第3話 考える程に謎ばかり

判明した事とは

 プリーネはあれから丸一日眠り続けたが、目が覚めた時には随分と気分もスッキリしていた。

 まだ、多少はわだかまるものもあったものの、それでもあの晩ほどの不安定さは感じられない。


(何だったんだろう……?)


 あの時の事である。

 両親の死の真相を知らされた、あの瞬間……己れではどうしようも無い程に抑えが利かなくなっていた。

 あたかも何かに飲み込まれて行く様な感覚。

 ドス黒い、粘り気のある液体の様なものに侵蝕されてゆくような……とても不快で、それなのに身を委ねてしまいたくなるような気持ちにさせられた。

 身を委ねてしまえば楽になれる気さえした。

 落ち着きを取り戻した今となっては、思い出そうと思っても、断片的な記憶しか蘇る事はない。

 もちろん、校長室での会話はしっかりと覚えている。ただ、自身の心があの黒い感覚を取り戻す事は無かった。

 取り戻す必要も無いと思っている。でも……。


(自分の中で何が起こったんだろう?)


 その事だけが気懸りだった。


 この日は半日授業で、午後はフルに自分の好きなように使える。プリーネは放課後になると、いつものように図書館から適当な本を借りて来て、西側の校舎にあるテラスでぼんやりと宛てもなく目を通していた。

 このテラスは西側の校舎三階にだけ何故か設けられていて、十人くらいの人数なら、ここで立食パーティーを開けるくらいの広さはあるものの、何やら幽霊騒ぎのあった場所であるらしく、利用している学生は殆ど居ない。

 あまり怪奇現象などといった与太話を信じないプリーネにとっては、一人になりたい時には、まさにここはうってつけの穴場スポットであった。

 にも拘らず、


「あ、居た居た!」

「あ……」


 こんな広い敷地の学校で、どうやって探しているのか知らないが、ディルクはいつだってプリーネを見つけ出しては寄りついて来る。

 しかし、今日ばかりはどうも彼を邪険に扱う気になれなかった。


「もう調子良さそうだな」

「あ……う、うん……」


 相変わらず馴れ馴れしいディルクだが、右目の下辺りに青痣が出来ていた。

 暴れるプリーネを押さえていた際に、プリーネの拳が当たった痕だった。


「あの……その傷……ごめん……。あたしの所為で……」

「ん? あ〜、気にすんなって。こんなもん、ただの事故だ、事故! あはは!」


 屈託無く笑っているが、やはり痛々しい。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだから、さすがのプリーネも今日ばかりはディルクに対して遠慮している。


「それにしても、やっぱり校長に没収された本以外に手掛かりになりそうなもんは見つからないな」

「ディルクも調べてくれてたの?」

「え……? ま、まあ、ちょっとだけな」


 いつもとプリーネの反応が違う所為か、ディルクはドギマギしている。

 いつもの様にキツく当たらないと、却って調子を崩すらしい。


「それより、あの古文書に書かれてた事だけじゃ不十分だとか言ってたよな。何て書いてあったんだ?」

「ああ、うん……。掻い摘んで話すと、再生の魔法は確かに存在するってこと。ただ、やっぱり禁忌として、知識そのものを封印する必要があったみたい」


 当然と言えば当然だろう。

 死者を生き返らせるという自然の摂理に反する魔法など、あってはならない知識である筈だ。

 その事実が公けになれば、必ず方法を見つけ出して、悪用する者が少なからず出てくる筈。そうなれば魔導士の環境だけでなく、世界中に混乱を招くだろう。

 だから後世に残そうとしなかったのだとすれば、資料が殆ど無いのも頷ける。


「あと判った事と言えば……再生の魔法は『旧約聖書』に登場する『ノアの大洪水』に関連してるって事ね」

「ノアの方舟のアレか?」


 ディルクは目を丸くする。

 まさか聖書の逸話に絡んでいるなどと思いもしなかったのだろう。

 プリーネだってそうだ。

 実際にあった話かも定かではないし、もしそれが事実ならば、過去に人類が滅びかけた大洪水が実際にあった事になる。

 これはまた別の大発見だ。


「そう。ノアの大洪水と同じ時期に再生の魔法を生み出した大賢者が存在したという記述があったわ。でも、これはあってはならない魔法だから、大賢者自身が一度使用したっきり、魔法の存在を封印したって話」


 著者の想像も含まれている様なニュアンスが散見されてはいたものの、ほぼ事実と見て良いとも書かれていた。


「でもね……再生の魔法について書かれていたのは、たったこれだけ。どういう魔法で、どうやって使用したのかも、今も存在するのかも全く分からないのよねぇ……」

「う〜ん……袋小路って訳か……」


 ディルクは難しい顔をして唸る。

 やはり禁忌として封印された以上、一筋縄では行かないようだ。

 ヘルマ校長が調査の継続を認めてくれた理由も、ようやく理解できた。


(要するに見つかりっこ無いから、好きにしろって訳ね)


 ダメだと言葉に出して言っては無いが、遠回しにダメと言っている様なものだ。

 のらりくらりとしていて、押さえるところはしっかりと押さえている。ヘルマ校長もなかなかに人が悪い。

 だが、こんな事で諦めるようなプリーネではない。


「確かに、まだまだ分からない事だらけだけど、旧約聖書のエピソードに引っかかる点もあったよ。個人的な推測ではあるけどね」


 そう言ってプリーネは手にしている本をヒラヒラと振って見せた。

 彼女の借りて来た本は、今まさにその話題の鍵となっている『旧約聖書』であった。

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