第10話 走りました

「ユキちゃん起きてー。今日は早く家を出にゃいと行けにゃいんでしょー?」

 体を揺らされた。

 薄目を開けて時計を見ると、まだ朝の6時半だ。

 早いよ全く……。

「ほらほらー、ユキちゃん起きて用意してー!」

 ふとんをがばっとはがされた。

 もう10月、そろそろ寒くなってくる時期だ。

 半袖で寝るの、もうじきやめようかな。

「んにゃ~~~っ、ユキちゃん、お~き~ろ~」

 頬をぺしぺし叩かれる。

 ……仕方ない、起きますか。

「おはよう多々良。いい朝だね」

「おはようユキちゃん。ほらほら早く準備しちゃってよ。今日は持久走大会でしょー?」

 ……そうでした。


「あ、幸さん、多々良さん、おはようございます。今日はお早いんですね?」

「おはようウズメ。今日は学校の忌まわしきイベントの日だ」

「ウズメさんおはよう!ユキちゃん、それだけじゃウズメさん分からにゃいでしょ」

 ウズメが首をかしげている。

 一緒に夕飯を食った日以来、部屋に置いた座椅子に座っていることが多くなった。

 まだ下半身は動かないらしい。

「忌まわしき……あまり穏やかではないですね。何かあるんですか?」

「そんにゃ物騒なものじゃにゃいよ?今日は持久走大会って言って、にゃが~い距離を走る大会にゃの」

「幸さん、もしかして体力がないんですか?」

「失礼だなこの野郎」

 お前が倒れてた日にお前を運んだのは誰だと思ってんだ。

 人ひとり抱えて歩けるくらいの体力も多々良を背負って走るだけの体力もあるわ。

 ただめんどくさいってだけで。

「野郎だなんて、神さまに向かって失礼ですね」

「神さまっぽくないしな」

「もう!」

 ウズメが頬を膨らませた。

 その表情に神さまっぽさはかけらも感じられない。

「ユキちゃん、あんまり意地悪言っちゃだめだよ?天罰が当たっちゃうんじゃにゃい?」

「ウズメにそんな力はないだろ」

「多々良さん、幸さんに天罰を与えてください♪」

「にゃっ!」

「天罰ぅ!?」

 ウズメが多々良に話しかけた瞬間、多々良が俺の腹にパンチを入れてきた。

 力が強くないので痛くはないのだが。

「天罰、当たっちゃいますよ?」

「多々良を使うんじゃねえ!」

「ユキちゃん、ごめんね?大丈夫?」

「いや全然大丈夫なんだけども!」

 多々良が申し訳なさそうに言う。

 ほら気にしちゃったじゃんかぁー!

「多々良さん、利用するような真似をして申し訳ありません」

 さすがに悪いと感じたのか、ウズメが頭を下げた。

「あ、いえいえ!全然大丈夫だよ!?」

 多々良があわあわと手を振った。

「持久走大会、でしたっけ?頑張ってくださいね!」

「……ああ、まあ、適当に走るさ」

「適当ではなく、全身全霊をかけて物事に挑めば、きっといいことがありますよ!」

 ウズメが両手をぐっと握った。

「まあ、できる範囲で」

「たたらは走らにゃいけどね」

「あら、そうなんですか?多々良さんなら元気に走りそうなイメージが……」

 ウズメが意外そうに言う。

 あれ、ウズメって多々良の目のこと知らないんだっけ?

「ウズメ、多々良はあんまり走れないぞ?」

「そうなんですか!?この部屋に入ってくるときなどは走ってくるような気がするんですが……」

「あ、うん、それは確かにそうね」

 それは距離感をつかんでいるからだ。

 普段はほとんど走らないし、一人では歩くのもかなりゆっくりだ。

 というか、知らないみたいだね?

