神さま、拾っちゃいました

長野原春

第1話 始まりました

 まったく、どうしてこうなった。

 いや、どうしてこうなっていない。

 目が覚めたら異世界の草原でしたとかさあ!

 目が覚めたらなんか部族の村の中でしたとかさあ!

 目が覚めたら海の中で目の前にめっちゃ美人の人魚がいましたとかさあ!

 ……ん、いや、めっちゃ美人の人魚なら会いに行くこともできるか。

 ベッドの上で辺りを見回し、何か昨日と変わっていることはないかを確認する。

 でも何も変わっていない。

 もう高校なんて疲れたよ。

 なんか、非日常でも、地面に転がってませんか。

 それとも、Amaz○nとかに売ってませんか。

「楽しいこととか、なんかねえかなあ……」


 リビングに行くと、母さんが朝ご飯を作っているところだった。

「あら、おはようゆき。朝はご飯とパン、どっちがいい?」

 キッチンからは、みそ汁のいい匂いがする。

「おはよう母さん。聞いてくれるのはありがたいけど、今作ってるの目玉焼きとみそ汁だよね。パン食べさせる気ないよね」

「パンって言ってたら幸の朝ごはんは抜きだったんだけどね、残念」

「息子に朝飯を食わせないという選択肢を与える母親マジひどい」

「はいはい、もうできるから、早く食べちゃって迎えに行ってあげなさい」

 母さんが手際よく目玉焼きとみそ汁とご飯と水を持ってきた。

 お盆ないですよね、どうやって持ってきてるんですか。

「いただきます」

 うん、今日も母さんの味噌汁の塩加減が最高だぜ。

 ……異世界とか行ってたら、この味ともおさらばなんだよなあ。

 なんか変化とか起きなくてもいいような気がしてきた。

「今日は学校何時までなの?」

「ん、えーと……まあ5限までだし、そんなに遅くはならないよ」

「そうなのね。バイトは?」

「今日はなし」

「わかったわ」

 この母親、毎日こんなことを聞いてくる。

 もう高校生だしこんなこと聞かれるのってどうかと思うんだけど……。

「ごちそうさま」

「あら、早いわね。ちゃんと味わって食べたの?」

「早く食べちゃいなって言ったの母さんだよね!?」

「あら、私そんなこと言った?」

「5分くらい前の記憶思い出せ?大丈夫か母さん!?」

「もう年ねえ」

 記憶を年のせいにする母さんだが、あんたまだ37歳ですよね。


「よし、じゃあ行ってくる」

「はーい行ってらっしゃい。気を付けてね」

「はいはい」

「はいは一回って小さいころに習ったでしょ!?」

「めんどくせーな!?」

 本気で言ってるのだから余計めんどくせえ。

「……うわー、外あちい」

 9月に入ったばかりだから、まだまだ残暑が厳しい。

 そろそろ行き遅れになることを焦るセミたちがうるさく鳴いている。

 これで行き遅れたセミは泣くことになるんだな。

 ……俺、うまいこと言った。

「さーてあいつを迎えに行きますか……」

「あら、幸ちゃんおはよう!」

 横から声をかけられた。

 あら、近所のおばさん。

「おはようございます」

「今日もイケメンねえ。学校頑張ってね!」

「はい」

「じゃーねー!」

 片手に持ってるでかい袋を近くのごみ捨て場に全力投球するおばさん。

 高校生の頃はソフトボールでピッチャーをやっていたらしい。

 どうでもいいな。

 というかそんなパワーで投げて袋破れないんですかね。

「さて、今度こそあいつを迎えに行きましょう」

 迎えに行く、といっても家から歩いて1分とかからないんですけども。

 ぴんぽーん。

『あ!ユキちゃんきたー!今出るね!』

 インターフォン越しでも分かる元気な声。

 さあ、うるせーのが来るぞ。

「おはよ……まぶしい!」

 家の扉を開けて飛び出してきた少女が、目を押えてうずくまった。

「お、おいおい大丈夫か」

「……日傘とってくるー!」

 今度は超スピードで家に飛び込んでいた。

 あ、扉閉めるの早いんじゃ……。

「ふぎゃあああああ!!!」

 少女の悲鳴が響き渡った。

 扉には挟まったしっぽが、力なく垂れている。

「おーい、大丈夫かー?」

「い、いだい……!」

 尻を押えてうずくまる少女。

 こら、スカートなんだからそんな体勢するのはやめなさい。

