第2話

 色の剥げかけたディーゼル汽車の車窓から、背丈の低い建物群を眺める。数年間訪れることのなかった故郷は、記憶の中にある街並みよりも色が薄くなっていた。

 汽車は大きな音を立て、ぎこちなく扉を開く。ホームに人影はなかった。小さなキャリーバッグを持ち上げ、段差に気を付けながら降り立つ。軽く伸びをし、身体の凝りを解す。深く息を吸うと、自然と頬が緩むのを感じた。

階段を登り2階にある改札口へと向かう。中学の頃に建て直された駅舎は活気を失いつつも、清掃は行き届き内装は綺麗なままであった。駅員に切符を手渡し、見慣れていた町へと一歩を踏み出した。

 病院へ行くためにタクシーを探しているとクラクションが鳴った。後ろを振り返ると古い型の車がゆっくり近づいてきていた。運転席には見覚えのある顔があった。

「あんた、帰ってくるならちゃんと家にも連絡しなさいよ」

窓が下がると同時に何十回も何百回も聞いた小言が飛び出してくる。

「佑太に言えば、母さんにも伝わるだろうと思ってたからね」

「こっちとしては連絡があると本当なのか確認できるし良いのよ」

「まあ、結果的には帰ってきたから」

まったくあんたは、と機嫌が良い時の口癖が母をより強く認識させる。

「今からどうするの、あんた」

「このまま病院に行こうかと考えてた」

「じゃあ、送っていくから乗りなさい」

「了解」

後部座席のドアを開けてキャリーバッグを押し込む。後輪付近のボディには錆びが出始めていた。運転席側から車の前を通り、助手席へと乗り込んだ。


 車は色の薄れた町を淀みなく進んだ。小さい頃に営業していた個人経営の店は、昼頃だというのにそのほとんどがシャッターを下ろしていた。町を眺めていると、

「あんた、ちゃんとご飯は食べてるの」

と母は横目でこちらをチラと見ながら聞く。

「給料はちゃんともらっているし、最低限は食べてるよ」

「最低限、って。栄養はしっかり摂らないと。そんなに身体が丈夫な方じゃないんだし」

「もう大人なんだから、そこは管理してるよ」

「本当かねぇ」

気付くと病院とは違う方向に車が進んでいた。

「あれ、親父って市の病院に居るんだろ」

「そうよ」

「こっちの方向、違うんじゃないか」

「一旦家に帰るのよ」

抗議の意を伝えようとすると母はその雰囲気を察してか、

「あんたのそんな痩せてる姿をお父さんに見せる訳にはいかないと思ってね。それに荷物もあるから置きに行った方が楽でしょ」

とこちらに口を挟ませようとはしなかった。

「それにお父さんも昼食の時間だし、ね」

こうなった母への対抗は無駄だと知っているため、大人しく従うとした。


 家もやはり色が薄くなっていた。直接的に言うと年季が入っていた。家を出た時でさえも、そこまで新しくはなかったが、より古くなっていた。

「ほら、さっさと荷物運んで中に入れちゃいなさい」

母が後ろから急かす。ドアの開けられた後部座席から荷物を取り出し、家の中へと運ぶ。玄関も大きく変わっている所はなかった。小さい変化として、弟が修学旅行で買ってきたであろう置物が増えていただけであった。

「早く中に入ってちょうだい。玄関に立ち止まられると邪魔よ」

大人しく玄関に上がり、道を譲る。怒っているように思える母だが声色は楽しそうで、そこまで気にしている様子はない。母は玄関から入って真っ直ぐ突き当りにある台所に消えていった。

「荷物は自分の部屋に持っていきなさいー」

素直に母の指示に従い、玄関の正面にある階段を登り数年ぶりの自分の部屋へと向かう。

 2階に上がり、右に折れる廊下を突き当りまで進む。突き当りの右側が自分の使用していた部屋だった。扉の中は、自分がこの家を飛び出していった状態のままで保存されていた。掃除の行き届いた埃の無い部屋。ただ、本棚にある漫画の並びがバラバラになっていることから弟の佑太が忍び込んでいたことが分かる。窓際の学習机の横にキャリーバッグを置き、懐かしさから部屋の中を物色する。

本棚の卒業アルバムや全く開かれなくなった教科書、部活の後輩から貰った色紙などを見て当時に思いを馳せる。本棚の中に文章を見つけ、何気なく開いた。こんな奴も居たなと、かつての学友達を思い出す。文集を捲っていくと自分のページに辿り着いた。将来の夢と言う題材の作文であった。タイトルには「みんなが楽しめるアニメを作る」と書いてあった。自分の拙い文章を読み進めようとしたところで、下からのが昼食の準備ができたという声が聞こえた。名残惜しさも特になく、文集を閉じて1階の茶の間へと向うことにした。

 茶の間に行くと、大型の液晶テレビが設置されていた。帰郷して最初の衝撃であった。父も母もそういった方面には興味が全くないはずであったためだ。弟にせがまれ、買ったのだろうか。さらにテレビ台にはブルーレイデッキが設置されていたことも驚きを誘った。浮ついたことが嫌いな父が買うことを認めるとは、弟の頑張りが垣間見えた気がした。ただ、帰郷しての1番驚いたのは、勤め先の製作したアニメのブルーレイがテレビ台に並んでいることであった。

「ほらほら、食べなさい」

母は続々と食べ物を運び、それを口に運ぶ。食べるたびに遠い記憶が蘇ってくる。料理を運び終えたらしい母が茶の間に座る。

「味はどう」

「やっぱり味が濃いね」

「寒い田舎だからね。都会に比べたら濃いだろうさ」

と母は笑う。

「そういえばテレビ、買い替えたんだね」

「そうなのよー。中々高かったのよ、このテレビ」

「親父がテレビを買い替えるなんて、佑太も頑張ったね」

「あら、このテレビはね、お父さんが自分で買い換えたのよ」

あまりの驚きに言葉が出なかった。それは、親父は外に誇れるぐらいに堅物であった。つまり、昔気質の男で自分が決めたことは意地でも変えない人間だったのだ。自分が家を飛び出すまでに使っていたのは小さな液晶テレビで、大型のテレビに付く録画等の機能は余分だと父が判断し、結局機能の少ない小型テレビになった。そんな父が買い換えるとは一体どんな心境だったのか。

「それとあのブルーレイなんだけど」

「ブルーレイ?」

「テレビ台に並んでるあれのことだよ」

「ああ、あのアニメのビデオね」

今はもうビデオではなくディスクなのだが指摘することは止めた。

「あれもね、お父さんが急に買ってきたのよ。未だに頻繁に買ってきてるし、必死にインターネットとかも覚えているし、よくわからないのよね」

いつの間にか自分の目に涙が溢れていることに気付く。



数年振りに会う父に一体どんな話をしようか。話すことが多く困ってしまう。

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浦島太郎は何を考えたか やまむら @yamamura

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