どん詰まり?

 調査はのっけから暗礁に乗り上げてしまった。

 セクハラを繰り返して来るディルクを振り切って持ってきた書物はもちろんの事、その後も少しでも関連性がありそうな資料をあれこれ取って来ては目を通していったが、『再生の魔法』の「さ」の字も見当たらなければ、それに類似する内容すら見つけられなかった。

 もちろん、まだ調べ始めた初日であるから、そう容易く手掛かりが掴めるとは思っていなかったが、まず『禁忌』についての資料すら見つけられない有り様。


「はぁ……こんな調べ方じゃ、百年経っても終わらなさそう……」


 如何せん、資料の数が膨大過ぎた。こんな調子では、いくらターゲットを絞ってみたところで焼け石に水といったところ。とにかく終わりが見えない。


「そろそろ閉館しますよ」


 カウンターに居た筈の司書の先生が、いつの間にかプリーネの直ぐ傍に立っていた。

 あまりに夢中になっていた所為か、知らず知らずのうちに窓の外は真っ暗に。直ぐ近くに置かれたホールクロックの短針は、もう間も無く十時を指そうとしている。


「あ……れ……?」


 辺りを見回せば、館内に残っている学生はプリーネ一人となっているではないか。


「すみません。全然気がつかなくて——」

「いえいえ、まだ閉館時間は過ぎてないのだから、謝る必要はありませんよ? 寧ろ、時間を忘れるほど熱心に勉強していたので感心したほどです」

「あ……あはは……」


 プリーネはぎこちなく笑って見せる。

 そんなに褒められると、勉強ではなく個人的な理由で、殆ど眉唾にも等しい魔法について調べていたなどと恥ずかしくて言えたものじゃない。


「さあさあ、それらの本は貸し出しを許可しますから、貴女は早く寮へ戻ってお休みなさい」

「あ、ありがとうございます」


 今持って来ている本は、八割方目を通してあるし、全て借りる必要も無かったのだが、何となく「全部は必要無い」とは言い出しにくくなってしまい、プリーネは大人しく学生証を提示して、そそくさと逃げる様に図書館を後にした。


 寮の自室へ戻るなり「ふぅ……」とため息を一つ。

 食堂のおばちゃんには遅くなるかもしれない事を伝えておいたので、冷めてはしまったものの、プリーネの分の夕食はトレイの上に残しておいてくれた。

 食堂の照明は既に落とされていたから、部屋へ持ち帰って食べる事になってしまったが……。

 机の上にトレイを置くと、冷たくなってしまったスープに口をつける。ベーコンと人参、玉ねぎ、ジャガイモといった具がチキンブイヨンをベースとしたスープにゴロゴロと入っていて、温かければ、さぞ美味しかった事だろう。が、冷め切った状態では、お義理にも美味しいとは言いがたいシロモノだ。

 それでも少しずつ料理を口へ運びながら、まだ目を通していない本をパラパラと捲ってゆく。


「やっぱり手掛かりになりそうな記述は無さそう……かなぁ……」


 最初に目を通した資料とはテーマも『魔導士資格取得に関する法令』やら『魔法史学概論』などといった具合に大きくかけ離れている。


「あ〜あ……もっとこう……効率のいい方法無いかなぁ〜」


 机の上に置かれた白熱灯のぼんやりとした明かりに照らされた文字を目で追ってゆくうちに、目がショボショボして来た。

 疲れてもいるし、入浴する前にこのまま眠ってしまいそうだ。

 そんな中、部屋の戸にコツンと何かが当たる音がした。


「ん?」


 部屋の前に誰か立っている様だが、呼び出す気配も無い。

 ただ……ドアの下から、スッと一枚の紙切れが差し込まれるのが見て取れた。


「何だろ? 手紙?」


 手紙というには少々雑というか、ただのノートの切れ端の様なものにペンで走り書きしてあるだけの物だ。


「えっと……うっ……」

 内容を見るなり、プリーネは顔をしかめる。


 ***


 明日も図書館へ来てくれ。手掛かりになりそうなものがある

 ディルク


 ***


 汚い字で、そう書かれていた。


「しつこいなぁ! 何でまた、あいつが……」


 と、独り文句をたれるも、


「でも……手掛かりになりそうなものって……何だろ?」


 どうも気になる。

 しかし、同時にムカッ腹が立っても来た。


「手掛かりが有るんなら、こんな勿体つけないで、今、直接言えばいいのに!」


 恐らく、もう立ち去ったであろうドアの向こうに向かって怒鳴りつける。

 でも……ディルクがそうしなかったのには、ちゃんと理由があった。

 さっき、あれだけディルクに向かって激昂したのだ。今のプリーネに何を言っても聞く耳持たないだろう。

 困った事に、その自覚の無いプリーネは、理不尽な怒りを居なくなったその相手にぶつけているのであった。

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