたりしてた?」

 期待のまなざしで俺を見つめる多々良、なんて答えよう。

 事実を言えばいいかな?

「まあ多々良はマグロ好きだしな。食べたいっていうだろうと思って」

「ユキちゃんやっさしー!おんにゃの子的にポイント高いことするねえ!」

 そこは別に女の子的にじゃなくてもいいんだけどね……多々良的にはどうなのよ。

「さあ、ユキちゃんよ、たたらをそこに案内あんにゃいしにゃさい?」

「仰せのままに、多々良お嬢様」

「きゃー!たたらお嬢様だってー!」

 なんかうれしそうにする多々良。

 楽しそうだしまあいいか。

「にしても、いろいろ魚があって目移りしちゃうねー」

「いろいろ食べたい気もするけど、使える金には限りがあるしな……」

 俺も生魚は好きだし、周りを見てるとめっちゃ食べたくなってくる。

 ああ、でもあっちも……。

「んにゃー……そしたら2人ともお金をたくさん稼げるようににゃってからだねー」

 となると、自由にいろいろ食べられるのは大学行って暇になるとか、就職して金を稼いでからってことになるか……。

 というか、その年になったら……。

「その頃には、俺と多々良が一緒にいるかどうかは分からねえぜ?」

「……んーそっかー。たたらにも彼氏とかできるかもしれにゃいもんねー」

「まあ、そういうことだ」

「今は好きにゃ人もいにゃいし、どうにゃるかはわからにゃいけど……」

 そうか、多々良は好きな人いないのか……。

 ちょっと、冗談半分で聞いてみようか。

「じゃああれだ、俺と付き合ってみる?」

「んーユキちゃんかー……物心つく前からずっと一緒だし、にゃんかあまり変わらにゃそうだね」

「わ、分かんねえよ?」

 たぶん、誰と付き合うとか、あんまり考えていないのかもしれない。

 ……お。

「あ、ユキちゃんあれ好きじゃにゃかったっけ?」

「ああ、好き」

 商品札には、戻り鰹の文字が。

「先にカツオのほうに行く?」

「……いや、まずは多々良の希望からだな。俺のはそれからでいいよ」

「本当にいいの?」

「ああ、大丈夫だぞ」

 大丈夫、カツオならそんなにすぐなくなることもないだろう。

「ユキちゃん、たたらにやさしいねー!もしかしてたたらさんのことが好きにゃのかにゃ?」

「大好き。もう超好き」

「やだもー!照れちゃうにゃー!」

 調子のいい多々良が頭を振る。

 楽しそうだ。

 絶対に本気だと思ってないだろう。

 まあでもしっぽがゆっくり左右に振れているし、悪くは思ってないだろう。

「じゃあまぐろ食べたらユキちゃん希望のカツオも行こうねー!」

「多々良も食べるか?」

「あったりまえよー!」


「まぐろの刺身とまぐろ丼ー!」

「両方食べるのか!?」 

 店に来て、多々良がいきなり注文した。

 食べる気満々じゃないですか。

 本当に、今日の多々良の胃袋はどうなっているんだろう。

 普段は体相応なんだけど。

「ユキちゃんは?」

「俺は……マグロ丼で」

「はーい、少々お待ちくださいね!」

 注文を取りに来たお姉さんが離れていく。

 ちなみにさっきから多々良のしっぽは小刻みにぷるぷるしている。

 マグロを見て興奮してるのか……。

「そういえば、まだサンマしか買ってないけど、他にも何か買っていくのか?」

「あー……おかーさんはサンマがあれば満足するからにゃー。どーしよっかにゃー」

 サンマだけだと怒られる気がする。

 いや……たたらのお母さんとはいえさすがに怒らないか……。

 ……怒らないよな?

