第3話 拾っちゃいました
瞬間的に鳥肌が立った。
「な、何を言い出すんだ多々良。お、俺にはそんなの見えないぞ?怖いこと言うな?」
夜で目が見えない多々良が、いきなりどこかが光ってると言い出した。
もちろんそんな発光体があれば気付くし、まわりを見てもそんなものがないのは確かだ。
でも多々良が嘘ついてるとも思えない。
「あ、あそこって、どこだ?」
「あっち……」
と、指を差す多々良だけども、その先には何もない。
えっ?何?ホラー的なやつ?
俺そういうのマジ勘弁。
何かが見えちゃったら、俺みっともなく逃げるよ?
むしろ漏らしちゃう自信あるよ?
「な、なな何もないぞ?」
「えー……?白い光がまぶしく光ってるよう……」
えーって言いたいのはこっちなんだが……。
白い光って何だよ。
もしかして猫にしか見えない不思議な何か?
猫……猫……ハッ!?もしかしてマタタビか!?
猫にとってならマタタビはきらめいて見えるはずだ!
いやそんなわけないか。
「ちょっと行ってみてー?」
えええ、行くの怖いんだけど。
うん、行きたくない。
「たぶん大丈夫にゃやつだからー」
「ほんとか……?」
「たたらを信じてよー」
「う、うーん……」
そ、そこまで言うなら仕方ない……。
信じてって言ってるし行くか……。
「カーッ!!!」
「ぎゃあああああああああああ!!」
「にゃあああああっ!?」
カラスの鳴き声に驚き、俺が大声をあげた。
俺の大悲鳴に驚き、多々良が大声をあげた。
これはうるさい、近所迷惑になってないかな。
なってるな。
「……ユキちゃん、びっくりしちゃう」
「いや、ほんとすまん」
でも怖いのマジでダメなんだって。
多々良が変なこと言わなかったらすぐにでも帰ってるところだ。
「怖いにゃら多々良が耳ふさいどいてあげるー」
そう言って、多々良の両手が俺に触れた。
あの、多々良さん、そこ目です。
「近い、ユキちゃん近いよ」
「おいおい、ほんとに何もないぞ……?」
白く光ってるってもしかして街灯のことか?
いやそんなもん腐るほどある。
「ユキちゃん、多々良もうまぶしい」
多々良が、俺の背に顔を隠した。
まぶしい……?
こんな夜に、眩しいはずがない。
何かがおかしいぞ。……ん?
道端に何か……え!?
「人が倒れてる!」
多々良を背中に抱えたまま、走ってそっちに向かう。
人が、うつ伏せに倒れている。
着物を着た髪の長い女性……か?
あ、でも今の時代男だっていう可能性もあるよね。
男なら助けなくてもいいかな。
というか、
「なあ多々良、白く光ってるってことは、もしかして人の……その、オーラ的なやつか?」
「うーん……?うわっ!まぶしい!これ人にゃの!?」
どうやら正解らしい。
「これは……どういうことだ?」
「すっ…………ごーく、いい人?」
うんまあ多々良の見える限りだとそうなるな。
まぶしくて人とすら認識できない人……菩薩レベルなんじゃないか、それ。
でもこの人……
「あれぇ……?おかしいですねえ……地球ってこんなに重力が強い星でしたっけ……?ああでも、普段私天界にいますし……でもでも、アマテラスさんを岩戸から出すときは地上だったはず……あれぇー……?すっごく体が重くて上がらないのですが……これっていわゆる重力負けってやつでしょうか……困りましたねえ、動くことができなくなってしまいました。お腹が減らないだけまだいいですが、さすがに何日もずっとこのままいるわけには……でもでも、誰か助けに来てくれるわけではないですし……そもそも、今はこうして動けないので他の子を呼び出すこともできないですし……どうしましょう、私困ってしまいました……。だ、誰かー、誰か私のことを助けてくれるようなやさしーい人はいたりしないでしょうか……。だ、誰かー。……あら?そこに小さい女性を背負った男性の方が……こほん、だ、誰かー、誰かー。私のことを、た、す、け、て、くれる優しい方は……だっ、誰かーっ」
……この人はまずい。
触れちゃいけないタイプの人だ。
こちらに顔を向けながら誰かとか言ってるよこの人。
「だ、誰かー。小さな女性を背負ってあげられるくらいの、優しい男性の方などは……」
あっだめだ俺これもう完全にロックオンされてる。
てか、天界とか、アマテラスとか、地球とか……はっきり言おう。
この人何言ってんの?
どう転んでも怖い人にしか思いないんだけど!?
「た、多々良……?この人、ほんとにいい人なのか……?」
「ユキちゃん、多々良嘘つかにゃいけど……いい人、だと思う」
多々良ですらこの言い方。
よっぽどじゃない限り多々良はこんなこと言わない。
なんなんだ……?
