第10話みやび様
俺には、非がない。
今、俺が、このみやび様に言い訳するのは簡単だ。
ただ、俺は言い訳が、嫌いだ。
なんか、情けなく見える。
全然クールじゃない。
よし少し、整理しよう。
おれは、メガネの本をここまで運んでやっただけだ。
メガネに、手を出すそぶりは、1ナノも見せてないはずだ。
エロゲーには例えたが、脳内での事だ。
って事は、ノーカンだな。
そして、今この部屋には、四人の人間がいる。
そのうち、俺の無実を知っているのは三人。
つまり、敵は一人って事だ。
どう考えても、俺が有利な状況だな。
よし、言い訳は、ナシだ。
知り合いの蘭子もいるから、カッコ悪い事は避けよう。
そうだな……どうだろう?…ここで無言のまま立ち去るのは。
無言で立ち去る行為自体は、クールに分類される。
立ち去った後で、蘭子が誤解を解いてくれる可能性が高い。
だとすれば、俺は言い訳もせずに、責めもせず、ただ立ち去った男。
クールじゃないか。
トレンチコートが似合うじゃないか。
蘭子のポイント-UP
みやび様ポイント-UP
メガネ…こいつは無視しておこう。読めないからな。
よし、やってみるか…
俺は、何も言わずに背を向け、ドアノブに手をかける。
「逃げるのか?」
みやび様の声だ。
いい声をしている。
喉に引っかかりのない、シルクのように、なめらかな声だ。
俺の耳から、スルッと入り、軽い産毛をなでた後、渦巻き菅をチュルチュルとくすぐっている。
ぜひ録音して、寝る前に聴いていたい。
ワイヤレスじゃなく、有線のヘッドフォンで聴きたい。
こういう事をすると、明晰夢が見れ………
いや………待て、本質がズレている。
逃げるのか?……だと…
なかなか、手強い奴だな、みやび様。
そう言われては、黙っていられない気分になるじゃないか。
しかし、何を言う。
言い訳はしないと決めたから、違う事を言わなければならない。
う〜む…
しかし……蘭子よ。
お前は、なぜ黙っている。
どう見積もっても、お前は俺の味方をすべきポジションじゃないのか?
今、お前は、どんな顔をしているんだ?
俺は、ドアしか見えないから、わからないんだ。
友達が、スケベ呼ばわりされて、逃げるのか?と、追い打ちをかけられてるんだぜ?
っつーか、全ての始まりは……お前がメガネの本を拾った事、部屋まで持って行くと言った事、
部活巡りに、俺を付き合わせた事、だろ?
なぜ、俺をフォローしようとしないんだ?
謎めいた事をするんじゃない。
わかりやすさの権化でいろ。
ふう…いたずらに第三者を責めても、仕方がない。
今、優先すべき事、いわゆるプライオリティは、みやび様の「逃げるのか?」に対する答えだ。
どうする?
それなりに、時間は使っているぞ…
次の言葉を、向こうに取られるのは、危険だ。
それに、もう無言は選択肢として、マイナスの空気をおびている。
何か言わなければ!
……よし!
「いい声だ……大事にしな」
俺はドアを開け、廊下に出てドアを閉めた。
………
………
あちゃ〜。
オイラ、やっちゃったかも。
つっても、もうドア閉めちゃった。
う〜ん、どうしよう…ダッシュで家に帰るか?
気持ちは、ぜひそうしたいと言っている。
でも、ダッシュはクールじゃない。
いや、すでにクールじゃない事を言ったでしょ、アンタ。
どうしよう。
えっと、えっと…
腕を組んで考えていると、ドアが開いた。
誰だ?
誰が出てきてもおかしくないぞ?
蘭子であれ!
帰ろうって言ってくれ!
もうお前だけでいい!
今の俺は、お前しか望んでいない!
誰かが俺の肩に手を置いた。
俺は振り向く。
そこにいたのは、蘭子だ。
やっぱり、お前は友達なんだな。
「らん……」
「ちょっと、お花を摘みに行ってくるね」
蘭子。
………育ちがいいな。
蘭子は駆けていく。
どうしましょ。
この状況で、蘭子…俺にかける言葉は、それですか?
さすがに、目が点になったぜ。
お前は、希望をみせたよな。
俺に、希望を見せてから、落とすとは。
ダメージが倍になる事をするんじゃない。
せめて、摘んだ花を一輪、俺の墓にそなえてくれよな。
しかし、どうする?
蘭子は、戻ってくるだろう。
待っていないのは、なんか俺が冷たいだけになってしまう。
俺が、蘭子を待つかどうか逡巡していると、ドアがもう一度開いた。
メガネだ。
何の前触れもなく、俺をピンチに落とし入れた張本人。
こいつ、何を言う気だ?
お詫びの言葉だよな?
そうなんだろ?
聞いてやろうじゃないか。
さぁ、言え。
詫びろ!
「なんつって」
オウマイゴッ。
メガネをかち割るしかないか。
片方割るか、両方割るか…それが問題だ。
両方割れば、修理代が高いな。
だが、片方割れば、もう片方は見えるから、まだメガネとして使える。
そのまま、割れたメガネをかけて帰るだろう。
そっちの方が、メンタルダメージは大きいか。
片方だけ割ろう。
「ずびばせーん……調子に乗っちゃいまじだー」
ん?よく見たら、メガネ……タンコブできてら。
こいつ、泣いてら。
ざまぁ。
「あの…みやび様が呼んでいるんで、中へどーぞ」
フフッ…謝罪か。
みやび様。
恥ずかしい奴め。
あんなセリフを吐いた男に謝罪するハメになるとはな。
まぁ、これも身から出たサビだ。
こんな下僕を育てた貴様のミスだと、己を呪うんだな。
受けてやろう。
俺は、ドアを開け部屋に入る。
さぁ、詫びろ!
銀髪のみやび!
「ねぇ、あんた…そこの本を本棚に入れなさい」
は?
謝罪、ちゃうんすか?
「…早く」
こいつ……できるな。
俺の体は勝手に動き、素直に本を本棚に入れ始めた。
これは、ただの敗北じゃない。
価値のある敗北だ。
次は負けない。
みやび様……いい声だな。
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