「適当に何か……さっきの太刀魚とかどうだ?」

「持って帰って夕飯で食べるときにはもうお刺身にできにゃくにゃってるよ」

「そうだよな……せっかくなら多々良のお母さんも生で食いたいよな……」

「おかーさん、太刀魚の唐揚げとかも好きだけどねー」

「じゃあそれでいいんじゃ」

「ユキちゃん、旬の時期の太刀魚の値段、知らにゃい?」

 多々良が聞いてくる……が、表情がなんだか苦い。

「あれ、さっきのところの刺身、結構安くなかったか?」

「確かに800円で出してくれたもんね、安いよね。1匹買うとにゃるとはにゃしは別よ?」

「そうなの?」

「今の時期にゃら、2000円はくだらにゃい」

「……他のにしようか」

 違う魚を買う金がなくなる。

「さっきも言った通り、たくさん食べて、たくさん買って、好きにできるようににゃるのは稼げるようににゃってからだよね」

「だな……」

 自分たちの持ち金と、渡された金の範囲内でしか買うことはできない。

 早くちゃんと稼げるようになりたいな……。

「まあまだ時間はあるし、いろいろ見て回ろうか」

「うん、そうだね。……そろそろ来るかにゃ?」

 多々良がそわそわしている。

 まあ食べる機会あんまないからねえ、マグロ。

「お待たせしました、マグロ丼と、マグロの刺身です」

「きたー!」

「ちょ、多々良声がデカいよ」

「あっ、ごめん……」

「マグロ、お好きなんですね。ごゆっくりどうぞ!」

 多々良を気遣ったお姉さんの一言。

 気が利くいい人だな……。

「じゃあまた乾杯だー!」

「またやるの!?」

「かんぱーい!」

「か、かんぱーい」

「さあ食べよう!」

「お、おう」

 多々良がマグロの刺身を一切れ、口に入れる。

 あ、しっぽが伸びた。

「おいしぃ……あっへへぇ……」

「変な声を出すんじゃない」

 今日の多々良はだいぶ変だ。

 というか、前から来てるけど、築地来るときは多々良はこんな感じだ。

 ……そういえば、多々良と2人で来るのは初めてだな。

「おいしいんだよ、まぐろのお刺身。ユキちゃんも食べてみて!」

 そういって、多々良が箸で刺身をつかんでこちらによこしてきた。

 ……ん?

「ほら、ユキちゃん。遅いとお刺身落ちちゃうよ?」

 このまま食えと?

「これ俗にいうあーんってやつじゃないですか?」

「……あ」

 本当になんも考えないでやったんだろう。

 多々良が顔を赤くした。

「……べ、別にユキちゃんだから、いいよ。早く食べてよ」

「……お、おう。ごめん」

 刺身をいただく……が、正直味がちょっと分からなかった。

 ……あーもう、人の気も知らねえで。

「ね、まぐろおいしいでしょ?」

 多々良が笑顔で聞いてくる。

 下手なことも言えねえな。

 ましてや、「多々良があーんしてくれたからびっくりして味が分からなかった」なんて口が裂けても言えねえ。

「帰りにまぐろの切り身も買ってこーっと。よし!丼をいただきましょう!」

「……これうめえな」

「あーっ!ユキちゃん先に食べたー!!」

 多々良がいきなり大きな声を出した。

「俺刺身頼んでないからこれしかないんだからね!?」

「こういう時は一緒に食べて、同時に「うまーっ!」っていうもんじゃにゃいの!?」

「それめんどくさくねえ!?」

 めんどくせえってか、それカップルとかがやるやつじゃねえ?

 しかもバがつくほうの。

「もういいよー。たたら普通に食べちゃうもん。……うまーっ!」

 一人でもなってるじゃねえか。

 そういうのはまあ、いつか多々良に恋人ができたときにでもやればいいんじゃないかな。


「おいしかったね!」

「確かにうまかった」

「切り身も大きいの買ったし、これで……むぐっ」

 変な笑いをする前に口をふさいだ。

 どうせ漏れ出る笑いは「ウェッヘッヘ」だからな。

「にゃにするのさー」

「すまねえ、つい」

「ついってにゃにかにゃ!?」

 もう3回目だし、つい。

「まあいいや。次はユキちゃんお望みの戻りガツオだね!」

「結構食ったし、俺は次で最後でいいかな」

「……えー、もうおしまいかー」

 多々良が残念そうに言った。

「ん?別に多々良は食べたいものを食べればいいんじゃないのか?」

「にゃに言ってんの。せっかく2人で来て、たたらだけ1人で食べるってにゃいでしょー?」

「別に俺に気を遣わなくても……」

「違うよっ!たたらはね、2人で一緒に来てるんだから、2人で楽しく食べたいって言ってるの!」

「……そっか、すまん」

「んもう!」

 多々良なりの考えがありました。

 優しい多々良らしいというか……。

「まあ結構いろいろ回ったし、そろそろ帰り時にゃんじゃにゃい?」

「確かにそうだな。じゃあ最後に鰹食べるの、付き合ってくれるか?」

「もっちろん!」

 多々良が笑顔で右手の親指を上げた。


 鰹の刺身とたたき、そんで白いご飯が来た。

「ユキちゃんも最後は結構食べるね……」

「むしろさっきこれのために節約したまである」

「好きだねえ……」

「まあ、多々良のマグロ好きと一緒だ」

 お互い何か言えたことではない。

「よーし多々良、乾杯だ」

「さっきのたたらと立場が逆ににゃってるね」

「いや、さっきの多々良のテンションの方が高かったからな?」

 コップの水で乾杯。

 隣の大人はカツオのたたきを食べながらビールを飲んでいる。

「大人になったら俺たちも何か食いながらビール飲んだりするのかねえ」

「ユキちゃんは見た目的にビールとか似合わにゃそうだね」

「そうかな?」

「うん、ほら、イケメンチャラ男ってチューハイとかのイメージ」

 なんか心に刺さった!

