第2話 捕まっちゃいました

「らっしゃっせー」

 やる気のない店員の声が店内に響……かない。

 しっかりしろ男性店員。

 店内はまあ、俺たちと同じことを考えてる人が多いんだろう、高校生が多かった。

 ……とはいえ、多々良みたいな小さいのもいるし、はっきり高校生とは言えないが。

 多々良は見た目だけでいえば小学生でも通じるかもしれないし。

「ユキちゃんユキちゃん!アイスにゃににする?」

 たくさんのアイスを見て目を輝かせる多々良。

 何というか、子どもっぽい。

 耳がピンと立って、しっぽが小刻みにプルプルしている。

 うれしいみたいだ。

「俺はソフトクリーム……って、ないじゃんか。売り切れかよ」

 おいおい店員よ、しっかりしてくれ。

 まだまだ暑いんだから、アイスの仕入れは必須ぞ?

 ソフトクリームないとかクレームくるレベルぞ?

 大体、ソフトクリームって珍しくもないわりに1種類しか置いてないような店が多いからこういうことが起きるんだよな。

 牧場ソフト、ジャージー牛乳のなめらかソフト、濃いミルクのリッチソフトみたいな感じで3種類くらい置けばいいのに。

「たたらこれにするー!」

 そう言って多々良が取り出したのは、ブラックバー。

 そうだね、朝好きだって言ってたもんね。

 両手で取ってアイスを高い高い、微笑ましいね。

 でもそれするとだいぶ子どもに見えるぞ。

「えーと60円はー……ユキちゃん、10円あったりしにゃい?」

「ああ、あるぞ。ほれ」

「ありがとー!」

 あるある、ちょうど小銭がないやつな。

 10円くらいなら全然財布的にも痛くないし、別に気にしない。

 多々良がアイスケースの中を覗き込んだ。

「ユキちゃんソフトクリームにゃいねー……どうするのー?」

 さて、どうしたものか。

 スー○ーカップのバニラはなんか薄い感じがして嫌。

 モ○は……うーん。

「どーしよっかなー、ここはたまには奮発してダッツ先輩でも……」

「あっ!いいにゃー!ひとくちちょーだい!」

 なんと図々しい。

 お前好きなのブラックバーだろが。

 そんなダッツ先輩の近くに、期間限定と書かれた色違いのダッツ先輩が。

 マロングラッセSpecial Editionねえ……。

「限定ダッツ先輩か……420円……」

「うわ高い……!ユキちゃん、どーするのー?」

「いやバニラのダッツ先輩でいいや」

 シンプルイズベスト、これに尽きる。

 下手に高い金払ってハズレだったらへこむし。

 まあ、ダッツ先輩に限ってそんなことはないだろうけど。

 正直、ちょっと気にならないでもないけど。

「レジ行くか」

「うん!……っ!?」

 笑顔だった多々良の顔に緊張が走り、耳としっぽがぴんと立った。

 しかも、しっぽの毛が逆立っている。

 これは、多々良にとって緊急事態を知らせるサインだ。

「お、おい多々良、どうした?」

「あ、あの人……にゃんだかやにゃ感じ……う、うぅー……」

「ど、どんな?」

「まっくろいよ……うぅー……」

 多々良なりの警戒の声が上がる。

 あの人、と指を差した先に、帽子にグラサンマスクという、なんかステレオタイプな……って強盗か!?

「黒いってのは、いつものあれか?」

「うん……信じる?」

 多々良が不安そうにこちらを見てくる。

 なんでも、多々良は人のオーラっていうものが見えるらしい。

 いい人は白っぽく、悪い人は黒っぽいのが出てる、らしい。

 多々良にしか見えないのでそこは信じるしかないんだけど。

 ちなみに俺は何も見えないらしく、いい人でも悪い人でもないらしい。

「全員動くなぁぁぁ!!!」

 やべ動き出した!?

 パァン!

「きゃっ!?」

 おいおい銃所持かよ!!

 パァン!パァン!