「……多々良、ウズメに多々良の目のこと、話してもいいか?」

「うん、いいよ!というか、たたらがはにゃすよ!」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫っていうか……たたら、あんまり気にしてにゃいからねー」

「そ、そうか」

「うん、気遣ってくれてありがとね。やっぱりユキちゃんはやさしいね!」

 そりゃ気遣うよ。

 目が見えないだなんて。

「ウズメさん、たたらの目はね、左目が見えにゃいんだ!」

「そうだったんですか!?」

「そんでもって、見えてる右目にもちょっと問題があって、周りのものが白黒にしか見えにゃくて、色、っていうのがどういうものにゃのか、たたらには分からにゃいんだよね」

「えええ!?」

 ものすごく驚く女神。

 こいつ、なんで初対面の時に俺が多々良を背負っていたのか分かってなかったんだな?

 たしかあの時、多々良もウズメが近くにいるから見える的な発言をしてたはずだけど……。

 こいつ、記憶力どうなってやがる。

「それは知りませんでした……幸さんが多々良さんと一緒にいてあげるのはそのためですか?」

「いや、俺と多々良は幼なじみだしな。特に理由なんかなくても、一緒にいるんだよ」

「って言ってても、ユキちゃんはたたらのこと、結構気にしてくれてるよね」

「……まあ、幼なじみだし」

 ちょっと顔をそらした。

 素直に認めるのはちょっと恥ずかしい。

 気にしてるのは、確かなんだけど。

「ふふふ、幸さんは優しいのですね。私に何でもできるような力があったなら……」

「いいんだよウズメさん。たたらは今の状態でも十分楽しいから!」

 明るく言う多々良。

 ……できれば、この子にも、俺と同じ景色を見てほしいなっていう気はあるんだけども。

「って!長話にゃがばにゃししてる場合じゃにゃかった!ユキちゃん、行かにゃいと!」

「やべえ!じゃあウズメ、行ってくる!」

「行ってくるね!」

「はい!頑張ってくださいね!」


「……ぬ、ユキちゃん、最近少し寒くなってきたね」

 多々良が外に出た瞬間身体をぶるっと震わせた。

「寒いか?もうちょっと上着着た方がいいんじゃね?」

「うーん、でも多分もう一枚着ちゃうと暑いんだよねー」

「難儀だなあ……」

「もう一枚着るんだったらもうちょっと寒い方がいいねー。よし、ユキちゃん行こ」

「そうだな」

 多々良と並んで歩き始める。

 やはり、多々良は少しだけ歩くのが遅い。

 いつもはいいんだけど、今日は俺が寝ていたせいでちょっとこのままだと遅れそうだ。

「多々良、ちょっと急ぐぞ」

「え、たたらこれより早く歩いたらちょっと怖いよ?」

「大丈夫、怖くなんてないから。ほら、乗っておくれ」

 多々良を負ぶさる準備をする。

「いいの?」

「ああ、今日はいつもより荷物少ないし、多々良は軽いからな」

「……もしかして」

「違うよ?遅れたら木晴こはる先生に怒られるからな」

「……そうだよね、そういうことにゃら」

 多々良が俺の背中に乗っかった。

 約1ヶ月ぶりに多々良を背負った。

 今日は持久走大会ということで、服装はみんなジャージだ。

 つまり……制服より、背中に伝わる感触はダイレクト。

「……ユキちゃん、声に出さにゃくても、たたらには分かるんだからね?」

 さすが多々良さん、鋭いことで。

「俺そんなに黒い?」

「まあね。でも、そんにゃの見にゃくてもユキちゃんが考えてることにゃんて分かっちゃうよ」

 まあそりゃあ分かるだろうよ。

 だって背負うとおもいっきし当たるんだもん。

「……それ、俺のこと遠回しに好きって言ってる?」

「にゃんでそうにゃったの」

「いや、冗談だけど」

 多々良を背負いながら、少し急いで歩く。

「きつくないか?」

「そんにゃことにゃいよ。むしろありがとね」

「お安い御用だっつの」

 別に疲れることもなく、多々良を背負って歩いていく。

「……お?」

 俺の上に、いきなり大きな影がかかった。

 なんだ?