「あんまりアホやってると学校遅刻すんぞー、多々良さんよ」

「うぐぅ……ユキちゃん、立たせて」

 少女―――花丸多々良はなまるたたらは、頭の猫耳を揺らしながら、こちらに手を伸ばしてきた。


「多々良、さっきまぶしいって言ってたけど、大丈夫か?」

「うん!フードして日傘すれば平気だよ!」

 フードには猫用の突起がついている。

 これがあれば、わざわざ耳を折りたたんでフードを被る必要がない。

「うわあ~、あの子たちはうらやましいにゃー」

 多々良が、上空に飛んでいる鳥たちを指さした。

 学校の制服を着て、カバンを背中に乗せて飛んでいる。

「確かに鳥人たちは空を飛べて楽かもしれないけど、それだけ日差しはきつく当たるってことじゃないか?」

「わっ!それはやだ!」

 多々良がフードをさらに深くかぶり、歩く。

「それ、前見えるのか?」

「大丈夫!ユキちゃんが手をつにゃいでくれれば!」

「こんな暑いのに手なんかつないだら汗で手が濡れるだろ。ちゃんと前見なさい」

「ちぇー……あっ!」

 多々良が信号の前で止まった。

「信号、見えるか?」

「んー……、あっ!一番左側が光ってるから、進んでいいんだよね!」

「あ、ああ、そうだな。あっち見てもいいんだぞ?」

「ああ!ほんとだ!下側が光ってるから、進んでいいんだね!」

 多々良が歩き出した。

 ……彼女は、色の判別がつけられない。

 具体的には、彼女の目には灰色の世界が映し出されていて、白と黒でしか判別がつけられないらしい。

 左目は見えず、髪の毛で隠している。

 右目は見えるが、色覚の異常がある。

 生まれた時から、この子はそんな障害を持っていたらしい。

「よーし、行こー!れっつごー!」

 当の本人は全く気にしておらず、とても元気な性格も相まって障害なども感じさせないのだが。

 視界が狭い分、歩くスピードは遅い。

 また、距離感もつかむことが困難で、誰かが近くにいないと危険だ。

「ユキちゃーん?どうしたのー?」

「あ、ああいや、なんでもない。行こう行こう」

「んー?変にゃユキちゃん」

 多々良が首を傾げた。


 この世界には、2種類の人間がいる。

 一つは、人間種。

 これは普通の人間で、純粋な人間の遺伝子を持つものがこれに該当する。

 俺、佐倉幸さくらゆきは普通の人間だ。

 もう一つは、亜人種。

 動物と人間の交配で生まれた人種だ。

 多々良は猫人で、こちらに該当する。

 猫以外にも、さまざまな動物と交配された人間がいて、先ほど空を飛んでいた人は鳥人に分類される。

 純粋な人間と亜人では、亜人の方が多い。

 学校は、さまざまな人間が通っていて、そこに差別はない。

 人間たちは、古くからお互い助け合って生きているのだ。

 亜人が現れ始めた起源は語られておらず、いつからいたのかを探ることは学者たちの大きなテーマとして掲げられている。

 古くはカルタゴの将軍、ハンニバルがトカゲと人間から生まれた亜人、竜人種であったことが有名だ。

 他にも、英雄ナポレオンは犬人の男の娘であったり、マリー・アントワネットはハシビロコウの血が混じったブッサイクだといわれている。

 そんな中で、まあ俺は普通の人間。

 でもこんな風に、

「よう佐倉!今日もあっちーよなあ!」

 目の前の狼人が、気さくに話しかけてきた。

「おはよう佐々木ささき。全くまいっちゃうよな」

「熱いしまぶしいしまいっちゃうね!おはよう佐々木っち!」

「よう多々良!お前は今日も元気そうだな!」

「あっついから元気なんかじゃにゃいよー」

 多々良がかぶっていたフードを脱いだ。

 銀灰色の髪の毛があらわになった。

 彼女はシャルトリューという種類の猫の血が混じっているらしい。

 美しい毛並みと金に輝く目を持った種類だ。

「帰りにコンビニでも寄ってアイス買って食いてーなー!俺あれ好きだぜ!?あの、みかんのやつよ!」

「あー、シャキッとみかんってやつな」

「そうそうそれそれ!」

「たたらはねー!チョコレートのやつ!」

「チョコレートのやつっつってもいっぱいあるぞ?」

「あの60円くらいのやつ!」

「ブラックバーか」

「それー!」

 なんで2人とも商品名を覚えてないんだよ。

「ユキちゃんはー?」

「普通のソフトクリーム。バニラのやつな」