 男が撃った弾は監視カメラに直撃し、その全てが破壊された。

 手際いいな!?

「店の外には爆弾があるからな!絶対動くなよ!あと、外の爆弾が爆発したら店の中の爆弾もドカンだからな!」

「っ!?」

 爆弾!?なんてこった!

 でも相手が銃を持ってる以上下手に逃げられない……!

「ゆ、ユキちゃぁん……」

 多々良がくっついてきた。

 涙目で耳を伏せ、しっぽをだらんと垂らしている。

 怖いと思っている証拠だ。

「動くなっつってんだろ!!」

 男が多々良に銃を向けてきた!

 ま、まずい!多々良だけは……ッ!

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!商品を棚に戻すだけだ!OK?」

「……早く戻せ」

「多々良、アイス寄越せ。んで、俺が手を引いといてやるから目が見えないフリをしといてくれ」

「……んー?わかったー」

 多々良が目をつむった。

「よし、お前ら全員こっちこい。店員はそっから動くんじゃねえ。あ、警察とか呼ぶなよ!呼んだらこの店爆破してやるからな!」

「ひっ!」

 店員が涙目で両手を挙げた。

「店の中にいるやつはまずケータイを出しやがれ!そんでここに置け!」


「ユキちゃん……たたらこわい……」

 目を閉じたまま、多々良が俺の腕にしがみつく。

 ちょっとだけ、多々良の肩を抱いてやる。

 むう……非日常カモンとか言ってたけど、こういうのは求めてないんだよな……相手銃持ってるし。

「店の金全部出せ!この袋にだ!」

「は、はいぃ!」

 店員がさっさと金を袋に詰めていく。

 動きずいぶん早いじゃねえか、普段からそうしろよ。

「よーしよし、それでいい。よくやったぞ店員」

 そういって、男が店の中を物色し始めた。

 なんだ、仲間が来るまでここで待つつもりか?

「んー、これでいいか」

 男がお菓子の袋と飲み物を5本と紙コップをレジに持っていく。

「おい、これでいくらだ」

「せ、1200円ですぅ……」

 店員がずいぶんと情けない声を出した。

「ほらよ」

 男がぴったり1200円支払った。

 そして、こっちに近づいてくる。

「よし、お前らこれでも食え。腹減るだろ」

 男が、俺たちに向かってお菓子と飲み物を渡した。

 な、なんだ……?

「不思議そうな顔してんじゃねえよ。腹減って暴れてみろ、俺がそいつを殺さなきゃいけねえだろ?そしたらもっと罪が重くなんじゃねえか。どーせ仲間が来るまで時間あんだからよ、お前らそれ食ってしのいでやがれ」

 ……この人、強盗向いてないんじゃ……?

 結構思いやりのある人なの?

「……?ちょっと黒くにゃくにゃった?」

 薄眼で見た多々良の目にもそう映ったらしい。

「どーせお前らは丸腰だからな。あの店員は俺の気を良くした。お前らもあいつに感謝するんだな」

 やべえ、店員マジ感謝。

 しっかりしろとか言ってごめんね。

 でも普段の勤務態度は直したほうがいいかな。

「つってもとりあえず時間交代で人質でも取っといたほうがいいか。おい!そこのお前!」

 男が多々良を指差して声を上げた。

 おいおい、なんでここでよりにもよって多々良なんだよ!

 言っちゃ悪いが……多々良以外にも人はいるんだぞ!?

 多々良の肩を抱く腕に、力が入るのがわかった。

「……んー?」

 多々良は目をつむったまま、辺りに顔を向けた。

「お前だよそこの猫!」

 男が多々良の髪をひっぱり、立たせた。

 テメエ多々良に何して―――

「ぴきゃああああああああ!!!」

 目をつむっていたからいきなり走った痛みに驚いたのだろう、多々良がものすごい声を上げた。

「うおっ!?なんだテメエ!」

 突然の大声に驚いた男は多々良から手を離した。

 すぐにでも多々良を慰めてやりたいが……男は銃を持ってる。

 下手に動いたら、俺だけでなく多々良にも危険が及ぶかもしれない……そう思うと、動けない。

 くそっ!