「……おはよう」

 ばさっという音を出しながら、上から姫川が降りてきた。

「うおっ」

 いきなり目の前に来られたもんだから、結構びっくりした。

「あっ!綺月きづき!おはよう!」

「うん、多々良おはよう」

「おはよう姫川。飛んで会場に行くのは楽そうだな」

「うーん、案外、疲れるかも」

 姫川が首をかしげる。

「まあ、会場入り前から運動してるようなもんだしな」

「……そうだね。だから、羽を休めるために、会場まで歩いていく」

 持久走大会では、亜人族の中でも鳥人だけは例外で、科目が持久走ではなく持久飛行になる。

 もともと鳥人は歩いたり走ったりするのが得意ではないため、持久走になると途中で力尽きてしまうからだ。

「長距離飛行なら、あんまり疲れなくて済むけどね」

「そうなのか?」

「うん、停空飛翔って分かるかな?」

 そんな言葉は聞いたことないな……。

「ごめんね綺月、たたら分からにゃいや」

「……飛んでいる間、翼を広げて角度を調節すれば長い距離飛べるんだ。そう考えると、鳥の種類によっては優劣がついちゃうんだけど」

「まあ、順位とかそういうのはないからな」

 亜人種は交配した動物によって持久力などがだいぶ変わってしまうため、この大会には順位はつかない。

 あるのは参加賞のスポーツドリンクとアイスクリームだ。

「うちは飛ぶの得意だけど、あんまり長い距離走れない子もいるし」

「まあそれを言ったら佐々木とかも長い距離は走るの苦手だからな」

 あいつも狼の混血だし、瞬発力はあるけど持久力があるとは言えないからな。

 そういうと倉持も猫だしそうなんだけど。

「多々良も普通に走れたら持久力はないかもな」

「確かにすぐ疲れちゃうかもねー」

「でも俺も体力ってあんまり自信ないんだよな……」

「ユキちゃん、たたらが応援してるからね!」

 ……頑張るか。


『今年も持久走、持久飛行大会の時間がやってまいりました!みなさん、若い体力を精一杯使って、青春を走り抜けましょう!』

 なんてクサいセリフ。

 校長、そういうのは高校生に言っても笑われるだけですよ。

 というか、どんな人に言っても笑われますよ。

「ユキちゃん、青春ってどうやって走り抜けるの?」

「いや、俺にはわからん」

 多々良が聞いてくるが、残念ながらさっぱりわからねえ。

「姫川、分かる?」

「……うちにもさっぱり」

「仕方ねえよ、うちの高校の校長は頭がおかしいんだ」

 佐々木が近くにやってきた。

 服装は半袖と短パン。

 元気なやつだ。

「おはよう佐々木。うちの場合、走りもしないんだけどね」

「姫川の飛ぶ姿、下から見といてやるぜ」

「かっこよく飛んだげる。うちは佐々木とか倉持がバテる無様な姿を見てるよ」

「仕方ねえじゃねえか、狼も猫も、持久力はないんだからよ」

 佐々木が口を尖らせた。

「佐倉は持久力あっていいよな」

「俺はまあ……でも、そんなに早くないぞ?」

「こういう時は同じペースで走り続けられる人間が有利なんだよ」

 順位とかないんだから、有利もクソもないんだが。

「てか、それを言うんだったら、俺たち人間より馬人の方が圧倒的有利だよ」

 足の速さ、そしてハイペースで走るのを支える圧倒的持久力。

 持久力であれば、馬人に勝てる人種はいない。

「まあ、うちは他の鳥人と争ってみようかな」

「そういう争いはあるのか」

「まあ、鳥人の中だけでの争いだけどね。もちろん、飛ぶスピードが速くない人たちは別だけど」

『それでは、持久走、持久飛行大会を開始します!参加する生徒たちは、体操着で定位置についてください!』

 体操着になるの、寒いんだけど。

「うー、寒いにゃ……!」

 体を震わせて、倉持が近づいてきた。

「おはよう倉持。さすがにちょっと寒いよな」

「ああ、おはよう佐倉。僕にはこの寒さはきついにゃ……」

「なんだなんだ、佐倉も倉持も、寒さには弱んだな!」

「お前が強いだけだ!」

 早くも準備運動をし始めた佐々木に批判の声を飛ばした。

「あ、おはよう。みんな集まるの早くない?」

「おはよう秋川、お前が来るのが遅いだけだ」

 遅刻ギリギリじゃねえか。

「姫川もおはよう。今年もトップ狙い?」

「秋川おはよう。もちろん、うちは早さには自信あるからね」

「さすが、鷲は強いね」

「この学校にはやぶさがいたら勝てなかったけどね」

 姫川が肩をすくめた。

 隼がいないからこそ、トップ争いができるみたいだ。

 確かに、あれば飛行速度も飛行距離もけた違いだもんな。

「みんにゃ、頑張ってね!たたら、応援してるよ!」

 多々良が両手をぐっと握って、俺たちに言った。

「おう、多々良、頑張ってくる」

「……ユキちゃん、体力に自信にゃいとか、適当にとか言ってにゃかった?」

「頑張ってくる」


『位置について!用意ー!スタート!』

