乱入

 時間は少し遡る。


 プリーネ達のいる教室で一人の男子生徒が外の異様な光景に気づき、声をあげた事から騒ぎが広がった。


「あれ……軍隊だよな」

「こっちに向かって来てない?」


 教室中の全員が窓にへばりつく様にして、物々しい一団の様子に釘付けになっている。

 一方、この授業の教師はというと……この教室へとやって来た別の教師と何やら話をしている。


「校長の指示です。直ちに全ての窓に施錠魔法を施し、全員その場で待機せよとの事です」

「分かりました。あの軍隊はやはり……?」

「詳細は不明ですが……校長が対応に向かわれたので、恐らくは……」


 そんなやり取りがプリーネの耳にも届いて来た。

 しかし、聞かずとも分かる。

 先頭の車輌に乗っている二人の人物……彼らは以前、プリーネが校長室の前ですれ違ったザーリアーの将校達だ。

 何の目的でヘルマ校長のもとを訪れたのかは知らされていないが、ヘルマ校長に用があって再びやって来たのは明らかである。しかも今度は軍を率いて……。


「皆んな席に戻れ!」


 教師は戻って来ると早速、教室中の窓という窓に指先で魔法陣を描き、施錠魔法を展開させる。

 そんな中でも生徒たちは席には戻らず、窓の外を食い入るように見詰めていた。


「学校中の窓を施錠魔法で封鎖するんだろ?」

「籠城戦でも始める気か?」


 様々な憶測が飛び交う。


「プリーネ……あいつらって……」


 ディルクも気づいたらしい。

 しかし、プリーネは無言のまま先頭の二人を凝視している。黙しながらも険しい面持ちでギリッと歯噛みした。


「あ! 校長だ!」


 プリーネの直ぐ横で覗き込んでいたニコレが正門の方を指差した。

 ヘルマ校長と例の軍人達は何か話をしている様子だが、こちらは窓も閉まっているし、ましてや校舎の最上階である為、会話の内容までは全く聞こえて来ない。

 やがてサングラスをかけた男がヘルマ校長にケースらしき物を手渡し、その後……ヘルマ校長がそのケースを足蹴にしたのが見て取れた。


「何だかヤバそうな雰囲気じゃねぇか?」


 ディルクがそう言った矢先……プリーネな廊下へと駆け出した。

 立て掛けてあったモップを掴むと急ぎ教室へ戻る。


「おい! プリーネ、何やってんだ!」


 プリーネは教室の中央まで来るとモップに跨っていた。


(今なら……今持ってる魔力ならイケる……)


 ふわっとモップが浮かび上がる。


「ちょっと! 何をする気⁉︎」

「このままじゃ校長先生は殺される!」


 プリーネのいつにない剣幕に質問を投げかけたニコレはビクッと身をすくめた。


「だけどおまえ……施錠魔法かけられてるのにどうやって——」

「ごちゃごちゃうるさい!」


 ディルクの言葉も遮ると、左手を前に突き出す。そしてモップとともに窓へ突進した。

 当然、窓には施錠魔法がかけられている。これも結界の一種だ。普通ならば見えない力に弾かれてしまう。それが突進などして力任せに破ろうとすれば、その反発も大きい……筈だった。

 しかし、プリーネは窓に浮かび上がった施錠の魔法陣にありったけの魔力を注ぎ込む。すると……。


——パァンッ!


 窓は枠ごと粉微塵に吹き飛んだ。

 単純な理論だ。施錠魔法を解除なんて、そう簡単に出来るものではないから、かけられている施錠魔法に対して膨大な魔力を一気に注ぎ込み、結界ごと破裂させた。例えるなら風船に許容量以上の空気を一気に押し込んだ様なものである。

 強引にも程があるというものだが、得体の知れない魔力を持った今のプリーネだからこそ出来たというものだ。

 その力の源が何であるかは分からない。けれど、先ほどの失敗……金属球が破裂した事で今ならこんな力任せな結界破りも可能だと確信したのである。


「プリーネ! よせ!」


 ディルクが止めるのも聞かず、プリーネは開け放たれた……というか窓そのものが無くなってしまった穴から勢いよく飛び出して行く。


「だぁぁ! もう! 飛び出してって、どうしようってんだ!」


 ディルクも自分の箒を掴むと、遮二無二プリーネの後を追った。


「校長先生ぇぇ!」


 プリーネはヘルマ校長とブンゲルト中将の間に割って入った。


「な……⁉︎ お、おぬし、どうしてここへ⁉︎」


 さすがのヘルマ校長もプリーネの突然の乱入に狼狽える。


「あ〜その〜。止めようとしてオレまで来ちゃいましたわ」


 後を追って来たディルクもヘルマ校長の右隣りに着地し、気の抜けた声で弁明した。殆ど自棄やけっぱちである。


「おぬしら……さっさと戻らぬか! ひよっ子がしゃしゃり出て来たところで足手まといじゃ!」

「嫌だ! あたしはもう身近な人が死ぬところなんて見たくない!」


 自分が出て来たところで役に立たない事はプリーネにだって十二分に分かりきっている。けれど、両親を失った自分を保護してくれたヘルマ校長の窮地に居ても立っても居られなかったのだ。

 それにこれだけの軍隊を引き連れて来ているのだ。ヘルマ校長が殺されてしまえば、どのみち学校内の人間が無事で済むとは思えない。


(だったら、あたしが盾になってでも……)


 プリーネは震える脚にグッと力を込めると拳銃を構えるブンゲルト中将を真っ直ぐに見据えた。


「ふふん……何やら躾けのなってないじゃじゃ馬を抱えている様だな。ご苦労な事だ……。しかしヘルマ・クルークハルト……。子供が何人飛び出して来ようが同じ事。己れの石頭が災いを招いた事をあの世で悔やむのだな!」


 ブンゲルト中将はトリガーを引く。


——パァン!


 乾いた一発の銃声が轟いた。

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