偽造すべし

「司書の先生がどうしたの?」

「違う違う。もっと奥だよ」


 ディルクの指し示す「もっと奥」とやらが、プリーネの位置からだと、よく分からない。

 仕方なく、柵から身を乗り出して、ジッと目を凝らす。

 カウンターの奥——丁度、司書の先生が作業している更に向こう側に重々しい鉄扉が有るのが見て取れた。

 鉄扉には『立入禁止Eintritt verboten』と書かれたパネルが貼り付けてある。

 鍵穴も錠前も見当たらないところを見ると、恐らく魔法によって施錠されているのだろう。

『施錠魔法』は複数の図形を組み合わせて掛けられたもので、施術者以外が解錠するには、それら図形の法則や相性といった暗号の様なものを解読して、一つ一つ、図形を剥がして行かなければならないから、熟練の魔導士でも解錠は困難と言われている。

 それ故、一般的な鍵よりも安全性は高いのだ。


「あの扉って何なの?」

「校長の許可が無い限り、持ち出しどころか閲覧も禁じられてる書物の保管庫さ」


 なるほど、確かにいかにも頑丈そうな鉄扉は、そんな雰囲気を持っている。


「あそこに保管されてる書物は厳戒ランク一級から三級まであって、一級に至っては教員すら容易に閲覧許可が下りないって話だよ」

「ふぅ〜ん……。つまり、あんたが言いたいのは、この図書館でも普通に学生が閲覧できる様な書物からだと、禁忌として扱われてそうな魔法に関する記述は見つかりそうも無いから、厳戒ランクの付けられた、あの書庫からの方が可能性は高いって事ね?」

「ご名答。いやぁ、理解が早くて助かる」


 ディルクは「やるね!」と言わんばかりに、グッと親指を立てた。

 ディルクの言う事にも一理ある。

 確かに再生の魔法というものが本当に存在し、その効果も噂通りのものだとしたら、それこそ魔法世界の常識を覆す大魔法である。

 そんなものが世に流布しては混乱を招くだろうし、それならば到底、学生が容易に閲覧できる様な書物に記述があろう筈も無い。

 それならば厳重保管された書物の中から探す方が確実は確実だ。勿論、実在すれば……の話ではあるが……。

 しかし、ひとつだけ大きな問題もあった。


「でも、あそこって校長先生の許可が無いと入れないんでしょ? それどころか、教員すら閲覧の許可が簡単には下りないなんて……あたしには正当な入室手段が無いのに、どうやってあそこを調べればいいのよ」


 するとディルクはニッとイタズラっぽい笑顔で、


「そこで、これの出番さ」


 ピラピラと一枚の羊皮紙を振って見せた。

 そこには本文こそ何も書かれていないが、隅の方に『Helma Klughardt』とヘルマ校長直筆のサインがあった。


「これで入室許可証を偽造するのさ」

「ええっ⁉︎」


 プリーネは思わず大声をあげてしまった。


「シー! デカい声出すなよ。あと、これの入手ルートだけは、いくらプリーネでも教えられないぜ?」


 そんな事はどうでもいい。

 入室許可証を偽造するといった事に対して、プリーネは目を白黒させる。これは下手をすれば厳罰にも値する不正行為だ。

 プリーネだって、普段はイタズラや悪ふざけといった事が好きな方だが、さすがにこれは度が過ぎている……と思う。


(でも……)


 仮に、そうする事で両親の死が無かった事にできる可能性があるのなら……もはや、天秤にかけるまでも無かった。


「それ……バレたりしない?」


 やはり不安は大いにあるから、念のため確認しておく。


「そりゃあ、何度も同じ手を使えばバレるだろうけどな。一度だけなら問題無いさ。それは保証する」

「あんたに保証されてもねぇ……」


 プリーネはしばらく思案すると、やがて覚悟を決めた。


「わかった。その手を使わせて——」

「あ、その前に……」


 プリーネが最後まで言い切る前に、ディルクは言葉を遮った。


「こいつを入手するのに、オレも随分と苦労してるんだ。だから、こいつを使うにあたって、ちょっとした交換条件を付けたい」

「な、何よ……」


 プリーネは眉間に皺を寄せ、露骨に警戒する。

 ディルクの持ち出す交換条件など、どうせろくなものじゃない。プリーネはそう思い込んでいる。

 いや……事実、ろくな条件ではなかった。


「なぁに、簡単な事さ。今度の休みに一日オレと付き合ってくれればいい」

「はぁ⁉︎ へ、変なことしないでしょうね」


 そう言ってプリーネは身構えた。

 その様子にディルクはさすがに苦笑い。


「あのなぁ……。オレだって、こう見えて紳士なんだ。こんな交換条件付けて、おかしな真似は絶対にしない。そんなのフェアじゃ無いしな。街を一緒ブラつくだけのデートだよ」


 確かにディルクは、プリーネが一方的に嫌っているだけで、ディルクと付き合っていたデニーゼはもちろん、ニコレや他の学生からの評判も決して悪くはない。

 紳士かどうかはともかくとして、そこまでの卑劣漢では無いだろう。


「わ、わかった……」


 渋々ながらもプリーネは承諾した。


「でも、少しでもおかしな真似したら、二度と口利かないからね!」

「分かってるさ。へへっ……交渉成立だな。んじゃ、さっさと始めようぜ」


 ディルクはカラスの羽で作られたペンを取り出すと、適当に持って来た本を下敷き代わりにし、羊皮紙に何やら書き始めた。



 所要時間はおよそ五分。


「よし! 完成完成! この出来なら間違いなく誤魔化せる」

「おお〜」


 これにはプリーネも素直に感心した。

 ディルクが胸を張って言うのも、ひと目見れば納得であった。許可証を学生が偽造したと呼ぶには、あまりにも精巧に出来ている。


「じゃあ、行こうぜ」

 ディルクは下敷き代わりに使用していた本を戻そうとするが、


「待って」


 プリーネがその手を遮り、


「この本も持って行くわ」


 ディルクの手から、その本を奪った。


「そんなもん、どうすんだ? 『楽しい魔法入門』って……」


 何故、この図書館に児童向けの手習い本が有るのかは不明だが、プリーネにしてみれば、そこはどうでもいい事であった。


「必要になるかもしれないからよ。まあ、見てて。あたしの腕前も見せてあげる」


 不敵に微笑するプリーネの瞳は今までにないくらい、活き活きと輝いていた。

 どうやら、あまりに精巧に出来た偽造許可証を見せられ、性来のイタズラ者であるプリーネの心に火をつけてしまったようだ。

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