「多々良、俺に対してそんなイメージ持ってたの!?」

「えっへへ、冗談だよ。でも、ユキちゃん飲んだら大騒ぎしそう」

 父さんも母さんもあんまり強くない上に飲んだら寝るんだけど……俺もそうなるんじゃないかな。

「ユキちゃんはたたらとしっぽり飲むのよ」

「すげえ、なんか多々良が見た目以上の年になった。でもしっぽりの意味知ってる?」

「……にゃはは、いや、言ってみたかっただけ」

 照れたような表情で、頬をかく多々良。

 一方俺の内心は穏やかじゃない。

 まったく、俺を揺らすようなことを言ってくれやがって。

 ちょっと、食べることに集中しよう。


「いやー、おいしかったね!」

「だな。次はいつ来れるんだろうな」

「うーん……おかーさんたちからお金を渡されたときじゃにゃい?」

「まあ、そうなるよな……」

 というか、前までは家族と来てたけど、これからはこんな感じで多々良と2人で来ることになるのかな?

 それはそれでいいんだけど。

「さ、魚も早く持って帰らにゃいとだし、帰ろっか、ユキちゃん」

「だな。じゃあ、駅に向かおうか」

「うん!」

 まだまだ人が多いので、また手をつないで駅まで向かった。


「みんな考えることは一緒か……」

「そーみたいだね……」

 駅構内にはものすごい数の人がごった返していた。

 いや、ちょっと勘弁。

 この人の数はやばいって。

「片手で持って重いかもしれないけど、絶対離れないでくれよ」

「ほとんどユキちゃんが持ってくれてるし重くにゃいよ!ユキちゃんの方こそ大丈夫ー?」

 多々良が心配だったが、逆に心配されてしまった。

「ああ、俺は全然平気」

 どっちかっていうと手を離してしまった後の方が心配。

「さっすがユキちゃん!男の子!」

「子、扱いなのか……」

「あー、男子?」

「うん、そっちの方がいいや」

 まさか16にもなって男の子って言われるとは思わなかった。

 あーでも多々良も女子っていうよりは女の子だよな……いや、女子か。

「ユキちゃん、電車来ても乗れにゃさそうだし一本見送ろうよ」

「そうだな……さすがに満員電車はきつい」

「でももし就職先が東京とかだったら……」

「俺、自宅警備員目指すわ」

「そいつはいけにゃい!」

 お許しが出ませんでした。

 そのあと、電車は来たが多々良の言う通り人が多すぎて乗ることすらできなかった。

 でも、その代わりに次の電車では座れそうだ。

「お、来た来た」

「やっぱり電車来るときって音大きいねー」

「苦手か?」

「ちょっとねー」

 両手が塞がってるせいで耳が塞げないのか。

 ちょっと気の毒だ。

「ねえねえユキちゃん。にゃんか薄く黒い人が……」

「え、オーラ的なやつ?」

「そうそう……」

 こんな時に悪いこと考えてるやつがいるの?

 もしやかの有名な毒ガス事件のような感じのことをしようと?

「色が濃くにゃいからそんにゃに悪いことするわけじゃにゃさそうだけど……」

「まあ、大丈夫だろ」

 電車のドアが開いた。

 よし、余裕で座れるな。

 ドンッ

「うおっ!?」

「にゃっ!?」

 何かに押された。

「なんだなんだ」

「あっ、あの人!」

 どうやら多々良が言う黒い人とは、空いてる席に向けてダッシュで席を確保しようとしているおっさんだったらしい。

 周りから迷惑なものを見るような目で見られているが、そんなことはつゆ知らず、イヤホンを耳につけてラノベを読み始めた。

 まったく、迷惑なやっちゃな……あたったのが俺だったからいいものの、もし多々良を押して転ばせでもしたら胸倉つかんで殴ってた。

「もー、あぶにゃいねー」

「困ったもんだ」

 ともあれ、電車には座ることができた。

「うーん、にゃんだか眠くにゃってきっちゃったにゃー」

「一杯食べて電車に揺られてるからだろ。でもすぐ乗り換えるぞ?」

「そうにゃんだよね……よし、起きてよ」

 そう言った多々良だが、上野で乗り換えた電車では寝てしまった。


「そうそうこれよこれ!いい秋刀魚じゃにゃい!幸くん、いい仕事するね!」

「ありがとございます」

 多々良の母さんに褒められた。

 しっぽを見てみると、明らかにピンと伸びている。

 うれしそうですね。

「まぐろも買ってきたよ!」

「多々良、鮪好きだもんね。明日の夜でもいい?お母さん、秋刀魚を前にして明日まで待てそうににゃいんだ」

 多々良の母さんもさすがにサンマには勝てないらしい。

「うん!いーよ!」

「幸くんありがとね。今日はいい塩焼きができそう!」

「そりゃよかったです」

「ああ、秋刀魚の塩焼き……この感じにゃらはらわたも食べれそうだにゃー……たまにはお酒を飲むのもいいか……ウェッヘッヘ」

 あの変な笑いはどうやら遺伝らしい。

 この人でさえもこうなるのか……。

「幸くん、この後はどうするの?うち来てお昼ご飯食べてく?」

「いいんですか?」

「ええ、幸くんにはとってもいい仕事をしてもらったからね!お礼、かにゃ!」

「ありがとうございます。いただきます」

「……の前に、一度買ってきたものを家に置いてきたほうがよさそうだね」

「はい!」

 多々良の母さんが作る昼飯は、魚の出汁が効いてて美味しかった。

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