第4話 再生を司る魔法

プリーネだけの定期検診

 ディルクとのデートから十日ほどが過ぎた。

 ペトラ婦人宅から学校に戻ると、プリーネはその日のうちに医務室に行くよう指示された。

 ディルクの報告を受け、念のため検査をしておきたいとの事であるらしい。

 検査そのものは血液検査と問診のみであったが、その日だけで終わるかと思いきや、それから二日おきに同様の検査が繰り返されるようになっていた。


 この日も昼休みに医務室で同様の検査である。

 ドクタービエロフカはプリーネから採取した血液を注射筒シリンジごと、何やら手のひらサイズの魔法陣の上に置いて、真剣な眼差しでカルテに数値を記入している。

 すぐ目の前でその作業をしているので、プリーネの目にもカルテに書かれた数値が見て取れるが、それが何を意味しているのかまでは、プリーネにはさっぱり分からない。


「あのぉ……先生? これって何を調べてるんですか?」


 プリーネは訝しげに採取された血液を見詰めながら尋ねてみた。

 詳しい事は一切聞かされていないし、毎度、検査の結果も教えてもらっていない。


「プリーネちゃんの状態を調べてるのよぉ」

「いや、それは言われなくても分かってます。そうじゃなくて……」


 何度か同じ質問をした事がある。

 が、どうもお茶を濁されているようで今ひとつ要領を得ない。

 こう……はっきりと言ってもらえないと、まるで胃炎と言われているのに胃癌なんじゃないかと勘繰り、悪い方へ悪い方へと妄想してしまう患者よろしく疑心暗鬼になってしまう。


「こんなに頻繁に健康状態を調べるなんて普通じゃないと思うんですけど……」


 少々不満げにドクタービエロフカを見据えるが、ドクターの方は至っていつもの調子で、


「そうかしら〜? 気にし過ぎじゃない? 気にし過ぎるのも万病のもとなのよぉ?」


 と、答えになっていない答えを返すばかり。

 これじゃあ不安にならない方がどうかしてる。


「まあね〜。プリーネちゃんが訝るのも分かるわぁ。でもでもぉ、プリーネちゃんってば一度倒れて、まだ体調崩したでしょう? だったら医者として本当に悪いところが無いか、ちゃんと調べるのは当然の役目でしょ〜?」

「それはまあ……正論ですけど……」


 患者用の丸椅子に腰掛けて両脚をブラブラさせる。なおも納得が行かない様子で膨れっ面をしていた。


「じゃあ、今日は胸の音も聴くから、上着を持ち上げてくれるかしらぁ?」

「いつもより、やる事増えてるじゃないですかぁ!」


 渋々、ブラウスをたくし上げる。

 するとドクタービエロフカはニヤリと口もとを歪めた。


「あらあら……黒のブラなんて背伸びしちゃって〜。子供っぽく見られるのが、そんなに嫌なのかしらぁ?」

「お、大きなお世話です!」


 しかし、言われてみれば潜在的にそう思って黒の下着で統一したがってる自分がいるのかも……と思えない事もなかった。

 飽くまで「魔導士のシンボルカラーだから」というのは建て前で、自分にもそう言い聞かせて納得させているのだと考えれば、否定できないものがあった。


 そんなこんなでこの日の検診も終わった。

 やはりというか、もはや当然というか……この日も結果などは教えてもらえなかった。


「ホント、何なの?」


 医務室を出るプリーネは首を傾げる。

 確かにディルクとのデート中、ヒドい頭痛や吐き気、息苦しさや倦怠感といった症状に見舞われた。何よりも今までに経験した事のない胸の苦しみ——あたかも大きな鉄の塊を入れられているような、そんな不快感に襲われた事は間違いない。

 けれど、それで本当に深刻な病気であったり、検査しても分からないというのなら、何かしら教えてくれるだろうし、医務室などではなく専門の病院にかからせる筈である。

 それすら無いというのが、どうにも不可解であった。



 プリーネが昼休みの検診を終えて授業に戻ってからの事である。

 医務室にはヘルマ校長が訪れていた。


「どうじゃな?」

「バイタルは安定してますね〜。飽くまでですけど」


 そう言ってカルテを手渡す。

 ヘルマ校長は手渡されたカルテに一通り目を通すと眉を寄せた。


「侵蝕値は部分的にイエローゾーンか……」

「懸念される箇所はそれだけじゃありませんよ? これなんかも」


 のほほんとした口調ではあるが、ドクタービエロフカも今回ばかりはさすがに全くと言って良いほど笑顔を見せない。

 ヘルマ校長は別の書類を受け取り、それを見るなり「むぅ……」と低く唸った。


「心臓内部の蓄積魔力量は完全に異常な数値ですよぉ。これって常に爆弾抱えてる様なものです」

「僅かな火種でも暴発し兼ねないという事か……」

「でしょうねぇ……。仮にその火種が大きければ、それこそ取り返しがつかなくなる危険性も孕んでますよぉ?」


 これにはさすがのヘルマ校長も頭を抱える。

 何とか解決策を見出したいところだが、現時点では手段が思いつかない。


「投薬治療で何とか抑える事は出来ぬのか?」

「ここまでの状態だと焼け石に水でしょうね〜。ただ……」


 ドクタービエロフカは何か言い掛けて口をつぐむ。


「いえ……やめときましょう……」

「何じゃ? 何か手段が有るのなら申してみよ。どうせ他に手立ては無いのじゃ」


 それでもドクタービエロフカは答えにくそうにしていた。それは明らかに「やりたくない」と言っている顔だ。


「校長先生の仰っていた通りであるのなら……場合によっては壊滅的打撃を受ける危険性が高いですよぉ?」

「構わぬ。実行するかどうかは話を聞いてからワシが決める。どのみち、このままでは手詰まりじゃ」

「つまりですねぇ……強引にこじ開けて荒療治って事です」


 それだけの説明で全てを悟ったのだろう。さすがはヨーロッパでも指折りの大魔導と呼ばれるだけの事はある。

 しかし、ドクタービエロフカの予想通り、彼女の意図を理解したヘルマ校長は絶句していた。

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