セクハラ男とパンツ

「うわっ! 出た!」


 静寂が求められる図書館であるのに、プリーネは思わず大声をあげてしまった。

 例によってプリーネの苦手なディルクが、抜き取った本を手にヘラヘラと笑っている。


「そんな化け物に出くわした様な顔すんなよ」

「化け物の方が数倍マシだったかも……」


 聞こえよがしに皮肉る。どうせケチョンケチョンに貶したところでケロッとしているのだから、この程度の皮肉でへこたれるとは思えないが……。


「そんな事より、この本も面白そうじゃねぇか」

「あたしには関係無い」


 言葉に全く感情がこもってない……というか、感情を込める気にもならない。


「でもさ、魔法をエロい事に使えるって事だよな。これって実際にあった猥褻事件の記録なんだろ?」

「知らないってば」


 そりゃあ猥褻事件に魔法が用いられた事に関して書かれているのだろうから、つまりはディルクの言う通り、魔法もそういった悪用ができるのだろうが……。

 プリーネだって『再生の魔法』について調べるという目的が無ければ、少しは興味を惹かれたであろうが、かといって、下ネタが好きという訳ではないから、ディルクの様に笑いのネタだか、スケベ根性の材料になるなんて、微塵も思っていない。


「大体、何でこんなとこに来てるのよ。て言うか、あたしの跡をつけて来たの?」

「それ以外の目的でこんな退屈なとこに来る筈無いだろ? このオレが」

「ああ……訊いたあたしがバカだったわ……。素直に謝る」


 彼の執拗さもここまで来ると、些かげんなりして来る。


(何であたしばかりにつきまとって来るんだろ?)


 自分に気があるという考えに至らない辺り、プリーネの極端に鈍いところである。

 少々童顔であるが、目鼻立ちは整っていて可愛らしいし、男ウケしそうな彼女だが、どうも恋愛という事に関しては疎いところがある。

 これまでも恋なんてした事が無いし、勉強はできるけど悪ふざけも大好きという辺り、中身はまだまだ幼いのかもしれない。


「でもまあ、プリーネについて来たお陰で、なかなか貴重なモノは拝めた」

「そんな本が貴重なモノなの?」


 プリーネはジト〜ッとした目で彼を一瞥し、再生の魔法とはあまり関連性の薄そうな残りの書籍を全て引っ張り出して、もと来たルートを戻ろうとする。

 しかし、ディルクはプリーネの跡を追いながら、


「違う違う」


 ひらひらと顔の前で手を振った。


「こんな本はどうだってイイさ。さっき下からプリーネのお宝が拝めたしな」

「はぁ⁉︎」


 血相を変えてプリーネは振り返る。

 一方のディルクは何食わぬ顔で、先ほどの本を元の位置に戻していた。


「いやぁ〜、黒のスキャンティとは意外だったなぁ。プリーネさんってば、見かけによらずダ・イ・タ・ン!」


 プリーネは見る見るうちに顔を真っ赤に染め、ワナワナと全身を震わせた。そして——


「ヘンタイ! 忘れろぉぉぉ! 今すぐ記憶を抹消しろ! 何もかも全て無かった事にしろ!」


 涙目になりながら、両手でディルクをポカポカと殴り続けた。

 パンツを見られていたなんて……それも選りに選ってディルクに見られるとは不覚にも程がある。


「わ! わ! 止せって!」


 さすがのディルクも慌てる。

 同時に遠くから「うぉっほん!」という咳払いが聞こえて来た。

 あまり大声で騒いでいるから、司書の先生が遠回しに注意しているのだろう。


「ここ図書館なんだからな。静粛に〜。静粛に〜」


 ディルクもこんな事でお叱りを受けたくは無いから、かなり声のトーンを抑える。


「ううう……だ、誰の所為よ……」


 プリーネの方は本当に泣きそうになっていた。にも拘らず、ディルクは相変わらず、


「しかし、黒とはね……」


 まだプリーネのパンツから話題を変えようとしない。


(しつこい奴……!)


 セクハラも甚だしい。


「魔導士を象徴する色でしょ」

「そりゃそうだけど、それはローブなんかの話だろ?」

「今どき黒いローブ着てる魔導士なんて、ヘルマ校長くらいのものでしょ。だから、あたしはせめて見えないとこだけでも……って、何であんたとこんな話しなきゃいけないのよ!」

「おふっ……!」


 恥ずかしさのあまり、今度はディルクの腹をグーで殴った。


「じ、邪魔するんなら、さっさと帰ってよね」

「いや、本当は手伝ってやろうと思って……」

「不要! 無用! Rubbish《ゴミ》! 存在意義無し!」


 またしても怒鳴り声をあげ、プリーネは膨れっ面で一階へと降りて行った。

 とんだ邪魔が入ったものだ……。


 結局、この場でプリーネが相手をしてくれないと分かってか、ディルクがそれ以上ちょっかいを出して来る事は無かった。

 もっとも、これ以上ちょっかいを出していたのなら、プリーネも学校側のお咎め覚悟で、さらなる強行手段に出るつもりではいたのだが……そうならずに済んだのは幸いだった。

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