そういう約束でした
——土曜日の朝
王立魔導学院は毎週土日が休みである。
休みの日は、さすがにプリーネも朝起きるのが遅い。
前日に夜更ししている事が多いから、昼近くまで寝ている事もある。
この日も陽はとっくに昇っているのに、スヤスヤと気持ちの良さそうな寝息をかいていた。
中途半端に閉められたカーテンの隙間から外の光が射し込んで来るが、そんなものはお構い無し。
ここ数日は色々な事があり過ぎて、心身ともに疲れ切っているから、昨晩は早めに床に就いたのに、まるで起きる気配が無い。
——ココッココッコッ! コッコッ!
と、プリーネの部屋のドアを妙なリズムでノックする者が居た。
「ん……んにゅ……?」
プリーネは目を擦り擦り、ノロノロと体を起こす。
頭がボ〜ッとしていて、今、自分がどこに居るのか、今日が何曜日なのかすら思い出せない。
もう一度、誰かがノックした。
「ふぁい……。今出ますよぉ……」
寝ぼけ眼のまま、名残惜しげにヨタヨタとベッドを離れ、ドアを開けた。
「おはよ、プリーネ」
「は?」
目の前に立っていたのはディルクだ。
何故、ディルクがここに居るのか理解できず、安眠を妨げたこの男に対し、プリーネは不機嫌な声で応えた。
「ね、寝ぐせ凄いな……」
キレイなプリーネの金髪も、手入れを全くしてない庭の雑草よろしく、ボサボサに逆立っていて台無しだ。
「何か用? こんな朝早くから」
「朝早くって……もう十時だぜ?」
「ん……?」
振り返って部屋の時計を見る。
確かに十時をとっくに回っていた。
「それでわざわざ起こしに来たってわけ? でも、あたしまだ眠いの。お休み〜」
そう言って再びドアを閉めようとする。
「ちょ、ちょいちょいちょい! 待った待った待った!」
そのドアの隙間に慌てて片脚をねじ込んで、ディルクは二度寝しようとするプリーネを止めた。
引き止めるディルクにプリーネはまたぞろ不機嫌な目を向けた。
「なに? まだ何か用?」
声にドスを利かせる。
寝起きのプリーネはどうにも機嫌が悪い。人相もまるで悪党のそれだ。
「いくらオレだって、モーニングコールみたいな真似する為だけにプリーネの部屋に来るわけ無いだろ! 先日の約束忘れちゃったのか?」
「約束ぅ〜? んん……? 何だっけ?」
ボケ〜ッとした顔のまま首を捻る。
思い出そうにも頭が働かない。
そもそも苦手な相手であるディルクと約束なんて交わす筈無いとすら思って、思考する意欲すら湧かないと来たもんだ。
「ほら! 今度の休みに一日付き合ってくれるって約束だろ! 例の図書館での……」
そこまで言ってディルクは言葉を濁した。
誰が聞いてるとも知れない寮の廊下で、不正を働いたなどと大声で言うのは、さすがにマズイと考えての事だろう。それも不正の内容が内容だけに、第三者に聞かれる訳には行かない。
プリーネはしばらく押し黙り、やがて、
「あ……」
ようやくパッチリと目を見開いた。
「そ、そんな約束だったね……確かに……」
嫌な相手なら「知らぬ存ぜぬ」で通す事も出来そうなものだが、プリーネもそこまで性根の腐った少女ではない。
ましてやディルクには、それなりに迷惑もかけたから、約束を違える訳にも行かないと思ってる。
「二十分ほど待ってて。直ぐ用意するから」
ドアを閉めて、息をつく。
本音を言えば、あまり気乗りするものじゃない。
さりとて受けた恩を仇で返すなど、プリーネの良心が決して許さないし、未だに痣の消えないディルクの顔を見ると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
罪滅ぼし……と言うのもディルクに失礼かもしれないが、プリーネはそう自分の心に言い聞かせて割り切る事にした。
いつもの白いブラウスに、赤と黒を基調としたタータンチェックのスカート。服はその後、何着か購入したものの、基本的にこの柄が好きな為、似たり寄ったりなデザインの服ばかりになってしまった。
恐らく余程毎日、注意深くプリーネの服装をチェックしてでもいない限り、毎日同じ服を着ているのかと勘違いしてしまうだろう。
黒で統一した下着と言い、どうもプリーネのファッションというのは、こういう傾向になりがちだ。
もっとも、下着の色に関しては魔導士のシンボルカラーが黒だから、黒いローブに身を包んでいない以上、見えないところを黒で統一するという独特のポリシーを持っているからなのだが……。
着替えを済ませ、髪をいつものツーサイドアップに纏めると「よし!」と気合いを入れる。
いつも寝ぐせが凄まじい事になってるから、この日も髪に一番時間がかかった。
(あたしって、かなり寝相が悪いみたいだからなぁ……)
ここへ入寮してからも、床に寝ていた事はもちろん、酷い時にはクローゼットに頭を突っ込んで、何故か半裸で寝ていた事もあった程だ。
(こればかりは他人に見せられたものじゃないよね)
だから寝ている時に誰かが部屋を訪ねて来る事をプリーネはあまり好まない。
今朝、ディルクが訪ねて来た時は、自分にしては随分とマシな方だったと思う。それがせめてもの救いだった。
それがもし寝惚けて半裸のまま出ていたらと思うとゾッとする。
部屋を出るとプリーネは、
「お待たせ」
……とは言わない。
ただ、不貞腐れ気味に「ん……」とだけ言った。
それでもディルクはプリーネとデートできるとあって上機嫌であった。
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