第7話 いただきました
ウズメがうちにやってきてから大体2週間。
結構経ったな。
「あ、おはようございます幸さん」
上体を起こした状態で俺に挨拶をするアメノウズメ。
朝5時に起きているとはなんとも早い……。
「おう、おはよう。ずいぶん動くようになったじゃねえか」
「いやー、まだこの状態を維持するので精一杯です」
動くようになった手で上体を支えているが、プルプルしてるので、そろそろ限界っぽい。
まあこんな感じで、誰かに上体を起こしてもらえれば腕で支えられるくらいには動けるようになった。
腕はもう完全に動くみたいだ。
……というか、この時間にこんな風に起きてるってことは、母さんも起きてるってことか。
なんて早いんだ、おばあちゃんか。
まあそんなことはどうでもいい。
「問題は足だな」
「まだまったく動かないんですよねえ……」
困ったことに、なぜか下半身だけは未だに全く動いてくれない。
早く歩けるようになってほしいもんなんだけどな……。
「私は踊りの神……私のアイデンティティが……」
「おう、難しい言葉を知ってんな、神さま」
「バカにしてるんですか!!」
ウズメが腕を振り上げると、それまであった支えがなくなり、自分の体勢を保てず、布団に倒れた。
「今日はそのまま寝てれば?」
「日曜日にずっと寝てるというのは、現代の言葉でにーとってやつなんじゃないですか?」
「お、そんな言葉も知ってるのか。でも残念、最近のお前はずっとニートだ」
「がーん!!」
布団の上で頭を抱えるウズメ。
「もう踊りの神さまじゃなくて、ニートの神さまにジョブチェンジしてみたらどうだ?」
「なんですかその神さまは!そんなのいませんよ!」
涙目で怒るアメノウズメ。
こりゃおもしれえ。
「あ~、ユキちゃんがウズメさんのこといじめてるー。いけにゃいんだー」
多々良が部屋に入ってきた。
なに、珍しいことじゃない。
「多々良さん助けてくださいー!幸さんがひどいんですよー!」
「大丈夫だ多々良、これはいじめてるんじゃなくて、いじってるっていうんだよ」
「いじめっ子のセリフだそれ……ウズメさん、よしよし」
ジト目の多々良が俺の目の前を通り過ぎ、ウズメの頭をなでる。
「準備してきたか?」
「うん!準備万端!おかーさんからお金ももらってきたよ!」
「多々良の母さんも何か買ってきてくれることを期待してんのね……」
「もっちろん!たたらも楽しみ!」
朝から元気ですね……めっちゃテンション高いじゃん。
まあ多々良がこうなるのも仕方ないか。
「じゃあそろそろ行くか」
「行こう行こう!」
「あら、幸さんと多々良さん、出かけるんですか?」
ウズメには言ってなかったっけか。
でも、予定がないとこんなに朝早く起きないと思うんだ。
「そうだよ!今日はユキちゃんとデートするのー!」
うれしそうに多々良が言うが……今日、デートじゃないからな。
「いやー、行くの久しぶりだからすっごい楽しみー!」
「俺も行くの久しぶりだなー。前はいつだっけか」
「確か……2年前かにゃ?」
「そん時は父さんとか母さんとか、多々良の母さんも一緒だったよな」
「そーそー!みんにゃで行ったよね!」
そうだそうだ、だんだん思い出してきた。
前はみんなで行ったんだった。
確か、多々良の父さんだけ仕事で来られなかったんだよな。
「今回は2人だね!デートだね!」
「買ったり食ったりするだけだしそもそも俺ら付き合ってねえからな……デートとは言えないんじゃないか?」
これで仮に俺と多々良が恋人だったりしたらデートと言えるかもしれないけれども。
「いいのいいの!今日はデート……戦争?」
「まあ朝は戦争っていうよな……ほら、目を光らせてる人とかもいるし」
「確かに……でもあの人たちはそれをしにゃいと1日の売り上げが……」
「まあ、そうだよな」
あの人たちだって自分の仕事で必死なんだもんな。
「行く前からちょー楽しみ!あっ、よだれが……じゅるり」
「気が早いよ。朝も早いんだからな?」
「にゃんもかかってにゃいよ」
厳しいつっこみいただきました。
「でもほらー、ユキちゃんも楽しみじゃにゃい?」