「うぅ……ぐすっ、えーん!」

 多々良が泣き始めた。

 男の方は向かず、明後日の方向を見ている。

「何だってんだテメエはよっ!」

 多々良の顔が強引に男の方に向けられた。

「ぐすっ……ひっく、おにーさん?たたらね、目が見えなくて……うぅっ、おにーさん、たたら、痛いよぉ、怖いよぉ……」

 泣きながら、多々良が男に言う。

 おお、すげえ演技。

 泣いてるのは、本物だろうけど。

「えっ、おっ、おう……すまんな」

 多々良を俺の隣に座らせる男。

「えと、なんか……すまん」

 男が申し訳なさそうに、俺と多々良に謝った。

「悪いけど俺今すっごい怒ってるよ?あんたが銃なんてもん持ってなかったらどうにかしちゃってるよ?てかさ、この子ずっと目閉じてたよね?そんで俺ずっとこの子の肩抱いてたのわかってたよね?お前ふざけてんじゃねえよ」

 ペラペラと、言葉が出てくる。

 頭が熱いな……結構怒ってるみたい。

「……う」

 男が申し訳なさそうな顔をして、アイスケースの方に向かっていく。

「多々良、大丈夫か?怖かったよな。何もできなくてごめんな」

「……ん、大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけだから……うぅー」

 多々良がさっきよりも強めにしがみついてきた。

「えーと、これだよな……」

 ケースの中から、ブラックバーとバニラのダッツ先輩を取り出して、レジに持っていった。

「い、いくらだ?」

「320円です」

 きっちり320円払って、俺たちの方に持ってきた。

 てか几帳面だな。

「えと……ほれ、たたら、だったか?お前さっきこれ持ってたよな?」

「うぅ……」

 多々良にブラックバーを持たせ、俺にダッツ先輩を寄越してきた。

「えとお前も……」

「……フン」

 ダッツ先輩をもらって、溶けないうちにいただく。

 ……てか、よく見てたなこいつ。

「……しゃく」

 多々良も、ブラックバーにかじりついている。

 こんな時にアイス食べるのもおかしいと思うけど、やっぱこの男強盗やるべきじゃないと思う。


 ……あれから4時間経った。

 多々良は疲れて俺の膝で寝てしまっている。

「ったく、いつになったら来るんだよ……電話も出ねえし……」

 見捨てられてませんか、それ。

 というか、ガラス越しに外を見てると……爆弾あるのか、これ?

 俺たちがいるのは店の入り口の近くだ。

 仮に店の中に爆弾があると考えても、それらしきもんが見当たらない。

 もしかしてだけど……嘘ついてる?

 周りに使えそうなものとかないかな……ん、『この秋男子はこれで決まり!最新コーデ!』……どうでもいいわ。

 んーないなー、せめて銃さえ下ろしてくれればなあ。

 てかずっと持ってて疲れないのかな?

 こっちは多々良のように眠ってる人も多いですよ?

 店員も緊張で疲れたのか、座って寝ている……いやお前は寝るな。

 警察も来てないんだし、この間に逃げりゃいいんじゃ……。

 この人強盗とか慣れてないのかな。

 強盗に慣れるも何もあるのかは知らないが。

「んー、腹減ったな……おいお前、この辺でなんかうまい店とか知らねえ?」

 ん、俺か。

 うまい店ねえ……。

「ああ、ここ右に出て、信号の一つ前のとこ右に曲がって裏道に入ったとこにある塩ラーメン屋がうまいぞ」

 嘘はついていない。

 なんせ、某食べ○グでは☆4.5個だからな。

 俺もよく多々良とか男子勢とかで行くし。

 あっさり系の塩と、チャーシューの代わりの鶏肉がいいんだよなあ。

 多々良と倉持は鶏肉は食べないんだけど。

「ほう、ちょっくら食ってくるわ」

 なんか友達のような事を言って、店を出て行った。

 金と、俺たちのケータイを持って。

 ……っておい、店離れちゃったよ。

 店を出て行った方向からして、男は間違いなくラーメン屋に行くだろう。

 バカだ!あいつバカだ!