 周りがいっせいに走り出した。

 瞬発力のある人たちと馬人は先に行ってもらった方がいい。

 大丈夫、どうせ後で抜かすから。

 馬人は無理だけど。

「佐倉、一緒に走ろうよ」

 俺と一緒に後ろの方からスタートしたらしい秋川が後ろから近付いてきた。

 ああそうか、佐々木は狼、倉持は猫で瞬発力組だけど、犬とヘビの血が入っている秋川も持久力組だった。

 特に秋川に入ってる犬の血はボルゾイで、速力も持久力も十分、ヘビの血はコーンスネークで毒性のない蛇のためこちらも持久力が高い。

 長距離にはなかなか適している。

「ある程度速度も出せるんだったら馬人たちと一緒に走ってくればいいのに」

「いやー、あの人たちは違う領域というか……」

「まあ、そうだよな。一緒に走るか」

「うんうん、多分、佐々木と倉持は後で前から来るよ」

 たぶんそいつらはペースが遅すぎて俺たちが合わせるのがきついと思う。

 歩きと同じくらいだろうし。

「お、姫川が飛んでるぞ」

「うっわ、はっやいねえ」

 上空で、姫川が大きな翼を広げて滑空している。

 その後ろから、姫川を抜かんとばかりに翼を広げて追いかけている人がいる。

「あれは鷹か……」

「鷹と鷲の勝負って……なんかかっこいいね!」

「たしかに!」

 ものすごいスピードで飛んでいるため、姫川たちの姿はすぐに小さくなっていく。

 トップ争いをしているだいぶ後方では、飛ぶのが早くない人たちが飛んでいる。

 その中で、ひときわ目立つ人がいる。

「佐倉、あれ見てよ」

 あれ、とは……神の鳥、ケツァールと人間の混血、天明凜あまあけりん先輩だ。

「やー、すげえな。めっちゃきれいだ」

 長い緑色の尾羽が陽の光で輝いている。

 学校で一番の美女が優雅に飛んでいる。

 その姿に、周りの男子たちが足を止め、見上げている。

「やっぱり凜先輩って超美人だなー!」

「秋川、あの人と話したことある?」

「ないけど……一回話してみたいよね!」

「普通に話しかけりゃいいじゃん」

「その普通っていうのが難しいんじゃん。佐倉だってできないくせにー」

「……ぐ」

 それを言われるとちと弱い。

 確かに俺から交流のない女性に話しかけるのは……。

 うん、見るだけでいいかな。

「トップ組、だいぶ先まで行っちゃったねえ」

「大丈夫だ、大半は途中でバテて失速するからな」

「別に順位争いをしてるわけじゃないんだけど……」

 秋川はおそらく俺よりも体力はあるだろう。

 俺の速度に合わせて走ってくれている。

「てか、俺たちあのトップ集団を除けば前の方だな」

「まあ、俺も佐倉も体力ないってわけじゃないしね。このまま走ってれば結構いいタイムになるんじゃない?」

「別にそんないいタイム目指してないけどね?」

 とりあえずこの面倒なイベントが早く終わればいいや。

「今どのくらい走ったんだ?」

「まだ2.5㎞地点だよ」

「4分の1か……」

 5㎞地点が見えるけども、まだまだ遠い。

 ゴールは1周地点。

 10㎞くらいだ。

「そういえば、マルちゃんはどこにいるの?」

「どっかで応援してくれるって言ってたんだけど、どこにいるかは分からん」

 去年はゴール目前で俺たちのことを応援してくれた。

 今年も同じだろうか。

「佐倉はマルちゃんから応援してもらえたら頑張れるよね」

「まあ……多々良はかわいいしな」

「マルちゃんは癒しくれるよね。ってか、佐倉の中でマルちゃんの存在ってかなり大きいよね」

「ま、まあな」

 確かにでかい。

 そりゃそうだ、幼なじみだからな。

「あ、前から瞬発力組が失速してきたよ」

 秋川の言う通り、前からいきなり減速した人たちの壁が押し寄せてきた。

「避けるか」

「じゃあ俺は右」

 秋川が道の端に移動した。

 俺も左に移動するか。

「やべえ……俺ぁ疲れちまったよ」

「僕も……走り切れるかな……」

 壁の中に、見知った連中もいた。

 佐々木、倉持、お先にな。

「今年は佐々木と倉持のこと置いてくの?」

「まあ、多々良が待ってるからな」

「はいはい、マルちゃんのこと大好きねー」

 秋川が棒読みで言った。

「鳥人たちに追いつきに行く?」

「いやいや佐倉、俺さすがにそんなに体力ないよ?」

「まあ、冗談だよ。俺は秋川より体力ないしな」

 さすがに犬とヘビの混血の秋川に勝てるような体力は俺にはない。

「……あれ、俺たちの後ろ、人いないんだけど」

「えっ」

 秋川に言われてびっくりして後ろを向くと、本当に人がいなかった。

「もしかしてコース間違えた?」

「いやそんなことないでしょ。遠くにはいないこともないし、前だって馬人たち見えるし」

「じゃあ……あの壁に巻き込まれたか」

「そうだと思う。後ろにいた人たち、固まってたし」

 やりい!俺たちトップ独走中!

