第2話 招かれざる来訪者

魔法駆使の四原則

 眠い……。

 またあの夢を見た……という訳では無いのに、プリーネはこの日も寝不足で、午前中の授業はろくに集中できなかった。

 原因はディルクにある……と思っている。

 昨晩、妙なメモをプリーネの部屋に差し入れて来たのだが、あの思わせぶりな内容が気になってしまい、結局、明け方近くまで眠る事ができなくなってしまったのだ。

 よって、プリーネは今朝から不機嫌である。


「よっ!」


 昨日の事など忘れてしまったかの様に、何食わぬ顔で挨拶をして隣りに座って来たディルクに対し、ムスッとした顔で一瞥しただけで、言葉すら発しない。


(手掛かりとか言っておいて、単なるイタズラだったらタダじゃおかないから!)


 このように、他のニコレ達と違って、プリーネのディルクに対する評価は度を超えて辛辣である。

 些細な事であっても、それが何でも無い事であっても、もはや邪推しかできない程になっているのだ。


「相変わらず、あんた達二人を見てると飽きないねぇ」


 そんな事を言って、ニコレはプリーネとディルクのやり取りを見てはカラカラと笑っていた。


(他人事だと思って……)


 こういう、いつもあっけらかんとしていて、「適当人生」こそモットーと言わんばかりの性格なニコレは、如何にもローマっ子らしい。時々、羨ましいとさえ思える。

 で、ニコレが二人のやり取りを娯楽か何かの様な目で見ているその横で、今でもディルクに気のあるデニーゼは、いつだってジェラシー剥き出しの目でプリーネを睨みつけている。


「おのれ……泥棒ネコめぇ……」


 奪ったつもりなど毛頭無いのに、酷い言い掛かりだと思う。


(あたしだって被害者なんですけど……)


 この四人が一緒の授業だと、何故か毎度、デニーゼ、ニコレ、プリーネ、ディルクの順に並んで座っているから、両側からのそれぞれ異なる圧力にプリーネは頭を抱えたくなる。


(この状況を楽しんでるニコレが居なきゃ、とっくに発狂してそうだわ)



 昼休みに少しだけ寝ていたお陰か、午後は何とか眠気も解消された。

 午後の『魔法理論』の授業はプリーネの得意分野だし、何とかなりそうである。

 この『魔法理論』という学科は、文字通り魔法に関する基礎理論であり、例えば魔法を発動させる為に必要な条件だとか、魔導士の素養を持つ者と魔法が使えない一般的な人間との違いなどといったものを学ぶものだ。

 プリーネは座学授業であれば特に好き嫌いや苦手意識も持ってはいないが、この授業に関しては、他の学生達の多くが苦手とする授業だった。

 もちろん、理論的で理屈っぽいから退屈という理由も有るが、それにも増して、担当教師の授業そのものが眠気を誘うと言われている為だ。

 この『魔法理論』の授業でも、例によってプリーネにとって早くも腐れ縁になりかけている四人が一緒と来ているが、プリーネにとって幸いなのは、いつもちょっかいを出して来るディルクが、この授業だけは毎度、開始早々から惰眠を貪っているという事。


(この時間だけは平和なのよね〜)


 故に気分も晴れやかだ。


「え〜、では……皆さんも二年生の頃に学んだ事と思いますが、ん〜……少しおさらいをしておきましょう」


 定年間際といった風貌の男性教師——通称「枯れ枝」と学生の間で密かに呼ばれているヨハン・ヘンケル先生は、そのあだ名に相応しいしわがれ声だ。


「あ〜、では……魔法駆使の手段は、大まかに分けて四通り有りますが、え〜……それらをどなたかに答えて頂きましょうか」


 ヘンケル先生は、まだ学生全員の名前を覚えていないらしく、度の強い眼鏡をかけ直し、名簿を顔から近づけたり遠ざけたりしている。


(そろそろ隠居だな……ありゃ……)


 口には出さないが、学生達が心の中で呟いた事は奇跡的に、見事なまでに一致していた。


「あ〜、では……・アインホルンさん」


 間違われた……。

 教室内のあちこちで、クスクスという笑いが起こる。


「あの……先生……。あたしの事だったら、プリーネ・アインホルンですが……」

「ああ、これは失礼。珍しいお名前なので、読み間違えてしまいました」


 ヘンケル先生は申し訳なさそうに、殆ど髪の毛の残っていない頭をポリポリと掻いた。

 確かに自分でも変わった名前だとは思うが、祖母からそう名付けられてしまったのだから仕方がない。


「あ、それで魔法駆使の四原則を答えれば良いんですよね?」


 話の腰を折ってしまったが、「枯れ枝」ことヘンケル先生は弱々しい笑みを浮かべて頷く。


「えっと……一つは地面や壁といった物体に魔法陣を描いて発動させるもの。これは主に大掛かりな魔法に使用されます」


 結界や罠などの魔法は、この類いだ。

 ちなみにヘルマ校長が自身を幼い姿に見せている幻術は、彼女自身の身体に彫られているらしい。


「二つ目は術者が指で空中に決まった図形を描く事で発動する魔法。これは簡易的な魔法が多いです」


 簡易的とは言っても難易度や必要な魔力量は様々で、この手段で発動させる魔法は最も種類が多いとされている。


「三つ目は魔導器具を用いた魔法です。あまり人に危害を加える物は有りませんが、悪用できる物もあるので、物によっては専門の有資格者が厳重に保管しなければならない事も有ります」


 プリーネ達も学校を卒業すれば、晴れて魔導士の資格を取得できるのだが、悪用される恐れのある物や、扱い方を間違えると危険な物の管理には、魔導士の中でも更に専門の資格が必要とされているのだ。


「四つ目は、魔法を使える者の中でも、特殊な血を持った人間にしか扱えない魔法で、通常の魔法と異なり、念じるだけで血の中に眠る膨大な魔力を呼び起こして発動させると言われてるものです」


「お〜、お見事です!」


 プリーネの説明は、先生の予想を遥かに超えていた様で、彼はご満悦といった顔である。

 さすがに今のプリーネの説明には、教室内の学生達からもどよめきが起こった程だ。


「え〜、四つ目の補足として……この特殊な血は『特異血統とくいけっとう』と呼ばれておりますが、あまりにも事例が少ない為に、まだ研究が進んでおらず、え〜……よく判っていないのが現状です」

「つまり勉強しなくていいって事だよな」


 いつの間に起きてたのか、机に突っ伏していたディルクが顔だけプリーネの方に向けて、何故か同意を求めた。


「何言ってんだか……」

 吐き捨てる様に言って、プリーネはノートで彼の顔面を軽くはたいた。

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