「多々良ほどじゃないけども……まあ、うまいもん食えるのは楽しみかな」
「だよね!たたらも今日のことを想像しただけで……ウェッヘッヘ」
「変な笑い方をするんじゃない」
朝の電車の中に多々良の奇妙な笑い声が響いた。
休日の始発ってことで人が少なかったのが幸いだ。
「あれ、ここで乗り換えだっけ?」
多々良が席から立った。
ちょうど今、上野駅で止まったところだ。
「そうそう、ここだよ。乗り換える電車は分かるか?」
「そんにゃのわかってるよー。東京メトロ日比谷線でしょ?」
「おう、正解」
「にゃんか子ども扱いされてにゃい!?」
「してにゃいしてにゃい」
「絶対してるよね!!」
多々良から怒りの肩パンをもらった。
猫パンチってあんまり痛くないよな。
「痛くにゃさそうな顔してるけどね、もうちょっと猫の血が強い猫人だと手が本当に猫みたいにゃ人もいるから気を付けた方がいいよ。その時はパンチの瞬間に爪が出てくるから」
「あっそれはさすがに気を付ける」
多々良の中の猫の血があまり強くなくてよかった……。
「ユキちゃん、階段降りるのちょっと怖いから、手つにゃいでもいいかにゃ?」
「おう、いいぜ。ほれ」
手を差し出すと、多々良が俺の手をつかんできた。
そのまま階段を降りると、なんだかエスコートっぽい。
「周りはちゃんと見えてるか?」
「うん、それは大丈夫だよ。距離感はちょっとキビシイけどね」
多々良と出かけるときは、この手をつないでいる状態がデフォルトだ。
こうしてると、やっぱりなんか恋人みたいなんだよなあ……。
「地下鉄ってあんまり乗らにゃいから新鮮だね」
「確かに、築地行く時くらいしか使わないからな」
今日俺たちが行くのは築地市場。
魚河岸ってやつだ。
魚を買ったり食べたりするのが目的で、多々良は大いに楽しみにしている。
「地下だと電車の走る音が全然違うね……にゃんか大きく聞こえる」
確かに、地上と違ってガーっという音が大きく聞こえる気がする。
「耳塞いでやろうか?」
「やー。ユキちゃん耳触りたいだけでしょー」
「バレたか」
もふもふしたいんだけど。
させてくれないかなー。
「くすぐったいんだからやーだよ。触っていいのは耳掃除してくれる時だけにゃんだからねー」
「いつでもしてあげますよ、ハッハッハ」
「……にゃんか変態ちっくだから、今度からおかーさんに頼もっかにゃ」
えっ、それだと俺が多々良の猫耳を触れなくなるんだけど……。
「……えー、そんにゃに
おっと、表情に出てたみたいだ。
「あ、そーいえば、そろそろ文化祭だよね。ユキちゃん、今年は出るの?」
「何に?」
何か俺出るようなことあったっけ?
あー、俺クラス代表で文化祭実行委員だし、オープニングセレモニーでもやらされるかもしんねえな。
俺壇上に立つとか、あんまり得意じゃないんだけど。
「ミスコン」
そっちかー……。
そういえば、去年は1年生だしって理由で出るの断ったんだっけ。
「俺、ミスコンに出るくらいイケメン?」
「んー、まあ、
「なんか一言多かったような気がするんだけど」
「気のせいだよ……ほら、たまにかっこいいとこあるし?」
後半が小声でよく聞き取れなかったけど……、多々良から見てもそんなにか。
幼なじみって、顔にフィルターかかるもんだと思うんだけど。
ってか、それ言ったら多々良の顔も結構かわいいと思う。
「じゃあ、多々良もミスコンに出る?」
「それはイヤ」
「なんでだよ」
と聞いたところで、思い出した。
そういえばうちの学校は1人超絶的な美女がいるんだった。
「たぶん今気づいたんだろうけど、先輩にどう頑張っても
絶対といわれるくらいの美人が、先輩の中にいる。
「名前なんだっけ」
「えーと、確か……
「ああそうだ、確かそんな名前」
天明凜。
その美貌は、あのアメノウズメにも匹敵するレベル。
グラビアとかやろうもんなら人気間違いなしだろうし、多分何の職業やっても美人すぎる○○とか特集組まれるレベル。
トークも上手……なのだが、その美貌ゆえに、高嶺の花扱いされて、彼氏いない歴=年齢というちょっと悲しい人……だったような。
