異質な力、そして……
悪夢のせいで、早い時間にすっかり目を覚ましてしまったプリーネは、そのまま二度寝する事も出来ず、朝食を済ませると一限目の授業へと臨んだ。
この日の一限目は魔法図形学という、いわゆる魔法陣の理論などを学ぶものである。
基本的には座学なのだが、多少の実技練習なども含まれているもので、実技面を苦手とするプリーネにとっては魔法図形学の授業もご多分に漏れず、あまり得意と言える授業ではない。
おまけに今日は例の悪夢を見てから、どうにも調子がよろしく無い。
朝方、食堂のおばちゃんと話をして少しはマシになったとはいうものの、胸の奥に熱泥池の如くコポコポと静かに何かが溢れ出ている様な感覚は残ったままであった。
プリーネは教室に入る前に、廊下の壁際にマイ箒ならぬマイモップを立て掛けて入室する。この授業では稀に箒を使用する事も有るので、受講している学生は皆そうしていた。
「おはよう、プリーネ。いやぁ〜、今日は朝から眠くでダメだわぁ」
ニコレは気怠そうに机に突っ伏している。
「どうせまた夜更ししてたんじゃないの?」
「いやね……いつもの連中とページワンやってたんだけどさぁ……デニーゼが勝てるまで終わらせてくれないでやんの」
ニコレはよく寮の談話室を使って、いつも同じメンバーとトランプに興じている。このメンバーにはデニーゼも含まれているのだが、このお嬢様は弱いクセに自分が勝つまでやめないという実に面倒臭いタイプなのだそうな。
「き、昨日はたまたま調子が悪かっただけですわ!」
反論するも、いつの間にかプリーネの隣りに座っていたディルクが、
「デニーゼは往生際悪いからなぁ……」
などと追い討ちをかける有り様。
「あ、あはは……そうなんだ……」
プリーネは力なく笑い、曖昧な反応を示すことしか出来なかった。
大笑いでもしようものなら、またデニーゼに噛み付かれそうだ……というのもあるし、今日は何だか心から笑える気分ではなかったというのもある。
「プリーネ、どうしたの? なぁ〜んか今朝は歯切れ悪いじゃない」
「え? そ、そんな事無いよ? あは、あはは……」
やはり笑い方もぎこちなくなってしまう。
こんなだからニコレに感づかれてしまうのだろう。
やがて担当の男性教師が教室にやって来ると、彼は生徒全員にテニスボールほどの大きさの金属球を配る。
「これは純銀の玉だが、銀という金属は魔力を通し易い性質がある。キミたちには、これから各自渡された金属球に指示された通りの魔法陣を描いてもらう」
そう言うと教師は黒板に図形とその手順を書き始めた。
金属球に魔法陣を描いて魔力を注ぎ込む。それによって物体の性質を変化させたり、或いは物体そのものを操ったり……という事なのだろう。
自身の手のひらや空中に魔法陣を描いて発動させる魔法とは少々異なり、物体に魔法陣を描いて魔力を注ぎ込むという手段の方が、やり方さえ分かっていれば魔法のコントロールはそれほど難しいものではない。
実技が苦手なプリーネであっても、これならば成功率は高く、身構える必要も無かった。
「今日はこの魔法陣で金属球を浮かび上がらせてもらう。高さは、そうだな……机から二十センチほどで良い。物体そのものが重いから、それくらいしか上がらないだろうしな」
先生はカツンと黒板に描かれた図形の端をチョークで叩くと、各自その場で開始するよう指示した。
「さすがにプリーネでも、これなら出来るだろ?」
「うっさい! 気が散る」
ディルクは別にからかうつもりで言ったのでは無いだろうが、プリーネはいつもの調子でつっけんどんに返す。
意識を集中し、目の前の球体に人差し指で図形を描いてゆく。指先に魔力を込めて描くので、ここで僅かでもズレたり歪んだりしたら、描きかけのものを全て消して最初からやり直しになってしまうのだ。
「ふぅ……これで良し。あとは……」
図形を描き終えると金属球から指二本分ほど間隔を空けて右手のひらを向け、「浮かべ」と念じる。
ちゃんと魔法陣を描いてしまえば、あとは簡単……な筈だった。
ところが……。
——パァァァンッ‼︎
「キャッ!」
プリーネが魔力を注ぎ込んだ金属球が突然破裂した。
純銀で出来た球体がまるで風船が破れるかように四散したのだ。
「どうした⁉︎」
慌てて先生がプリーネのもとに駆け寄って来る。
プリーネも……隣りに居るディルクやニコレ、デニーゼも……その一瞬の出来事に呆然としていた。
「何があったんだ?」
「え……? あ……」
先生の質問に対して答えが出て来なかった。
プリーネの使っていた金属球の破片はバラバラにした蜜柑の皮のような形状になって辺りに散らばり、シューシューと白煙を上げている。
言われた通りにやったのに……ましてや物は金属の塊である。そんな物が破裂するなど、失敗したとしても常識ではあり得ない事であった。
先生にニコレが代わりに説明してくれたのだが、先生も俄かには信じられないといった様子である。
「そんな……よっぽど膨大な魔力を一気に注ぎ込みでもしない限り、そんな現象……起こる筈が……」
何かが……何かがおかしくなっていた。
「なんで……?」
プリーネはじっと手を見詰める。
朝から感じていた違和感はこれだったのかもしれない。
自分の中に今まで感じた事の無い力が存在している。自分の意思とは関係無い……異様な魔力の存在……。それが違和感の正体であると今ここで理解できた。
それでも……何故そんなものが今になって現れたのか……。そもそもその魔力の源が何であるのか……分からない事だらけであった。
一つだけ感じる事は、
(この魔力は……使っちゃいけない……)
他の誰も気づいていない事だろう。が、得体の知れぬ、この魔力を有しているプリーネにだけは感じ取る事が出来た。
この魔力には、そこはかとない危険な香りしかしないのだ。
言葉では説明できないが、魔力の質とでも言うのか色とでも言うのか……異質なものを感じるのである。
プリーネのあり得ない失敗にしばらく教室中が静まり返っていた、その時だった。
「何だ? あれ……」
窓側に居た男子の一人が窓の外を見て息を飲むような声で言った。
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