 ……本当にトップなわけじゃないけどね。


「佐倉、ちょっとペース上げない?」

 秋川がそんな提案をしてきた。

「あんまり疲れたくないんだけどなあ」

 無理のない範囲で走ってる俺としては、これ以上ペースを上げるのは……。

「ちょっと疲れるくらいがゴールした時のアイス美味くない?それに、ゴールでもらえるアイスと飲み物だけは先着順だしさ」

「……そういえば、先着順だったな。たしか、ダッツ先輩もなかったっけ」

「あるある。俺はたまごアイス一択だけどね」

「よし、ペース上げるか」

 そろそろ半分の地点だ。

 5㎞地点の橋を渡っていく。

「普通にここの公園って貸切ってるわけじゃないから一般人も走ってるし、よーく見ると釣り人もいるよな」

「ランナーの人もいるよね。あの人たちについて行くのはさすがに無理そうだけど」

「さすがにそれは疲れるな」

 あの人たちはかなりハイペースだからな。

「ユキちゃーん!がんばってー!」

 元気な声が響いた。

 多々良だ。

「って、多々良!?なんでここに!?」

「先導のバイクに乗せてもらったのー!ユキちゃんも、アッキーもがんばってー!」

「おーう!頑張ってやるぜー!」

「マルちゃん、応援ありがとー!」

 手を振ると、多々良も両手で手を振り返してくれた。

 うん、やる気出てきた。

「佐々木と倉持はしばらく来ないぞー!」

「これからバイクでゴールに戻っちゃうー!」

 残念、佐々木と倉持。

 多々良からの応援は受けられないみたいだ。

「よーし、俺たちもこのままトップで行こうか」

「馬人たちはもうゴールしてると思うよ」

「はええよあいつら」

 もしかしたらもうダッツ先輩は取られてるかもしれない。

 ……ああ、そういえば馬人用の野菜アイスがあるから、そっちがなくなるか。

「たまごアイスってさ、確か……」

「そうだよ佐倉!実は先着順のアイスの中にね、去年ハーゲンダッツのプレミアムたまごアイスがあったんだってさ!無料でプレミアムアイスとか、頑張るしかないよね!」

「……あれっ、ペース上げるって理由って」

「何言ってんの、頑張った方が、マルちゃんの目からもかっこよく映るかもよ?」

 ……確かに。

「よし、行こう」

「わっかりやすーい」

 少しだけペースを上げる。

 このペースで行けばゴールするころにはいい感じに疲れてるか。

「ねえ佐倉、やっぱり俺と競争する?姫川たちも競争してるっぽいしさ」

「残念ながら、持久走で競争となったら俺は秋川には勝てないよ。分かって言ってるだろー」

「はっはっはー、さすがに冗談だよ。これでも俺は猟犬だからね」

「本気出せば馬人たちにもついて行けるんじゃねえの?」

「いやー、さすがにそれは俺でも無理だよ」

 走りながら、秋川が肩をすくめた。

「あ、上見ろ秋川。あいつら戻ってきたぞ」

「おお、ほんとだ」

 姿が見えなくなった姫川たち鳥人が、ゴールへ向かっていく。

 どうやら姫川はトップを守り続けているらしい。

 俺たちが走っている姿を見つけたのか、姫川が微笑みながら手を振った。