「あの人がいる限りミスコンはあの人のものだよ」
「そうだよな……なんたって」
なんたって、彼女は人と鳥の混血種―――それも、神の鳥とも呼ばれる、ケツァールと、人間の混血だからだ。
「たたらでもみとれちゃうよ、あんにゃの」
「去年あの人が壇上に立った時はみんな一瞬静まり返ったもんな……」
「無理!勝てにゃい!やめやめ!」
多々良が手を振ってこの話を終わらせる。
確かにあれは勝てねえな……。
『築地~、築地です』
「いこー!」
「テンション高いな!?」
多々良が、俺の手を引っ張って走り出した。
「ストップストップ、多々良落ち着け。転んじゃうから」
「待ちきれにゃいよ……!」
目が輝いて、耳がせわしなく動いている。
早く行きたくて仕方がないみたいだ。
「それは分かるけど、はぐれられても困るから」
朝だというのに人が異様に多い。
もし身長の小さい多々良とはぐれてしまったら、探すのは至難の業だろう。
「うー……そうだね」
下を向いてうつむく……が、耳はいまだせわしなく動いている。
こいつあんまり納得してねえな。
「ユキちゃん、たたら早く行きたいよう……」
こっちを見つめ、せつなそうな声を出す多々良。
……見ようによっては、なんか誤解されそうな感じ。
と、とりあえず行きますか……。
「ユキちゃんまぐろー!」
「俺はマグロじゃありません」
多々良がマグロを指さして耳としっぽを立てる。
ってか、色の判別つけられないというのに、よく分かるな……あ、マグロって書いてあったわ。
「お、なんかあそこ人が群がってるぞ」
「ん、にゃんだろー?」
なんか、半分くらい猫人な気がする。
というか、全員服装が似てるような……。
「あ、板前さんだねー。
「朝早くから始まる
「板前さんたちの、仁義にゃき戦い……」
「とりあえず、邪魔しないでおこうか」
「うん、他の見て回ろー」
さすがにあの中に入っていく勇気は残念ながら俺たちにはない。
「おかーさんからメモもらってるんだよねー」
「へえ、どんなやつ?」
「今旬の魚のメモだよー」
見せてもらうと、サンマの文字だけやたら大きく、赤い文字で書いてあった。
……多々良は色分からないだろ。
俺も見ると見越して書いたのか……?
「大きく書いてあるってことは、これを買ってきてほしいんじゃねえの?」
「そうだね、買って行こうかにゃー」
「すげえ、いいものを見分けるポイントが書いてある」
普段料理しないから、こういう魚の見分け方とか知らなかった。
口先が黄色くて、目が澄んでいるもの。
そんでもって丸く太っているもの。
傷とか目が赤いのとかは水揚げの時についてしまう傷だから気にしなくていい……大体わかった。
口先が黄色って書いてあるってことは、やっぱり俺も見ると見越していたんだろうな。
「多々良もおいしいサンマ食べたい」
「さっきまぐろって言って興奮してなかったか?」
「せっかくの築地だもん。いろいろ食べたいよ」
「まあ9月だし、ちょっと珍しいもんが食えるみたいだな」
「え?どれどれー?」
額に手を置いてきょろきょろする多々良。
なんというか、ステレオタイプな……。
「よいしょっと」
さすがに多々良の身長じゃ見えないだろう。
そう思い、多々良を抱き上げた。
「にゃっ!?いきにゃりにゃにするの!?」
「ほれ、あれだよあれ」
片手で抱えて、その看板がある方向に指をさす。
見つけたのか、多々良の耳がピンと立った。
「ほんとだ、確かに珍しいね!」
「だろ?」
「うん!食べてく!」
看板には太刀魚入荷と書いてある。
まあ9月だし、食べられるのは今の時期だけ……だよな。
一応、俺も旬の魚は調べてきたけど……。
「よっし!あそこ目指そう!」
腰に左手を置き、右手は人差し指を伸ばし前へ。
ビシッ!という音でも聞こえてきそうな感じだ。
「まあその前にサンマだな。早くしないと板前さんたちにいいもの根こそぎ取られるぞ」
「そうだった!」
「ユキちゃんユキちゃん。オッチャンたちが厳しい目でサンマを選定してるよ」