「ユキちゃんそれしか食べにゃいもんね!」

「バニラ好きなんだよ」

 甘いし。

 キャラメルとかは甘ったるすぎてなんかやだ。

「あ、おはようみんにゃ。アイスのはにゃしかい?僕は……」

「チョコミントだろ、倉持くらもち

「佐倉、僕の言葉を奪わにゃいでほしい」

「お前がチョコミント以外食べてるところ、見たことないぞ」

「確かにそうだけど……」

 茶色と黒が混じった猫耳を微妙にたらしながらいう倉持。

 彼も猫人で、サイベリアンという猫との混血だ。

「倉持、お前長袖のYシャツなんて着て暑くねーのかよ?俺ぁそんなん着てたら干からびて死んじまうぜ?」

「肌を焼くのは嫌いにゃんだ。多少の暑さは我慢している」

 俺も暑いから長袖を着るは無理だなあ。

「くらもっちゃん、暑そうー!毎年見てるけど、暑そうー!」

「このくらいにゃら、我慢できるんだよ、花丸はにゃまるさん」

「たたらは無理~!」

 そういって、多々良は俺の後ろに隠れた。

 なんというか、子供っぽい。

「佐倉は大丈夫そうだよね」

「何をもってそう判断するのかな?」

 もう一度言うけど暑そうだから長袖なんて着られないよ。

「いやほら、佐倉ってイケメンだろ?汗も滴るいい男って感じににゃりそう。ちょっと長袖着て校庭10周くらいしてきなよ」

「俺に死ねって言ってんの?何その頭悪そうな考え」

「イケメンは爆発しろ」

「そういう理由かよ」

 よくイケメンといわれる……が、俺としてはそこまで……とかいうと怒られるので一応俺の中でも俺はイケメンということにしておく。

 そうそう、俺はイケメンだからサ、みんなに恨まれちゃうんだよネ。

 ……いや、これは反感を買うな。

「おいおい、佐倉だって人間だよ?この季節に長袖なんか着させて校庭走らせたら佐倉も死んじゃうよ」

 もう一人近寄ってきた。

 人間の体に、犬の耳と尻尾、そして、ヘビの目と牙を持ち合わせている男。

 こういう人間は種類に分けづらく、キメラ種として扱われる。

「おはよ、秋川あきかわ

「あ、うんおはよう佐倉」

「おはよう秋川。その言い方だと僕がまるで人間じゃにゃいとでも言ってるように聞こえるよ?」

「ハッハッハ!こんな暑い中長袖着てるようなヤツなんざ人間じゃねーな!」

 佐々木が豪快に笑った。

「人間だと思ってないから言ってるんだよ?」

 恐るべきことにこの男、言葉に全く悪気はない。

「じゃあ秋川も着てみればいいんじゃにゃいかにゃ!意外と平気だ……ってあっ!逃げるにゃー!」

「俺は遠慮しとく~!」

 走って逃げた秋川は、一番前、一番端の自分の席に座った。

「まったく、みんにゃして僕を変人扱いして」

「長袖だし頭いいし変人だろ」

「くらもっちゃんへんじーん!」

「頭いいのは違うだろう!?そもそも君たち全員頭よくにゃいじゃにゃいか!」

 こんなやり取りばっかりだけど、俺たちはずっと仲良しだったりする。

 佐々木とは小学生から、倉持と秋川とは中学生のころからだ。

 俺と一緒にいることが多い多々良も、必然的に仲良しになった。

 全員が同じクラスなのは、偶然かはたまたひつぜ……いや偶然か。

 そもそも先生たちがこいつら仲いいからって理由で同じクラスにしてくれるとも思えないし。

「たたらも席ついてるね!」

 そう言って、自分の席に向かう多々良。

「ちょいと失礼~、あーえっと、ごめんね~」

 みんなの椅子に触れながら、ゆっくりと進んでいく。

「手助けとかしなくていいのか?幼なじみの幸さんよ」

 佐々木が肘で俺の脇腹をつついた。

 正直、俺も手助けとかはできるんならしてあげたいけども……。

「多々良、できれば自分でできることは自分でしたいって言うんだよ。そこは、尊重してあげようかなって」

「あー、なるほどな。ま、俺たちは同じ苦しみは理解できねえからなあ。見守ってやるしかねーか」

「なんかあったら助けてあげて」

「そりゃお前の仕事だ、佐倉」


「みなさんおはようございますー。朝のホームルーム始めますー」

 ホームルームが始まる時間から少し遅れて、担任が入ってきた。

「さて、今は9月ですがぁー、11月にはぁー?文化祭がありまぁす!」

 なんだそのしゃべり方は。

 こらこら、若く見せようとしても無駄ですよ?