「お、姫川が笑ったぞ」

「ほんとだ、超珍しいね。いけー姫川ー!」

「いけー!」

 俺たちも全力で手を振り返してやった。

 ゴールはもうすぐだ、頑張れ姫川。

「さーて、俺たちもゴール向かって一直線!ついてこい佐倉!」

「えっ、お前またペース上げんの!?」

 ペースを上げやがった秋川について行く。

 なんとかゴールまでついていけそうだが、こりゃかなり疲れそうだな……。

「この調子で行けばおいしいアイスが食えるぞー!!」

「お前このペースで超余裕そうだな!?」

「まだまだ余裕余裕!」

 ありえねえ……。

 これが血の違いか……。

「見てみて佐倉!反対側に佐々木と倉持がいるよ!」

「そんな余裕……ほんとだ」

 佐々木と倉持が疲れて歩いているのが見えた。

 今大体3.5㎞地点ってところかな?

 そうなるとどのくらいのタイムになるんだろう。

「俺たちは先にゴールして、おいしいアイスを食べながらゆっくり待つとしよう!」

「確かにこのままゴールしたらアイスは絶品だろうな!」

 だって半袖短パンで寒かったはずなのに今すげえ暑いもん!!

 汗かいてるよこれ!

「お、佐倉大丈夫?ペース落とそうか?」

 秋川が余裕そうに聞いてくる。

「……うるせえ、落とさなくていいよ」

「ふふ、頑張れー」

「余裕ぶりやがってー……」

「まあ、俺はまだ余裕だし?」

「くそう……」

 ちょっとうらやましい。

「頑張ってるユキちゃん、すごくかっこいいよ!」

 秋川がいい笑顔で行ってくる。

「黙れこの野郎」

 これはひどい。

 やる気が一気にそがれた気がする。

「ほらほら、行こう佐倉」

「行く気をなくさせたのは誰だ……」

「じゃあ、ちょっとペース落とす?」

「……このまま行くっつーの」

 頑張って秋川について行く。

 普段こんな頑張って走ることもないし、こりゃ明日は筋肉痛かな……。

 前で飛んでいる姫川が、急降下するのが見えた。

「姫川、ゴールしたんだな」

「たぶん前で走ってる馬人たちもゴールしたんじゃないかな」

 もともと最初から前を走っている馬人たちは見えていなかったので、多分もうとっくにゴールしているんだろう。

「さて、もうちょいだね佐倉」

「もうちょいで終わる!?」

「うん、もうちょいだよ」

 くそう、疲れてきたぜ。

 これだけ走っても全然余裕な秋川がうらやましいぜ。

 ……やっぱり、血ってのは勝てねえな。

 とりあえず、早くゴールしてダッツ先輩をいただきたい。

 なかったら別にソフトクリームでいいから。

 飲み物ならなんか炭酸。

 あれだ、ウ○ルキンソンとか。

「おー!去年よりすっごいはやーい!ユキちゃーん!もうちょっとだよー!」

 元気な声が聞こえた。

 顔を上げると、多々良がゴール近くで待っていた。

「マルちゃーん!佐倉を連れてきたよー!」

「アッキーすげー!」

 違う、連れてこられたんじゃない、俺が秋川について行ったんだ。

 ってか、精一杯走っただけだ!

