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____月紅。
それは月華族に言い伝えられる秘宝である災厄。
月紅と呼ばれるそれは刀である。だがただの刀ではない。人の血を好み、人の血に存在し、意志を持つ。その刀は、いくら人を切ろうとも錆びることもなく、火で溶かそうとしても決して溶けることのない刃を持つ。月華族最強の刀と言えよう。
だがしかしそれは人間の身体を鞘とする刀である。人の血を好むあまり、鞘として人を選択したのだ。
生まれてから10年の月日が流れた。
その間両親のいない私と接する者は、おばば様と村長だけだった。村長は「お前は特別強い子だからだよ」と言っていたがおそらくそれだけではないことを幼いながらも自分に向けられた視線からなんとなく気が付いていた。でもどうでもよかった。戦場で闘うことさえできれば。
それは突然起きた。いつものように愛刀と共に戦場を駆け抜けそのまま帰路につこうとした時だった。
「っ……!?」
どくん、と胸にある痣が痛む。
何かが内側から飛び出そうとしているようなな痛みだった。戦場で大怪我を負うこともあったがその時でさえこれほどの痛みはなかった。いたい、痛い痛い痛い痛い!!
「あ〝、く……アァアッ!」
幼いといえど痛みで叫ぶなど、ましてや膝をつくなど月華族のプライドが許さない。だがその時はどうでもよかった。それほどの痛みだった。その場に膝をつき着ていた服をはだけた。
なんだ、これは。
控えめに痣に触れる。そこにはたしかに金属の質感があった。これはいつも触っているからわかる。刀の刃先。
背中に触れる。刃物で突き立てられたようではない。では私の身体から出ているのか?でも何故? 急に身体に風邪を引いた時のような悪寒が走る。私はこの感覚を知らない。今思えばこれが初めて感じた恐怖だったのかもしれない。その時の私は、未知の感覚に慌てておばば様の元へと駆けた。
「おばば様!!!」
「如何された、月紅よ」
「胸から刃物が出ているのです」
「何を馬鹿なことを仰るのです」
そう言って笑われるのだろうと予想した。
だが、おばば様は一筋涙を流しただけだった。
「ついに!!!ついに月紅が覚醒したのだな!!」
夕刻になって訪れた村長は目をぎらつかせ、既に全ての刃が飛び出て寝そべる私を見下ろした
「村長?」
「この10年どれほど待ったことか!」
「村長は、私の胸の刃を知ってるのか」
「ああ知っているとも! それは我ら月華族なら知らぬ者はいない部族の宝だ。人の血を好み、人の血に存在し、意志を持つ刀だ。名は月紅。そう、お前と同じ名だ」
「私と同じ名……?」
「お前は生まれたその日から月紅の一部だからだ。お前の体内には刀が存在する。お前という生命体はその刀を収め、血を受け渡す鞘だ。」
「……なぜ今までそのことを教えなかった」
「そのことに絶望し、自ら命を絶って欲しくなかったからね。月紅に血を吸わせる為に戦闘には向かわせたが他の者と関わらせなかったのもその為だ。」
「自ら死ぬことはせぬ。私は自分を我が愛刀の鞘と思い生きて来た。今後はこの刀と共に戦場を駆け抜ける。その違いだけであろう?」
「何を言っている? 覚醒した今、必要以上に死ぬような場所に連れ出す必要はないだろう。お前は、本当に必要な時だけ自分の刀を振るえばよい。」
目の前の男が何を言っているかわからなかった。闘う事は月華族の誇り。体の細胞全てに闘うことが本能として染み付いている闘うことを止めることは死よりも苦しく、恥辱。胸の痛みが無ければ斬りかかってやりたかった。
「 おい、そこの。秘宝を隣の間は連れて行け! フ、フハハ、月紅は、月華の秘宝は私のものだ!いずれこの世もな!」
それから私は、闘うことを許されない篭の鳥となった。
紅に染まる女手記 篠宮 @sakura_mtmti
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