強行手段

 大通りを進む一団がある。

 通り沿いの店や民家の人々は何事かと顔を覗かせ、往来していた者たちは道の端っこに追い遣られ、皆一様に不安げな表情である。

 その一団の物々しい行進。整然と隊列を組み、皆、大小の銃火器を手にしている。

 隊列の前方と後方に戦車が二台ずつ。いずれもパンターG型である。

 ザーリアー軍であった。

 先頭にはホルヒKfz15中型軍用車に乗ったブンゲルト中将、ゲルリッツ少佐がいる。

 ブンゲルト中将が居るものの、兵の数はおよそ一個大隊規模だ。

 通常なら大隊規模であれば指揮官は少佐ないし中佐である。しかし、今回は特別な理由があった。


「今作戦においては私が直接交渉にあたる。しかし、奴等に抵抗の意思が有るのであれば、ゲルリッツ……指揮はキミに任せる」

「畏まりました」


 つまりはそういう事である。

 彼らが向かっている先はもはや説明するまでも無いだろう。


 広大な敷地を持つ白亜の建造物が見えて来たところでゲルリッツ少佐は片手を挙げた。

 同時に兵士達の前身は緩やかに停止する。


「ん……?」


 ブンゲルト中将は正門の前に立つ人影に気づき、車を降りる。ゲルリッツ少佐もその後に続いた。


「そろそろ来る頃じゃないかとは思っておったが、これはまた随分と物騒な出で立ちで来たものじゃのう。それもぞろぞろと……」


 ヘルマ校長であった。

 薄笑いを浮かべ、たった一人でブンゲルト達と対峙している。


「わざわざのお出迎え、痛み入りますなぁ」


 ブンゲルト中将は仰々しく両手を広げ感激して見せた。


「ふん……生憎とそんな大人数に茶は出せぬよ。まあ、茶飲み話をしに来た……という雰囲気では無さそうじゃがのう」


 ヘルマ校長は既に及び腰といったていで、いつもののらりくらりとした態度。

 ブンゲルト中将は小憎らしげに「ふんっ」と鼻を鳴らす。


「なぁに……先日に引き続き、交渉で参上したまでですよ。我々としても一刻も早く、この戦争を終わらせたいのでね」

「はて? 交渉など前回で既に決裂したものと思っていたが? これ以上話し合う余地など、わしらの方としては微塵も無いがのう」


 やる気が無さそうにポリポリと頭を掻く。しかし、本心はあれで済んだなどと思ってはいない。恐らく、より強硬姿勢で来るであろう事は想定済みであった。


(それにしてもまあ……気の短い事で……)


 二度目にして早くも兵を率いて来るとは予想を遥かに超えていた。


「何度も言うが……こちらは教員も学生も誰一人として差し出しつもりは無いでな。そちらがどの様な交換条件を持ち出して来ようと無駄じゃよ?」


 見た目は幼女の姿ではあるが、後ろ手を組み鎌首をもたげた様な姿勢はいかにも老齢のそれで、容姿に反して異様な威厳を漂わせている。


「まあ、そう結論を焦らずとも良いでしょう。こちらも要件を飲んで頂く為には誠意を見せなければ始まりませんからなぁ」


 そう言うなりブンゲルト中将はパチンと指を鳴らす。

 すると、彼の背後に控えていたゲルリッツ少佐が何やらアタッシュケースを携え、ヘルマ校長のもとへやって来た。

 アタッシュケースをヘルマ校長に手渡すとゲルリッツ少佐は無言でもと居た位置に戻る。


「よっ……とと……」


 アタッシュケースはヤケに重みがあって、ヘルマ校長はやっとやっとと言った具合に抱えていた。


「何なのじゃ? これは」

「開けてご覧頂ければ分かりますよ」


 面倒臭いとは思いつつ、地面に置いて開けてみる。

 中には眩いばかりの金塊が隙間無くギッシリと詰め込まれていた。


「これは?」

「聞けば王立魔導学院は王室の権力が失墜した今、十分な予算を回して貰えず経営難との話ですからなぁ。これは我々からの志として受け取って頂ければと思っております」


 確かに王立魔導学院は情勢不安による学生の減少、そして政府予算の多くが王室維持に回され、他に行き届かなくなっている事から現在、火の車と言って良い状態で、これに関しては理事長も兼任しているヘルマ校長にとって頭痛のタネでもあった。

 これだけの金塊があれば老朽化した箇所の修繕、備品の購入などに使用しても、二、三年は安泰と言える。

 しかしヘルマ校長はそれを見るなり、アタッシュケースごと足蹴にした。

 カランと金の延べ棒が数本、辺りに散らばる。


「買収のつもりかの? 随分と見縊られたものじゃ。わしが人身売買をする様な下衆の輩とでも思われては迷惑千万というものじゃ」


 吐き捨てる様にそう言うと鋭い目で睨みつけた。


「ほう……我々の厚意を受け取っては頂けないと?」

「何が厚意なものかよ。人命を金で買えるなどと本気で思っておるのか? おぬしらのやっている事は国家によって整備された軍隊のやる事ではない。国を守ると称して命を食い物にする、ならず者の集団よ」


 ブンゲルト中将の眉の端がピクリと動く。ブルドッグの様な顔に、さらに深い皺が刻まれた。


「ふふん……ヘルマ校長。貴女はもう少し物分かりの良い人物かと思っていたが、私の買い被りであったかな? よもや私の後ろに控えている者達がただの飾りだとは思っていまい」


 数千という兵士の数。おまけに戦車が四輌。

 ヘルマ校長のみならず、ここの教師達も優秀な魔導士ではあるが、そもそも魔導士が使用する魔法というものは争い事に使うものでは無いため殺傷力は低い。

 ブンゲルト中将の言う魔導士を戦争に参加させるという趣旨だって、魔導士を真正面から戦わせるものでは無く、魔法の特性を活かしてゲリラ戦法なり隠密行動を取らせるといったものだろう。

 軍隊とまともにやり合えば、不利なのはヘルマ校長たち魔導士側である事は抗いようの無い事実であった。

 しかし、事ここに至ってもなお、ヘルマ校長は毅然とした態度を失わなかった。


「やれやれ……買収、そして今度は恫喝か……。交渉が聞いて呆れるのう。じゃが、どうあろうとこちらの返答は変わらぬよ。その程度の事で大切な生徒を売り渡したとあっては、世界中の物笑いのタネになるだけじゃからのう」

「ほう……よほど死にたいと見えるな……」


 ブンゲルト中将は腰のホルスターに手をかける。


 その時——


 通りに面した校舎の最上階で、その場に居た誰もが……ヘルマ校長でさえ予想もしていなかった破裂音が起こった。

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