第12話視線
いや…いくらなんでも、考えすぎか…
俺を殺したところで、こいつらにメリットはない。
メガネは、イカれている事はハッキリしているが、理由なき殺人に手を染めるほどではないだろう。(願望)
そうであってくれ。
しかし、コーヒーには口はつけないでおく。
俺は、用心深いんだ。
長男だし。
無難を好む。
俺は、コーヒーカップを置き、部屋を見回した。
別に意味はない。
手持ち無沙汰なだけだ。
蘭子…早く戻ってこい。
「あなた…名前は?」
みやび様が言う。
「樹……桜木 樹だ」
こういう時は、必ず先に名前から言って、フルネームを言う方が雰囲気でるよな。
「ふーん……そう……
私は、雅……楠瀬 雅(くすのせ みやび)。
そして彼女は、暦……火巡 暦(ひめくり こよみ)。
よろしくね」
「ああ」
順序を守っているじゃないか。
わかってるな……みやび様。
「桜木……さっきコーヒーを飲む時、何か考えてたわよね?」
「え?」
「コーヒーを飲もうとして、何かを考えて、飲むのをやめたでしょ?」
「…」
「どうして?」
なんで、みやび様はそんな事を聞くんだ?
さては……あの暦の視線には、やっぱり何か意味があったんだな?
よし、ここは俺の考えをみやび様に伝え、こいつは只者じゃない感を出して、二人にアップかましとこう。
「ああ、その事か?
ふと、嫌な予感がしたんだ」
「嫌な予感?」
「そうだ、さっき本を納めている時に、本の題名が偏っている事に気づいた。
事件や、殺人がらみにな。
それに、暦の怪しい行動から、少し警戒をさせてもらったんだ。
俺には、死に戻りの能力はないからな」
「……」
みやび様が、矢を射るように俺を見つめている。
死に戻りは、余計だったか?
俺は、人に見つめられる事に慣れていない。
女の子には、特にそうだ。
なぜか、俺のいやらしい考えが見透かされてしまう気がする。
そんな事は、考えていないが……
いや、少しは考えているが……
いや、半分以上は、それで埋まっているが、そんなのは、男として正常な思考だ。
だから、本当ならここで、すぐに目をそらすのだが、今はアップをかましている最中だ。
ここで目をそらすのは、効果的じゃない。
でも、恥ずかしいは、止まらない。
ロマンティックも止まらない。
だが俺は、目を見つめられない時の裏技も心得ている。
それは、相手の眉間を見るのだ。
そうすると、相手は目が合っていると錯覚するらしい。
だから、俺はみやび様の眉間を見つめ返した。
……綺麗な眉間だ。
シワひとつなく、冬空のように涼やかだ。
眉間が綺麗だと思う事なんて、あるとは思わなかった。
初めての経験だ。
バージン眉間だ。
なんか、恥ずかしいな。
眉間は見ずに、少し上の額を見る事にしよう。
さほど距離は変わらないだろうから。同じ効果があるだろう。
……しかし、綺麗な額だ。
前髪がある為に、全てが見えるわけではないが、透けて見える部分だけでも十分綺麗だとわかる。
広くもなく、狭くもない、丁度いい額。
だが、もしあの前髪を全て上げたら、額に邪眼が開いたとしたら、どうしよう。
そうなると、俺はみやび様の目を見ている事と同じなんじゃないだろうか?
それだと、恥ずかしいな。
少し視線を落とそう。
口でも見るか。
……綺麗な唇だ。
みやび様は色白だから、薄い桜色の唇が、より赤く見える気がする。
唇は若干、厚めになっている。
クールな印象の顔立ちだが、少し厚めな唇がアンバランスさを引き出し、
そのギャップが魅力へと昇華されている。
そういえば、唇の色と乳首の色は同じだと何かで見た気がする。
ってことは、みやび様の乳首の色は……
これは、完璧に恥ずかしいな。
俺は窓の外を見た。
少し、夕暮れに向かい出した空の青だ。
懐かしさと、悲しさを混ぜた空の色。
耳をすませば、豆腐屋のラッパが聞こえてきそうだ。
………ちょっと、待て…。
俺は、今、完全に目を逸らしている。
やるじゃないか………みやび様。
俺に、見つめる事さえ、許さない気か?
悪くない。
どうやら、俺には下僕の素質があるようだ。
さっきから、ずっと心で『みやび様』と呼んでしまっているし……
だが、嫌じゃない。
暦よ……お前の気持ち、少しだけわかる気がするぞ。
勘違いするなよ…少しだけ…だからな。
結果、俺は視線をあちこちに移しながら、完全にうろたえているように見えただろう…
しかし、みやび様は、
「……桜木……合格よ」
は?
俺は、何かに合格したらしい…
下僕にか?
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