第11話コーヒー


俺は、みやび様の命令のもと、部屋に設置されている本棚に本を入れていく。


無言で作業をしながら、俺はいくつかの事に気がついた。


まずは、ここが何かの部室である、という事。


部屋の中には、大きな本棚の他に、小さなキッチン、電子レンジや電気ポット、冷蔵庫まで揃っている。

教室ではない事は、明らかだ。

広さは、12畳くらいだろうか。

南側に大きな窓があり、そこから、午後の光とさわやかな春の風が舞い込んできている。


そして、この大量の本は、図書室の本ではないという事。

はじめ、メガネが廊下で本を落としていた時は、図書室の本を借りてきたのだろうと思っていた。

しかし今、一つ一つ本を納めていって気付いたが、どの本にも学園の印鑑や、バーコードはなく、まっさらな新品だった。

かなり高価な本も多い事から、おそらくこれは誰かの私物なのだろうという事。


そして、その本の内容が偏っている、と言う事。

元々、本棚に入っている本を含め、俺が運んできた本のタイトルには、

「〜事件の真実」「殺人者○○の告白」「完全猟奇殺人マニュアル」など、

ずいぶんと物騒なものばかりだった。

その数も、200冊や300冊以上あるようだ。


おそらく、みやび様かメガネの趣味なのだろうが、ろくなものじゃない。

こいつらは何か、完全犯罪でもやろうとしているんじゃないだろうか?


まったく、俺はどうしてこんな奴らと同じ部屋にいて、本の整理をしているんだろう?


俺は、そんな事を考えながらも、タイトル、本のサイズ、背表紙の色、そういったものを意識し、

本棚に、なるべく綺麗に揃うよう、収めていく。

こんな時でさえ、いい加減にやる事が出来ない自分が、好きでもあり、また情けなくもある。


後ろで眺めているメガネが、感嘆の声を上げる。


「わぁ!樹殿はキレイに本を並べるのですね!

 なかなか、細かい仕事をなさいます……男のくせに」


余計な事を言うな…メガネ。


それに、お前はどうして俺の名前を知っているんだ?

自己紹介などしていないぞ?


っつーか、お前も手伝えよ。

さっき、犬だとか言っていただろ。

俺が一人で作業してるじゃないか。

俺は犬以下か…?


作業を開始してから15分。

知らない者と、同じ部屋にいるというのは、居心地が悪い者だ。


街のトイレで、二人きりで小便器を使っている時も。

エレベーターで、二人きりになった時も。

夜道で偶然にも、帰る方向が同じで並んで歩いている時も。

親戚の集まりで、大して親しくもない親戚とご飯を食べている時も。

いや、どうでもいい。

さっさと終わらせよう。


やっと本の整理が終わって後ろを振り向くと、メガネがエプロン姿になり、キッチンで作業をしている。

俺の作業が終わった事に気付いたのか、俺を振り返る。


「あ、おっつー。

 樹殿。

 ちょっと、座って待っててくださいな」


おっつーか…

軽いな。

さっき、俺に地獄の時間を味あわせた事など、みじんも覚えていないのだろう。

タンコブの痛みじゃ、弱かったようだな。

やっぱり、メガネを割っときゃよかった。


「あたい、本当は裸エプロンにしようと思ったけど、どうせ樹殿はカッピカピのドーテーだろうから、

 刺激が強すぎると思って、やめときました!…テへ」


こいつなんなんだ?

見たかったのに…

憎いぜ、ドーテー。


「はい、樹殿。

 コーヒーをどーぞ」


「ああ、どーも」


「ミルクと砂糖は入れますか?」


「…ミルクだけ」


「はい、どうぞ」


「どーも」


「あたいの、ヨダレも入れますか?」


「じゃあ、少しだけ」


「はい」


メガネは口をもごもごさせ、ツーっと口元からトロみのあるヨダレを垂らしてきた。


俺は、すかさずコーヒーを避ける。


その瞬間、ポターッと机にヨダレが広がる。


こいつ、マジか?

ノリとかじゃないのか?

クールな男は、とっさのボケにも素早く粋に返すものだと、心得ていたが、

こんな危険をはらんでいたとは、知らなかった。


メガネは、口のはしから糸を垂らしながら、


「なんつって」


いや、垂らした後だから、「なんつって」じゃないよ、アンタ。


今、はっきりした。

このメガネは、本物だな。


恐ろしい奴だ。

また何かされる前に、さっさとコーヒーを飲んで帰ろう。

俺は、おもむろにコーヒーを口に運ぶ。


メガネは、濡れ布巾で机を拭いている……しかし、

その時俺は、メガネの奥の目が瞳孔を限界まで開き、拭いている机でなく、コーヒーを凝視している事に気付いた。


俺は、ピンときた。


それは、漫画で、頭の上に出る電球のような、軽いヒラメキじゃない。

そう…例えるなら、北○の拳でシーンが変わるときに出る、横に走る稲妻のような、閃き。

それが、俺のバックに走った。


俺は、生粋のゲーマーだ。

どんなジャンルのゲームも一通りプレイしてきた。

アクション、RPG、シューティング、スポーツ、パズル、格闘、アドベンチャー、育成、鬼畜、調教、etc…

それらで、鍛えられた俺の反射神経が、唸りをあげ、

今、俺の血肉となり、無意識のうちに発揮された!


このコーヒーには、すでに何かが仕掛けられている!


なぜそう思ったか………それは、

この部屋にある、数々の物騒なタイトルの本。

俺の唯一の仲間である、蘭子の謎の失踪。

高校生なのに、コーヒーという色も味も濃い大人専用の飲み物。

放課後という…一日の中で最も何かが起きやすいと言われる、魔の潜む時間。

自己紹介もしていないのに、名前を…下の名前を知られている事。

メガネの、『ヨダレ』という、恐怖と色気が共存した先制攻撃のような、見え見えの目くらまし……


これらの無関係に思えるファクターが、俺の頭の中で複雑な旋律を奏で、

不協和音だったはずの音が、ふと、ハ短調の悲しいメロディーを紡いだ。


そのメロディーは、一つの答えを導き出す。



………こいつら俺を殺そうとしている!!

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