真相は?
「少しは落ち着きましたか?」
「はい……」
廊下での叫び声は、さすがに校長室にいたヘルマ校長やキルマイヤー副校長にも聞こえていた。
プリーネの叫びを聞きつけたキルマイヤー副校長がプリーネとディルクの二人を校長室に招き入れたのだったが、落ち着きを取り戻させるのに三十分程かかっただろうか……。
昂っていた感情も、ようやく鎮まったが……プリーネの顔は憔悴し切っていた。
「事情は分かった……。しかし、何ともタイミングの悪いところに居合わせたものじゃ」
ヘルマ校長も少々、困惑気味である。
彼女にしてみれば、二人の軍人に面倒事を持ちかけられ、その直後に校長室の前でプリーネが半狂乱という、これまた面倒事に出くわしたのだから無理もない。
「あいつらが……あいつらがあたしのお父さんとお母さんを殺したんですか……?」
落ち着きを取り戻したとはいえ、プリーネの中には、まだ怒りや憎しみが燻っていた。
爆撃によって亡き者にされたという事は聞いている。しかし、それは敵対する連合軍による爆撃なのだとばかり思っていた。
それが実はザーリアー軍の爆撃機が自国の勢力圏内にある民家に爆弾を落としたのである。
それどころか、あの男は「瑣末な事案」と言ってのけたのだ。
許せよう筈もない。
「飽くまで間接的に……ではあろうがな……」
ヘルマ校長は慎重に言葉を選んでいるような節があった。
傷つけまい。これ以上、怒りの感情を抱かせまい。そう気遣っているのはプリーネにも分かる。
でも……。
「校長先生は……その事を知ってたんですか?」
「そうじゃな……。おぬしに初めて会った日には既に聞き及んでおった」
「それなら、何故、教えてくれなかったんですか? 誰があたしの両親を殺したのか、知ってて黙ってるなんて……」
口には出さなかったが、裏切られたような気がした。
しかし、ヘルマ校長の言葉は、優しくもあり、そして厳しくもあった。
「それを知って、おぬしはどうするつもりだったのかの?」
「え……?」
不意をつかれ、言葉に詰まる。
「復讐でもするつもりじゃったか?」
「それは……」
答えられなかった。
怒りはある。憎しみもある。
あの男達に対し、先程は激昂してあんな事を叫んでいたが、冷静になってみると、そんな事が可能だとは思えないし、果たしてそうする事が正しいのかも分からない。
「先程のおぬしの様子を顧みれば分かるであろう? プリーネよ……おぬしは怒りや憎しみといった負の感情に呑まれようとしておった。無論、肉親を失い、その死を蔑ろにされた悲しみや苦しみは痛いほど分かる」
そこまで言うと、ヘルマ校長はそれまでの厳しい表情とは打って変わって、穏やかな、母親のような優しい眼差しを注いで続けた。
「しかしな……わしはおぬしを憎悪に染まった復讐鬼などにはさせたくないのじゃよ」
それが全てだった。
ヘルマ校長の優しさが痛いほど伝わってくる。
今は、やり場のない怒りをどうして良いのか分からない。
それでも……自分を見守ってくれている人は、ここにちゃんと居た。
プリーネはヘルマ校長の事を僅かでも疑った自分を恥じた。
「それで……プリーネよ」
穏やかな表情を浮かべていたのも束の間。またしてもヘルマ校長は鋭い視線をプリーネに向ける。
「これはどういう事かのう?」
ヘルマ校長はそう言うなり、パチンと指を鳴らす。
すると彼女の座る執務机の傍に積まれた書物の山から、東洋の巻物と思しき長い長い紙が勝手に飛び出し、まるで生き物のようにプリーネに伸びる。
「あ……」
その生き物のような紙は、呆気にとられているプリーネの手から、あっという間に、先程、図書館で借りて来た魔法入門書を奪い取ると、ヘルマ校長の手もとに持って行ってしまった。
「ふむ……」
ヘルマ校長はプリーネから奪い取った本の表紙を手のひらでスッと撫でる。
すると、たちまちそれは元の古文書へと戻ってしまった。
プリーネの後ろに控えていたディルクが「あちゃ〜」と額に手を当てる。
万事休すであった。
「この程度の幻術で、わしの目を誤魔化せると思うたか?」
「す、すみません……」
プリーネもただ頭を下げるしかなかった。
「理由を説明してくれぬかの? これは持ち出しはおろか、閲覧さえも厳しく制限されている古文書。事と次第によっては厳罰も免れぬと心得よ」
「実は……」
プリーネはここに至る経緯を隠す事無く、ありのままに語った。
再生の魔法という噂を聞いた事。それによって両親を生き返らせる事が出来るかもしれないと思った事。真実を突き止める為に図書館にある保管庫に、許可証を偽造して入り込んだ事。その手掛かりらしきものが記載された古文書を発見し、解読する為に幻術を用いて一般書籍と見た目をすり替え、持ち出した事。
全てをである。
「なるほどな……。おぬしは両親の死を無かった事にしたいが故に、有るかどうかも分からぬ魔法について、規則を破ってまで調べていたと……」
「はい……。どんな処分も覚悟してます」
とても「覚悟してます」などと、心から言っている様には見えなかった。
その証拠に、プリーネは目尻に僅かに涙を滲ませ、ギュッと目を瞑っている。
本当は怖いのだ。
ヘルマ校長は「はぁ……」と、ひとつ……。
「傷心のおぬしの気持ちも分かる。故に此度だけは不問とする。今後も再生の魔法について調べたいと申すのであれば、好きにするが良い」
「ほ、本当ですか⁉︎」
プリーネは顔を上げる。その目は今にも泣き出しそうだった。
「うむ。じゃが、この本は没収じゃ。それに厳戒指定のされた書物をみだりに閲覧させる訳にも行かぬ。よって、あの保管庫にも立ち入ってはならぬ。良いな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
プリーネはペコペコと何度も頭を下げ、踵を返して出て行こうとするが、
「あ、あれ……?」
視界が白み、足もとがグラつく。
自らの異変を感じた時には、既に遅かった。
プリーネは校長室を出る間も無く、その場に崩れ、意識を失った。
「プリーネ⁉︎」
ディルクが彼女の体を揺するが、反応は無い。
「ディルクよ。すまぬが医務室までプリーネを連れて行ってくれぬか? わしはテレサと早急に話し合わなければならぬ事があってな」
「そ、そりゃ、別に構わないッスけど……」
ディルクはプリーネの上体を抱えたまま、不安げに顔を上げる。
「なぁに、プリーネの事なら心配要らぬよ。心労が祟ったのじゃろう。医務室でしばし休ませてやるのじゃ」
確かに顔色は蒼白になっているものの、呼吸はしている。
ヘルマ校長の言う事なら……と、ディルクも少し安堵して、プリーネを負ぶうと校長室を後にした。
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