「ゆ、ユキちゃーん、私のことを助けてくださーい」
やべえ名バレした。
も、もうダメか……。
「えっと……はい、ユキちゃんです。どちらさま?」
「私、アメノウズメというものです。神です」
よし、逃げよう。
「帰るぞ多々良」
「うん」
「ああっ!ちょっと待ってください!」
顔だけこちらに向けたまま俺たちを引き止める自称神。
じ、自分で神さまを名乗っちゃう女の人って……。
って、よく見たらめっちゃ美人だなこの人。
こういうお姉さんにお相手してもらいたいかもしれない。
この人の中身は差し置いて。
「わ、私神ですよ!本当ですよ!」
「ごめん、俺たちからしたらあんたはどう見ても触れてはいけない部類の人にしか見えないんだ」
「なんでですか!?」
こいつアホだ。
「あんたさっき天界って言ってただろ?そんな仮に天界っつーのがあったとして、ここは人間界ですよ?そんでいきなり神さまって言われて信じる人、いると思う?」
「信じてくれないんですか!?」
「当たり前だバカ」
「ひどいです!」
うつ伏せで顔をこちら向けたままひどいとか言う神さま。
この状況の方がよっぽどひどいわ。
なんも見えないから多々良がついていけないじゃねーか。
「見ての通り、私は今困っているんです、助けてください」
なんと図々しい神さま。
「お願いですユキちゃん」
「その名前で呼ぶな」
多々良以外にユキちゃんって呼ばれるとなんだか変な気分だ。
「つかあんた神さまだとか言ってたが、神的な能力とか何かあるのか?」
神さまって言えば、みんなが思い浮かべるのは全知全能の力だろう。
ありきたりだけど、魔法だとか、傷をいやしたりとか。
こいつにあるのか……?
「わ、私は……特に何もないんです、ごめんなさい」
「帰るぞ多々良」
「うん」
「お願いです待ってください!」
うさんくさくなってきたぞ……。
「あ、あのー、アメノウズメはご存じですか!」
自信満々で聞いてくる自称神。
じゃあ、俺も自信満々で答えてやろう。
「いや全く」
「がーん!!」
落ち込む自称神。
聞いたことないんだけど……。
「なんの神なわけ?」
「私、踊りの神です……」
お、踊り……?
「ユキちゃん、多々良知ってるよ、あの、岩戸隠れの……」
「っ!そう!それです!そのアメノウズメです!私がアマテラスを岩戸から出してあげたんです!」
「いや知らんけども」
「がーん!!」
あからさまに落ち込むアメノウズメ。
ほんとに神さまでいいのか……?
「と、とりあえず、私のことを助けてくれませんか?このままだと夜が明けてしまいます」
「まだ8時過ぎだからあと9時間以上あるよ、夜明け」
「ええっ!?」
おい神。
時間の計算くらい何とかしろ。
「お、お願いします、助けてください!神だからお腹減ったりなどはしないのですが……私もさすがにこのままは恥ずかしいです!」
神さまが人間に助けを求めるってどうなんだよ。
というかね、
「助けるったって何するんだよ」
「重力がきついので、適応するまで家に泊めていただけませんか?」
「いただけませんね」
「なんでですか!」
「そんなこと言われてもさ、考えてみ?男が女を何日間か家に泊めるんだろ?まずくないか?」
「ユキちゃん、エッチにゃこと考えてる?」
……一瞬考えました。
「お、お願いします!その、何でもしますから!」
……今何でもするって言った?
「っ!今明るかったらユキちゃんが黒く見える気がする!」
多々良がしっぽで俺をぺしぺし叩いてきた。
失敬な、えろいことなんてちょっとしか考えてないぞ。
ずっと多々良の胸が背中に当たってるのも問題だと思うんだ。
「そ、その……エッチなことは……私、神ですが……そ、その、処女ですので……お手柔らかに……」
!?
おいおい、OKもらっちゃった!?
しかも……えええ!?
苦節(特に苦労はしてないが)17年、俺にも卒業の時が……!
「……ユキちゃん」
「オーケー、一番大切なのは多々良だぜ」
うん、今回はやめておこう。
そうそう、俺には大切な幼なじみがいるじゃないか。うん。
「というか、助けるったってどうやって運ぶんだよ。まさか負ぶってけってか?」
「動けない以上、それが一番だとは思いますが……」
「まあ無理だってことは、俺の後ろ見りゃ分かるよな?」
何たって俺の背中には多々良が乗ってるからな。
「ユキちゃん、たたら歩くよ」
……はい?