 電話できるものがケータイだけだと思ったのかバカ!

 てか店出て行く時爆弾起動しなかったじゃねえか!

 よおし今の内に……!

「あ、もしもし、警察ですか?」


「君のケータイは……これでいいかな?」

 警察の人が怖い笑顔でケータイを手渡してくれた。

 たぶん、ゴリラの血が入った人。

 ものすんごいガタイ良いよこの人。

 握手したら手の骨が粉砕骨折しそう。

 中学の時に国語で出てきたル○イ修道士を思い出させるな。

「格闘技得意ですか?」

「柔道は、赤帯だよ、僕」

 オリンピック出てください。

「君はこれでいいかな?」

「んー?……ユキちゃん、これ、たたらの?」

 あ、そうだ、多々良の目だと夜は暗いから何も見えないんだった。

 灰色の世界の夜は、全てを隠す闇なんだ。

 ……なんか厨二っぽい。

「えーと、うん、多々良のだな」

「ありがとー!」

「反対側にいるよ、僕」

 多々良が声のした方に向き直った。

「おじさんありがとー!」

「まだ19なんだよね、僕」

 連覇余裕で狙えるんでオリンピック出てください。

「じゃあ、帰るか多々良」

「うん……この時間に帰るの、珍しいねー」

 多々良のテンションがあまり高くない。

 まあ夜だし、見えないし、仕方ないか。

「歩けるか?」

「ん……」

 さすがに危ないと思って手をつないだが……手をつないでてもフラフラしてとても危ない。

 ……仕方ない。

「多々良、さすがに危ないし、負ぶってくわ」

「ありがとー。ごめんねユキちゃん」

「こればっかりは仕方ねーよ。それに、多々良なら軽い軽い」

 背中に多々良を負ぶって、バッグを持つ。

 ……おおう。

 肩甲骨のあたりに何かが2つ当たってる。

 多々良、こう見えて意外とあるんだよなー。

 子供っぽさとは裏腹に、身体は……って感じ。

 身長128cmでも侮れない。

 まあ別に人間からすれば128cmってのはちっちゃいけど、猫人は様々だからな。

 シャルトリューはあまり大きくはないし、多々良の身長は案外普通なのかな?

 他にシャルトリューと人間の猫人を見たことがないから分からないけど。

 いやあ、下着は着けてるとは思うんだけど、あれっすね。

 やらかいっすね。

 ……いやいかんいかん、俺は善意で多々良を負ぶってるんだ。

 余計なことは考えるべからず。

 うん、多々良は軽いなー。

 確か、体重は24kgだったっけか。

「ほんとに重くにゃい?」

「へーきだっての。俺だって男だぞ?女の子くらい余裕だっての」

「……お、おんにゃの子」

「当たり前だろー?今も、多々良が女の子だって感じてる最中だぜ」

「…………あーっ!!」

 多々良が背中をポカポカ叩いてきた。

「ちょっ、俺が悪かったから背中で暴れないでください!」

「もう!ユキちゃんのバカ!フシャー!」

「ごめんて」

「さっきはかっこよかったのに台無だいにゃしだよ!」

「お、俺かっこよかったか?」

「う……うん」

 急に多々良が静かになって、俺の背中の方まで顔を下した。

「かっこいいというか……うん、ユキちゃん、信頼してる」

「ほう、そりゃうれしいね。でもまあ、こんな怖い体験、もうしばらくないと思うぜ。というか、もうしたくない」

 途中からあんまり怖くなくなったけど。

「ふふ、そうだね。ユキちゃん、早く帰ろ?」

「おう、そうだな」

 多々良の仰せのままに、脚を速める。

 すると、多々良が顔を出して、前を不思議そうに見つめた。


「ねえ、ユキちゃん。あそこ……にゃにか光ってにゃい?」

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