「怖気づいちゃだめだぜ多々良。なんたって、あの中から俺たちもサンマを買わなきゃいけないんだ」
かくいう俺の腰が引けているのは内緒だ。
「そうだよねー、だっておかーさんのメモに大きく……赤?色?で書いてあった……んだよね?」
「そうそう、赤色で大きい文字だ」
「これ、赤色っていうんだねー」
多々良がメモを広げ、でかでかと書かれたサンマという文字を見つめる。
「多々良から見たらどんな色に見えるんだ?」
「うーん、薄くて見づらいというか……」
やっぱりそういう認識なのか。
黒板の赤文字も見づらいんだもんな、そりゃそうだよな。
「そんでこの口先が黄色?っていうのはどんにゃ色にゃの?」
「多分、多々良から見たら赤色よりももっと薄い色だ」
「そしたらたたらから見たら白い色にしか見えにゃいよ」
「そうかもな」
仕方ない、多々良と俺じゃ、見えてる世界が違うんだ。
俺がそばにいて補助してあげなくては。
「じゃあ多々良は保冷バッグの用意をしといてくれ。俺がサンマを買ってくる」
「頑張ってユキちゃん!応援してる!」
「よっしゃがんばる」
魚を選定しているオッチャンは3人。
運が良ければあの人たちにいい感じの魚を教えてもらえるかもしれない。
女性に話しかけるのはあまり得意じゃないけど、オッチャンならいける。
「おはようございます、いいのありますかねえ?」
魚を選定中の、なんというかいかにもなオッチャンがこっちをちらっと見る。
……この人も猫人か。
「よう坊主、こちとら仕事中だぜ」
魚選びからすでに仕事が始まっているんですね……。
まあ、当たり前か。
「いやー、母親から魚選びのコツってもんを教わったんですけどね?いざ現地まで来てみたらどれがいいんだか……って感じで。いつも見てる魚とは違いすぎてねえ」
なんかペラペラと言葉が出てくる。
こ、この調子かな?
「それで
まあさすがにそう都合よくも行かないよな……。
ここは謙虚にいこう。
「いやいや、そんな店で一番いいのなんか求めちゃいないさ。いいのだって、いくつかあるんじゃないっすか?」
「……仕方ねえ。親父、俺はこれと……それとあれだ。3尾買う」
「はいよ、毎度あり」
オッチャンが魚を受け取ると、こっちに向き直った。
「いいか坊主、まあ教わってるっつーしわかってるとは思うが、まずは口だ」
ええと黄色いやつだよな……あった。
「ああいうやつっすか?」
近くにあったサンマだが、口が黄色く、目も透き通っている。
これならなかなかいいんじゃないか?
「まあ口と目を見るんにゃらそれでもいいかもしれねえけどよ、そいつ、よく見ろ」
そういわれて、もう一度サンマを見る。
……なんか細いな。
「気づいた見てえだな。ま、そういうこった」
口先が黄色で目が透明でいい感じに太ってるやつ……。
……お!
「あれなんかどうっすか!」
少し遠いところにあるサンマを指さす。
背中も腹も盛り上がっているし、きれいだ。
「……目利きの経験もねえ小僧がよく見つけたじゃねえか」
なんか認めてもらえたぞ!?
「親父、これこいつが買うからよ、ちょっと触るぜ」
「はいよ」
えっ、触るって何。
オッチャンが俺が選んださんまのしっぽを持った。
上に立てると、あら立派。
まるで刀の様。
瑞々しい光を放っていて、なんというか、名刀の雰囲気。
「こうやってしっぽを持った時にこんにゃ風に上に立つのは新鮮な証拠だ。覚えとけ」
「はい!」
うおおおこのオッチャン優しーい!
「俺はもう行くからにゃ。サンマの見方、忘れんにゃよ」
「あ……ありがとうございます!」
今の経験を活かして、サンマをあと5尾買った。
いやあ、いい人だった。
「よし、買ってきたぜサンマ」
「おー!ユキちゃんニャイス!よーしよしよし」
頭をなでたいのか知らないが、俺に手を伸ばしてくる多々良。
どう頑張っても胸にまでしか届かないんだけども。
「さ、保冷バッグに入れて」
「あいあいさー!」
「おし、じゃあお待ちかねのお食事タイムと行きますか」
「やったー!おいしいおさかにゃ……ウェッヘッヘ」
「だから変な声を出すんじゃない」
あと、口の端によだれが見えてますよ?