「いやいや、歩くったってあんた夜は周りが見えないんでしょうよ」
「この人がまぶしいから、にゃんとにゃく見えにゃいこともにゃいよ!ユキちゃんに掴まってれば大丈夫だよね!」
「それで多々良が大丈夫ならいいけども……」
正直に言おう、多々良を降ろしてこのアメノウズメを連れて帰るのかめんどい。
負ぶるのがめんどいんじゃなくて、これ以上こいつと関わるのがめんどい。
「よいしょっと」
ああ、多々良が降りてしまった。
これで、こいつを助ける他なくなってしまった。
「……あの」
「分かったよ!連れてけばいいんだろ連れてけば!!」
とりあえずうつ伏せで倒れているこいつを起こし……力入ってないから重い。
「あの、ちょっとくらい力入れてくれねえとかなり重いんだけど……」
「まっ、失礼ですね。女性に重いという言葉は言ってはならないんですよ!」
「そういう重いじゃねえよ!少しは俺の背中に乗ろうとする努力をしろって言ってんだよ!!」
背中に乗るアメノウズメ。
……多々良より重い。
「多々良、大丈夫か?ほんとに歩けるか?」
「心配してくれてありがとうユキちゃん。あんまり早くは歩けないけど……大丈夫!」
「それならいいんだけど……」
本当なら、即座にでもこの自称神を降ろして多々良を背負って帰りたい。
逃げたい。
「ユキちゃん、他の人を助けてるユキちゃん、かっこいい!いいね!男の見せ所だね!」
男の見せ所って。
多々良に合わせてゆっくり歩く。
どうやらこの自称神のおかげで本当に周りが見えてるみたいだ。
「すごーく重力を感じます」
「力抜くと余計重いんだからやめろよ」
「また重いって言いましたね!?」
「そりゃそうだよ。こっちは多々良の体重で慣れてるんだっつの」
「多々良、ちょっと太ってるかな……」
「何でそうなる、全然太ってないぞ」
「それにゃらいいんだけどー」
というかこれ以上軽くなったらさすがに心配。
「あ!おうち着いたー!」
「アメノウズメ、多々良の親に説明してくるから、いったん降ろすぞ」
「ええー」
「別に叩きつけてもいいんだぞ」
「や、やめてください!」
肩に乗ってる手に力が入った。
このまま後ろに倒れてやろうか。
「……あ!そういえば、まだ自己紹介してにゃかった!ウズメさん、たたらは、花丸多々良だよ!よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします、多々良さん」
仕方ないのでアメノウズメを優しく降ろしてやった。
「いいか、座ってろよ。間違っても地面に倒れるなよ」
「は、はい、頑張ります」
「あと、俺は佐倉幸だ」
「あ、はい、幸さん、ありがとうございます」
とりあえず塀に寄りかからせたし、倒れる心配もきっとないだろう。
きっと。
「おかーさーん!ただいまー!」
家の扉を開けると、多々良の母さんが立っていた。
「こ、こんばんわ」
真顔!怖い!
怒ってる!?
「……幸くん、
やっぱり怒ってらっしゃる!?
「おかーさん?」
「とりあえずお帰りにゃさい、多々良」
「うん!」
顔が笑っているが、目は笑っていない。
ちょっと待って怖い。
もしや、俺が多々良を夜まで連れ回したと勘違いしていらっしゃる……?
ああ、しっぽの毛が逆立ってる。
「あのですね、学校が終わった後に、アイス食べたいって話になってコンビニに寄ったんですよ」
「うん、それで?」
「んでアイス買おうとしたら、強盗が入ってきて、立てこもりをし始めたんです」
「……本当に?」
誰がそんな嘘つくんだよ。
「おかーさん、それほんとだよ!銃持ってバーンってやって、ずっと立てこもってたの」
「……もう、それだったら連絡してくれれば車で迎えに行ったのに」
あ、そうだ。
車で迎えに来てもらえばよかったんだ。
そしたら……あの変な神さまと会うこともなかっただろうに。
……あー、でも本人にえろいことしてOKをもらってるからな。
行くのは俺の家なわけだし……。
「ユキちゃん、ダメだからね」
「おっと、別にやましいことなんて考えてないぜ?」
お見通しかー。
「まったく、あんまり心配させないでよね」
「すいません」
「遅くにゃってるからてっきり幸くんが多々良をどっかに連れ込んでるのかと……」
「大丈夫です、そんなことしませんよ」
そこに関しては怖いのはむしろ多々良の方だ。
「もう高校生なんだし、しっかりね」
「分かりました」
「ユキちゃん、また明日ね!」
「おう、また明日な」
「ばいばーい!」
多々良が手を大きく振りながら、家の中に入っていく。
やっぱり何だか、子どもっぽい。
……さて。
「何で倒れてるんだ」
「重力には勝てませんでした……」
「まったく……」
もうどうせ家も近いし、これでいいか。
「わっ、わっ」
……。
「ゆ、幸さん、その……」
「家が隣だからだよ」
アメノウズメと至近距離で見つめ合う。
いわゆるお姫様抱っこ。
……いくら家が隣だからとはいえ、さすがに重いな。
あと、やっぱりこいつ顔はすんごくいい。
神だからだろうか。
別にブッサイクな神がいてもおかしくはないとは思うけども。
「ただいまー」
「お帰りなさい、遅かった……ええ!?」
さて、どう説明したものか。
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