「今佐倉くんからすごーく失礼な視線を向けられた気がするので文化祭のクラスの代表者を佐倉くんにしようと思いまーす」

「はああぁぁぁぁあぁぁあぁああ!?」

 なんですかそれ!?

 超能力ですか!?

 俺は若く見せても無駄的な視線を送っただけですよ?

「なんでしょうねー、佐倉くんの視線が、『先生どうせもう若く見せても無駄ですよ。なんですかそのしゃべり方は』的なものに感じたんですー」

「どうしてそんな具体的に……やっぱり超能力?」

「……否定しないんですねー」

 あっ。

「失礼ですねー、何度も言ってますが先生はまだ27歳ですー。若いですー」

 そういって締まらない顔で怒ってるんだか怒ってないんだかよくわからない顔をしている先生は我がクラスの担任、釜台木晴かまだいこはるだ。

 北海道出身であり、珍しい苗字だ。

 この人は、人間と丹頂鶴たんちょうづるの混血だ。

 丹頂鶴特有の頭頂部は、白い髪で隠れている。

 学校内では割と美人で人気があったりする。

 ちなみに肩から手首のあたりまでが羽になっていて、空を飛ぶことができる。

 チョークは持ちづらいらしいが。

「このクラスは食品販売と決まってますからねー、おにぎりの販売をしますー。ということで、あとは佐倉くんに任せますー」

「やっぱり俺なんですか!?」

「あたりまえですー。先生命令ですよー」

「横暴だ!」

 権力の乱用だ!

 そういうのはよくないって先生の講習で習わなかったのかー!

「……フッ」

 先生の目がいきなり暗くなった。

 えっ、なにこれ。

「横暴、ですかー。フフッ、佐倉くん、世の中にはたくさんの横暴があるってこと、覚えておいた方がいいですよー……ウフフ」

 あっこれ触れちゃいけないやつだ。

 先生の目が明らかに淀んでいる。

 たぶん先生も苦労しているんだろう。

「わ、分かりました。作る人と売る人で分けるくらいでいいですか?」

「それでいいですよー。あとは、みんなに聞いておにぎりの具とか決めてくださいねー」

「は、はーい」

 いつも緩い顔をしている先生の目が暗くなってなんだかものすごい顔をしていた。

 たぶんあれはまずい。

 触れちゃいけない先生の闇的な何かだ。

「ユキちゃん代表やるの?頑張れー!」

 遠くの席から多々良が話しかけてきた。

「花丸さん、一応ホームルーム中ですから、そういうのは休み時間にしましょうねー」

「あ、はーい、ごめんなさーい」


 授業中、ケータイの通知が光った。

『多々良:色チョーク使われちゃってなんて書いてあるかわからないからあとで教えてほしいな!(>_<)』

 多々良は基本的に、黒板に書いてある文字は白チョークでないとわからない。

 授業後にわからないところを教えてあげるのが俺の仕事だ。

 俺は多々良のために、一応授業を聞かなければならない。

 授業内容が頭に入ってくるかどうかは別として。

 だから、ノートにはちゃんと授業の内容が書いてある。

 復習するかどうかは別として。

 多々良も、ノートに書いたとしても、復習しているかどうかは怪しい。

 というか多分してないと思う。

 まあちゃんと勉強したいのなら俺に聞くんじゃなく倉持に聞けばいいし。

 というか俺ね、ノートには内容書いてあるけど、正直写してるだけでどういう意味かとか全く分からないんですよね。

 数学苦手なんですよ。

「じゃあ、佐倉、これ分かるか?」

 先生が俺に問題を振ってきた。

 フッ……。

「まったくもってわかりません」

「ナメてんのか」

 ナメてないんだなあこれが、本当にわからないんだなあ……。

 さて、どうしたもんか……。

「佐倉は分からないみたいだから、倉持、代わりに答えてやってくれ」

 ナイス判断!