 もうちょい!

「ユキちゃん!アッキー!ターッチ!」

 多々良がゴールで両手を広げた。

「ターッチ!」

「だぁあっ!」

 秋川は楽しそうに、そんでもって俺は疲れて無様に。

 多々良とハイタッチをして、ゴールした。

「あぁ~!!疲れた!!」

 ゴール先の芝生に倒れこんだ。

 やべえ、まじ疲れた……。

「ユキちゃん!超頑張ったね!よーしよし!」

 多々良の小さな手が俺の頭をなでる。

 ……なんか、頑張った甲斐かいがあったかもしれない。

「佐倉ばってばてじゃん」

「はっ、はっ……人間なんて、はぁっ、こんな……もんだ」

 だいぶ疲れてしまった。

 こんな疲れたこと、今まであっただろうか。

 目の前でまだまだ余裕そうにしている秋川がうらやましい。

「……佐倉、おつかれさまじゃん」

 先にゴールしていた姫川が近づいてきた。

 その手には、アイスが乗っている。

「おう、姫川もお疲れ……はぁ、鳥人枠で1位おめでとう」

「ふふん、応援ありがとう」

 そう言いながらも、無表情のままの姫川。

 表情硬いなあ、さっきは笑ったくせに。

「倒れてるところ悪いけど、今のうちにアイスもらいに行こうよ!後ろから来たやつらに取られちゃうよ!」

「っ!そうだ!アイス!」

 ゴールした時にもらったアイスと飲み物の引換券を交換所に持っていく。

「持久走大会お疲れ様でした。好きなアイスと飲み物を取っていってね!」

 受付のお姉さんに引換券を渡す。

 クーラーボックスに入ったアイスと飲み物を物色する。

 ダッツ先輩……バニラのダッツ先輩はどこだ!

「あ、お姉さん、これと交換で!」

 クーラーボックスの中からプレミアムたまごアイスを見つけた秋川が交換を申し出る。

「はーい、頑張って走った後のアイスはおいしいぞ~!」

「佐倉、まだ見つからないの!?」

「あると思うんだけど……あった!お姉さん、これと交換で!」

「おっ、先着の特権だよねえ!お疲れ様!」

 バニラのダッツ先輩をもらう。

 飲み物はイオンウォーター。

 残念ながら飲み物はスポーツドリンクに決まっている。

 くそう、ウィル○ンソンが飲みたい。

「佐倉!アイスでかんぱーい!」

「かんぱーい!」

 なんか違う気がするんだけど。

 さてさて!アイスをいただきましょうかね!

 スプーンに取ったダッツ先輩を一口。

 あぁ~、バニラの甘さが疲れた体にしみますねえ!!