「まずはここなのか?」
「うん!にゃくにゃらにゃいうちに食べていかにゃいと!」
「……にゃんだって?」
にゃいにゃい言ってたようにしか……。
「にゃくにゃらにゃいうちに食べにゃいと!」
ああ、なくならないうちにって言ってんのか。
ある程度慣れたつもりではいるけど、こうもにゃいにゃい言われると聞き返したくもなる。
看板にはでかでかと『太刀魚、食えます。美味くなかったら金返す』の文字。
すげえ自信。
「ちなみに太刀魚って見たことあるか?」
「あるよ!めっちゃ光ってるやつ!」
「うん、大体あってる」
確かに色で判別つかないからその言い分は正しい。
まあ色は銀色だからあまり多々良の見えている色と変わりないんだろうけど。
「お店に入ろう!」
「何食べるんだ?」
「もちろんお刺身ですよ。にゃんたって新鮮ですからね」
ずんずん店の中に入っていく多々良。
「らっしゃい!お?1人かい?親御さんは一緒じゃねえのかい?」
「子供じゃにゃいです!」
「ああ、すみません、親じゃないですけど俺が一緒です!高校生!」
店の中にいたのは、人間のオッチャンだった。
頭頂部がハゲている。
「ああ、猫人か!すまんな嬢ちゃん!」
「そんにゃに子供に見える?」
「まあ、身長がな」
「もう伸びにゃいもん!仕方にゃいんですー!オッチャン太刀魚の刺身!2人前で!」
そのままの勢いで多々良が注文した。
なんだ今の流れ。
「あいよ!空いてる席に座りな!」
空いてるスペース2つしかないけど。
人気なのか、この店。
「太刀魚の刺身にゃんて、あんまり食べる機会にゃいよねー!」
「多々良、大丈夫か?あんまり食べると後でまぐろとか、他にも食べたいものがあったときに入らなくなるぞ?」
「大丈夫!お魚は別腹にゃのだ!」
それ普通はデザートとかじゃないんですかね。
「ほれお待ち!嬢ちゃん、詫びとして2切れまけといた。これで許しちゃくれねえか?」
……多々良の刺身、俺より多い。
「むむー……よし!許しちゃう!」
「ゆっくりしてけよ!」
多々良が右手の親指を上げ、オッチャンは俺たちにウィンクをしながら去っていった。
そんなに長居はしないと思うけどな……。
「ユキちゃん、お水持って!」
「え、うん?」
多々良が右手に水の入ったコップを持つ。
乾杯かな?
「これでいいか?」
「うん!じゃあ、この素晴らしい食の時間に感謝を込めて……乾杯!」
「か、乾杯」
水で乾杯。
こういうのって普通はお酒……いやまあ俺まだ16だけど。
「あっユキちゃん、乾杯したらまず一口は飲まにゃいといけにゃいんだよ!」
「お、おう、そうなのか」
まさかの多々良からのマナー講義……。
さて、いただきましょうか。
「……醤油が2つある」
「わさびしょうゆと、ポン酢しょうゆだねー、どっちも合うってことだ!」
「じゃあまずはわさび醤油といきますか?」
「いきましょう!」
醤油を少しつけて、太刀魚の刺身を一口。
独特のこりっとしたような、もちっとしているような食感。
身に乗った脂の甘みが、口に広がる。
新鮮な太刀魚の刺身ってこんな味がするんだ、美味いな……。
「ユキちゃん!」
「うおっ!?」
多々良がいきなり声を上げた。
耳は上に向かってピンと立って……いや今朝からずっと立ってるような気がする。
「すっごーくおいしいねこれ……」
満足しているのか、多々良が大きく、ゆっくりうなずいた。
「お、おお。確かにうまいよなこれ」
「じゃあ、お次は……」
ポン酢醤油、これはどうだ……?
「さっぱりしていい!」
一緒に食べる間もなく、多々良が先に食べた。
こいつ待ちきれなかったんだな。
「じゃあ、俺も」
歯ごたえに合う爽やかな酸味。
ああこれどっちも美味い。
「ごちそうさま!」
「早いな!?」
あっという間に食べやがった!
「本当ならもっと食べたいけど……、オッチャン、来年も来るよ!」
「おう!待ってるぜ嬢ちゃん」
「あいよ!」
オッチャンとやり取りをする多々良。
こっちはまだ刺身が残っているんですよね。
ただ、急いで食べるとせっかくの太刀魚がもったいないので、味わって食べさせていただきます。
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