 いいぞー先生いいぞー!

「xの値は1と5です」

「正解だ。倉持、佐倉に教えてやってくれ」

「覚えようとするのなら教えますよ」

「おい佐倉、勉強に対する意欲が見られなければ、成績赤点にするからな」

「それだけはやめていただきたい」

 留年だけは何としても避けたいところだ。

「まったく、イケメンだからって何でも許されるのは二次元だけだからな」

「寝てても成績が10になれるくらいが俺にはちょうどいいと思います」

「お前、今期の成績1な」

「横暴だ!」

「世の中横暴だらけだってこと、教え込んでやろうか?」

 それ世の中終わってないですかね。

 というかそれ、今朝も同じようなこと聞いた気がするぞ。


「ああ、これってこう書いてあったんだね!ユキちゃんありがとー!」

「おう、お安い御用だ」

 休み時間の間にさっきのノートを多々良に見せてやる。

 赤い文字とかはよく見えないらしいので、俺のノートは全て黒で書いてある。

 読みづらいことこの上ないけど。

「よし!佐倉と多々良の用が終わったみたいだし、飯にすっか!」

 佐々木が机をくっつけ、弁当を広げた。

「佐々木、やっぱり弁当はそれか」

 いつも通りの焼き肉弁当。

 自分で作っているらしい。

「まあ、俺にはこれが一番うめーからな。佐倉は……パンだけで足りるのかよ?」

「うーん、俺あんまり量食わないからな……」

「ちゃんと食わねえと身長伸びないぜ!」

「今の身長でもう満足してるよ」

 172㎝もあれば十分だ。

「ユキちゃん、これ以上でっかくにゃっちゃだめー!見上げるの、疲れちゃうから!」

 多々良は身長128㎝、だいぶ小さい。

 俺との差は44㎝もあるから、確かにこれ以上俺が大きくなったら、多々良的に面倒かもしれない。

「多々良もこう言ってるし、俺はもう身長伸びなくていいかな」

「ハッ!まあ、多々良のためなら仕方ねえな!」

「ユキちゃん、やっさしー!」

 そういって多々良も弁当を広げた。

「まほうびんも~」

「あ、俺にも一杯くれる?」

「ん!いーよ!佐々木っちはどうする?」

「お、じゃあ俺ももらおうかな!」

「ほいどーぞ!」

 まほうびんの中に入っているみそ汁がカップに注がれる。

 このみそ汁は、多々良が作ったものだ。

 見た目での判断はできないが、匂いでの判断はできるらしく、ある程度の料理なら作れないこともないらしい。

「そーいえば、くらもっちゃんとアッキーは?」

「倉持は委員会、秋川は購買のパン争奪戦に行ってるよ」

「あー、今日はあの1ヶ月に1回のパンの日だねえ……アッキー大丈夫かにゃ?」

「あいつのあのパンに対する熱意は半端ないからな……たぶん買ってこれるんじゃないか?」

 今日は購買の大人気商品、極うま卵サンドが発売される日だ。

 ヘビの血が入っている秋川は他人より味覚が弱い。

 が、卵だけはどうやら別らしい。

 そんで、1ヶ月に1回限定で発売されるそのパンを求めて、秋川は戦争に出向いている。

「俺も1回秋川と一緒に買いに行ってみたんだけどよ、あれはやべえよ。生半可な気持ちじゃ買えねえ」

「なにその8月の有名イベントみたいなやつ」

「たたらも行ったことあるよ!周りが見えにゃかった!」

「そりゃ多々良の身長が小さいからだ」

「ユキちゃん、たたらも卵パン食べてみたいにゃ!」

「……じゃあ、来月な」

「やった!」

「俺はやったんだー!!!」

 バン!!!と教室の扉がものすごく大きな音を立てた。

 ものすごいいい笑顔で、秋川が立っている。

「お、秋川卵パン買えたんだな!お疲れさん!」

「ありがとう佐々木。俺はやったんだよ!この至福の味……またたどり着けた!」

「先月は夏休みだったから、2ヶ月ぶりだよね、アッキー」

「そうなんだよねー!マルちゃんも食べてみるといいよ!」

「来月、ユキちゃんが買ってきてくれるって」

 多々良がそういうと、秋川が俺の方にポンと手を置いてきた。

「……佐倉、いくらマルちゃんのために佐倉が買いに行くとしても、俺は譲ったりはしないからね」

「え、そんなに熾烈極まるの?」

「限定20個販売だからね!」

 ケチりすぎだろ。


「……ぐう」

「佐倉くーん、先生、起きてほしいですー」

 5限の授業ってものすごく眠くなりません?

