根本的な謎

 食事が終わるとペトラ婦人はプリーネの調べている『再生の魔法』について、どこまで判っているのかを訊いて来た。

 しかし、プリーネの得た情報など、たかが知れている。

 古文書には確かに『再生の魔法』なるものが、かつて存在したということ。それは『旧約聖書』にある有名なエピソード、ノアの方舟伝説と同時期にとある大賢者によって生み出された魔法であること。しかし、その大賢者は再生の魔法を一度使用したきり、それを封印したということ。

 実はノア自身が再生の魔法を生み出した大賢者なのではないか……というのは飽くまでプリーネによる仮説でしかないが、その事もペトラ婦人に語って聞かせた。


「そう……」


 ひと通り話を書き終えてペトラ婦人は、どこか釈然としない表情を浮かべていた。


「何かおかしなところでも有りましたか?」

「いえね……その再生の魔法って、本当に噂通りのものなのかしら? ああ、つまり……本当に死んだ者を生き返らせる事が出来る魔法なのかしらって事ね」

「え……? それは……」


 プリーネは口ごもる。

 言われてみれば、そこは盲点だったかもしれない。

 今まで「死んだ者を生き返らせる事が出来る」という噂が一人歩きしていた可能性だって十分にあり得る。思い起こせば再生の魔法について、どの様な魔法であったかという明確な記載は古文書には無かったのだ。


「プリーネちゃんも魔導士見習いなら、魔法の基本原則は知ってるわよね? 魔法とは自然の摂理を曲げる事はできない」

「はい。だから自然の摂理を曲げてしまう魔法として、再生の魔法は禁忌という扱いになったんだと思ってました」


 というよりも、それが最も辻褄が合う説だと思えたし、それ以外に禁忌として封印された理由が思いつかなかった。

 しかし、ペトラ婦人は難しい顔で返す。


「でもね……魔法の基本原則で論じられているのは『』という事であって、『』という事ではないのよ?」


 言われてみればそうだ。

 自然の摂理を曲げる事がというのが魔法世界の常識なのだ。そこに例外は無いと幼い頃から教えられて来た。

 それはつまり『場合によっては自然の摂理を曲げる事もできる』という事にはならない。


「じゃあ……ペトラさんは再生の魔法は死んだ人を生き返らせる力を持った魔法じゃないと考えてるんですか?」

「その可能性は高いわ。けれど、もちろん断定は出来ないわね。何事にも例外は存在する。それもまた自然の摂理と言えなくも無いもの」


 少々、屁理屈のような気がしないでもない。が、言わんとしている事はプリーネにも分かる気がする。


「それはつまり……本当は自然の摂理を曲げる事も可能だけど、意図的に魔法の基本原則を今の形に作り変えた可能性もあるという事でしょうか?」

「そうね」


 ペトラ婦人はほんの一瞬、大きく目を見開いたあと微笑した。プリーネの察しの良さに感心したようだ。


「飽くまで推測の域を出ないけど、仮に魔法というものが真に万能だったとしたら世界はどうなってしまうかしら?」

「それは当然、メチャクチャになっちゃうと思います。無差別に死んだ人間を生き返らせたりでもしたら、不老不死も可能になるし、世界が人で溢れ返ってしまうと思います」


 ペトラ婦人はそれを聞いて深く頷く。

 そのようなものがあってはならない。同時に「そんなものを追い求めてはいけない」と言われている気がした。


「それだけじゃないわ。時間を巻き戻したり、或いは遠い過去や未来を自由に行き来できる魔法があったとしたら、ありとあらゆる法則に矛盾が生じて世界そのものが崩壊するでしょうね」


 哲学的な話だ。けれど聞いた事がある。

 仮に過去にタイムスリップをして、タイムスリップした本人が過去の自分、或いは自分を生む前の親を殺害した場合、未来に自分が存在しなくなる。しかし、未来に自分が存在しない以上、タイムスリップをして過去の自分なり親なりを殺害するという事実がその時点で消滅する。つまり、そこでまた未来の自分が存在するという矛盾の繰り返しが起こる訳だ。

 それが時間という概念を停止させ、世界そのものが崩壊するという理論。

 ペトラ婦人の言っている事は、そういう類いの話だ。


「魔法でどこまで可能にできるのかは分からないけど、そういった魔法が氾濫してしまったら世界が終わってしまう恐れもある。だから魔法の基本原則を意図的に現在のような形で定着させて、自然の摂理に反する魔法は全て封印してしまおうという考えがあったとしても不思議ではないでしょう?」

「分かる気がします。でも、仮にそうだったとしたら、あたしは諦めたくありません。再生の魔法を使って、お父さんやお母さんの死を無かった事にしたいんです。ただの一度だけでもいいから、何としても取り戻したいんです!」


 自分でも抑え切れずに、いつしかプリーネは興奮していた。

 例え誰に何と言われようと、その思いだけは曲げられない。無惨に家族を殺されるという理不尽さを受け入れる事なんて出来やしなかった。

 だが、そんなプリーネにペトラ婦人は至って優しく応えてくれる。


「それを止める権利も否定する権利も私には無いわ。私はプリーネちゃん自身が思うようにすれば良いと思うの。その先に何があったとしても、プリーネちゃんの運命はプリーネちゃん自身のものなんだもの」


 結果は変わらないかもしれないし、変えられるかもしれない。ペトラ婦人は「例えどんな末路であったとしても、ただ前をのみ見詰めて進みなさい」と後押ししてくれているようだった。



「頑張って、プリーネちゃん。あなたはきっと大成する子よ。私はそう信じてるから」


 翌日、プリーネが屋敷を去る際にペトラ婦人はそう言って見送ってくれた。

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