図書館でのセクハラ(二度目)
——放課後
昨日に引き続き、この日も図書館へやって来た。
ディルクに言われたから……というのも有るが、どのみち借りていた本を返さなきゃならないし、あまり期待していないとはいえ、再生の魔法に関する手掛かりを求めるには、今のところ図書館以外に思いつかない。
まだディルクは来ていない様だし、プリーネはさっさと借りていた本をカウンターまで持って行く。
「あら? 昨日の……プリーネ・アインホルンさんね」
昨日の事が余程印象に残っていたのか、司書の先生はプリーネのフルネームを覚えていてくれた。
(まあ、そりゃそうよね。一番最後まで残ってただけじゃなく、ディルクと大騒ぎしてたんだし……)
今さらながら、昨日、騒がしくしていた事を思い出すと恥ずかしくなって来る。
「悪いのだけど、元の位置に戻しておいて貰えるかしら? 私の方も蔵書の整理が山積みで、なかなか手が離せなくて……」
忙しそうに平積みにされた本を一つ一つチェックしながら、申し訳無さそうな顔だけをこちらに向けて言った。
「あ、いいですよ。どうせ今日も同じ場所で別の本を探すつもりですから」
「悪いわねぇ」
本当に申し訳無さそうな顔をするので、却ってこちらが悪い事をしている気分になる。
まあ、本当は「同じ場所で」というのは嘘なのだが……。昨日の時点で同じ棚にある本は粗方確認済みだし、今日は別の場所を探そうと思っている。
(まあ、昨日と同じ二階から探すつもりだったし、いっか……)
二階とは言っても、そこだけで膨大な量だから、いつ終わるか知れたものじゃない。
借りていた本を元の位置に戻すと、再び別の資料を探し始める。
しばらく歩き回り、プリーネはふと、ある場所で足を止めた。
「『神話と伝承』……かぁ……」
そんなタグを随分上の方の棚に見つけた。
魔法とは関係の無いジャンルだから気にかけていなかったが、考えてみたら、何も魔法に関する資料にのみ手掛かりが有るとは限らない。
「それにしても……」
その棚の位置が恐ろしく高い位置にある。二メートル以上あるから、長身の男性が手を伸ばしても届く高さではない。
キョロキョロと周囲を見回すと、通路の少し先に専用の梯子が立て掛けてあった。
「支えが無いのも怖いけど……まあ、いっか」
そびえ立つ本棚の前に立て掛け、足を掛けて慎重に上って行く。
一段一段足を掛けて行くごとに、ギシギシと不安を助長する様な音が響く。
「や、やっぱり安定感悪いなぁ」
少々グラついているし、万が一、後ろに倒れでもしたら一階まで落下して大惨事にもなりかねない。
そんなとき、ふいに梯子が微動だにしなくなり、急に安定感が増した。何者かがプリーネの乗った梯子を支えてくれた様であったのだが……。
「危ないなぁ〜。支えててやるよ」
「えっ?」
足下を見下ろすと、下で梯子を両手でしっかりと掴んだディルクがニカッと白い歯を見せて笑った。
「え……ちょっ……ちょっと! べ、別にいいから!」
プリーネは目を白黒させ、急にあたふたし出す。
「何でさ? 支えが無きゃ危ないだろ。図書館の注意書きにも『専用の梯子を使用する際は、必ず二人一組で使用すること』って書いてあるだろ」
「そ、それはそうなんだけど! そうじゃなくて……!」
プリーネが問題としているのは、そういう事ではない。
丁度、ディルクが立っている位置から上を見上げれば……もはや説明するまでも無いだろう。
「い、いいから! ディルクは離れ——わわっ‼︎」
もともと安定感の無い梯子の上で慌てているものだから、プリーネは一旦降りようと離した手で再度、梯子を掴もうとした時……その手は虚しく宙空を掴んでいた。
「危ねえっ!」
「きゃあっ‼︎」
バランスを崩し、梯子に掛けていた足も離れ……。
——ズシィィィン!
図書館中に派手な衝突音が響き渡った。
館内に居た全ての学生達の視線が「何事か?」と、こちらに注がれる。
「い、いったぁ……」
プリーネは通路の床に尻もちをついていた。
お尻をしこたま床に打ち付けてしまい、お陰でジンジンしている。
しかし、咄嗟にディルクが支えてくれた様で、一階まで転落しなかったのは不幸中の幸いだ。
「あ、あれ? ディルクは……?」
周囲にディルクの姿は無い。が、その時……。
「むぐ……ふぐぐ……!」
プリーネのお尻の下から、窒息しかけた家畜の鳴き声の様な呻き声が聞こえて来た。
「え……? わわっ! ディ、ディルク! ごめん!」
ディルクの顔面をプリーネのお尻が下敷きにしてしまっていたのだ。
慌てて立ち上がると、もう一度「ごめん」と謝る。
「ふぅ……危うく窒息死するとこだった。まあ、あそこは良い匂いだったから、あのまま死んでも本望だったけどな」
「んなっ……⁉︎」
——ばちぃーん!
今度は乾いた音が図書館中に響き渡った。
「……で?」
プリーネは僅かに頬を赤らめながらも、ムスッとした顔で尋ねる。
「で? とは……?」
引っ叩かれて真っ赤になった頬を撫りながら、ディルクはさすがに小さくなっていた。さすがに悪ノリが過ぎたと、彼なりに反省しているらしい。
「ディルクがあたしをここに呼んだんでしょ⁉︎」
「は、はぁ……仰る通りで……」
腕組みをし、怖い顔で睨みつけているプリーネに対して、萎縮してしまっているディルク。さながら女主人に叱責されている下僕のようだ。
「いや……ひょっとしたらプリーネ、大事なとこ見落として、闇雲に手掛かりを探してるんじゃないかなぁと思ってさ……」
「大事なとこ?」
「あれだよ、あれ」
ディルクはそう言って親指を立て、一階のカウンターを指した。
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