 昼飯食った後だからかな?

 しかも現国だからかな?

 あと木晴先生の声、すごく眠くなる。

「はーい、佐倉くん起きましょうかー」

 羽で頭をはたかれた。

「5限の現国は本当に眠くなっちゃいますよねー。でも突っ伏して寝るのはよくないですよー?」

「あ、はーい」

「そんで、佐倉くんに先生からお願いがありますー」

「いやです」

「じゃあ命令ですー」

「……なんでしょう」

 先生がピッと人差し指を立てた。

「先生は黒板にチョークで文字を書くのが苦手です。書いても羽が黒板に当たってかすれちゃったりしますー」

「そうですね」

「佐倉くんは、先生が言ったことなどを黒板に書いてください」

「えー……」

「そしたら寝るようなことはないでしょー?先生からのお願いですし、授業点もちょっとはプラスしますからー」

 ……ほう。

「やります」

「ゲンキンですねー」

 先生のしゃべるスピードはかなり遅いので黒板には書きやすい。

 ……ただ、黒板にきれいな字を書くのってすげえムズイんだよね。

 あと……。

「佐倉くん、大事な描写のところですから、色を変えてもらっていいですか?」

 多々良のために、なるべく色文字は使いたくない。

「あー、えーと、白文字で書いて赤い線を引くとかじゃダメですかね?」

「んー、それでもいいですよー?」

「すんません、ありがとうございます。みんな、色線引いたところは普通にノートとかは色文字で書いてくれ」

 多々良の耳が、ピクリと動いた。

 そしてこっちを見て、笑いながら手を合わせた。

 眉は(おそらく)八の字で、なんとなく申し訳なさそうだ。

 たぶん、「たたらのためにゴメンね」ということだろう。

「じゃあ続きやりますねー」


「よーっし今日も終わりだな!」

「多々良、帰ろうか」

「帰るー!」

「佐々木はどうする?」

「俺は部活があるから一緒には帰れねえな!すまねえ」

「ああそうか、ごめんごめん。部活頑張ってな」

「おう!なんたって俺はサッカー部のエース様だからな!」

 佐々木が毛でおおわれた手の親指を立てた。

「倉持はどうする?」

「僕は図書室で今日のまとめをしてから帰るよ」

「おいおいつれないぜガリ勉」

「それは僕を馬鹿にしている言葉じゃにゃいのか!?」

 つれないガリ勉はおいといて、あとは秋川だが……。

「秋川はどうする?」

「俺は今日寄るところあるから、一緒には帰れないなー」

 全滅かよ。

「仕方ない、2人で帰るか多々良」

「そうだねー」

「じゃ、俺は部活行くからよ、じゃあな!」

「じゃあ僕も図書室に行くよ。またね」

「みんなまた明日ー」

「おう、じゃあまた明日な」

「ばいばーい!」

 多々良と2人で学校を出た。

「うわまぶしっ!」

 外に出た多々良が目を押えた。

「大丈夫か?」

「ううー、フードかぶるー」

 多々良の頭が、フードにすっぽり収まった。

「ほれ、日傘」

「あー、ありがとねーユキちゃん」

 右手で傘を持った多々良が、左手をこちらに差し出してきた。

「ん、どうした?」

「こんな暑いにゃかゆっくり歩くのも嫌だし……ユキちゃん、手つにゃいで?」

「俺に引っ張ってけってか」

「うん!お願い!」

「……仕方ないなー」

 多々良の手を握り、歩く。

 小さくて、なんか子供みたいな手だ。

「今日って宿題あったっけ?」

「あー、宿題はないけど、明日漢字テストがあるからそれの勉強はしとけって木晴先生が言ってたな」

「漢字かー、帰ったら一緒にやろ!」

「ん、いーぜ」

 しばらく歩いていると、コンビニが見えてきた。

「あっ!」

 多々良が大きな声を出して、耳としっぽを立たせた。

「ユキちゃんユキちゃん!アイス買って行こうよ!」

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