鉄扉の向こう側
「すみません。奥の蔵書を閲覧したいんですが……」
カウンターの上にディルクが偽造した閲覧許可証を提示する。
「この奥の?」
司書の先生は訝しげな顔をしながらも、その閲覧許可証を手に取って目を通す。
プリーネの背後に控えているディルクは何食わぬ顔を装っているが、プリーネは緊張のあまり顔が強張っていた。
(これがバレたりしたら、良くて停学ってとこよね……)
「ふぅむ……確かにヘルマ校長の許可証に間違いありませんが……どういった理由であなた方に閲覧の許可を出したのかしら?」
ズバリ核心を突く質問だ。
もちろん、本当の理由なんて言える筈が無い。そんな理由でヘルマ校長の許可なんて下りる筈も無いのだから。
ディルクはというと……そこまでは考えていなかった様で、飽くまでポーカーフェイスをキープしているが、助け船は出してくれなかった。
マズい事になった。
プリーネは頭をフル回転させる。
「え、えっと……それは……」
「答えにくい事なのですか?」
司書の先生は明らかに不審がっている。
答えが遅れれば遅れる程、不正を見抜かれる危険性が増す。
「そ、それは……お答えできません。な、なにぶん込み入った事情がありまして……こ、校長先生からも、相手が誰であろうと決して他言しない様にと再三念を押されましたので……」
これで誤魔化せただろうか?
司書の先生は今一つ釈然としないといった顔をし、しばしの沈黙が続く。やがて……。
「あなた方二人の学生に厳戒ランク一級の書物まで閲覧の許可をされるなど異例の事ですが……何かお考えあっての事なのでしょう。わかりました」
そう言って二人をカウンターの内側へ招き入れてくれた。
プリーネはホッと胸を撫で下ろす。
司書の先生は鉄扉の前に立ち、宙空に指で何やら図形を描いている。
もちろん解錠の魔法なのだが、当然の様にこれは司書の先生本人が施錠魔法を使って閉め切られたものだから、彼女の描いている図形を覚えたところで、プリーネはもちろん、他の者が同じ図形を描いて解錠しようとしても無駄である。
鉄扉の中央にぼんやりと複雑な幾何学模様が浮かび上がり、それが消えると、ゴトンッと大きな音がした。
「さあ、これでこの扉だけでなく、内部にある全ての扉が開きましたよ。ただし、一時間以内で出て来てください。そうでないと酸欠を起こして死んでしまいますからね」
助けに入ってくれる訳じゃないらしい。
完全に密閉された空間である為、長時間居ると炭酸ガスが充満して、窒息死という危険が有るのだろう。当然、人数が多くなればなるほど、その危険度は増すという訳だ。
プリーネとディルクの二人が保管庫の中に入ると、重い鉄扉は閉められた。
それだけ管理体制は厳重という事なのだろう。
「さてと……」
どこから手をつけたものか……と思案する。
あまり時間が無いから、タイトルだけ見て、それらしい物があれば目を通してみるしか方法はあるまい。
庫内は手前から奥に行くに順って、厳戒ランク三級、二級、一級と三つのブロックに分けられていて、それぞれのブロックを鉄格子で仕切っている。
今回は全ての扉を解錠してもらってある為、各ブロックを仕切っている鉄格子の扉も開放されていた。
プリーネにとって幸いだったのは、内部が思っていた以上に狭い事。それぞれのブロックで天井から吊り下げられた白熱電球が一つずつで間に合うほどだ。
「蔵書の数も少なくは無いけど、二人で探せば何とかなりそうね」
「オレも手伝うのか?」
「当たり前でしょ! じゃなかったら、何のためについて来たのよ!」
無駄に酸素を奪われるくらいなら、出て行ってもらいたいものだ。
「とにかく、まずは一級から探してみるから、ディルクも二級を漁ってみて」
「二級の方が多くねぇかぁ……?」
ぼやくディルクを無視して、プリーネは保管庫の奥へと入って行く。
厳重保管されているとはいっても、オーク製の本棚に整然と並べられているだけで、普通の図書と扱いはあまり変わらないようだ。
もちろん、中には傷みの激しい古文書もある為、それらは専用のケースに入れられている。
それらを一つ一つ探ってゆく。
「なぁ〜。これって古文書だろ? 触るのに専用の白手袋とかしなくていいのか?」
さすがのディルクでも、貴重な古文書の扱いには慎重になるようだ。が、扱い方をよく知らないらしい。
「大丈夫。古文書は寧ろ素手で扱うものよ。手袋使うと、却って手袋の繊維で紙を傷めちゃうから」
「はぁ……そういうものですか……」
とはいえ、本当ならキレイに手を洗っておく必要があるのだが。
しばらくして、プリーネが「あっ!」と声をあげた。
「何か有ったか?」
「これにそれらしい記述がある!」
プリーネは興奮したように目をキラキラと輝かせていた。
プリーネが手にしていたのは、かなり年代物の古文書だ。丁寧に装丁されたであろう、かなりしっかりとした表紙の厚い本ではあるが、随分とくすんだ黄土色に変色していて、中もシバンムシか何かに喰われたのだろう。あちこちに穴が空いている。
タイトルは『
「いつ頃の本だ? これ……」
「北暦一〇四三年編纂って書いてある。今から九百年も前に作られた資料って事ね……。そんな事より、ここ!」
捲られたページの一行をプリーネが指差した。
「ここに『再生の魔法』って書いてる」
「そうなのか? よくこんな昔の文字読めるなぁ」
ディルクは感心しているが、プリーネだって全て読める訳じゃない。九百年の文章ともなれば現代文とは大きく異なる。たまたまキーワードだけは辛うじて読む事が出来たというだけの事だ。
「えっと……旧……の……関わる……。はぁ……さすがに難解過ぎて読めないわ……。困ったなぁ……」
「校長室の隣りに資料編纂室があって、そこなら古文書解読用の魔導器があった筈だけどなぁ」
すると諦めかけていたプリーネは、俄かに目の色を変えた。
「ホント⁉︎ だったら、さっき持って来た本の出番ってわけね!」
「はぁ?」
「まあ、見てて」
プリーネはニヤリと笑うと、古文書の表紙を右手の指でなぞる。もう一方の手は、さっき持って来た児童向け魔法入門書の表紙に置かれていた。
いくつもの正三角形と正方形、長方形を描き、最後にそれらを円で囲む。
すると古文書と魔法入門書は一瞬だけ本の表面に靄がかかったかの様になり、いつの間にか、それぞれの本が入れ替わっていた。
「プリーネ……まさかとは思うけど……」
ディルクにはようやくプリーネが、わざわざ必要も無い本を持って来た理由がわかったのか、苦笑いを浮かべている。
「そのまさかよ。魔法入門書を借りてく振りをして、その中身は持ち出し禁止の古文書ってわけ」
要するに幻術を使って外見だけ入れ替えたという訳だ。
「プリーネって実技的な事は苦手じゃなかったか?」
「えへへ〜。伊達に地元でイタズラ魔女とは呼ばれてないよ」
こういう魔法を悪用する事に関しては、なかなかの技量を持っていたという事である。
「初耳だよ、それ……」
半分呆れ顔ではあったが、それでもディルクは咎めるどころか、ますますプリーネの事を気に入った様だった。
無論、そんなディルクの思いなど、プリーネは知る由もないが……。
一方、その頃——
王立魔導学院の正門に二人の軍服姿の男達が立っていた。
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