「うまい!」

「すげえ!このたまごアイスおいしい!いくらでもイケる!」

 秋川がすごい勢いでたまごアイスを食べる。

「んー……」

 多々良がものほしそうにダッツ先輩を見つめる。

「どした?」

「あー……ほら、たたらは走ってにゃいからアイスもらえにゃくてさー」

「なんだ、食べたいんだな?」

「にゃっ!?そんにゃ図々しいこと思ってにゃいよ!?」

 多々良が顔を赤くして否定する。

 まあつまり、アイス食べたいんだな。

「ほら、食っていいぞ」

 スプーンでアイスをすくって、多々良に向ける。

「あ……いいの?」

「食べないのか?」

「う……し、仕方にゃいにゃあ!ユキちゃんが食べろっていうから仕方にゃく食べるんだからね!」

「あ、そんなこと言うんだったらあーげない」

「……食べる」

 多々良が少し悔しそうに口を開けた。

 その多々良の小さな口に、スプーンを突っ込んだ。

「うまいか?」

「……うん」

 ちょっと不服そうだけども、こんなところもかわいいな。

「佐倉、度胸あるね」

「うちも、佐倉がすごいと思った」

「え?……あ」

 そうだ、ここ外だった。

 公衆の面前であーん的なことをしてしまった。

「佐倉、今気づいたの?うち、見ててちょっと恥ずかしかったよ」

「俺も今になって恥ずかしくなってきた……!」

「ユキちゃんがそんにゃこと言うからたたらも恥ずかしくにゃってきたじゃにゃい……!」

 多々良が身長の高い姫川の後ろに隠れた。

 姫川はそんな多々良のことを、優しげな目で見ていた。


「にしてもひでーやつらだ!先に行ってアイス食って待ってるなんてよぉ!」

「僕たちのことも考えてほしいもんだにゃ!」

 帰り道、佐々木と倉持がぶーたれた。

「仕方ないよ佐々木、交換できるアイスの中にダッツ先輩があったんだ。食べたいだろ?」

「仕方ないよ倉持。交換できるアイスの中にプレミアムたまごアイスがあったんだ。タダでもらえるんなら狙うしかないだろ?」

 俺も秋川も同じような意見だったらしい。

「おいおい倉持、俺らはアイスに負けたらしいぜ?」

「そうだにゃ佐々木。どうやらこいつらは友情よりもアイスを取るらしい」

「先着順の特権」

 姫川はいつの間に買ったのか、ラズベリーのアイスを食べながら歩いている。

「姫川、それアイス何個目?」

「3個目だよ」

「食べすぎじゃないですかねえ……」

 お腹壊しそう。

「みんにゃ本当にがんばってたよねー!うーん、たたらもみんにゃと一緒に走れたらにゃー……」

 少し寂しそうに言う多々良。

 仕方ないのかもしれないが……確かに、多々良も一緒に走れたら。

「そしたら、来年はうちの背中に乗る?」

「にゃっ!?そんにゃことが?」

「多々良をのせるくらいなら、うちはできるよ。多々良、軽いし」

 姫川がそんな提案をする。

 空かあ……俺も飛んでみたいな……。

「それなら、来年は俺が多々良を負ぶって持久走に参加しようか?」

「にゃんかかっこわるい……」

 確かにそうだけども。

「じゃあ来年は多々良をサポートしながら5人で走るか?それならいいんじゃね?」

「おおー!佐々木っちいいねそれ!あー、できるのかにゃ?」

「一応持久走は男女混合だしできそうだけど……」

「ぼ、僕もサポートするぞ!」

 倉持が声を大きくして言った。

 どうやら多々良の力になりたいらしい。

「つっても、佐々木と倉持は走ったらすぐにバテるよな?ついでに言うと多々良も」

「「「うっ……」」」

 佐々木も倉持も多々良も言葉に詰まった。

 こいつら全員ネコ目だからな。

 ……そう考えると秋川もそうなるのか?

 いや、秋川は分類不能だな、爬虫類混じってるし。

「じゃあ、うちはここで」

「おう、改めて1位おめでとう、姫川」

「ありがとう佐倉。じゃあね」

 姫川が飛びあがった。

「綺月ー!ばいばーい!」

「うん、またね多々良」

 そのまま飛び去って行く姫川。

「じゃあ、俺もここで」

「あ、僕も」

 秋川と倉持もここからは別方向だ。

「じゃあまた明日な」

「また明日」

「じゃな、秋川、倉持」

「アッキー、くらもっちゃん、ばいばーい!」

 多々良が大きく手を振った。

「よし、帰ろう。佐々木、体力は大丈夫か?」

「いやもう回復してるからな!?家に帰れねえわけじゃねえし!」

「ハッハッハ」

「あっ佐倉このやろうバカにしやがって!」

 佐々木が両手を振り上げた。

「バカにゃことやってにゃいで帰ろー」

「……そうですね」

「……おう、そうだな」

 今日は疲れたし、早く帰って早く寝よう。

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